FMC東京 院長室

FMC東京クリニック 院長のブログです

施設認定を受けずにNIPTを実施している施設 今はどうなっている?

昨年末に、無認定でNIPTをおこなっている医師を処分するというニュースがありました。

無認定で新型出生前診断=医師3人を懲戒処分―産婦人科学会

この3人の医師のうち2人は、学会からの勧告を受けて、今後検査を行わないと誓約したが、1名は誓約しなかったという話でしたが、その後どうなっているのでしょうか。

 

実は、この残った1名の医師の施設(正確にはこの医師が代表を務める“研究所”が検査を扱い、実際の採血は別の医療機関(産婦人科ではない)でおこなっている)で、検査を受けたという妊婦さんが、何人も当院を受診されています。受診される理由は様々ですが、共通して言えることは、NIPT検査をお受けになる時点で何の説明も受けておられないため、検査の目的・意味や結果の解釈などについての理解度がおしなべて低いということです。もちろん、ネット上にはいろいろな情報源からの情報があるので、理解度の高い方もいらっしゃるのですが、まだまだ正確な情報がアクセスしやすい形で提供されているとはいいがたい現状ですので、たいへん危ういです。

検査をお受けになった方々から伺ったところでは、どうやらこの検査はたいへん人気があって、採血するクリニック(ここがどうも◯◯◯い施設という評判です)が混み合っているそうです。ネット上での宣伝の勢いもすごいし、手続きも簡単で、手軽なのが何よりの要因なのでしょう。

ここで“検査陽性”という結果が出たという方が、確定検査を希望されて当院に来られたりするのですが、この検査結果の説明用紙も、郵送されてくるだけで、医師からの直接の説明はありません。郵送されてきた用紙も確認していますが、英語の説明をそのまま翻訳したもののようで、日本語での専門用語を知らない人が翻訳しているのか、ところどころあやまった用語があります。検査そのものは信頼性が高いものであることは把握していますが、その前後の扱いが杜撰であると言わざるを得ません。

陰性一致率の高い検査ですので、“陰性”と評価された人は、それで良しとされているのでしょう。それはそれで良いことだとは思います。しかし、これで陰性なら何の心配もないと思ってしまっている人も多くおられるのではないかと思うと、それも心配ではあります。ただそれ以上に、“陽性”という結果を手にした人が、その後どのようにされているのかは、本当に心配です。

当院にアクセスされた方には、当院で一から説明し直します。(なぜ検査を扱うことができない当院が、尻拭いのような役割を担わなければいけないのか、疑問に感じることもあるのですが、しかたがありません。)しかし、実際に“陽性”という検査結果を手にされた方々は、その後どうされているのでしょうか。どこに検査結果を持って行って、どういう説明を受けて、どのようにその後の検査に進んでおられるのか、どういった選択をしておられるのか、まったくわかりませんので、心配でなりません。

上記施設が、あまりにも手軽に検査を推進していることには問題があるという考えは、日本医学会や日本産科婦人科学会の先生方と共通している部分もあります。しかし私は、現在のありかた(施設認定・登録し、臨床研究として実施する)について、これで良いと思っているわけではありません。むしろ、アクセスを制限したり、ハードルを高くしすぎていることが、こういった施設が出てきて、繁盛してしまうことにつながってしまうのではないかと感じます。アクセスそのものを制限するようなありかたで、検査を受けられないと困るから慌てるような気持ちにさせるのではなく、アクセスは容易にして、検査を受けるか受けないかを自分の判断で選択できるような形にならなければいけないと思います。

諸外国ではもう、この検査が普通に提供されることが前提で、これまでのその他の検査の位置付けが議論されているのに対し、ひとりわが国だけが蚊帳の外に置かれているような現状を改善すべきであると考えています。

 

薬は、“お守り”とはまったく違うものです。

お正月に初詣に行かれて、安産のお守りなど購入された方もおられることと思います。

お守りといえば、最近、流産予防のためという名目で、「お守りがわりに」と言われて薬を処方され、服用し続けている妊婦さんが増えてきているような気がして、すごく気になっています。産科診療の現場では、根拠が明確ではない投薬が、他の診療科の現場と比べてもとくに多く行われているように感じます。

