FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

優秀演題賞受賞 NTが厚いケースについての調査研究で

 先日開催されました、第136回関東連合産科婦人科学会学術集会において、発表した演題『高度なNuchal translucencyの肥厚を呈したケースの転帰』が、多くの演題の中から周産期部門の優秀演題賞に選出されました。この学会は、日本産科婦人科学会の地方会の一つで、関東甲信に加え、静岡県まで含めた範囲の産婦人科医が一堂に会する、会員数 名という規模の大きな学会です。通常、このような賞は、若手研究者の励みになるように、国際学会などではYoung investigator awardとして年齢制限が設けられていることが多いのですが、この学会では年齢制限などはなく、今回の受賞となりました。周囲の知り合いの先生方からは冗談めかして、「先生のような人が取るんじゃなくて、若手に譲った方が良いのでは?」などとからかわれましたが、大学病院や総合病院などに所属しているわけではなく、個人で運営している施設で、高く評価していただけるような研究的仕事を行なって結果を出しているという、良いアピールの機会にもなるし、同じような立場の方の励みにもなると考え、賞をいただくこととしました。実はこの学会では、4年前にも優秀演題賞候補になっていたのですが、その時には自信があったものの受賞を逃していたので、その時の悔しさも少しあり、今回の受賞は個人的にも大変嬉しいことでした。
 実を言うと、この学会での発表は、その時以来の4年ぶりのものでした。当院における診療に関連したデータや研究成果はこれまで、もっと別の専門的な学会や国際学会でアピールすることに力を注いできました。しかし、そうすると複数の学会に参加しても、いつもそこにいるメンバーはあまり変わらない顔ぶれです。ところが、日常診療でいつも問題視していることの一つである、妊娠初期における胎児の“むくみ”の指摘に関わる医師の多くは、そういった専門学会には参加しておられない方がほとんどです。そこでこの問題に関連した発表を、一般的な産婦人科医やまだそれほど専門分野が絞れていない若手医師が多く参加する場に出して、そういった立場の医師たちに認識してもらおうという意図で、この学会での発表を企図しました。その意味では、優秀演題賞に選出され表彰されたことも、その発表内容が学会誌に掲載されることも、目的を果たす意味では最大限の結果が得られたと感じています。

 さて、今回の発表内容ですが、臨床医の皆さんだけでなく、一般の方々、特にNTの肥厚を指摘されて慌ててネットで色々と調べる方々にも知っていただきたいものですので、ここで簡単に紹介したいと思います。

 当院には、他院で診察を受けた際に胎児の“首の後ろのむくみ”を指摘されたという相談が多く舞い込みます。しかし、そのような方が持ち込まれる超音波検査画像を確認すると、不正確な計測の元に過大評価されていて、またその上かなり心配になるような説明を受けておられる方も多いのです。そして心配した妊婦さんがインターネットで調べると、そこにはまた間違った情報が氾濫しています。特に多いのは、首の後ろのNT (Nuchal translucency の略)が、3mm以上あるとダウン症候群の可能性が高くなるという説明です。当院で実際に検査を受ける方も、この3mmという数字にこだわっている人がけっこう多いです。なぜそういう数字が一人歩きしているかというと、そういう説明をしている医師が少なからずいて、その説明を受けた人がブログで拡散するという悪循環があるからでしょう。ではこの説明は正しいのでしょうか?
 NTの計測が、ダウン症候群の発見に役立つということが発表されたのは、今から約四半世紀前の1992年です。このころ多く出された研究成果において、どのぐらいの厚みがあると発見されやすくなるのかという評価基準の一つが、3mmという数値でした。この当時はまだ多くのデータはなく、大まかな判断基準を設定している時代でした。それから長年にわたって、NTの計測は妊娠11週0日から13週6日における胎児の検査の主要項目として、診療に組み込まれつつデータの集積が進み、世界中で一定の基準を元に評価できるようになってきました。その中心となっているのが、Fetal Medicine Foundation (FMF)です。現在では、胎児の大きさ(頭臀長)ごとにNTの厚さがどのように変化するかもわかっており、このデータに基づいた評価を行うことが求められるようになっていますので、どんな大きさの胎児でも一律に3mmといった数値で評価するようなやり方は、過去のものとなっているのです。ところが日本では、このNTの計測は全く普及しませんでした。これには理由があるのですが、ここでは細かくは述べません。NT計測が普及しないだけでなく、そもそも世界各国では最も大事な時期になりつつある妊娠11週から13週が、日本では妊婦健診の合間になって診察すら行われないことが多いという特殊な事情もあるのです。この時期にどういう評価が可能なのか、NTはどう計測してどう評価すべきなのか、NTが厚い場合にはその後どうすれば良いのか、今後も情報発信を続けていきたいと考えています。
 FMFのページで、NTの計測について自己学習が可能です。私たちはここに示されているデータを説明に用いてきました。以下の図はここで公開されているもののコピーですが、その出典を調べると、以下の二つの文献を元に作成されていることがわかりました。

