FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

ニュージーランド政府が中絶に関する画期的な法案を提出

BBCニュースの8月5日付記事で、ニュージーランド政府が中絶に関する法律を変更する法案を提出したニュースが配信されていました。

www.bbc.com

ニュージーランド政府は、妊娠中絶を合法化(解禁)し、妊娠20週より前までは女性が自ら中絶を選択できるよう提案した。

NZ政府は、1977年から施行されている妊娠中絶に関する法律を変更する法案の詳細を公表した。
現状では、妊娠女性は、2名の医師が妊娠の継続が妊婦の心理的または身体的健康を害すると証明した場合にのみ中絶手術を受けることができる。
Ardern首相は、法案の可否への投票は行われないと予想していると語った。
この法案は、木曜日に初めて議会に提出される。
もし法案が通過すれば、女性は妊娠20週よりも前であれば、心理的・身体的健康状態についての評価を医師に受けることなく中絶することが可能となる。
女性は、中絶を扱う施設に自ら依頼することが可能となり、またカウンセリング・サービスを紹介されなければならない。
妊娠20週以降は、中絶を扱う医師が、女性の心理的・身体的健康状態が中絶を行うに“ふさわしいと確信できる”必要があることになる。
法案では、中絶を行う医療施設を中絶反対派からのハラスメントから守るため、その周囲を「安全地帯」に指定する。
「変化を起こす時が来た」Andrew Little 法相は言う。
「安全な中絶は、健康問題として扱われ、規定されるべきだ。女性たちには、自分の体に何が起こるのかについて自分で選択する権利がある。」
現在、ニュージーランドの法律では、妊娠中絶は妊娠何週までに行わなければならないという上限はないが、20週を過ぎてからの中絶数はたいへん少ない。

中絶の権利団体であるAlranzのTerry Bellamak代表は、この提案は現状よりはマシだが、20週という上限は取り払われるべきだと指摘した。
「胎児の超音波検査は20週ごろに行われるので、その結果に基づいてよく考える時間が必要だ。」
Alranzは、以前にもニュージーランドの中絶に関する法律は、妊娠女性の人権を侵していると主張していた。

中絶反対団体のVoice for Lifeは、この法案はを“かなり良くないもの”と表現し、政府にはこれを推し進める公的権限はないと言う。
この団体のKate Cormackは、ラジオ・ニュージーランドに、この法案は、“女性の健康に対し逆効果だ”と語った。

Ardern女史は、2017年に首相に選出され、彼女の労働党と民族自決主義のNew Zealand Firstとの連立政権を、緑の党の協力を得て樹立した。
しかし、連立政権内での意見の不一致は、法案成立の妨げとなる。
この法案は議会において、“道義的問題”として扱われ、国会議員たちは党議拘束に沿って投票する必要はないことになるだろう。

Ardern首相は、就任するなり産休を取るなど、日本にいるわれわれから見ると画期的な(そしておそらく日本ではかなり叩かれるだろうなと想像される)ワークライフバランスの実践をされた女性です。第一線で働いていた女性でも、産休を取ると元の仕事に戻れなくなるようなことが多いわが国の現状を考えると、出産年齢の女性が妊娠を継続しつつ首相に選ばれるほどの要職で活躍し、これを周囲のスタッフがしっかりと支えている状況は、ほんとうに大きな違いだと感じます。様々な意見の対立はあるのだろうけれども、女性が堂々と自分たちの立場・権利を主張し、議論を進めていける社会状況なのでしょう。さすが、異文化を受け入れてお互いに尊重し、共生社会を作り上げてきた国だなと思いました。

 中絶の問題は一筋縄では行かず、国によってその扱いには大きな違いがあります。例えばアメリカでは、州法で中絶を全面禁止するような規定を作ろうという動きをする州が増えつつあります。私の理解では、1973年のRoe 対 Wade 事件での合衆国最高裁判所判決に基づくなら、合衆国憲法修正第14条が女性の妊娠中絶の権利を保障しているはずですが、これを覆そうという活動が盛んになってきているように感じます。この論争は終わりのない論争として、長年続いているのです。

 一方でわが国ではどうかというと、どうにも曖昧な日本的解決法によって、年間数多くの人工妊娠中絶が行われている一方で、中絶をタブー視する根強い思想が蔓延しています。母体保護法の扱いに関しては、これまでにも議論がなされたことは何度かあったようですが、どうしても専門家としての医師の視点が重視されることが多く、女性の視点から見たリプロダクティブヘルス/ライツを尊重した議論は、あまり進んでいないように感じられます。このあたりについては、昨年11月に記事にしていますので、以下を参照してください。

drsushi.hatenablog.com今回取り上げた、ニュージーランド政府の法案提出、Andrew Little 法務大臣のコメントが印象的でした。もう一度記載しておきます。

「安全な中絶は、健康問題として扱われ、規定されるべきだ。女性たちには、自分の体に何が起こるのかについて自分で選択する権利がある。」

さて、明日は東京・両国で、「緊急シンポジウム みんなで話そう 新型出生前診断はだれのため?」が行われます。私も参加してこようと思っています。

http://www.arsvi.com/2010/20190811.pdf