なんらかの具合の悪さがあってお医者さんを受診する人は、なんらかの治療を受けないと受診した意味がないと考えたり、満足しない場合があると考えている医師が多いのではないか。あるいは、本当に根拠が明確な治療でなくても、それまでそれほど効果的と思われる治療法がなかったものに対して、もしかしたら意義がありそうと考えられる事例が出てきたら、わりと簡単に飛びついてしまうのではないか。と、私は考えています。もっともらしい言説が出てきたときに、あまりよく吟味せず、簡単に信用してしまうという傾向のある人は、たとえ医師といえども多いのです。

妊婦さんに薬剤を投与する場合に、重大な副作用があるような場合には、そういう薬剤を使用しようと思う医者はほとんどいません。しかし、副作用が少なく、実際の使用例が多い薬剤については、問題が起きることが少ない安心感からか、比較的安易に処方される傾向があります。海外ではほとんど処方されない、妊娠初期の出血に対する止血剤や、切迫流産(この病名は廃止するべきだと私は考えています)の病名のもと処方される子宮収縮抑制剤などはその代表的なものでしょう。

最近とくに増えているのが、流産予防のためという名目で使用される抗血小板薬(アスピリン)です。そもそもは、流産を繰り返す人の中に、ある種の自己抗体の存在に起因する血栓傾向のある人がいることがわかったことから、これを原因とする習慣流産の診断(抗リン脂質抗体症候群)がついた人に対して、この薬剤を使用することが効果的なのではないかと考えられたことが、はじまりです。しばらくはこの薬剤の効果に期待して投与されることが多くなっていたのですが、その後研究が進み、どうやら上記診断の方に対しては、この薬単独では不十分であることがわかりました。現在有効な治療として認められているのは、抗血小板薬と抗凝固薬(ヘパリン)とを併用する療法です。しかしながら、ヘパリンは毎日自己注射をしなければならないので、少しハードルの高い治療法であるうえに、長期間の投与による骨量の減少や、まれに血小板減少などの重大な副作用がおこることもあるため、安易な使用はできません。このことから、この併用療法は、はっきりと診断がついている人以外に行われることはほとんどありません。ところが、アスピリンは副作用が少なく、1日1回の服用というハードルの低い治療法であるがために、診断が明確でないながらも流産を心配している人によく使われるようになってきたのです。

流産には多くの原因があり、血液凝固の問題はそのごく一部にしか過ぎません。そのうえ、アスピリン単独ではあまり効果が期待できない可能性が高く、また血液凝固に関係した検査も、曖昧な部分を残しているものが多いので、現在行われている投薬の多くは、根拠にもとづかない意義のはっきりしない治療ということになります。医師の側もそのことはわかっているので、「効くかどうかはわからないけど、お守りがわりに」と言いつつ処方することがあるようです。しかし、私はこの言葉には違和感があります。

お守りには、心理的な安心感を得られるという効果はあるかもしれませんが、願い事が叶うという実質的な効果については、残念ながら私はあるとは全く思いません。そういう意味では、この薬剤を“お守りがわり”と言って処方することは、正直と言えるかもしれません。(ただし、アスピリンはもしかしたら少しは効果がある可能性も否定はできません)

もっと問題だと思うのは、薬の効果が、悪い方に作用する可能性もありえる点です。アスピリンは抗血小板薬ですので、血小板の働きを抑え、血液を固まりにくくする作用があります。この効果を利用して、胎盤が形成されるときに細かい血液のかたまりが邪魔をすることを抑えようというのが治療の主眼(単純に言えばですが)です。しかし、妊娠初期には子宮の壁と胎盤の接点などで出血を起こすことが比較的よくあり、このときに血小板の働きが抑えられていると、出血が多くなるという問題が起きます。これにより問題が起こることは少ないので、アスピリンは比較的安全と考えられているわけですが、実際に出血が多い場合には、全く問題がないわけではありませんし、妊婦さんも気が気ではないでしょう。子宮の壁と絨毛膜との間に血腫を形成して、しばらく出血が続くこともありますし、これが元で胎児発育に影響が出ることもあります。このような問題は、薬そのものの作用によるものなので、厳密な意味では副作用ではありませんが、治療目的からみると副作用的なものになると考えられます。“お守り”であれば通常このようなこと(副作用)はありませんので、お守りと思うと裏切られたことになります。

