FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

超音波検査「所見」と「診断」の違いについて

ちょっと硬い(というか難しい)話題が続いたので、ここらで身近な診療の話題を。

 

超音波検査とその検査結果の説明をしていて、いつも難しいなと感じるのは、超音波で確認した「所見」について、どう伝えればどう理解してもらえるのかということです。

何しろ扱っているのが胎児だし、検査を受けに来る人たちは、私がちょっと真剣に集中して見ている(私は常に真剣にやってますが、動いている胎児の体の中の細かい部分をきちんと表示することが容易なケースとそうでないケースがあり、後者の場合かなり集中力を要します。そんな時には無言になります)だけで、「何か異常があるのではないか」と心配されることが多いのです。皆すごくデリケートになっていると感じます。

ちょっとでも人と違うと、心配で心配でしょうがないようなんですが、やはりそういうものなんでしょうか。私などは子供の頃から人と同じではつまらないと考える人間でしたので(そのせいで今も人のやらないような特殊なクリニックをやっているわけですが)、違うことをそんなに怖がらなくても、と思うのです。ほら、「みんなちがって、みんないい」っていうじゃありませんか。

胎児発育の評価として、わが国では、頭の幅とお腹の周囲の長さと足の太ももの骨(大腿骨)の長さを測って、推定体重を計算します。産科のお医者さんは、この数値をもとに「ちょっと大きめですね」とか「ちょっと小さめですね」とか言うのですが、この大きめ・小さめというのが、もう何か問題があるのではないかと思う人が結構多いようなことに驚きます。でも産科のお医者さんたちも、そういう風に捉えられているということは知らないのか、わりと軽い調子でそう言い続けているようです。そこで私は、少しでも理解していただけるように、「正常な発育です。平均と比べると少し小さめですが、正常範囲の中の違いです。」と言うように心がけてきました。そう言えばわかってもらえると思っていたからです。グラフでお見せすることもあります。平均とは少しずれていたとしても、正常の範囲が示されているグラフの中に、計測値を表す点が入ります。人には個人差というものがあります。全員が平均値であるはずがありません。多少平均値とずれることは当たり前のことです。ところが、このように丁寧に説明しているつもりでも、「それは大丈夫なんでしょうか?」と聞かれることがあります。まあ色々と心配されるのはわかるんですけど、もう少し落ち着いて考えようよ、と言いたくなります。産科のお医者さんたちにも問題はあります。胎児計測を行うと、超音波診断装置上に、〇〇w◯dと表示されます。これは、その計測値が何週何日の胎児の平均値に相当するかを示した表示なのですが、これをそのまま、「〇〇週◯日相当の発育ですね」と表現する人がすごく多いようです。しかし、これは明らかな間違いです。先ほど述べたように、人には個人差があります。その個人差の幅をもって、〇〇週相当の発育という言い方が可能なはずです。平均値に当てはめる考えはよくないと思います。産科のお医者さんが説明する際にこのような間違いを犯しているので、妊婦さんの側が勘違いするのも仕方がないのかもしれません。私はあるとき、これは良くないので、この表示(〇〇w◯dというやつ)を出さないようにしてくれと超音波診断装置のメーカーの人に言ったことがあります。しかしその時の回答は、「多くの産科の先生たちがみんなこれは必要とおっしゃるので、、、」というものでした。いつかは変えなければならないと思っています。

さて、前置きが長くなったのですが、「所見」と「診断」の違いです。「所見」という言葉、一般にはあまり馴染みがないのではないでしょうか。医学用語ではないし、医療の世界だけで使用されるような業界用語でもないので、仕事の内容によっては使われる方もおられると思いますが、ピンとこない方も多いのではないかと思います。この言葉、実は医者はよく使うんです。例えば「診察所見」とか、「検査所見」とか。超音波検査でいうと、「超音波検査所見」や「超音波所見」のように使います。簡単にいうと、超音波検査で得られた「見え方」といったようなものです。

みなさんが気にしておられる「NTが厚い」「首の後ろにむくみがある」というようなものが、「超音波検査所見」ですが、そういう「所見」の中には、「正常所見」「異常所見」と分けられるものもあれば、そうではないものもあります。そうではないものというのは、正常/異常とはっきり分けて考えるものではないものです。また、「正常所見」「異常所見」というのと、その検査の対象になった人(胎児超音波検査では胎児)の体や臓器に「病気がある/ない」というのはまた別物です。

例えば私たちが健康診断で心電図をとってみたところ、心臓の位置が多くの人とはちょっと違って時計回りに少し回転しているような角度がついている事がわかったりする事があります。しかしこのような所見があっても、その機能にもその方の生活や健康状態にもなんの影響もありませんので、問題にはなりません。胸部レントゲン写真で、過去に起こした肺炎の痕跡が見つかることもあります。毎年撮影してもいつも変わらず同じ影が映るような場合です。これなどは過去の一時点においてはたしかに病気だったわけですが、今となってはなんの問題もないものと言えるでしょう。このように通常とは違っている「所見」が得られたからといって、それは必ずしも病気というわけではありません。もちろん、この「所見」がある病気の「診断」につながるきっかけになることもあるかもしれませんので、「所見」としては記録しておく必要がありますが、しっかり評価して問題がないと判断されれば、放置して構わないわけです。こういうことは、実はよくあることなのです。

