FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊娠と新型コロナウイルス感染 海外からの報告 3: 胎児への垂直感染はあるのか

3つめは、垂直感染(子宮内での、母体から胎児への感染)に関する論文です。

国際産科婦人科超音波学会(ISUOG)の機関誌Ultrasound in Obstetrics and Gynecologyにアクセプトされ、4月7日に発表された中国からの速報です。

著者は北京大学第一病院のWangらです。

 

私なりの訳文を載せておきます。原文は一番下にリンクを貼ります。

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 垂直感染が存在することの最も信頼性の高い証拠は、胎児の肺組織からウイルスを検出することだが、それは技術的にほぼ不可能である。

 現実的には、子宮内感染の証明は、胎盤組織、羊水、臍帯血、新生児の咽頭スワブ検体からウイルスを検出すれば可能となる。これらの検体は、子宮内で起きた問題を確実に反映しているということを証明するために、分娩直後に無菌的方法で採取されることが大変重要だ。

 子宮内感染の可能性を調査した最初の研究は、軽症から中等症の症状があって、検査で新型コロナウイルス感染が確認された6例の妊婦において、羊水、臍帯血、新生児の咽頭スワブ検体を用いてqRT-PCR法で感染確認をおこなった結果、全ての検体で陰性結果が出たことより、妊娠末期における子宮内胎児感染は起こっていないと考えられたという結論に至っている。

 これに続いて、同様の方法で4例の妊婦について検査を行い、同じ結論に至った一編の報告がある。この報告ではさらに、妊婦の腟内分泌物からも新型コロナウイルスのRNAは検出されなかった。

 Chenらの研究では、3例の感染妊婦からの新生児咽頭スワブと胎盤検体との組み合わせの検査で、全ての検体においてRNA陰性であった。

 特記すべきは、新型コロナウイルス感染妊婦から生まれて、出生後36時間の時点で咽頭スワブ検体からウイルスRNA陽性が確認された新生児において、確認のために行われた胎盤と臍帯血のqRT-PCR検査では陰性結果が得られ、子宮内感染はおそらく起きていないと考えられた事である。

 したがって、現時点では、垂直感染の証拠は何もない。

 

 しかしながら、いまだ答の得られていない疑問も存在する。これまでの研究におけるほとんどのケースにおいて、妊婦の症状は軽症から中等症で、すべて妊娠末期のケースである。したがって、感染から分娩までの時間経過は短い。サイトメガロウイルス感染で見られるように、胎盤のバリアが母体から胎児へのウイルス感染を一時的に遅らせただけだとしたなら、妊娠初期や中期における感染であった場合や、妊婦が発症後、分娩までの間に長期間を要した際に、どうなるかはまだわからない。

 これに加えて、どうやら経胎盤的に新型コロナウイルスが感染する経路がありそうだ。Zhaoらの研究では、新型コロナウイルスに感受性の高い細胞の表面レセプターであるACE2が、ヒト胎盤上に表出していることが示された。このことは、ACE2を介して、このウイルス感染が経胎盤的に起こりうる可能性を示唆している。

 これとは別に、感染母体の低酸素状態に伴う胎盤バリアのダメージが、経胎盤的垂直感染に繋がる可能性もありえる。

 

 つい最近になって、合わせて7名の感染妊婦から産まれた、新生児の血清中の新型コロナウイルス抗体(IgGとIgM)検査結果から、垂直感染の可能性を調査した2つの研究が行われた。3名の新生児において生後すぐに採取された血液から、近年開発された全自動化学発光免疫測定法によって確認されたIgM抗体の存在より、子宮内感染の可能性があると結論づけている。しかしながら、この3名の呼吸器系から得られた検体でのウイルスRNA検査は全て陰性で、臍帯血や胎盤から得られた検体によって直接確認できた証拠はなかった。なお、この2つの研究で用いられた分析方法の感度および特異度についての広範囲にわたった評価は存在しない。さらに、よく知られているように、IgM分析は偽陽性の結果を出しやすい。

