FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

前途多難。(どうすればこの国の出生前検査の現状が改善できるのだろうか)

もう8月も終わりに近づいてきたわけですが、また暑さがぶり返してきて、体力を消耗する日々です。そんな中、最近たてつづけに悪い意味で驚くべき相談事例があり、気力まで消耗しそうになっています。もう本当にこの国は今後大丈夫なのか、この国でやっていけるのかとまで思い詰めそうな気分になりました。ここで吐き出しておきます。

 

1. まったく根拠の薄い検査結果(それもそのような検査を行うことを事前に告げていない)をもとに、胎児にはなんの異常も見つかっていないにも関わらず、妊娠中絶にまで言及され、短期間での決断を迫られた。

血液や羊水で特殊な検査を行ったようなのですが、なぜそれを行ったのかも不明だし、そもそも通常の検査方法ではないのです。そして独自の解釈(20年以上前の教科書に載っているいまや参考にもならないようなちょっとした記載をもとに)で、まったく証拠の得られていない胎児の異常をほぼ断定的に語る。ご自身では胎児診断を専門にしていたとおっしゃってる方なんです。もう何をか言わんやです。

わからず屋のおじいさんの先生ではないんですよ。私と同年代の医師なんです(まあそれなりの歳ですけど)。こうやって簡単に中絶とか言い出す医師の存在が、小児科の医師や遺伝学会関係の人たちから産婦人科医は信頼できないと思われてしまう原因になっているのです。何歳になっても、もっときちんと勉強してほしいです。

 

2. 某地方大学病院で、羊水検査を受けて、胎児に染色体の異常が見つかり中絶した。この時見つかった染色体の異常は、胎児の両親のどちらかに原因がある(均衡型転座というものです)可能性が高いので、その検査に進むべきところ、それはしない方が良いと言われて、結局そのままになっている。今回妹が妊娠して心配になった。

胎児で見つかった染色体異常の原因が、両親のどちらかにあることが想定される場合、通常は両親の検査を行ってその原因を特定します。これを行うことによって、次の妊娠でどの程度問題が起こりうるのかを予想することが可能になるし、両親のいずれにも見つからなければ、胎児は突然変異と考えることが可能になり、次の妊娠での心配をしなくてよくなります。原因が特定された場合、次の妊娠に向けての方針が決められる(出生前検査をいつどのように行うか、あるいは着床前診断が利用できる可能性など)し、親きょうだいの検査にも繋がり、兄弟姉妹が妊娠・出産を考える場合にも重要な情報となります。

この検査の結果、夫婦のどちらかに問題が見つかったときに、夫婦のどちらに問題があったのかについて、日本では伝えたがらない傾向があります(親族内でいろんな問題が発生したり離婚に繋がったりすることがあるので、なるべく伝えない方が良いと教わったりします)。たしかにこういった遺伝情報は大事な個人情報ですので、それを誰にどう伝えるかはデリケートな問題として慎重に扱う必要があります、しかしその一方で、この情報は兄弟姉妹にとっても重要な情報で、知ることの重要性は計り知れません。知るか知らないかは、本人たちが選択すべきことで、伝えない方がいいといったような検査結果を扱う側の個人的考え(私はそう思います)にもとづいて、医師が指導的に振る舞うことは誤りだと思います。こういった部分は、日本国内の教育にも問題があると感じています。

でもこれ以前にこの大学病院の医師は、検査そのものを行わない方が良いというような説明をしているのです。そして、本人は次の妊娠が心配だし、妹の妊娠も心配しているのです。これって何なのでしょう。あまり遺伝学的知識がないのか、前記したような指導を受けた記憶があって拡大解釈しているのか、何れにしても当事者は置き去りにされています。大学病院なので、まだ若手で知識と経験の浅い医師が担当しているのかもしれませんが、そうだとしたら、このような難しい問題を扱う際には上司に相談するなど、チームとしてきちんとした医療を行うべきでしょう。大学病院だからこそ、ほかの病院やクリニックでは扱うことのできない、専門的なことにも対応できるはずだと一般的には考えられているのですから、その期待に応えるべきです。

 

3. 流産の原因をはっきりさせたいので、流産した組織から染色体検査を行ってもらいたいと申し出たが、それはできないと言われた。それでは染色体検査ができるところに検査を依頼したいので、組織を渡して欲しいと頼んだところ、それなら対応できるという返事をもらい、組織を受け取ったが、それはホルマリンにつけられていた。

