FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊娠20週よりも前に前置胎盤の疑いがあると言われても、気にしないほうがいい。

このブログ、出生前検査について、多くの方に知ってもらいたいという気持ちではじめたので、その話題が多いのですが、どうやら一般的な妊婦の診察の話題を載せた方が、読んでいただけることが多いようなのです。そりゃそうか、関心を持つ人数が明らかのその方が多いですからねえ。それで出生前検査や診断の話はあまり盛り上がらなくて、あまり進展しないのか。

というわけで、久しぶりに一般的な話を書こうと思います。まずは胎盤の位置の話。

 当院に妊娠中期の超音波検査を受けに来られる方がいらっしゃいます。だいたい19週・20週に行なっています。検査の前に、「何か気になることはありますか?」「妊婦健診で指摘されていることはありますか?」と伺うと、かなり高い率で、「胎盤の位置が低いので注意が必要と言われています。」という答が帰ってきます。もっと具体的に、「前置胎盤の恐れがあるから、安静にしていなければいけない。」「出血に注意しなければいけない。」とか、「このままだと帝王切開になります。」とか言われていたりします。でも、これに加えて、「もう少ししたら、だんだん胎盤の位置が上がってくることもあるから、そうなれば大丈夫。」と言われていたりもします。
 前置胎盤って、そんなに高い頻度でありましたっけ?と感じるぐらい、毎日のようにこの話を聞きます。でも、実際に見てみると、そんな心配全然ないでしょうというケースも多々あるのです。
 日本の産婦人科医は、妊婦に対し注意喚起するのが好きです。そうしておけば、何か良くないことが起こった際に、だから言ったでしょと言えるからです。聞いてなかったと言われないように予防線を張っているのです。そして、便利な言葉『安静』を指示します。安静ってどうすりゃいいという具体的な説明はないので、皆さん窮屈な生活をしておられたりします。週数が進んで、「胎盤が上がったからもう普通に生活しても大丈夫。」と言われた人もいます。本当ですか?子宮内膜(脱落膜)に根を生やしている胎盤がそんなに動きますか?はじめから大丈夫だったんですよ、脅かされていただけです。

 そもそも、前置胎盤かどうかの判断は、妊娠20週以降でないと正確にすることは困難と考えられています。なぜなら、それ以前は子宮はまだ小さく、子宮口付近はまだ十分に伸びていないために、ある程度厚みのある胎盤はあたかも子宮口を塞いでいるように見えたりするからです。日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が共同で編集している『産婦人科診療ガイドライン産科編2017』にも、以下の記載があります。
子宮増大や子宮下節の伸長に伴い、子宮口と胎盤辺縁の位置関係が変化し、妊娠の早い時期に前置胎盤と診断された場合ほど最終的には前置胎盤でなくなることが多い(placental migration)ため、概ね妊娠20週以降を確認する週数とする。
このplacental migrationという言葉が曲者で、これのおかげで、まるで胎盤が自分で動いていくようなイメージで捉えている人もいるのだと思うのですが、それは見かけ上動いているように思えるだけで、移動しているわけではないと思うのです。早い段階では子宮口に被っているように見える胎盤でも、完全に塞いでいるわけではないので、子宮の下部の壁の伸び具合と胎盤の発育速度の差によって、だんだんと子宮口から離れていくようになることを、上がっていくと表現しているだけで、相対的に移動したかのように見えるわけです。そういうのは本当の意味での前置胎盤ではないので、あたかも治ったようにいうのはおかしいと思います。20週よりも早い時期に出血のトラブルがあることもほとんどないので、安静にしていることもあまり意味がないと思います。
私の経験では、20週以前でもじっくり観察していると、子宮口付近がどうなっているのか、胎盤は子宮全体の中でどのあたりに存在しているのかなどの観察ができるようになってきます。そうすると、だいたいこれは大丈夫だな、とかある程度予測できるようになります。そうすると、本当に前置胎盤疑いとして注意喚起が必要だと考えられる例は、かなり少ないということがわかってきます。しかしそれは、常に意識してそういう目で見続けてだんだん身についてくるものなので、やはり基本的には判断は20週以降まで待つことが通常の対応だと考えています。そして、きちんと判断できるまでは、注意喚起が必要とお考えの医師も多いのかもしれませんが、無駄に脅かすことはないと思います。

 何しろ胎盤の位置の話、妊娠10週台に安易にするべきではないと思います。もし10週台の妊婦健診でこれを言われても、気にしないでいた方が良いでしょう。

 次はへその緒の話をしようと思います。