FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

ついに出た日産婦の指針改定案。そしてつまはじきにされる私たち。

昨年の10月に以下の記事を書きました。

混沌としてきたNIPT事情。どうする日本医学会、日本産科婦人科学会。 - FMC東京 院長室

それから7か月。

ついに日本産科婦人科学会が新たな指針(案)を出してきました。

以下、時事通信の配信記事です。

www.jiji.com

妊婦の血液から胎児のダウン症などの染色体異常の可能性を調べる「新型出生前診断」について、日本産科婦人科学会(日産婦)は2日、理事会を開き、実施施設に求める条件を大幅に緩和する指針改定案を決定した。これまでは大病院が中心となって検査を行ってきたが、産婦人科の開業医でも研修を受ければ実施できるようにする。
 日産婦は意見公募や関連学会の意見聴取を経て、6月にも改定に踏み切る方針だ。
 新型出生前診断は国内では2013年に始まった。命の選別につながるとの批判があり、十分なカウンセリングが必要だとして、日産婦と日本人類遺伝学会などは専門医の常勤といった厳しい条件を満たす施設を認可する仕組みを設けた。
 現在認可されているのは全国の92施設。しかし、無認可のクリニックが多くの妊婦を集めており、カウンセリングの不十分さも指摘されているため、一定の質を保った認可施設を増やす必要があるとの声が産婦人科医から上がっていた。日産婦の藤井知行理事長は「現状を少しでも良くするため改定を行う」と述べた。
 改定案では、従来の基準を満たす施設を「基幹施設」と位置付ける一方、日産婦が指定する研修を受けた産婦人科医がいる施設を「連携施設」として新たに認可する。関係者によると、当面100施設程度が認められる可能性がある。
 従来は検査の前後にカウンセリングを行う必要があったが、連携施設では簡易な「検査の説明と情報提供、妊婦の同意」でもよいとする。検査で染色体異常の可能性が判明した場合は、基幹施設が改めてカウンセリングを行う。また、これまでは染色体異常のある人の育ち方や支援体制に詳しい小児科医の常勤が必要だったが、連携施設では必要に応じて小児科医が妊婦と面接する「常時連携」を容認する。(2019/03/02-19:38)

 ここでは、細かい内容が見えてこないのですが、以下の読売の記事では、施設基準の違いを図示していて、比較的わかりやすくなっています。(また、読売は「新型出生前診断」ではなく、「検査」としています。この方が良心的です。マスコミがこの検査について、「診断」ということ自体が、誤解を広めることにつながっているという自覚はないのだろうかと常々思っていました)

www.yomiuri.co.jp

実は今朝、私の家族が、「うちのクリニックでもできるようになりそうね!」と言ってきたのですが、それは大きな誤解なのです。時事通信の記事ではわかりませんが、読売の記事では、連携施設の要件に『・出産や中絶を手がけている』という説明が入っています。つまり、出産や中絶を自施設で行なっているという要件があるのです。

 

実はこの改定案、関連学会に諮ったうえで正式決定に至るので、まだ(案)の段階で、これからまた議論されることではあるのですが、このままでは私たちにとってはとても容認できない案だと感じます。この(案)にどのようなことが書かれているのかというと、基本的にはこれまでの指針を踏襲していて、これを少し改正するという形になっています。以下がこれまでの指針(2013年3月に出されたもの)

母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針

http://www.jsog.or.jp/news/pdf/guidelineForNIPT_20130309.pdf

I はじめに

II 検討の経緯

III 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査の問題点

IV 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に対する基本的考え方

V 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を行う場合に求められる要件

この構成はそのまま踏襲されています。そして、内容に少し変更を加えているわけですが、それは主に報道にあるように、「基幹施設」と「連携施設」という枠組みを作り、この「連携施設」によって、実施医療機関を増やそうという方針であり、そのための理由づけを記載し、その要件を追加しています。

 理由づけとしては、やはり妊婦が受ける検査は産婦人科医が主体となって行うべきということが書かれていて、まあ要するに産婦人科以外の認可外施設ばかり横行するようになっていることに対して、なんとか挽回したいということなんだと思います。しかし、これまでの状態のまま、産婦人科医というだけで普通にやれることにしては批判も多いだろうという観点から、専門講習の受講を義務付けることによって、きちんと会員教育を行っている形を示せるようにしてきたわけです。この動き自体は、悪いことではないと考えます。学会主導で会員の医師たちが学習して、専門性を高め、知識と経験を積んでいくということは、良いことだと思います。

