FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

NIPTと超音波検査との関係性について、もう一度解説しておきます。

前回は、疾患の頻度(事前確率)が低い場合、検出感度が高い検査であっても、陽性的中率はそれほど高くはならないという話をしました。

 このあたりがよくわかっていないと、単純に『精度』が高い検査という名目で、なんでも当たるように思われてしまいがちなので注意が必要なわけで、だからこそNIPT陽性と出ても、きちんと羊水検査で確認しましょうという話になるのです。前回の話の続きでいうと、例えば13トリソミーあたりになってくると「陽性」という結果が出ても実際にはそうではない「偽陽性」である可能性がそれなりにあるわけです。では、「陽性」と結果が出た場合に、次にどのような道があるのでしょうか。

 一般に、「NIPTで陽性判定が出た場合には、必ず羊水検査を受けてください。」という話が、伝えられていると思います。そのように説明している施設は、認定施設/非認定施設を問わず、多いのではないかと思われます。しかし、前回記載したように、トリソミーのある胎児は、超音波検査上の特徴的所見をいくつか持っていることが知られていますので、これらを元に、より診断を確定に近づけることが可能になります。特に、知識と経験を備えた検査担当者が観察した場合には、判断のために有用な特徴をいくつか見つけることが可能で、18トリソミーや13トリソミーの場合などではかなり重大な形態異常が確認される場合もあります。そうすると、羊水検査まで待たなくても、違った形で判断材料を得ることができて、選択肢が増えることにつながります。

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この図では、超音波検査という選択肢を持たない場合のルートを、オレンジ色の点線で示しています。一方、超音波検査を行うことで得られる選択肢を緑の実線で示しました。

 超音波検査で特別な所見がない場合に、絨毛検査には進まず、羊水検査まで待つ理由は、絨毛検査はあくまでも胎盤の検査だからです。胎児と胎盤は、同じ一つの受精卵から分化してできたものですから、本来であれば同一の染色体を持っているはずですが、ここに違いが生じることがあるのです。それは、モザイクという現象として知られています。受精卵が、細胞分裂して数が増えていく過程で、一部の細胞で染色体に変化が生じ、一つの体の中でもともとある細胞から分裂した細胞の系列と、変化が生じた細胞から分裂した細胞の系列の混在が起こった状態をモザイクと言います。この変化が胎盤のみに限局している場合が「胎盤モザイク」です。トリソミーでよくあるのは、「トリソミーレスキュー」という現象で、ある細胞から染色体トリソミーの1本が脱落して、その細胞において染色体数が正常化すると、その細胞から分裂して生じるそれ以降の細胞は全て正常化したものになります。この現象の結果、胎児は全て正常染色体数の細胞から作られ、トリソミーは胎盤内にのみ残っているケースが生じます。この現象は、NIPTで偽陽性が生じる原因の一つとして知られています。したがって、胎児に本当にトリソミーが存在するのか否かの確認には、胎盤の検査である絨毛検査ではなく、胎児の細胞の検査である羊水検査が適しているということになるわけです。

 しかし、胎児に何らかの超音波所見があった場合はこの考え方が少し違ってきます。例えば胎児に複数の特徴的な部分がある場合、NIPTの結果は、胎児の問題を反映している可能性が極めて高いと判断できるケースが出てきます。そうすると、羊水検査まで待たずとも、絨毛検査で確定すれば良いという判断も可能になります。(すごく厳密には違っている可能性もゼロではありませんので、どの検査結果をどこまで信頼するかなど、検査や処置を受ける個々の妊婦さんやカップルの価値観に基づいた選択にどこまで有用な情報提供ができるかという話です。したがって、超音波所見上の特徴があってもやはり羊水でないと信頼できないと考えるならば羊水検査を選択することになりますし、逆に超音波検査で特に何も見つからなかったとしても絨毛検査結果で決めてしまいたいという選択肢もないわけではありません)

 超音波検査で、もっと重大な問題が発見される可能性もあります。たとえば13トリソミーの一部のケースは、全前脳胞症という特徴的な頭部の形成異常を伴います。もっとも重症の場合には、頭部の正中構造の形成が不十分になりますので、例えば大脳が左右の半球に分離していない、眼球が二つに分かれていない、鼻が正常な形で作られていないなどの症状を示します。この場合には、さすがに現状では有効な治療の手立てがありませんので、これが発見された場合には、人工妊娠中絶の選択がされることが多いでしょう(厳密には母体保護法での人工妊娠中絶の適応に、胎児の異常は含まれていませんが、例えば無脳症の胎児について妊娠中絶を選択しないケースは極めて少ないと思われます。これと同じような話です。母体保護法のこういう曖昧な部分も、今後きちんとしていかなければならない問題だと考えています)。ただし、妊娠12週ごろに全前脳胞症を診断することがそう難しくはないケースが多々あるにも関わらず、日本ではこの時期の胎児の観察に慣れた医師が少ないため、現状ではきちんと診断されることは少ないであろうと思われます。

 超音波検査の結果、その時の所見がそのまま妊娠継続を断念することにつながる選択肢も、上記したようなケース以外にも様々あります(もっとも明確なケースは子宮内胎児死亡でしょう)。この場合には、妊婦さんの子宮に針を刺す検査をわざわざ行うことはなくなります。しかし、流産後に染色体検査をきちんと受けておくことは、特に次回以降の妊娠を考える上では、大事なことです。胎児に異常があって流産された時に、もうそれ以上の検査を希望しないという方が時々おられますが、後になって、やっぱりその結果がないと将来的なことが心配になってしまうことにつながりますので、きちんと検査を受けておかれることをお勧めしています。

 今回記載した、「胎盤モザイク」「トリソミーレスキュー」の話は、2年前の本ブログ記事でも取り上げていました。

某無認可クリニックの全染色体検査:わかってやってるんでしょうかねえ - FMC東京 院長室

この記事では、遺伝学的知識が乏しい状態で本来ならその知識を必要とするはずの検査を行うことの問題点について論じていましたが、その後、2年経った現在、この状況はよりひどいものになっています。何しろ遺伝学的知識は言うに及ばず、出生前の検査、妊婦の診療というものを扱ったことなどないような医師がNIPTを扱うクリニックが、どんどん増えてきているのです。そして、これらのクリニックの多くが、認定施設では行っていない、より一般的でない疾患を対象としたNIPT検査を扱っています。このような現状にありながら、学会は独自の指針にこだわり、私たちのような専門施設でさえ認定せず、厚労省の会議は新たな方向性を示すことができるのか全く未知数で、時間ばかりが過ぎて、いいかげんな無認可施設だけが懐を温め、妊婦さんたちは不利益を被っています。

 新型コロナの流行で、不妊治療もストップされ、不安のために妊娠することを見合わせる人も増えていることと思います。この国の少子化には拍車がかかり、超少子化時代に突入することだろうと思われます。コロナ以前から、少子化を止める有効な策が講じられることがあまりなかったように感じていますが、このブログでずっと取り上げている出生前検査の扱われ方も、これから妊娠を考える世代の立場に立ったものとはとても思えないように感じています。