FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

羊水穿刺は怖いことと思われてませんか?

染色体について確定的な検査結果を得ることができる羊水穿刺、当院では連日行なっているわけですが、この検査をお受けになる方の多くが、検査前から検査中にかけて、かなり緊張しておられるように感じています。まあ胎児がいる場所に針を刺し入れるわけなので、心配されるのはよくわかるのですが、ちょっと怖がりすぎなのではないか?と感じることがあるのです。なにか怖くなるような情報が出回っているのでしょうか。

そんな中、驚くべき情報が入ってきました。某大学病院で羊水穿刺の説明を受けた方が、医師から言われたことなのですが、羊水穿刺にともなう合併症として、「子宮摘出や母体死亡の可能性もある。」という話があったそうなのです!

そんなことありますか⁉️

そんなケース、聞いたことがありません。すごく簡単な言い方をすると、羊水穿刺というのは、妊婦さんのお腹の上から細い針を子宮内に入れて、羊水を吸うだけの手技です。日常的に行われている血液検査(肘の内側の皮膚の上から細い針を血管内に入れて、血液を吸う)と、たいして変わらないじゃないですか。こんなことでその後子宮摘出や母体死亡に繋がったとしたら、それは重大な医療事故です。あってはいけないことです。(実は類似のケースが全くないわけではないので、一番最後に記載しておきます)

日本でも、胎児鏡を用いた手術がだいぶ前から行われています。たとえば、双胎間輸血症候群の治療として、子宮内に内視鏡を入れて、その先からレーザーを胎盤表面の血管に照射して血管を焼くという手技ですが、この内視鏡は針よりもはるかに太いものだということは、容易に想像できると思います。そういうことがすでに確立した手技として世界中で行われているわけですが、それで子宮摘出や母体死亡につながったケースが果たしてあるのか。それだって、もし起こったならば重大な医療事故です。

きちんと管理してもそのようなことが起こりうることはある一定の確率で避けられない、ということに関してのみ説明すべきだと思います。もしこんなことが起こる可能性があるのなら、誰が羊水穿刺などやりますか?

ここで言われているようなリスクは、お産にならあります。お産の方が羊水穿刺よりも格段にリスクが高いです。この説明をするドクターは、お産する人全員に対しても同じ説明をする必要があるのではないでしょうか。(しておられるのかもしれませんが)

羊水穿刺の注意点は、これと関連した流産がわずかながら存在することです。日本ではよく、300回に1回(0.3%)起こると説明されていますが、これは少し古い統計に基づいています。数多くのデータを集めてきちんとした数字を出した報告として、信頼性の高いものとして長らくこの数値が使われてきたのです。しかし、最近になって新しい報告がいくつか出され、羊水穿刺による流産はもっと少ないという認識が主流になってきています。米国では、2006年11月に発表された研究論文(*1)の結果を受けて、ACOG(米国産科婦人科学会)のガイドラインで流産率は約1600回に1回(0.0625%)となりました。ISUOG (世界産科婦人科超音波学会)のガイドライン(*2)では、0.1%から1%と報告されているが、この数値は近年の報告ほど低くなっていると記載されています(ちなみに1%というのは、1986年にデンマークで行われた世界で唯一のランダム化比較試験の結果です)。この数値は実施数が多いほど(検査を行う人の経験値が高まるにつれ)低くなると記載されています。羊水穿刺が数多く行われてきた諸外国と違い、わが国における実施数はかなり少ないのですが、実施施設数は多い(つまり一施設あたりの実施数はすごく少ない)という特徴がありますので、300回に1回という説明が続けられていることは妥当なのかもしれませんが。(今回は触れませんが、いろいろと話を聞いているともっと危険なのではないかと思われる施設もないわけではありません)

ではなにが流産につながるのかというと、これもよく知られていて、たとえば何度も刺すことは流産率の上昇につながります。また、羊水に血液が混じっている場合(例えば妊娠初期に絨毛膜下血腫ができていたりした場合、褐色の羊水が引けることがあります)と、胎児に異常がある場合にも流産率は少し上がります。

羊膜(胎児の周りを取り囲んでいる膜。この中の液体が羊水)が、絨毛膜(胎盤から連続している膜。基本的に子宮内膜と接している)から離れた状態ができると、羊水の漏れが起きやすいことも知られています。妊娠初期には、羊膜と絨毛膜との間に隙間がありますが、妊娠が進行するにつれこの隙間がなくなって二つの膜は接着するようになります。通常、15週あたりには接着するようになるので、この頃から羊水穿刺が安全に行えるようになります。しかし、この2枚の膜は接着しているとはいえ別々の膜ですし、それほど強くくっついているわけではないので、針を刺し入れる時に一気に入れないと、針先が羊膜を押すようになって、テントを張ったようになることがあります(これをtentingと言います)。これが起こると、羊水の吸引も難しくなるし、場合によっては刺し直しが必要になります。そして、その後の羊水の漏れに繋がりやすくなります。これを防ぐためには、針が絨毛膜および羊膜を通過するときに、素早く(勢いよく)通過させることが必要で、この部分が大事な“コツ”ということになります。私たちのクリニックで羊水穿刺を行う時期を16週からとしているのは、技術的には15週でも問題ないのですが、可能な限り絨毛膜と羊膜との隙間がない状態で検査を行いたいからです。なお、染色体異常のあるケースでは、この隙間がいつまでも残っている(羊膜が浮いている)ことがあります。このような場合に、羊膜をうまく針が通過するようにするには少し“コツ”が要りますので、そういうものも含めて考えると、やはり経験がものを言う世界です。

