FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

へその緒が絡んだって、いいじゃないか!

さて、久しぶりに日常診療の話題です。

当クリニックでは、毎日何人もの妊婦さんの超音波検査を行なっているのですが、そんな中でよく聞かれる質問があります。

私たちは、子宮の中で胎児が動き回っていると、『元気に動いているな』ということを確認すると同時に微笑ましくなり、また妊婦さんにも安心していただけるかと思って、「元気に動いていますねえ。」と発言します。ところが、これを心配につなげてしまう方が少なからずおられるようなのです。私たち医師が何か言うと、なんでも問題点を指摘していると感じてしまうのでしょうか。それとも、何しろなんであっても心配で仕方がないのでしょうか。

そして、よく言われるのが、「こんなに動いて、臍の緒が絡まったりしないでしょうか?」という質問です。

想像してみましょう。子宮の中で、胎児は胎盤と臍の緒でつながっています。紐に繋がれたような状態で、いろいろと動けば、絡まるのは必然でしょう。むしろ絡まらない方がおかしいのではないでしょうか。現在わが国では年間約100万人が生まれています(残念なことに2016年には100万人を割ってしまいましたが)。この約100万人の胎児がみんな子宮の中で動き回って、臍の緒がいろいろと絡んでは外れ、また絡みついては外れしていたのです。つまり、臍の緒が絡みついても大丈夫なようにできているのです。何を心配することがあるのでしょう。

もちろん、世の中には思わぬトラブルに遭遇する方もおられます。何の問題もなく順調に経過していた妊娠、元気にしていた胎児が、突然具合が悪くなり、不幸な転帰をたどる(例えば知らないうちに心臓が止まっている)ケースに遭遇することも、長年産科医をやっていると数例経験します。そして、原因がどこにあったのかを検討しても答に行き着かず、どう考えても臍の緒のトラブルとしか考えられないようなケースもあります。臍の緒(臍帯)は、母親と胎児との接点である胎盤と、胎児とをつなぐ唯一のルートであり、3本の血管の周囲をワルトン膠質が取り囲んでいる(正確には卵黄嚢管(臍腸管)と尿膜管の痕跡も通っている)紐状の構造です。このワルトン膠質が大事な役割を担っており、これによって血管が守られているから、血液の流れが保たれます。血管のねじれが強い時(特に臍付近や胎盤への付着部付近)や、羊水が少なくなって胎児と子宮の壁との間の隙間が少なくなり、臍帯が圧迫を受けやすい状況の時など、血管が押しつぶされて血液の流れが障害されると、胎児にとっては重大な問題につながります。そういった意味では、臍帯は胎児の生命線となっていると言えるでしょう。そして運悪く、血流が遮断されてしまうと、胎児は元気ではいられません。実際にそういうことが起こってしまったケースが存在し、その経験がブログなどで語られていたりする(実際にはそのうちのいくつかは本当に臍帯の血流の問題が原因なのかどうかはわからないのですが)ので、それらの情報を目にした人が、“臍の緒が絡まる”ということをすごく心配されているようです。

また、イメージとして、例えば臍帯が首に絡まると首を絞められて苦しくなると想像する方も、少なからずおられるようです。しかし、首が締まって苦しいのは、空気を呼吸して生きている私たちには当てはまりますが、肺呼吸をしていない胎児には当てはまりません。胎児は胎盤で酸素をもらっているので、首を絞められて呼吸が苦しいということはありません。どんなにきつく絞めても、頸動脈が圧迫されるほど締めることは難しいでしょう。むしろ、臍帯動脈(胎盤でもらった酸素が運ばれてくる)が絞められたら、肺呼吸をしている私たちが首を絞められるのと同じような酸欠状態になるでしょう。

そもそも臍帯は絡まるものなのです。そして絡まっているところが超音波で見えたとしても、どうすることもできません。自分で動いていつかは外れる(あるいはそのまま生まれてくる)のを待つしかないのです。いちいち心配していたら、きりがないのです。私は声を大にして言いたい、

へその緒が絡んだって、いいじゃないか!