FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

切迫流産で自宅安静って、どのぐらいの行動なら大丈夫なの?

当院では、妊娠初期(正確には日本における妊娠初期の定義と、海外における妊娠第1三半期の定義が少し違っていて、当院で行なっている検査は第1三半期の検査ということになるのですが、ここでは初期という呼び方で統一します)の検査を主な業務にしています。妊娠初期といっても、胎児の姿がようやく見えるか見えないかのような時期(5週〜7週あたり)は対象としていません。もう少し先の11週以降を対象としています。このころになると、胎児の形態はだいぶ人らしくなってきていて、心拍もしっかりし、胎児自身に問題がない限り流産する心配は極めて少なくなっています。

ところが、当院での検査を予約しておられる方々の中で、「“切迫流産”や絨毛膜下血腫で自宅安静を指示されたので受診できません。」と、予約のキャンセルの連絡をしてこられる方が、それなりの数存在します。医療機関に受診できないぐらい家でじっとしていなければならない(そうでないと流産のおそれがある)妊婦さんが、そんなに大勢おられるものかと疑問に思うほどです。そもそも家でじっとしていれば、流産は防げるのでしょうか。

とかく日本の産婦人科医は、『安静』を好みます。妊娠中に、「安静にしているように。」と指示されている妊婦さんは、かなりの数に上るのではないかと思います。では、『自宅安静』を指示された場合に、どのような生活を送っていれば良いのでしょうか。日常の買い物にも行ってはいけないのでしょうか。『安静』の具体的な内容について事細かに指示してくれる医師は、どれほどおられるでしょうか。妊婦さんがどういう状況の時に、生活行動のうちのあることをするのとしないのとで、妊娠の結果がどのように違ったということを証明した研究結果はあるのでしょうか。『安静』の指示は、そう行った科学的事実に基づいているのでしょうか。

『安静』指示というのは、考えようによっては魔の言葉のようにも思えます。もし妊娠経過が芳しくなかった時に、「あなたが指示通り安静にしていなかったから、結果が悪くなったのだ。」と人のせいにすることができるからです。悪い言い方をすれば、流産の原因を妊婦自身に押し付けるということにつながります。これが不必要に罪悪感を植え付ける結果に繋がっている可能性について、考えを巡らせている医師がどれほど存在しているでしょうか。

流産の原因は様々です。中には安静にしていることが良い結果に繋がることもあるでしょう。しかし、もし本当に安静にしていることが必要であるのなら、入院管理とするべきです。医療機関で管理せず、自宅で安静にしていなさいという指示は、責任転嫁しているとしか言いようがないと私は感じます。自宅安静を指示されている方のほとんどは、受診することもできないほど外出を制限しなければならない状態にあるとはとても思えません。妊婦健診の時に自宅安静を指示されたからと言って、当院の診療予約をキャンセルされる必要はないと断言したいです。

もちろん、何をしても良いと言っているわけではありません。日常生活以上の行動、例えば旅行に行ったり、負荷のかかる運動をしたり、そういったことも積極的に行って問題ないといっているわけではありません。しかし、買い物に行ったり、最低限の家事をしたり、人の助けがなくても生きていける生活をするくらいはできると思うし、当院での検査を受けに来るぐらい(当院に来院する際にラッシュアワーに当たることはあまりないと思います)、ゆったりとした計画を立てれば、問題ないはずだと思っています。

医者から安静が必要と言われたら、普通の人は、動いてはいけない、ましてや電車に乗って出かけるなんて、とお考えになって、当院の予約をキャンセルせざるを得なくなるのだろうと思います。しかし、私に言わせれば、そんなことでキャンセルすることはない、入院しているなら仕方がありませんが、自宅で生活できる人なら、当院を受診するぐらい問題ないはずですとお伝えしたいです。

超音波検査で胎児の状況を見ていただければわかると思います。妊婦さんがどんなにじっとしていようと、子宮の中の胎児は動き回ります。絨毛膜下血腫の部分も頻繁に胎児に直接的にけっとばされています。妊婦さんが安静(全く何もせずじっとして動かないでいろということなのでしょうか??)にしていても、胎児がじっとしてくれていることはないのです。