FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

「『母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査』についての共同声明」について(2016年11月25日)

平成28年11月2日、日本医師会、日本医学会、日本産科婦人科学会その他が、『「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」についての共同声明』を発表しました。http://www.jspnm.com/topics/data/topics20161114.pdf

これは、この検査に関する日本産科婦人科学会の指針、関連5団体の共同声明、および厚生労働省 の通知を無視する形でNIPTを実施する医療機関・検査機関があらわれたことを受けての声明です。

今回、検査を開始した医療機関・検査機関での検査の行い方は、検査をうける人たちに十分な説明や心理的支援がないまま、難しい選択が迫られることにつながるなどの重大な問題点があり、そのやり方には非難の声が上がることは当然のことと思いますが、この問題について、単に指針に従わないからいけないというのではなく、なぜこのように指針に従わずに行う施設が出現してしまうのか、そこにはどういう問題があるのかといった本質的な部分についての考察や議論が必要と考えます。

この声明の中では、『日本産科婦人科学会では、十分な遺伝カウンセリングを実施することができると認定・登録された施設でのみ臨床研究として実施できることを骨子とした「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」1)を策定し、2013年3月9日に公表しました。』と、述べられています。指針:http://www.jsog.or.jp/news/pdf/guidelineForNIPT_20130309.pdf

以前の記事でもお伝えしましたが、この「指針」に沿って進められてきたNIPTが、

実際にこの指針に沿って行われているのか
指針そのものの問題点はないのか

の二方向から、検証を行う必要があります。

・実際にこの指針に沿って行われているのか?
この指針では、「V-1 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を行う施設が備えるべき要件。」として、産婦人科医と小児科医との双方が常勤勤務していることや、そのうちいずれかは臨床遺伝専門医であることなど、厳しい条件を課しています。その中で、「検査施行後の妊娠経過の観察を自施設において続けることが可能であること」という要件が記されています。しかしながら、実際には、普段は検査施設とは別の医療機関で妊婦健診をうけており、分娩もそこで行うケースがかなりあります。施設として、妊娠経過の観察を自施設において続けることが可能でありさえすれば、実際には観察を自施設で続けなくても良いのでしょうか。それでは、この要件は何のためにあるのでしょうか。

・指針そのものの問題点はないのか?
産婦人科医と小児科医との双方が常時勤務していること」「検査施行後の妊娠経過の観察を自施設において続けることが可能であること」の二要件があるために、当院のような分娩施設・入院施設を持たないクリニックでは、「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」を扱うことができません。妊娠経過の観察や小児科医の対応を医療連携の形で信頼の置ける他院と連携して行う形ではいけないのでしょうか。この国の医療には、医療連携の仕組みがないというのでしょうか。また、上記のようにこれらの要件は、実質を伴っているとは言えません。この要件さえ備えていれば、検査施行後の観察は他院に任せることも可能になるのでしょうか。これではまるで、こういった検査は、大きい病院でしか扱えないようにするために作った規則としか言えないように感じます。無床産婦人科施設の医師は信用がおけないという前提で作られた規則のように感じます。

指針は、「十分な遺伝カウンセリングを実施することができると認定・登録された施設でのみ臨床研究として実施できることを骨子と」していると述べられており、遺伝カウンセリングの重要性が強く示されています。
当院には、常勤スタッフとして、臨床遺伝専門医2名と認定遺伝カウンセラー2名に加え、日本遺伝学会ゲノムメディカルリサーチコーディネーターの資格を持つ助産師が在籍しています。現在全国で認定施設として「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」をおこなっている医療機関の中で、当院と同等の遺伝カウンセリング体制を整えている施設は数少ないと思われます。しかし、このような施設でも、前述した二要件(常勤小児科医の存在・検査後の妊娠経過の観察)がないと検査を扱う施設として認められません。このような制限が本当に必要なのでしょうか。
また、遺伝カウンセリングが必要な理由として、「1) 妊婦が十分な認識を持たずに検査が行われる可能性があること、 2)検査結果の意義について妊婦が誤解する可能性のあること、 3)胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる可能性のあること、等」と記されています。ここで記されている可能性は、この検査だけに限られたことなのでしょうか。たとえば、当院に来院される妊婦さんの一定数は、胎児の後頸部に“むくみ”があると指摘されて、心配になって相談してこられる方です。この超音波検査なども、まったく同じ可能性を考える必要があると考えられるのではないでしょうか。このほかにも、血清マーカー検査や羊水検査など、同様の問題のある検査はいくつもあるにもかかわらず、これらの検査については特別に施設基準は設けられておらず、どこの医療機関でも受けることが可能です。「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」は、手軽に検査が可能でかつその精度が高いという特殊性があるとはいえ、同様の問題があるその他の検査とくらべて、扱いの違いが顕著なのではないかと感じられます。その上、この検査については、「臨床研究として実施する」とされていますが、その臨床研究の内容とはどのようなものなのでしょうか。なにを研究テーマとしているのでしょうか。検査そのものの精度やその妥当性については、すでに数多くの研究結果が国際的に示されており、これに基づいて世界の多くの国では信頼の置ける検査として臨床現場で実施されています。現在行われている「臨床研究」では、どのような仮説を立てて、なにを証明しようとしているのでしょうか。「NIPTコンソーシアム」のホームページ内にある、「臨床研究について」の項目を読んでも、研究によって何を明らかにしたいのかがよくわかりません。これをいつまで続けるのでしょうか。

私たちは、この検査も含めたすべての「出生前検査・診断」のありかたについて、どのような形が実際に妊娠している方やこれから妊娠を計画している方にとってより良いものであるのか、常に考え、開かれた議論を継続的におこない、修正すべきは修正を加えていくべきであると考えています。