羊水検査の後に、羊水が少し漏れてオリモノとして流れてくるケースがあります。ISUOGのガイドラインには、これまでの複数の報告によると1〜2%起こると記載されていますが、同時に、このようなケースでは普通は自然に穴が塞がって、いずれ羊水は出なくなることが一般的であるとも記されています。羊水穿刺の後に羊水の漏れがあったケースと、同時期に何もしていないのに羊水が漏れた場合と比べると流産率は極めて低いと述べられています。

さて、羊水穿刺を行う際におそらく一番多くの方が心配されていることは、穿刺した針が胎児にあたる、あるいは刺さる事ではないでしょうか。子宮に針を刺してから抜くまでの間、超音波検査の画像を凝視しつつ緊張して固まっている方がよくおられます。胎児は子宮の中で動き回っていますので、針があたったり、刺さったりすることは避けられない場合があります。しかし、羊水穿刺で使用する針が刺さった程度では、胎児に問題が起こることはまずありません。胎児の皮膚には「可塑性」が備わっていることも知られており、傷が残ることもありません。この時期の胎児は痛みも感じません。私たち専門家であれば、あの程度の細い針が刺さっても問題がないだろうことは容易に想像がつきますが、一般の方々にとっては針を刺すということはだいぶ怖いことなのだろうなとは想像します。私たちは問題がないことをあらかじめ説明して行いますが、その説明はあまり安心につながらないのか、それでも針が当たることを嫌がって緊張がとれない方が多いようです。

もちろん、針が刺さってしまうと羊水が引けなくなるし、継続して羊水を引けるようにうまく抜くことが困難な場合もあるので(また検査を受ける方も大丈夫とは言われてもできれば刺さって欲しくないでしょうから)、私たちも胎児に刺さるようなことは可能な限り避けたいです。どの場所にどういった状態で針を入れれば、胎児にあたる心配がほとんどないようにできるか、胎児の向きや胎盤の位置、お腹の壁と子宮壁の状況などを観察して、もっとも良い場所と方向を検討します。この部分もやはり経験がモノを言います。数をこなしているうちに、いろいろと独自の“コツ”を身につけるようになります。そうした“コツ”を伝授していくことで、その施設における手技の安全性は継承されますので、常に数多くの経験数がある施設で仕事を続けていくことは意義があることなのです。

いかがでしょうか、羊水穿刺はそれほど怖くないということをご理解いただけましたでしょうか。不確かなネット情報に振り回されず(しかしネット情報だけでなく、病院での説明にも注意が必要なレベルのおかしな情報があるようなので愕然としましたが、あまりにも怖すぎる情報は鵜呑みにせず)、少しリラックスして検査を受けていただけると良いのではないかと思います(そうはいっても、流産など全くリスクのない検査とも言えませんので、必要性をしっかりと確認した上で、受けていただくことが肝要だとも思います)。

(最後に、実際にあった報告について少し述べておきます。昨年発表された症例報告(*3)で、羊水穿刺後に羊水塞栓症(羊水が母体血中に入り込んで、これが塞栓物質となって血管に詰まることで、様々な場合によっては命に関わる問題が起きる)を起こしたというものがありました。この論文でもこのようなことは極めて稀で、過去55年間に英語で報告されている論文を調べても2例あるのみだった(世界中で山ほど羊水穿刺が行われていて、この数)、一番最近のケースでも30年前のケースだったと述べています。今回の症例報告は、胎児超音波所見で異常の見られたケースについて、妊娠24週に羊水穿刺が行われたもので、穿刺後すぐに母体循環動態に変化が見られ、当初はアナフィラキシーショックと思われその対処を行なったが、その後血栓症がわかり、羊水塞栓症が疑われたようです。幸い母体は究明できたものの、胎児は死亡したというケースでした。)

*1. Eddleman KA, Malone FD, Sullivan L, et al. Pregnancy loss rates after midtrimetser amniocentesis. Obstet Gynecol 2006;108:1067-72.

*2. ISUOG Practice Guidelines: invasive procedures for prenatal diagnosis. Ultrasound Obstet Gynecol 2016;48:256-268.

*3. Drukker L, Sela HY, Ioscovich A, et al. Amniotic fluid embolism: A rare complication of second-trimester amniocentesis. Fetal Diagn Ther 2017;42:77-80.