 しかし、なぜ分娩や中絶を扱っていなければならないのでしょうか。

これまでの指針と同様、新しい指針(案)でも、上記I〜IVでは、延々と、いかに遺伝カウンセリングが大事で、現時点ではその体制が不十分であるのか、いかにきちんとした遺伝カウンセリングを行うことができる体制を整えるべきか、という話が書かれています。学会の偉い先生たちも、このことを強調します。だから、報道でも必ず、遺伝カウンセリングの重要性が記事になり、検査の実施のためにはその体制を整えることが大事と書かれます。

ところが、Vの部分で示される施設要件のところで、はじめて分娩を扱っていることや人工妊娠中絶を扱うことができること(母体保護法指定医)などが、条件として入ってきます。この部分に強い違和感を覚えます。上記I〜IVの部分で、その必要性についての記載がないようなものだからです。理由もなく突然、この条件が挿入されるのです。

今、分娩を扱う産婦人科医は減少傾向にあり、地方だけでなく大都市近郊でも分娩の取り扱いをやめる医療機関が出てきています。地方では産婦人科医の確保が重大問題で、医師が健康に勤務を続けられかつ安全な分娩を可能にすることを考慮すると、分娩施設の集約化の必要性が話題に上ることも多くなってきています。産婦人科医はお産だけでなく、婦人科の診療や手術も行わなければならない上に、夜間当直も多く、いろいろな業務を行うことは大きな負担になります。このような中で、分娩を扱っている施設で専門的な検査をも扱うことは果たして現実的な方策なのでしょうか。

今はむしろ専門分化の時代に入り、都内ではすでに多くの施設が、海外で行われているようなオープンシステムやセミオープンシステムを導入して、お産と妊婦健診を分担しています。分娩や中絶はその専門家、専門施設が担当し、専門的な検査は検査専門施設が担当し、お互いの施設が常に交流し連携を深めるという方が、より現実的でより良い形になるのではないでしょうか。事実、私たちのクリニックはこの形できちんと分娩後もフォローできる体制を構築しています。

また、盛んに遺伝カウンセリングの必要性を主張しておきながら、分娩を扱っていさえすれば産婦人科関連学会が行っている数日数時間の講習を受講しただけで検査を扱うことが可能になり、遺伝関連の専門学会(日本人類遺伝学会、日本遺伝カウンセリング学会)に所属して年月をかけて所定の研修を受け、厳しい試験を通過した臨床遺伝専門医であっても、分娩を扱っていなければ検査に手出しできないという指針(案)が出てくることには、大きな矛盾を感じます。

私は、臨床遺伝専門医指導医として、日本人類遺伝学会評議員として、今回の指針(案)は到底受け入れがたいと感じていますし、日本産科婦人科学会の会員として、産婦人科専門医としても、このような案が示されることについてとても残念に感じています。

今回出てきた指針(案)で示された、「基幹施設」「連携施設」という枠組みではなく、以下のような枠組みを作ることを私は提言したいと考えます。これは、施設の規模や医師数や分娩実施施設か否かを重視した考え方ではなく、医師および診療スタッフの専門性を重視した考えに基づきます。

  • NIPTおよびこれに関連する遺伝カウンセリングやフォロー体制の中心となる施設は、遺伝診療および胎児検査・診断に精通した医師(具体的には臨床遺伝専門医)が所属している「専門施設」とする。「専門施設」が自施設で分娩を扱うことが不可能であれば、必ず検査後のフォロー体制を明らかにし、妊婦の管理は自施設で行いつつ、母体保護法指定医が在籍し分娩を依頼することのできる「連携分娩施設」と密接に連携している必要があるため、「連携分娩施設」を明らかにし、共同で申請を行う。「専門施設」が分娩を扱うことが可能であれば、この限りではない。
  • 「専門施設」とは別に、日本産婦人科学会が指定した研修を受講し、これを修了した医師の所属する施設は、「連携検査施設」として、検査を行うことができる。ただし、検査結果について専門的な対応が必要となる場合には、必ず「専門施設」につなげる必要がある。このため、「連携検査施設」は、症例の紹介および共同管理を行う「専門施設」を指定し、常に密接な連絡体制をとり、「専門施設」の症例検討会に参加するなどの継続的な研修を行う。
  • 「連携検査施設」と「連携分娩施設」は、条件が整えば、同じ施設でも良い。

いかがでしょうか。