FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

ISUOG 2018 国際産科婦人科超音波学会学術集会で感じた、日本だけが取り残されてしまう危機感

2018年10月20日土曜日〜24日水曜日に渡ってシンガポールで開催されていた、国際産科婦人科超音波学会の学術集会ISUOGに参加して来ました。

今年の学会では、私がベルギー留学時代にお世話になったProf. Jan Deprestが、産婦人科超音波分野に貢献した人物に贈られる最高栄誉のIan Donald Gold Medalを受賞されるという嬉しいニュースがありました。この賞は、5年前には私の恩師であり、現在はクリニックの最高顧問に就いていただいている、竹内久彌順天堂大学名誉教授に贈られています。私にとっての師が二人も受賞されたことで、いかに自分が素晴らしい指導者に恵まれたかということを改めて認識しました。

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残念ながら旅程の関係で受賞講演および授賞式には出席できませんでしたが、翌日の彼の座長セッション後にロビーで祝意を伝えることができました。今では世界各地に散っている当時の同僚たちからのお祝いの言葉もお贈りしました。

さて、今学術集会では、自分の演題は残念ながら口演発表には選ばれず、e-Posterというあまり目立たない形での発表となってしまいましたので、発表そのものの準備は事前にほとんど終わっていました。そこで、本会場での力点を置くポイントを、今回設定された新企画といえるFirst Trimester Cirtificate Programに置くことにしました。この企画自体が、現在自分の行なっている仕事のかなりの部分を占めている超音波胎児診断にぴったり合致しているからです。

妊娠第一三半期の超音波検査の位置付けは、少し前までは染色体トリソミーのスクリーニングのための検査という部分が大半を占めていました。現在当院でも行なっている、血清マーカー検査と組み合わせたcombined test(当院では、FMFコンバインド・プラスとして行なっています)が約20年前からの主流でした。(実はこれはある事情により日本では全く普及していません)

しかし、5年前から登場したNIPTによって、染色体トリソミーのスクリーニング検査の役割は取って代わられることになり、この時期の超音波検査の役割が改めて問い直されるようになってきました。技術習得が必要な超音波検査とは異なり、NIPTは採血するだけでより検出感度の高い結果が得られるのですから、例えば技術を習得した専門家の少ない地域や高額な超音波診断装置を購入・配置することが叶わない国や地域でも、それらが可能な地域と同様の検査を行うことが可能になるという点で、画期的な変化と言えます。面倒な超音波検査の存在意義は薄れていくのではないかと考える人もいました。

ところがどっこい、超音波を用いた胎児の観察は、血液検査にとって代わられるものではありませんでした。検査が続けられてきた20年の間に、多くの専門家がたくさんの新しい知見を積み重ねてきました。診断装置の技術開発も相まって、この時期の超音波検査の意義はやり大きいものとなってきたのです。今回の学会で明確になったことは、この時期における胎児超音波検査には二つの大事な側面があることでした。いずれにせよ、同時期に行われる検査であるNIPTとの兼ね合いで考えるべきものであることは言うまでもありません。

一つは、NIPTの対象年齢や対象疾患が広がる中、どのような人がNIPTのどのような検査を受けるべきかを選別するためのツールとしての役割、もう一つは、特に妊婦全員を対象として公費助成でNIPTを行なっているような国(このような場合その対象となる疾患は限られる)において、NIPTでは検出されない疾患をいかに検出するかという点での役割です。前者はこれまでのスクリーニング検査としての役割を継続するもの、後者は新たなスクリーニングもしくは診断ツールとして、これまで妊娠中期に行われていたものを前倒しにするものとなります。

今回のFirst Trimester Certificate Programは、この二つの側面を網羅する内容であったわけですが、私にとっては特に後者が勉強になりました。この時期の胎児はまだ発達の初期段階にあり、サイズも小さいので、これまで妊娠20週ごろに行なっていた胎児超音波検査に完全に取って代わられるものではありません。しかし、しっかり観察を行うことで、胎児が抱えている重大な問題の半分以上はすでにこの時期に検出可能である時代になりました。私たちも、文献で新たな知見を得て、当院での検査における観察項目を知見に基づいて更新してきていますし、今回話を聞いた多くはすでに私たちも得ている知見ではあったのですが、世界のエキスパートから具体的な説明とともに多くの画像を見せてもらうことは、持っている知識をより強固なものにするだけでなく、新たな視点を与えてくれるものでした。このプログラムに関連したセッションは月曜から水曜までの3日間に渡って朝早くから行われ、水曜夕方に認証を得るためのオンラインテストの受け方の説明を行なって終了しました。世界、特に目立ったのはアジアの各地から多くの参加者が熱心に受講していました。当院からは、私と、金曜日の外来を担当している田嶋医師の2名が参加しました。ここで得た知識をもとに、今後新たな第一三半期の精密超音波検査(おそらくこれはNIPTを受けた方が主な対象となる)を、診療メニューに加えることになるでしょう。