産科医も出血があると、切迫流産をいう病名をつけて、安静を指示したりこれもまた微妙な“流産止めの薬”を処方したりします。流産予防の薬を使っていたはずが、その薬を使っているばかりに出血し、そのせいで切迫流産という病名がついて、でも“切迫流産”といわれる出血の原因になっている“流産予防の薬”は、流産が心配なのでやめられない、というわけのわからない状況に陥っている妊婦さんがおられます。妊婦健診を行っているクリニックとは別の医療機関から投薬されていたりすると、妊婦健診を担当している医師はなかなか投薬を止められないという問題もあるようです。

私は、妊婦健診をおこなっているお医者さんが、勇気を持って「この薬はやめなさい」と堂々と言ってくれると良いと、常々思っています。薬には明らかな作用があるのです。決してお守りと同等ではありません。

胎児の“むくみ”(あるいは、NT)について (1)

新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

さて、昨年末から新年にかけて、あいかわらず問い合わせで多いのが、「胎児がむくんんでいると指摘された。」という件です。この件については、わが国の妊婦診療の現場においては、ほんとうに混乱が多く、問題が継続しています。どういう問題があるのか、なぜそのような問題が継続しているのか、少しずつ整理して記載していきたいと思います。

 

・現在の問題点

胎児の“むくみ”をどう評価するのか、これがあった場合何が考えられて、どのように検査を進めていけば良いのか。この情報が正しい形で医師の間に浸透していないことが、問題の根本にあります。医師の説明が不十分な場合、説明を受けた人は、インターネットでいろいろと調べますが、ここでもろくな情報に行き当たりません。

 

・どう評価するのか

NT (Nuchal Translucency) (日本語では、胎児後頸部透亮像というのですが、この用語を使っている人はほとんどいません)の計測は、胎児の頭臀長(頭の先からお尻の先までの長さ)が、45mm〜84mmの時期に計測します。世界各国で目安として11週0日から13週6日とされていますが、日本人の胎児の大きさからみると、この時期はややずれて11週4日あたりから14週3日あたりが妥当かもしれません。

この部分を計測する際には、決められた断面において、決められた方法で計測する必要があります。まず、断面が「正中矢状断面」であること(画像上のいくつかの目安を用いて、正しい断面であることを確認します)。そして、胎児の上半身が超音波診断装置の画面いっぱいになるぐらいに拡大されていること。その上で、透亮像の部分が最も厚い部分について、その境界線上から境界線上までを計測すること。とされています。

しかしながら、当院に相談してこられる事例をみますと、上記条件に当てはまらない状況で、「むくみがある。」といったような表現で指摘されているケースが散見されます。たとえば、胎児がまだ小さい、正確な矢状断面ではない、画像が十分に拡大されていない、計測位置が正しくない、などです。

 

・なぜこの評価方法が普及していないのか

NT を計測して、厚みが増している胎児を発見することが、胎児の異常の発見につながるということは、Nicolaidesらが1992年に発表して以来、改良が加えられながら、妊娠初期における一般的な検査として多くの国で実施されています。しかしながら、日本では1998年に厚生科学審議会が、『母体血清マーカー検査に関する見解』において、出生前検査に関する消極的な見解を表示して以来、胎児の異常を発見する目的でのシステマティックな検査が普及せず、多くの妊婦健診の現場では旧来のやりかたが続けられてきました。

つまり、現在の日本の妊婦健診のシステムは、妊婦の安全のためには十分に機能している優秀なシステムではあるものの、胎児を観察して診断に結びつけるという点では、まだまだ不十分な状態のままなのです。それでいて、超音波診断装置は国内津々浦々の産婦人科診療施設に行き渡っており、超音波検査自体は頻繁に行われていますので、予期せず胎児後頸部の透亮像が一見厚く見えることがあります。多くの医師は、この部分が厚く見えることが胎児の異常発見につながるという知識はある(ただ、正確な計測法のトレーニングは積んでいないし、より詳しい内容の知識には乏しかったりする)ので、中途半端な形での指摘につながってしまう問題があるのです。

日本産科婦人科遺伝診療学会に参加して--日本の医療は前に進めるのか?