・Snijders RJ, et al. Lancet 1998 Aug 1;352(9125):343-6

・Souka AP, et al. UOG 2001;18:9-17

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この図を見ると、NTが胎児の頭臀長に対応した厚みの95 percentileにあたる数値よりも厚い場合でも、3.5mmよりも薄ければ、その厚みを持つ胎児の93%は大きな合併症なく生まれます。日本で3mmよりも厚いと言われて大騒ぎしているのとは、だいぶ印象が違うのではないでしょうか。「染色体異常の可能性が高い。」と説明されたとすれば、その説明は正しくはないということになるでしょう。確かに少し可能性が上がることは事実ですが、これを正しく表現するなら、「NTが厚くない胎児に比べて、厚い胎児では染色体異常が発見される可能性が少し高くなる。」ということになります。まあ、お医者さんはどちらかというと理系の人が多く、文章能力は高くない人もいますし、コミュニケーションに難のある人もいますので、言葉の使い方がうまくない人が一定数いるのかもしれませんが、このように大事なことは正しく伝えるべきです。私たちの経験上も、実際にNTがやや厚いようなケースでも、問題なく生まれてきたケースをたくさん見ていますので、少し厚いだけで過度な心配につながるような話をされて、それだけで重大な決断をしてしまっている人もいるとしたら、たいへんな問題です。
 それで今回の発表ですが、今回はこのグラフの最上段、6.5mm以上のケースに着目しました。NTが6.5mm以上あると、首の後ろだけでなく背中や頭の周囲、あるいはお腹側にもむくみが確認できるようになります。見た目も衝撃的だし、聞くところによると、「ここまでむくんでいると、何らかの病気がある。」と言われて、妊娠中絶を勧められたりすることもあるようです。このような所見であったケースをずっと見続けている医師も少ないと思うし、たくさん見ている医師も少ないと思うので、当クリニックでの経験を形にして伝えようと考えたわけです。それで、このグラフでは6.5mm以上ある場合でも15%の胎児は問題なく生まれてくるとなってるけど、実際どうなの?ということを調べてみました。
 結果を大まかに示します。
 2013年9月から2018年5月までの間に、当院で計測したNTが6.5mm以上あったケースは、109例ありました。このうち、染色体核型が明らかになったものは80例でした。(残念ながら染色体検査を受けていただけなかった(特に胎児死亡になった例でその傾向が強い)ケースがそれなりの数ありました)
 この80例のうち、58例(72.5%)は、染色体異常がありました。残る22例(27.5%)がどうなったかを追いました。残念ながらそのうち4例は、現時点で経過が追えていません。ひきつづき調査を行なっていきたいと思います。では残る18例はというと、、、
 18例中12例はお産まで到達しましたが、6例は胎児死亡になってしまいました。そのほとんどは循環に影響を及ぼす合併症を抱えていました。
 生まれてきた12例のNTの厚みは、6.6mm〜12.2mmでした。12.2mmのケースは、複数の合併症を持っていて、生後1日目に亡くなりましたが、残り11例は生存しています。11例中1例は骨格奇形を、2例は心奇形を持っていましたが、8例は大きな合併症なく成長しています。結局、染色体の結果が出て、その後の経過もわかっている76例中、8例が大きな問題なく生きることができているということで、この時点では10.5%という数字になりました。
 この結果から、NTが6.5mmを超えるほど厚くても、約1割強の赤ちゃんは問題がないのですと説明することが可能になると考えています。1割というのはすごく悲観的になる数値かもしれません。しかし、絶対に病気だとは言えないという明確な事実です。希望の光にもなる数値ではないでしょうか。もちろん、何らかの問題が本当にないのか、慎重にフォローしていく必要があります。マイクロアレイ染色体検査や妊娠中期の超音波検査でくまなく確認して問題が発見されなかった場合でも、妊娠週数が進んでから問題が発見されるケースもあるし、生まれてきてからはじめてわかるような問題もあり得ますので、妊娠中も出産後も、心配が全くなくなることはないと思います。しかし、考えてみればこれはむくみがなかったケースでも同じではないでしょうか。子どもは、いや人はいくつになっても、いつどんな病気を発症するかなど、わからないのです。もちろん、むくみなど指摘されていなかった人に比べると、何かにつけ心配が頭をよぎることは多いかもしれません。しかし、結局はどこかで折り合いをつけていくしかないのです。わからないことはゼロにはならないけれども、少しでも多くの情報を明らかにしていくことが、前に進んでいける糧になると信じています。
 最後に、今回の発表の中に含まれている赤ちゃんの中で、情報提供にご協力いただいた方の写真を公開したいと思います。元気に生存しているお子さんの中で、最もNTが厚かった子ですが、妊娠12週時点で10.5mmありました。この時点では絶望的にも思われたのですが、このむくみは16週を過ぎたあたりから18週にかけて急速に縮小し、染色体検査結果が正常であるとわかるとともに、希望の光が徐々に大きくなっていきました。結局35週に早産で生まれましたが、問題なく元気に育っています。今回の学会発表の直前に4歳の誕生日を迎え、今日も元気に幼稚園に通っています。NTが厚いことを指摘され、絶望的になっている方にぜひ見ていただき、少しでも希望を持ってもらえると嬉しいので、ぜひブログで公開させてほしいという私からの申し出に快諾していただきました。ありがとうございます。

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