さて、今学会ですが、地理的な条件も良く、日本からも多くの参加者があり、大勢の聴衆の前で堂々と発表を行った若手医師も何人もおられたようで、これは大変喜ばしいことでした。以前に私たちのクリニックで超音波と絨毛検査の研修を行なっていた、金沢誠司医師も国立成育医療研究センターからの発表を行いました(Jan Deprest教授が座長のセッションでした)。ただ、私自身はほとんどFirst Trimesterのセッションを中心に回っていたので、あまり日本の医師に会うことはありませんでした。水曜日の夕方の瀬ションの時にもほとんど日本人は見かけませんでした。これには理由があって、この時期の超音波検査については、日本の産科診療の現場で行われている頻度がかなり低いのです。今世界が注目しているこの時期(11週0日〜13週6日)は、日本においては空白の時期であることが多いのです。例えば妊娠10週ごろに胎児心拍を確認し、頭臀長を計測したら、次の健診は4週後となってしまうことが結構多いのです。今、世界の産科医たちが着目し、しっかり技術を習得して診断率をあげようと考えているこの時期の検査が、日本においては全く空白のままになってしまっていて良いのか、私はたいへんな危機感を感じます。なぜこのようなことになってしまっているのでしょうか。

日本は超音波診断が生み出された場所であると言っても過言ではありません。世界で初めて超音波を医学の分野に持ち込んで、診断装置の開発を進めたのは、私が学生の頃に指導を受けた和賀井敏夫名誉教授です。それ以来、日本は常に診断装置の開発の分野でも、臨床応用の分野でも世界をリードしてきました。産婦人科の分野でもそれはもちろんのことで、だからこそ竹内名誉教授が5年前にGold Medalを受賞しておられるのです。しかし、日本の多くの妊婦健診の現場に必ずと言っていいほど超音波診断装置が普及しているにも関わらず、日本における胎児診断率は決して良いものではありません。むしろ超音波診断装置の普及台数や使用頻度に反して、診断率は諸外国に比べてかなり悪いのではないかと思われます。なぜその病気が生まれる前にわからなかったのかというケースは数多いし、胎児治療が今ひとつ発展しないのも、その対象となるケースが発見されないまま過ぎてしまうという側面があるからです。なぜそのような事態に陥ってしまったのでしょうか。

これには日本の産科診療の特殊性が関連しています。産科診療には国によって様々な違いがあります。ある面では日本の妊婦健診の仕組みは非常に良くできており、未受診妊婦もそれほど多くはないし、妊婦さんの多くはきっちりと計画通りに通院しておられます。そして毎回のように超音波で胎児を観察しています。先進国でも日本のように毎回超音波で胎児を見るようなことはしないところがあるようですが、逆にそのような国では、超音波検査を行う時には、ガイドラインに則ってしっかりと決められた項目を網羅するように観察するようになっています。毎回見てはいるけど詳しくは見ない日本と、たまにしか見ないけど見る時にはしっかり確認する国とでは、どちらがより胎児の異常を発見することが可能になるでしょうか。これはやはり後者なんです。

日本の産科診療の特徴は、

・分娩を扱っている施設に小規模施設が多く、一施設あたりの分娩数が少ない。

・最初から最後まで同じ一人の医師が見続けることが多い。

・妊婦を見ている医師は必ずしも産科を専門にしている医師ではなく、むしろ婦人科のトレーニングは積んでいるが産科は片手間で学んだようなケースが多い。

・胎児診断については、基本的に消極的であることが多い。

ということが言えると思います。

超音波を用いた胎児の観察は、それを専門にしている施設や、その分野が得意な大学病院で研修を受けた医師であるならば、しっかりとトレーニングを受けて、新しい知識や技術を身につけることができますが、そうでない施設だと、最低限の外来診療ができる程度しか身につかないことがあります。胎児を観察するという点において、医師の知識と技術が全く均一化されていないのです。その上、この部分についてのガイドラインの整備も不十分であるために、たとえばきちんとしたガイドラインが適用されている国における診療レベルには達していない医師が大勢います。上記のような診療の特徴から見て、産科診療に携わる全ての医師をある一定レベルにまで到達させることはそう容易ではないので、わが国の胎児診断をより良くするためには、診療の仕組みを変えるほかないと思います。つまり、決まった時期に技術と知識を持った検査者による検査を受けられる仕組みづくりです。しかし、それと同時に、ガイドラインを整備して、もう少しずつでも医師全体の胎児診断能力を上昇させていかなければならないでしょう。現在、日本産科婦人科学会が考えている超音波による胎児の観察のガイドライン案というものがありますが、たいへん稚拙なものです。それは、妊婦健診を行なっている全ての医師が実施可能なものとして案が練られているからですが、これでは胎児の異常の見落としがたいへん多くなります。ガイドラインが厳しくなると医師が実施不可能とか、ガイドラインに沿った診療ができていないと訴訟上不利になるとかといった事情を勘案していると、診療の質の向上が望めません。なんのため、誰のためのガイドラインなのかということを考えていかなければならないと思います。

今回のFirst Trimester Cirtificate Programで、オンラインテストを経て、Cirtificationを取得する医師が数多く生まれます。今回、多くのアジアの医師たちが取得することでしょう。彼らには、NIPTに関しても日本よりも自由に扱うことができる環境があります。果たして今回、日本の医師でこのCirtificationを取得する医師は何人いるでしょうか。そして、世界がそのような潮流にあることを、日本で妊婦健診を行なっている医師のどのぐらいが認識することでしょうか。この分野で、日本だけが取り残されていく強い危機感を感じます。私の使命は、今回この場に参加できたことで得られた知識を、少しでも多くの日本の医師たちに伝えていくこと、広げていくことだと感じた学会でした。