FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊婦さんやその家族の声は響きにくい?

第53回日本周産期・新生児医学会に参加しています。

朝一のパネルディスカッション、『NIPTー何が問題かー』では、検査のありかたに関する意見が、いつもこのような場で出生前検査に対して否定的な見解を述べられる重鎮の先生から発せられたので、心配を抱えている妊婦さんと日常的に向き合っている立場からの意見を述べておく必要があると考え、発言させていただきました。今回はちょっと力が入ってしまい、座長の先生方がまとめにくくなる結果となってしまったかもしれません。参加していた先生方は、中村がなんか吠えていると思われたことでしょう。

出生前検査の議論のときにいつも感じるのですが、病気や障害を抱えている当事者やそのようなお子さんをお持ちのご家族の意見はこのときとばかりに取り上げられることが多いのに比べて、妊婦さんやその家族の立場の意見は、あまりクローズアップされない現状があるようです。そこには幾つかの理由があります。

まず一つは、妊娠中の問題はその場限りでおわってしまうということです。パネルディスカッションのあとに特別講演された、作家の川上未映子さんも述べておられましたが、妊婦が置かれている立場や妊娠・出産・育児に関連する諸問題はずっとかわらず存在したままになっていて、その原因の一つに、そういった問題に関わる議論の場で、いつも妊婦はニューカマーであって、継続的に意見を発し続ける人が少ないことがあります。妊娠・出産・あかちゃんの育児に関していろいろな問題に直面している期間は一時的であり、すぐそのあとにまた別の問題(たとえばPTAの問題など)に直面せざるを得なくなります。妊娠・出産のころのことは過去のことになってしまうのです。

出生前検査についてすごく悩んでいた人たち、結局検査を受けることもできず不安を抱えたまま出産を迎えた人たちも、出産によって結果が出てしまえば、次は育児のことでいっぱいになります。もう妊娠中の検査のことは過去のことになってしまいます。出生前検査の問題について当事者ではなくなってしまうのです。

もう一つの理由として、実際に障害を抱えつつも元気に生きている人たちや、育児をしている人たちを前に、中絶を前提とした検査を受けるという立場は、なんとなく後ろめたいという気持ちがあることが挙げられるでしょう。本来は純粋に赤ちゃんが健康であってほしい、安心して出産したいという素直な気持ちで、検査を受けたいだけなのに、その先には「命の選別」があるのだと言われ、中絶することは悪という規範に縛られて、検査を受けるということだけで何か悪いことをしているような雰囲気が醸成されています。このような状況で、検査を受ける側の人たちが堂々と声を上げることはできないだろうと感じます。

こういった理由があって、妊婦さんたちの声は反映されにくくなっています。多くの妊婦さんは、もっと検査を受けやすくしてほしい、検査に関する正確な情報をもっと知りたい、と考えているに違いないのに、そういった声は挙げにくいし、それを代弁する人はあまりいません。そんな妊婦さんたちの受け皿になる検査施設があまりにも少ないがために、無認可の施設に妊婦さんたちが流れてしまいます。そこではきちんとした情報提供がされていないために、一部の妊婦さんは混乱に追い込まれる状況が存在します。しかし、圧倒的多くの受検者には、問題のない結果が出ますし、混乱に追い込まれた妊婦さんは、誤った選択をしてしまうこともあるかもしれませんが、私たちのクリニックのような施設にたどりついて、フォローがうけられることもあります。その結果、なんとなくうまくいっているというように思われているのではないでしょうか。

このいびつな構造に陥っている現状に、学会上層部はもっと目を向けなければならないと思います。日本産科婦人科学会や日本人類遺伝学会などが決めた指針を日本医学会が追認してなりたっている今の形に問題はないのか、このままの形で続いていくことが、妊婦さんたちが置かれている現状に適した方法といえるのか。これは、これから妊娠・出産する、そして生まれてくる未来の人たちの社会が、どのようになるのかという問題につながります。私は、これからも妊婦さんの代弁者として発信していきたいと考えています。