  ウイルス感染の確認に特異的IgGおよびIgM抗体検査を用いる場合、これらの抗体の動的変化に着目する必要がある。Zengらの研究(訳者注:上記の2研究のうちの一つ)では、新生児における新型コロナウイルス特異的IgM/IgG抗体の動的変化については検証していない。一方で、Dongらの研究(訳者注:上記のうちもう一つ)でみられた、新型コロナウイルスIgG抗体価の、生後2時間における140.32 AU/mL(正常範囲0〜10 AU/mL)から生後14日目における69.94 AU/mLへの低下と、IgM抗体価の、生後2時間における45.83 AU/mL(正常範囲0〜10 AU/mL)から生後14日目における11.75 AU/mLへの低下という経過は、急性ウイルス感染症の人体における典型的な抗体価の推移には一致しない。IgG抗体の半減期は21〜23日であることと、新型コロナウイルスのIgG抗体とIgM抗体との産生のタイミングのずれが約1週間であることから、この新生児でのIgG抗体価が14日以内に急速に減少したことと同時にIgM抗体価が減少したことは、この児から検出されたIgG抗体は母体から胎盤を通して移行したものであることを示し、新生児期の感染によって上昇したとは推定しづらいと考えられる。われわれの見解としては、この2つの研究結果は、新型コロナウイルス感染が子宮内で起こったことを示す決定的な証拠にはならないと思われる。

 

 さらに、Zengらによるコホート研究(訳者注:上記のZengらの論文とは別)では、33例中3例(33%)の新生児が、生後2日目と4日目の鼻咽頭検体からのqRT-PCR検査で2回連続した陽性判定が出たことによって、新生児期早期の新型コロナウイルス感染と診断されているが、分娩中に厳重な感染予防策がとられてはいるものの、検査時期の遅れのためにこれらのケースが出生後に感染したものではないとは言いきれない。この3例は全て、6日目の検査ではウイルスRNAは陰性であった。新生児期の感染が成人の感染と同様のウイルス学的プロフィールを示すかどうかについては、今後の検討が必要である。

 

 子宮内で経胎盤感染が起こるのかどうかを明らかにするためには、より質の高い研究が必要である。第一に、われわれは、胎児奇形、流産、胎児発育不全などの胎児の予後不良のリスクを明らかにするコホート研究を提案する。妊娠初期と中期における新型コロナウイルス感染妊婦の調査が、垂直感染が実際にあるのか否かを調べるためには必須である。次に、分娩直後に、無菌的手法で、新型コロナウイルス感染妊婦からの生物学的検体を採取することが、垂直感染があり得るのかどうかの検証のために重要である。生物学的検体とは、臍帯血、胎盤組織、羊水、羊膜と絨毛膜との接点のスワブ検体のことである。われわれは、胎児が呼吸器を介して感染するか否かについてはわからないが、このウイルスが気道上皮の繊毛上で繁殖することから、新生児の咽頭スワブも生物学的検体として適切であると考えている。もし可能なら、感染妊婦が流産した際の胎盤および流産胎児からの検査も行われるべきだ。第三に、qRT-PCR法によるウイルスRNA検査に加えて、血清学的検査も、垂直感染を明確にするための追加検査としての重要な役割を担う。ただし、妊娠中に新型コロナウイルスに感染したケースから出生した児について、経時的にフォローアップすることが必要となる。例えば、出生後すぐに採取された生物学的検体からのRNA検査が陰性であったにも関わらず、新生児血清中のIgM抗体とIgG抗体が検出された場合には、IgG抗体価についての経時的なフォローアップは必須だ。IgG抗体価が6か月以内に陰性化する場合には、子宮内感染は否定される。しかしこれが18か月以上持続するようなら、新生児期・乳幼児期における感染を否定した上で、先天的感染症であるとの診断が下される。

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どうやら、いろいろと疑わしいケースはあるものの、現時点では子宮内感染が証明されたケースは存在しないと言えるようです。特に、出産に近い時期での母体感染では、心配は少なそうだという印象ですね。

絶対にないかどうか、まだまだ調べてみないとわからないという段階だとは思いますが。

 

論文のリンク

Intrauterine vertical transmission of SARS‐CoV‐2: what we know so far