京都で行われていた第2回日本産科婦人科遺伝診療学会に参加しました。

産婦人科診療のゲノム個別化を展望する。』という非常に前向きなテーマで、ここ数年で大きく進んだ診断・検査技術を用いて、医療は今後どのように変化していくのかを展望するといった内容の講演およびシンポジウム、一般演題発表が二日間にわたっておこなわれました。

1日目は主に、HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん)を、2日目はNIPTをテーマとした講演とシンポジウムが行われました。最前線の研究者や、臨床応用の面で努力してきた先生方のお話を伺って、たいへん勉強になるとともに、日本の医療の問題点も垣間見えてきたように思います。

昨日のHBOCを中心とした話題では、これからは遺伝子検査の結果をもとに、予防・治療戦略の面で個別化医療の時代が来るという将来展望が語られる一方で、遺伝子検査や発病前のハイリスク個体に対する予防的治療を保険収載できるのかという問題があります。この国の国民皆保険のシステムは、素晴らしいしくみであり、堅持していかなければならないという声をよく耳にします。これまでの一般的な診療の枠組みで考えるなら、このことはよくわかるのですが、遺伝子検査や、予防的医療などを扱っていると、こういった部分にはこの制度は一転して何の助けにもならないと感じます。『病気』でなければ保険でカバーしないという原則があるので、我が国では妊娠・出産も自費診療になっていますが、重大な病気になる前に予防的に切除するという行為は、これまで現実的に考えられてこなかったこともあって、厚生労働省の承認のハードルはたいへん高いようです。新しいことが明らかになって、積極的に前に進めることが人々にとって明らかに良いことであったとしても、そしてその科学的根拠がはっきりしていても、これまでの原則を変えることが、この国では非常に難しいようです。

2日目の今日はNIPTの導入と、この検査体制をどのようにすすめていくのかという話題で、何人かの研究者や関係学会における責任ある立場にある人たちが、それぞれの立場からの報告や発表をされるのを、ずっと聞いていたのですが、根本的なところでどうにも違和感が拭えませんでした。当事者の現状をよく知る必要があり、広く一般に認知してもらうことが大事ということで、ダウン症候群の方々に焦点を絞って調査することは、大事なことであることは理解します。また、素晴らしい試みであると思います。しかし、つねにダウン症候群だけがクローズアップされていることには違和感を感じます。出生前に検査する対象として、最も多いものの一つであることや、他の問題に比べてデリケートな部分があることもわかります。しかし、本当は私たち専門家の立場のものがやるべきことは、どうしてもダウン症候群ばかりが注目されがちな現状に対して、もっとさまざまなものが出生前検査・診断の対象なのだということをわかってもらうことなのではないでしょうか。そういう話題提供・情報開示が足りていないのではないでしょうか。

そして、もっと大事なこととして、ほんとうの当事者たる『妊婦とその家族』は、置き去りにされていないでしょうか。どうも、日本の先生たちは、妊婦やその家族をあまり尊重していないように感じます。それぞれ個々の考えを持ち、いろいろと考え悩んでいるのに、検査にアクセスする門戸を大きく開こうという発想はあまりなく、医者が制御して、妊婦や家族は教育・指導する対象といった見方をしているように感じてならないのです。生まれてくる人たち、生まれてきた人たちの多様性を尊重すべきという意見は、結構強く語られます。もちろんこれは、ひじょうに大事なことです。しかしその一方で、産む側の多様性にはあまり考えが行っていないのです。産む側の人たちにも、それぞれの事情があり、思想があり、信条があるのです。

