FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

コウノドリ第10話は、出生前診断の話題でした。

昨日、今日の2日間、淡路島で開催されていた、第3回 日本産科婦人科遺伝診療学会学術講演会に参加していました。この学会に関連していくつかの話題があり、追い追いアップしていきたいと思いますが、まずは一般の人たちにも馴染みやすい話題を。

実はこの「コウノドリ」というテレビドラマ、同業者(産婦人科医)の間でも大人気で、常に話題にのぼるし、日本産科婦人科学会のみならず、小児科や助産師の団体も新規会員候補者(研修中の人や学生など)に注目してもらえる良い機会として、タイアップ企画の推進に余念がありません。

昨夜放送された第10話は、メインテーマが出生前診断ということで、ちょうどタイムリーにこの分野の専門家が集結していた淡路島での情報交換会でも話題になっていました。だいたい学会の夜の懇親会の後は、その流れで二次会に出かけるのが常なのですが、会場の周りに何もないということもあるのですが、この夜は皆大人しく部屋に帰り、テレビの前に陣取っていたようでした。普段あまりテレビを見ない私も、御多分に洩れずリアルタイムで視聴しました。(実はこのドラマも、周りの人たちはいつも話題にしていたのですが、私自身は第一シリーズの時に何度かみたところ、あまりにリアルなために身につまされて辛くなり、その後はほとんどみていませんでした。ちなみにこれまでのどんな医療ドラマとも違う、本当にリアルな現実をそのまま見せてくれるようなよくできたドラマです。)

www.tbs.co.jpストーリーはまず、未認可施設でのNIPTをお受けになった夫婦に、21トリソミー陽性という結果が届くところから始まります。そこから、この結果を得て夫婦や家族がどのような話し合いをしてどのような選択に至るのか、そしてそのことに関連して、同じような結果を得た別の夫婦や、すでにダウン症候群のお子さんを育てておられる方(奥山佳恵さんが現実を反映して(子役はお子さんとは別人だったようですが)演じておられました)のストーリーを周囲に挟んで、展開しました。詳しくは番組ホームページや見た方の感想を参考にしたり、再放送やオンデマンドで確認していただけるとありがたいと思います。

最終的には、羊水穿刺の後の確定検査結果を受けて、妊娠中絶を選択する夫婦と最初は悩んだ末に妊娠中絶を選択したものの、ギリギリになって翻意して出産を選択した夫婦という展開になるのですが、結論に至るまでのみならず処置を受けた後までの心の動きや葛藤をリアルに描写していましたし、若手石の持つ疑問や医師の中でも立場の違いで意見の相違もあることなど、きちんと描写してあり、専門家の間でも概ね好評でした。

何より、検査結果を受けて悩みに悩む夫婦の葛藤の描写が、ともすれば“安易に”検査を受けて“安易に”中絶をしていると受け取られがちな(実際そういうイメージを持っている人が、一般の方々やマスコミ関係の方々のみならず、出生前検査に強く反対する医師たちの中にもおられるように感じています)ところ、そうではない現実がここにはあるということを提示したことは、画期的であったのではないでしょうか。「中絶した赤ちゃんを抱っこしたい」「中絶する子が子宮の中で動いている画像を見ておきたい」という発言は、現実に普通に経験されることであり、私たちはそういうものだと普通に捉えていましたが、考えてみると現場にいない人にとっては、なかなか想像しがたいものであったのだろうなと思いました。ドラマ全体を通して非常に重苦しい雰囲気になってしまっていたので、視聴者の方々はどういう感想をお持ちになったのか、きちんと最後までみてもらえたのか、ちょっと心配になるぐらいリアルでした。

実はこのドラマが放映される前の情報交換会で、私の友人でもあり、このドラマのストーリー作りに関わっている、宮城県立こども病院の室月淳医師から、ドラマ作りの苦労話も聞いていました。何より制作側が作成した綾野剛演じるコウノドリ医師のセリフを手直しすることにかなり腐心されたようです。作家の方も思いを込めて一所懸命に思いを込めておられるとは思いますが、現場を知らない人が原作があるとはいえ想像で書いたストーリーは、プロからみるとズレがあることは否めません。もう徹底的に手直ししようと努力したようですが、すでに綾野剛さんがセリフを覚えはじめているのでこれ以上は無理と言われた部分もあったようです。

というわけで、日本産婦人科遺伝診療学会に参加していたお医者さんたちは概ね感動し、高い評価だったのですが、ある意味娯楽という側面のあるテレビドラマとして、これで大丈夫だったのかなあという心配はしていました。実際、視聴率はどうなのでしょうね。

ただ、私たちも手放しで高評価というわけでもない部分もありました。例えば医師たちの発言の中に、「そうかなあ?」という部分がなかったわけでもないし、細かいことを言うときりがありませんが、何よりもやはり全体に重苦しすぎることが、これが現実かと言われるとそうかもしれないし、そうでもないかもしれないと感じたのです。“安易に”、嬉々として中絶を選択するわけではないのですよということを知らしめるという点では、そういう演出も理にかなっているのかもしれません。そう軽いものではないのですよということを伝えることが何より必要なのかもしれません。しかし、私たちの施設で遺伝カウンセリングを行い、最終的に妊娠中絶を選択した方達のみんながみんなここまで重苦しい雰囲気をずっと引きずっておられるわけではありません。むしろそういう辛い思いも抱えながら、しかし前を向いて進んでおられると感じます。

当院では、認定遺伝カウンセラーの二人(田村・新川)が、日々同様のケースについて遺伝カウンセリングを行っています。検査前からはじまって、検査の選択と検査内容の説明、結果の説明とその後の対応、分娩場所の紹介や分娩前後の対応など、経過を追いながら何度も話をしますが、何よりも大事なこととして、主体的な選択・決定をサポートします。この日のドラマでもコウノドリ医師のセリフにありましたが、どのような選択であっても支援し、サポートします。この選択は誰にとっても、どちらの選択であっても、楽なものではありません。しかし、何よりも自分でしっかりと決めることができたという感覚は、自信に繋がります。自分の決定を自身で承認するのです。それは辛い経験であったとしても、ある種の達成感もあり、次に繋がります。この日のドラマのあまりの重さに、田村も新川も違和感を感じていました。当院の遺伝カウンセリングでは、あんまりああいう感じにはならない、と言います。このあたりの感覚は、そういう現場を多く経験し、そういった選択をする人たちと常に向き合う中で身につけたカウンセリング技術に裏打ちされたものでしょう。あまりこのような経験を積んでいない一般の産科診療の現場では、そういう実感を手にできていない医師も多いことと思います。

私は、綾野剛演じるコウノドリ医師が、いつもいつも泣きそうな顔をしていることが、気になりました。真摯な姿勢を表現しているのだろうとは思うのですが、そこまで悲しそうな顔をしなくても、と思うのです。