FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

NHKハートネットTV『シリーズ 出生前検査』を見て 私の視点

 

 遅ればせながら、先日放送されたNHKハートネットTVの『シリーズ 出生前検査』を録画しておいてあったものを見ました。まだ、「第1回 妊娠- その時、どうしたら?」しか見てませんが、感想を記しておきます。

 ご覧になった方も多いと思うのですが、簡単に内容について述べますと、このシリーズでは、主にNIPTについて取り上げています。日本産科婦人科学会が新指針を決定し、これに厚生労働省が待ったをかけたという状況下で、NIPTを中心とした報道や会合が盛んになってきている中の一企画ということになります。

 番組のまとめ方としては、妊娠がわかってから時系列を追う形で、3つのステージを設定し、そのそれぞれの局面での議論や問題点、考えの違いなどをまとめ、解決策を考えるという流れでした。3つの局面とは、

1. 検査について、知る/知らない

2. 検査を、受ける/受けない

3. 検査の結果を受けて、産む/産まない

で、それぞれの場面でそれぞれの選択があります。

 これらについて、一つ一つ取り上げていく内容なのですが、考えてみるとこのうちの1. 知る/知らないについては、もう議論の余地はないのではないかと思うのです。

 この情報化社会の中で、知らないでいることをよしとする話などないのではないでしょうか。だから、学会の指針にしろ、厚労省からの通達にしろ、「積極的に知らせる必要はない」などと言っていた20年前の感覚がそのまま残されていることは、大きな問題点だと常々ここでも書いてきました。

 問題は、2. 受ける/受けないの部分です。

 この点がいつも話題にされているように思います。検査の前に“遺伝カウンセリング”をおこなって、この点についてよく考えましょうという論調が主流になっています。一見正しいように思えますが、私はここにも疑問を持つべきではないかと考えています。

 よく見かける記事や意見とは少し違った側面から考えてみたいと思います。

 一つの例として、「がん検診」について考えてみましょう。がん検診については、その有効性とかかるコストの問題、結果を踏まえての対処など、いろいろな議論もあるし、種類によって良い・悪いがあるとは思いますが、効果が明らかであるのならば基本的には推奨されるものだと思います。検診で早期発見されるかどうかによって、自分の人生が大きく左右されます。「受けない選択もあるよ」ということを強調する人はあまりいないでしょう。検査を受ける前に、受ける/受けないについて、よくカウンセリングした上で決めてもらうというような手順を踏むこともほとんどないでしょう。

 それでは、がん検診と出生前検査とでは、一体どこが違うのでしょうか。結果を知ることによって、その後の人生が大きく左右される点は全く同じです。ただ、がん検診は自分の生命に関わるものであるのに対し、出生前検査は自分ではない「胎児」の生命に関わる点が違います。検査の後の選択の中に、胎児の生命を生まれてくる前の段階で終わりにするという選択がありえることが、倫理的議論になるから難しくなるのです。

 でもその議論は、本来は3. 産む/産まないのところの議論なのではないでしょうか。

 この段階でいろいろな立場からの意見があったり、選択する上での葛藤があったり、所属する社会によっては選択肢に違いがあったりするから、難しいのであって、本来の議論はここに集約されるはずなのです。だから、受ける/受けないについては、もちろんいろいろな考えに基づいて個々人が決定すべきだし、決定すれば良いと思いますが、他人にとやかく言われる筋合いのものではないと思うのです。だから、遺伝カウンセリングも、検査を受けようとする本人たちが検査についてよく吟味するための情報を得て判断するための機会として利用するならば意義があると思いますが、巷間伝え聞くところのように「本当に検査を受けるんですか?」的なプレッシャーを与えられるような施設もあるようでは、必要性が高いとは私には思えないのです。

 だから、前述した3つの局面のうち、本当に大事で今後きちんと議論していくべきことは、3.に集約されるべきだと私は思います。検査を受けることについて、その窓口を広げることについて、変に規制する事は良くない事だと思います。

 番組を見て感じた事は、この短い時間枠の番組で、限られた人員でこういったテーマをわかりやすく伝えることの難しさでした。

 この種の番組では必ずいろいろな経験をされたご夫婦が取材を受けられ、体験談をもとにした構成がなされます。こういったケースがあるからみんなよく考えないといけないという形で問題点が提示されます。いつも思うのですが、ここで取り上げられるような方たちは、検査を受けた方のうちのマジョリティに属する人たちなのでしょうか。私は違うと思います。バックには非常に多くの検査を受けてすんなりと終わっている人たちがいて、その中で何らかの引っ掛かりが生じた人たちが取材を受けておられるわけです。そういったケースが生じるならば、それに対処できる体制を整えることに力を集中すべきでしょう。そういう問題にならない数多くの人達全てに対して、もしかしたらそういった問題につながるかもしれないから事前に準備をしておくという目的で、検査前の遺伝カウンセリングを義務づけるのはやりすぎだと感じます。

 がん検診の際に、癌が発見されるかもしれないから、事前に検診を受ける人全員に対して一人一人癌に関する説明を聞いてもらうという事はないでしょう。

 そして、こうしたある意味特殊な事例提示をもとに議論を進めることも、視点が偏った議論になると感じます。番組では、明治学院大学の柘植あづみ教授とジャーナリストの河合蘭氏がゲストとして招かれていました。このお二人ともに生殖医療や出生前検査の問題についてずっとライフワークとして取り組んでこられた方達です。しかし、柘植教授が学問的に取り組んでこられたことが、日常的に実際の現場で妊婦さんたちと向き合っている視点につながるのかというと、疑問を感じざるを得ないと感じました。検査の普及に何らかの歯止めが必要と考えておられるようでしたが、これに対し、河合氏が「私は検査をきちんと普及させるべきだと考えている。」とおっしゃられた事は印象的でしたし、よくぞ言ってくださった!と思いました。多くの妊婦さんたちを取材して、現場を見て回ってきた実感なのではないでしょうか。