遺伝カウンセリングを行う人も、検査の説明を行う人も、なぜかこの国では『先生』で、指導的立場のようになっているような感じがしてならないのです。研究班が作成した検査の説明文書も、『親になるということ』からはじまって、なるべく検査を勧めないような内容を目指したというのですが、この点には違和感を感じました。なぜいきなりお説教されなければならないのか、なぜ検査を勧めてはいけないのか。

いろいろ話を聞きながら考えたことを、3つの課題にまとめると、

1. この国の体制として、出生前検査を推進したいのか、できるだけ制限したいのか。

2. 人工妊娠中絶は、これまでどおり、“陰の存在”として扱われ続けるのか。後ろめたい気持ちを持ちつつ、こっそりやるべきことなのか。一つの選択肢として、もっと表に出して議論すべきなのではないか。

3. 産婦人科医が減少している中、妊婦健診・分娩の体制は今のままで良いのか。婦人科もやりながら、妊婦健診もやって、手術に当直で疲れ果てているところに、その上新しい検査に対応していけるのか。妊娠中の検査の担い手、遺伝カウンセリング体制、妊婦健診のシステムなど、抜本的な見直しが必要ではないか。

 

出生前診断を希望することや、行うこと自体が、まるで悪いことのような扱いを受けることすらある現状を変えたい。それぞれの人が、自分の考えで選択できるようにしたい。妊婦さんとその家族が、変に後ろめたい気持ちを植え付けられずに、堂々と選択できるようにしたい。この思いが強くなりました。

NIPTだけを厳しい指針で規制することによって何が起きているのか? (2)

前回の続きです。

羊水検査(羊水穿刺)の実施について、日本産科婦人科学会の『見解』内の以下の記載

(3)絨毛採取や,羊水穿刺など侵襲的な検査(胎児検体を用いた検査を含む)については,表1の各号のいずれかに該当する場合の妊娠について,夫婦ないしカップル(以下夫婦と表記)からの希望があった場合に,検査前によく説明し適切な遺伝カウンセリングを行った上で,インフォームドコンセントを得て実施する.
表1 侵襲的な検査や新たな分子遺伝学的技術を用いた検査の実施要件

3. 高齢妊娠の場合

この、“高齢妊娠”というのが、何を指しているのか?日々の診療の中で、ここが明確になっていないことを実感するのです。

表1の内容を見ると、この項目以外(1,2,4,5,6)は、染色体異常や遺伝病の検出を目的としていることが明らかで、項目7については曖昧な表現(胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場合となっている点にやや問題があるものの、胎児の異常との関連があることは明白です。では、項目3の“高齢妊娠”の基準はどこにあって、何を目的としているのでしょうか。

妊婦さんの年齢が上がるにつれ、受精卵にトリソミーという染色体異常が増加傾向になることが判明しています。この事実に基づいて、また35歳未満の妊婦ではこの検査の陽性一致率が低くなるという指摘もあって、我が国ではNIPTの対象が35歳以上の妊婦となっています。

ところが、当院に来院される妊婦さんに、過去の検査歴などをお伺いすると、以前の妊娠で羊水検査を受けたとおっしゃる方の中に、ご本人の希望に応じて検査を行ったというケースが散見されるのです。その時点ではあきらかに年齢は35歳未満であっても、検査が行われているケースがあることがわかってきました。

たしかに、上記実施要件では、“高齢妊娠”とは書いてあるけれども、何歳以上とは明記されていません。また、昔産科婦人科学会の高名な先生が、「医師が高齢と判断すれば高齢なのであって、特に何歳という決まりがあるわけではない。」とおっしゃっていたのを耳にしたこともあります。