胎児の場合も全く同じです。胎児が難しい点は、その成長の速度が早いことです。人の一生の中で、これほど早い変化はないだろうというほど、急速にいろいろな部分が形成、発育、発達していきます。そんな中、ちょっとしたことで一時的な違いが生じたり、変わった見え方をしたりする事があります。それらの多くは、なぜそのように変化するのか、明確にはわかっていないことも多いのです。

「所見」の中には、大変悩ましいものがあります。なんらかの異常の発見につながる可能性があるとされているようなものです。例えばNTの肥厚は、胎児の染色体異常やその他の様々な疾患の発見の端緒となるので、全世界的によく観察されている部分ではあるのですが、多少厚い程度であればこの所見があっても正常な胎児の方が多いという事実は、あまり認識されていません。このようなものは実際多く、特にいろいろな病気を発症することはあっても多くの方は普通に生活できて長生きしているというようなダウン症候群の場合、胎児超音波検査で見られるその特徴とされているものは微妙なものが多いので、同じような所見が染色体正常児にも見られることは多いし、逆に検査で見逃されていることも多いです。例えば軽度の脳室拡大や、心臓の中に超音波を強く反射して光る点とか、大腿骨が少し短いとか、腎臓の中の腎盂が少し拡大しているとか、足の指の間隔がサンダルを履いているように少し離れているなどといった細かい特徴は、ダウン症候群を見つけるきっかけになると言われているものの、必ずしもダウン症候群だけに特徴的に見られるものではないのです。

「所見」の中には、まるで「診断名」のような名前がついているものもあります。例えば、大脳の中にある側脳室の中に見える、「脈絡叢嚢胞」などはその代表的なものでしょう。これは、側脳室の中に塊のように存在する脈絡叢という部分の一部が嚢胞状に丸く(超音波検査では黒く)抜けているように見える場合を指します。脈絡叢そのものは超音波をよく反射して白く映りますので、わかりやすい所見です。だいたい妊娠17週ぐらいから見えてくる事が多く、一般に20〜23週ごろによく目立ちますが、24〜26週ぐらいには見られなくなります。妊婦全員に検査を行うと、約1%ぐらいにこれが見られると言われています。これは以前には、ダウン症候群との関連があると言われていた事があります。しかし現在は、それは否定的です。現在この所見と関連があると考えられているのは18トリソミーですが、この他に18トリソミーで見られる特徴が何もなければ、診断は否定的です。胎児をくまなく観察した結果、この所見以外にはなんの特徴もないケースでは、これは疾患との関連を考える必要のない所見ということになっています。結局なんでもない事が多いので、これが見えても言わないでおこうかと思ったこともあります。なぜなら、いくら丁寧に説明しても、「何か異常があるのではないか。」「何か症状が出るのではないか。」と、余計な心配をする方がおられるからです。特に頭の中の所見なので、脳の異常と関係していると思われる方が(そうではないと説明していても)おられます。しかし、この所見について詳しい知識を持っていなかったり、少し昔のダウン症候群との関連が疑われていた頃の記憶が残っていたりするような産科医が、妊婦健診を担当している時にこの所見を見つけたならば、ちょっと心配になるような説明を受けてしまうかもしれません。実際に経験したケースで、「頭の中に嚢胞がある。」という説明を受けて、脳に穴が空いているようなイメージを持っていた方もおられました。そういう勘違いをしないように、あらかじめ丁寧に説明するようにしています。

なお、脈絡叢嚢胞が見られた場合に、胎児をくまなく観察することで18トリソミーについて完全に否定することが可能なのかという点について、不安に思われる方がおられるかもしれません。この点については、ここ数年の専門家集団による論調からは、問題がないと言えるでしょう。18トリソミーを検出することは、妊娠18週から22週ごろに行われる胎児超音波検査(海外においては、胎児の異常を発見するanomaly scanという位置付けです)において、100%可能という見解が主流になってきました。そして、過去には脈絡叢嚢胞の所見だけで念のため羊水穿刺が行われたが、知識の蓄積と検査技術の改善が実現した現在においては、脈絡叢嚢胞以外に特徴的な所見を認めない場合には、羊水穿刺を行う必要はないと結論づけられるようになりました。つまり無用な侵襲を加える必要はないということなのです。

残念ながら、我が国の胎児検査の体制はこのレベルに達していません。多くの国で普通に行われている、妊娠20週前後に一度胎児の異常を見つける目的で超音波検査を行うという体制は、我が国では確立されていません。この時期に胎児のこの部分をこのように観察しましょうという指針を作ろうという動きは、数年前からある(日本超音波医学会と日本産科婦人科学会の委員会で議論されています)のですが、どのような機会に、どのような場所で、誰が行うのか、そしてどこまで観察するのか、という点に関して意見がまとまっておらず、現時点で統一された検査方法はありません。残念ながら我が国では、胎児の異常を見つけるという分野に関しては、かなり世界との差があると言わざるを得ません。赤ちゃんが生まれる直前まで、あるいは生まれてからでないと18トリソミーの診断がつかないという現実が、この国ではあたりまえのように存在しているのです。