 柘植教授のお話の中では、こういった出生前検査の話や妊娠・出産に関わる話題について、妊娠してからではなく、もっと前の学校教育の段階からしっかりと情報提供をして社会全体として考えられるようになるべきといったような意見については、私も共感できる部分でした。

 最近、出生前検査の話題になると必ずでてくるのが、「遺伝カウンセリングの必要性」です。「遺伝カウンセリング」というワードがよく語られるようになったこと、一般の方たちにも認識された事自体は、良い事だとは思いますし、「NIPTコンソーシアム」の人達が言うように、彼らの活動の一つの大きな成果なのかもしれません。しかし、本当の意味で必要かつ有効な遺伝カウンセリングと、現在語られている/実際に行われている“遺伝カウンセリング”とが、必ずしも一致していないのではないかという違和感も私にはあります。そもそも、検査に先立って短時間行われる“遺伝カウンセリング”で、それまで長年生きてきた人の考えが、簡単に変わることを期待すること自体に無理があると思います。もちろん、短時間でも知らなかった知識を得て、新たな気づきがあり、自らの選択をきちんとできるようになる効果を期待して行います(実際に私のクリニックでも行なっています)が、何かその場に教育したり指導するような場を期待する事は間違いだと思います。遺伝カウンセリングの必要性に関連して、「親になるという事はどういうことか」などという話が記載されたパンフレットが作成されたりするのを見てきましたが、私はそれは少し違うと感じています。振り返ってみると、妊婦健診やお産の現場、病気のある赤ちゃんの出生や新生児管理の現場に従事していた私でさえ、実際の自分の子どもたちが胎児から出生して育つまでの過程を経て、やっと徐々に親らしくなることができたと感じています。妻が妊娠していた当時に、「親になる責任」とか、「赤ちゃんに問題が生じたときの対応」とかについて、真剣に考える機会があったとは思えません。当時の若かった私が、安易な楽観主義者だったからかもしれませんが、そういう現場にいる医師ですらその程度なのに、普通に日常生活を送っている若者たちが、親になる自覚を持って妊娠に臨んでいるかというと、そういうしっかりした考えを持った人はきっと一握りしかいないだろうと思います。そして多くの場合、やはり直接的に自分が問題に直面しない限り、何も知らないうちに過ぎ去ってしまうものです。出生前検査を受けるにあたって、一度そういう意識喚起がなされる事は良い機会かもしれませんが、単純に元気な赤ちゃんであることを望んで、問題がないことを確認したいという時に、「親になる自覚」の話を聞かされるのもどうかなと思います。

  最後にもう一つ、番組の中で気になった点を挙げておきます。それは実際の遺伝カウンセリングの場面を取材した部分です。番組では、東京女子医大病院で出生前検査に臨むカップルが、遺伝カウンセリングを受ける場面を放映していました。ここでは、一つの部屋に来談者(カップル)と、カウンセラー3名の5名が映っていましたが、カウンセラー3名中2名は女性の臨床遺伝専門医で、1名は認定遺伝カウンセラー(兼看護師)でした。私が気になったのは、医療側のカウンセラースタッフが全て医療職然としていることでした。医師2名は白衣を着用していて、遺伝カウンセラーは看護師の服装でした。主に話をしているのは若い方の医師で、その向こう側で大御所の先生が常に目を光らせている風情で、遺伝カウンセラーは少し離れた位置に座ってカルテ記載役を務めているようでした。遺伝カウンセリングというよりも、まるで病状説明のような雰囲気だと感じました。その場の雰囲気や話の内容などが詳細にはわからないので、憶測で良し悪しを判定することはできませんが、少なくとも私が考える遺伝カウンセリングが実践しやすいイメージではありませんでした。自分がカウンセリングを受ける立場で訪れたとしたなら、ちょっと身構えてしまうなあと思ったのです。日本では、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを担当することが多いようです。認定遺伝カウンセラーの数はそれほど多くないし、出生前検査に関する知識やカウンセリング経験を十分に備えた人材はそう多くはないことも関係していると思いますが、それにしても遺伝カウンセラーは医師の補助役のように扱われてしまっている施設が多いようです。しかし本来、医師ー患者関係は、カウンセリングという場においてはあまり相応しくはないと私は感じています。医師はどうしても説明的、指導的になってしまいます。その上、白衣を着てずらりと並んでいたら、それは効果絶大で、話を聞きにきた人は圧倒されてしまうでしょう。ナレーションでは、「検査を受けるか受けないかを決める際のサポートに力を入れています。」と言っていましたが、画面から感じられる印象ではあまり「サポート」という雰囲気は感じられず、むしろ「指導」という感じがしました。

 この番組を見て一番感じたことは、現在盛んに「遺伝カウンセリングが大事」という意見が当然のように発信されているけれども、その大事と言われている遺伝カウンセリングは、きちんと行われているのか?「遺伝カウンセリング」という言葉は認知されたけれども、その本当のあり方は理解されているのか?本当に遺伝カウンセリングが必要とされる場面とはどういう場面なのか?といった点について、私たちはもっと知るべきだし、見直すべきなのではないだろうかということでした。