しかしながら、NIPTを35歳という年齢で適応を厳しく決めておきながら、羊水検査はその年齢に達していなくても受けられるというのは、矛盾がないでしょうか。35歳以上であれば、NIPTを受けることによって、侵襲的検査である羊水検査は回避できる可能性があるのに、たとえば33歳の方が年齢的に35歳に近いから不安を感じている場合には、無条件で侵襲的検査を行うのでしょうか。NIPTの導入は、侵襲的検査を減らすことにつながるという効果が期待されていました。実際に海外ではこの効果が現れています。しかし、もともと羊水検査の施行件数や率が海外に比べて低かった日本では、NIPTが話題になることで出生前検査そのものに関心を持つようになる方が増え、しかし実施施設が少なかったり、35歳に達していなかったりといった理由で、結局のところ羊水検査などの侵襲的検査を受けることになる人が増加している可能性があります。

これまでに35歳未満の方にでも希望に応じて羊水検査を行っている施設として、当院で把握している施設は、遺伝学的検査についてあまり専門的でない小さな施設もありますが、必ずしもそういう施設ばかりではありません。むしろ、名の通った大きな施設や、中にはNIPT実施施設として認定されているような病院もあります。

私たちが、日本産科婦人科学会の『見解』や『指針』を、厳密に守ろうとしている一方で、産婦人科診療の先端を担う中核的な施設においても比較的曖昧な基準で羊水検査を行っているという事実を前にして、がっかりさせられているというのが正直なところなのです。

無認定で新型出生前診断=医師3人を懲戒処分―産婦人科学会

別の記事を書きかけていたのですが、以下のニュースが入ってきました。このことについて一言述べておかなければならないでしょうね。

無認定で新型出生前診断=医師3人を懲戒処分―産婦人科学会 (時事通信) - Yahoo!ニュース

 

> 新型出生前診断臨床試験として認められているが、安易な中絶につながる恐れもあり、産科婦人科学会は指針で、十分なカウンセリングを行えると日本医学会に認定された施設に限定している。現在77施設で行われており、妊婦の年齢条件もある。

この種の話題が記事になる時に、必ず出てくる表現の一つが、“安易な中絶”という言葉です。しかしながら、我が国において人工妊娠中絶は、法律に基づいて母体保護法指定医のみが扱うことができるものであることは、最近出ている別のニュース(これについては、よくわからないことだらけなので、ここではとりあげていません)でも明らかなことであって、本来“安易に”行うことができる仕組みにはなっていません。また、妊娠中絶を選択する際には様々な葛藤があり、これを乗り越えて手術をうけ、その後も中絶歴という重い過去を背負って生きていくことになるものですし、社会的に中絶手術は罪悪感を持ちつつこっそりおこなわれるものという風潮が根強い中、“安易に”受ける人が本当に増加するとお考えなのでしょうか。私にはむしろ、報道する側が、“安易な言葉遣い”をしているように感じられます。

 

> 学会によると、3人とも指針に違反したことを認めており、うち2人は今後は指針を守ると誓約したため、最も軽い厳重注意処分にとどめた。残り1人は誓約しないため、1段階重いけん責処分とした。

 

3人とも指針に反していることはわかっていて始めた確信犯であったわけですが、そのうち2人は腰が引けているというか、何か信念があって始めたわけではなさそうです。残る1人の方がどのようなお考えを持って踏ん張っておられるのかはわかりませんが、大きな問題になることはわかっていたわけですから、きちんとした主張ができるようにして建設的な議論につながるようではないままに、勢いで始めてしまったようなところが非常に残念です。これでは、本来すすめられるべき前向きな議論の障害になるばかりではないかと感じます。

この指針は、日本産科婦人科学会倫理委員会が示したものですが、これにつづいて、日本医師会、日本医学会、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会および日本人類遺伝学会が、関係者は日本産科婦人科学会による同指針を遵守すべきであるという共同声明を発表し、実施する施設の認定・登録を日本医学会臨床部会運営委員会「遺伝子・健康・社会」検討委員会の下に設置する「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」施設認定・登録部会で行うこととしています。これを受けて、厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課から 「『母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査』の指針等について(周知依頼)」(雇児母発0313第1 号)3)が発出されています。この指針に違反した施設に対しての、今回の懲戒処分が重いのか、軽いのか、私にはよくわかりませんが、今回おこったこの問題がこれで幕引きになるのか、新たな展開があるのか、注視していきたいと思います。

