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FMC東京 院長室

FMC東京クリニック 院長のブログです

日本産科婦人科遺伝診療学会に参加して--日本の医療は前に進めるのか?

京都で行われていた第2回日本産科婦人科遺伝診療学会に参加しました。

産婦人科診療のゲノム個別化を展望する。』という非常に前向きなテーマで、ここ数年で大きく進んだ診断・検査技術を用いて、医療は今後どのように変化していくのかを展望するといった内容の講演およびシンポジウム、一般演題発表が二日間にわたっておこなわれました。

1日目は主に、HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん)を、2日目はNIPTをテーマとした講演とシンポジウムが行われました。最前線の研究者や、臨床応用の面で努力してきた先生方のお話を伺って、たいへん勉強になるとともに、日本の医療の問題点も垣間見えてきたように思います。

昨日のHBOCを中心とした話題では、これからは遺伝子検査の結果をもとに、予防・治療戦略の面で個別化医療の時代が来るという将来展望が語られる一方で、遺伝子検査や発病前のハイリスク個体に対する予防的治療を保険収載できるのかという問題があります。この国の国民皆保険のシステムは、素晴らしいしくみであり、堅持していかなければならないという声をよく耳にします。これまでの一般的な診療の枠組みで考えるなら、このことはよくわかるのですが、遺伝子検査や、予防的医療などを扱っていると、こういった部分にはこの制度は一転して何の助けにもならないと感じます。『病気』でなければ保険でカバーしないという原則があるので、我が国では妊娠・出産も自費診療になっていますが、重大な病気になる前に予防的に切除するという行為は、これまで現実的に考えられてこなかったこともあって、厚生労働省の承認のハードルはたいへん高いようです。新しいことが明らかになって、積極的に前に進めることが人々にとって明らかに良いことであったとしても、そしてその科学的根拠がはっきりしていても、これまでの原則を変えることが、この国では非常に難しいようです。

2日目の今日はNIPTの導入と、この検査体制をどのようにすすめていくのかという話題で、何人かの研究者や関係学会における責任ある立場にある人たちが、それぞれの立場からの報告や発表をされるのを、ずっと聞いていたのですが、根本的なところでどうにも違和感が拭えませんでした。当事者の現状をよく知る必要があり、広く一般に認知してもらうことが大事ということで、ダウン症候群の方々に焦点を絞って調査することは、大事なことであることは理解します。また、素晴らしい試みであると思います。しかし、つねにダウン症候群だけがクローズアップされていることには違和感を感じます。出生前に検査する対象として、最も多いものの一つであることや、他の問題に比べてデリケートな部分があることもわかります。しかし、本当は私たち専門家の立場のものがやるべきことは、どうしてもダウン症候群ばかりが注目されがちな現状に対して、もっとさまざまなものが出生前検査・診断の対象なのだということをわかってもらうことなのではないでしょうか。そういう話題提供・情報開示が足りていないのではないでしょうか。

そして、もっと大事なこととして、ほんとうの当事者たる『妊婦とその家族』は、置き去りにされていないでしょうか。どうも、日本の先生たちは、妊婦やその家族をあまり尊重していないように感じます。それぞれ個々の考えを持ち、いろいろと考え悩んでいるのに、検査にアクセスする門戸を大きく開こうという発想はあまりなく、医者が制御して、妊婦や家族は教育・指導する対象といった見方をしているように感じてならないのです。生まれてくる人たち、生まれてきた人たちの多様性を尊重すべきという意見は、結構強く語られます。もちろんこれは、ひじょうに大事なことです。しかしその一方で、産む側の多様性にはあまり考えが行っていないのです。産む側の人たちにも、それぞれの事情があり、思想があり、信条があるのです。

遺伝カウンセリングを行う人も、検査の説明を行う人も、なぜかこの国では『先生』で、指導的立場のようになっているような感じがしてならないのです。研究班が作成した検査の説明文書も、『親になるということ』からはじまって、なるべく検査を勧めないような内容を目指したというのですが、この点には違和感を感じました。なぜいきなりお説教されなければならないのか、なぜ検査を勧めてはいけないのか。

いろいろ話を聞きながら考えたことを、3つの課題にまとめると、

1. この国の体制として、出生前検査を推進したいのか、できるだけ制限したいのか。

2. 人工妊娠中絶は、これまでどおり、“陰の存在”として扱われ続けるのか。後ろめたい気持ちを持ちつつ、こっそりやるべきことなのか。一つの選択肢として、もっと表に出して議論すべきなのではないか。

3. 産婦人科医が減少している中、妊婦健診・分娩の体制は今のままで良いのか。婦人科もやりながら、妊婦健診もやって、手術に当直で疲れ果てているところに、その上新しい検査に対応していけるのか。妊娠中の検査の担い手、遺伝カウンセリング体制、妊婦健診のシステムなど、抜本的な見直しが必要ではないか。

 

出生前診断を希望することや、行うこと自体が、まるで悪いことのような扱いを受けることすらある現状を変えたい。それぞれの人が、自分の考えで選択できるようにしたい。妊婦さんとその家族が、変に後ろめたい気持ちを植え付けられずに、堂々と選択できるようにしたい。この思いが強くなりました。