通常、染色体検査を行うためには細胞培養が必要ですので、ホルマリンで組織を固定してしまったら、使い物になりません。そんな基本的なこともわからなかったのでしょうか。ホルマリンにつけられた組織でも、そこからDNAが抽出できれば、これを用いた特殊検査を行うことは可能です。しかし、それはより専門的な話になるし、胎児組織と母体組織とを綺麗に分離することは困難です。世の中の臨床医の中には、このように遺伝学的検査に関する知識(これはそんなに特別な知識ではなく、ある程度常識的な部類の話だとは思うんですが)がかなり乏しい人が結構いるんです。医学教育の問題なのか、卒後教育の問題なのか。日本において出生前検査の普及が抑えられてきたせいなのか、逆にこのような問題があるから普及を抑えるべきとされてきたのでしょうか。

 

4. これも某大学付属病院の話。妊娠中期の血清マーカー検査を受けたところ、ダウン症候群の可能性がカットオフ値よりも高いと出た。しかしその後、羊水検査に関して否定的なことを言われ、危険性ばかり強調された。医師は羊水検査に関して消極的な態度を崩さないし、血清マーカー検査の結果は心配だし、どうして良いかわからなくなった。

そんなに検査に関して消極的なのであれば、なぜ血清マーカー検査を行ったのでしょうか。そもそもこの検査は、その結果次第でその先に羊水検査がある前提で行うものなのではないでしょうか。どういうつもりでやっているんだ!と言いたくなります。この妊婦さんはそれなりに年齢の高い方で、その場合血清マーカー検査で高い確率の数値になることは、はじめから予想されていたことのはずです。この事例に限らず、羊水検査に関しては、以前以下の記事でも記載したように、ことさらにリスクが強調されているケースがあります。

羊水穿刺は怖いことと思われてませんか? - FMC東京 院長室

そんなにやりたくないなら、はじめからアウトソーシングしたら良いのに。自分のところの患者は外に渡したくないのか、きちんとやれもしないことでもなんでも自分のところで処理しようとしがちなのは、昔ならいざ知らず、いまの専門性が問われる時代にはそぐわないと思います。

 

5. 親族にある特殊な染色体の問題があることが判明している方が、自分にもその要素があったらその結果に応じて妊娠に伴う問題の解決方法を考える必要があるので、かかりつけ医に検査を依頼されました。検査の結果は問題ないということだったのですが、よくよく話を聞いてみると、かかりつけ医で行われた検査方法では、その親族がお持ちの問題については、検出できないものでしたので、全く意味のない検査を行って問題ないと伝えていたことが判明しました。もう少し詳しく聞いてみると、かかりつけ医は当初どのような検査を行うべきかよくわからなかったので、専門の人に聞いて検査を選択したらしいのですが、、、

これもねえ、まあこのぐらいの知識は持っててほしいのですが、いろんなお医者さんの話を聞いていると、いま私たちが問題にしているNIPTとこれまでの検査の違いについてもほとんど知らないような産婦人科医がけっこういますからねえ。それにしても、専門の人に聞いていたらしいというのですが、一体誰に聞いたのか知りませんが、人選が間違っていましたね。ただ知識がないだけでなく、無責任でもあります。もう開いた口が塞がりません。

 

短期間のうちに色々な話が出るわ出るわ、それぞれの話が、私を落胆させるのに十分な破壊力です。これ、氷山の一角ですよね。この国は大丈夫なんだろうか。いったいどこから手をつければいいのか、誰に働きかけて何をどう改革すれば、もう少しマシな状況になるのでしょう。学会の偉い先生たちは、どうお考えなのかなあ。

私たちは、一つ一つのケースに真摯に対応することしかできません。できるかぎり、相談にこられる方にとってより良い選択肢を選ぶことができるように努力しますが、いろいろな事例に遭遇すると、誤った方針や不明瞭な結果のまま放置されている同様のケースが、日本中に多数存在するのだろうなと想像します。日本の産科医療には様々な問題があって、昨今話題になることは分娩施設の集約化ですが、私はそれだけでなく、特殊検査施設の集約化と妊婦健診のあり方の変革(特殊検査の周知とそれへの誘導)、検査ガイドラインの作成と徹底が急務だと考えます。

我が国の現状と、トンネルを抜けられる見通しのなさに、絶望的な気分になっていましたが、気を取り直して、また診療に励みたいと思います。