 

NIPTだけを厳しい指針で規制することによって何が起きているのか? (1)

これまで何度か、日本医学会ほかが提示している指針に違反してNIPTを行っている施設の話題や、なぜ当院ではこの検査を行うことができないのか、指針とはどのようなものなのかなどについて、記載してきました。
NIPTを行うための指針とは?(2016年10月25日)
「『母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査』についての共同声明」について(2016年11月25日)

NIPTの施行が厳しく管理されている一方で、それ以外の検査については、日本産科婦人科学会が平成25年6月22日に表明した、『出生前に行われる遺伝学的検査および診断に関する見解』http://www.jsog.or.jp/ethic/H25_6_shusseimae-idengakutekikensa.html が示されているにも関わらず、これが遵守されているとは言いがたい状況があるように思われます。

当院を受診される妊婦さんは、普段はかかりつけの医療機関をお持ちで、検査についてのみ当院に来院される方々です。通院中の施設は、一般の産婦人科クリニックや産科専門病院、中規模の総合病院の産婦人科もあれば、地域の基幹病院や大学病院のこともあります。普段そのような診療をお受けになっているのかや、これまでどのような診療を受けた経験がおありかなどを伺うと、施設によっていろいろな違いがあって、産科の診療指針というものは、必ずしも統一されていないと感じることが多々あります。とくに、出生前検査に対する姿勢や、行っていること、施設ごとの基本方針は、かなり違いがあると感じます。
前述した『見解』のなかでも、各種検査について、遺伝カウンセリングの重要性、検査結果の説明についての注意点などが細かく記されていますが、実際の現場で、検査前に専門的知識を有する担当者による遺伝カウンセリングがおこなわれていることはほとんどないように思われますし、たとえばNT計測について事前説明がおこなわれることもほとんどありません。
悪い言い方をすれば、NIPTが厳密に規制されている一方で、その他の検査については、野放し状態と言えるのではないでしょうか。
とくに気になるのが羊水検査です。前記『見解』の中に、以下のような解説があります。

(3)絨毛採取や,羊水穿刺など侵襲的な検査(胎児検体を用いた検査を含む)については,表1の各号のいずれかに該当する場合の妊娠について,夫婦ないしカップル(以下夫婦と表記)からの希望があった場合に,検査前によく説明し適切な遺伝カウンセリングを行った上で,インフォームドコンセントを得て実施する.
表1 侵襲的な検査や新たな分子遺伝学的技術を用いた検査の実施要件
1. 夫婦のいずれかが,染色体異常の保因者である場合
2. 染色体異常症に罹患した児を妊娠,分娩した既往を有する場合
3. 高齢妊娠の場合
4. 妊婦が新生児期もしくは小児期に発症する重篤なX連鎖遺伝病のヘテロ接合体の場合
5. 夫婦の両者が,新生児期もしくは小児期に発症する重篤な常染色体劣性遺伝病のヘテロ接合体の場合
6. 夫婦の一方もしくは両者が,新生児期もしくは小児期に発症する重篤な常染色体優性遺伝病のヘテロ接合体の場合
7.その他,胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場合

この中で、最近疑問に感じることが多いのは、『3. 高齢妊娠の場合』の項目です。
一般に、『高齢妊娠』というと、何歳ぐらいの妊婦さんが思い浮かぶでしょうか?
現在、NIPT検査を受けることのできる妊婦さんは、35歳以上とされています。このことから考えると、この35歳以上というのが高齢妊娠を指すと考えるのが、妥当ではないでしょうか。
そもそも、染色体の数的異常であるトリソミーの増加傾向が明らかになるという境界として、以前から35歳という年齢が一定の基準とされていたこともあり、私たちは、上記実施要件の3.については、35歳以上と考えるのが妥当だと思っていました。
しかし、実際に来院される方々の話を聞いていると、どうも臨床の現場では、あまり基準を明確にはしていないことが多いようなのです。
(つづく)