FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

NIPT新指針で「基幹施設」となる現認定施設の態勢は十分なのか

NIPT新指針問題、発表当初のインパクトがなんとなく収まって、少し静かになっている感じがしていますが、毎日出生前検査・診断の現場で多くの妊婦さん達と向き合っている私たちは、毎日このことを意識しています。

この新指針案では、NIPT実施施設の幅を大きく広げて、「連携施設」というものを作り、より多くの産婦人科の現場で検査を可能としようとしています。そして多くの批判はこの「連携施設」として検査を扱うのは大丈夫なのか、医師たちの知識や経験、医療機関としての支援体制は十分なのか、というところにあると思われます。

しかし、本当に問題なのは、現在認定を受けて実施している施設が、そのまま「基幹施設」という責任ある立場になることが適切なのかというところなのではないかと思うのです。

新指針案では、「連携施設で行なった検査の結果、「陽性」と判断された場合には、基幹施設に紹介し、検査施行後遺伝カウンセリングを依頼する」としています。しかし、その後は、「その後の分娩まで含めた妊娠経過の観察、および妊婦の希望による妊娠中断の可否の判断及び処置を自施設において行うことが可能であり、現に行なっている」連携施設に戻ることになっていますので、要するに遺伝カウンセリングは引き受けるけれども、お産や中絶までは引き受けきれませんよと言っているわけです。

また、出生後のケアについては、基幹施設としての要件でさえ、「出生後の医療やケアを実践できる、またはそのような施設と密に連携する体制を有する」とされていて、ここは自施設で必ず扱うことにはなっていないのです。何かこの指針を決めている人たちにとって都合よくまとめようという意図を感じざるを得ません。

そんな中、将来の「基幹施設」候補である認定施設を受診されたのちに当院を受診される方が複数おられ、いろいろと問題を感じることがありました。同じようなケースが複数ありましたので、ここでは特定のケースについて取り上げたものではないことについてお断りしておきます。

これまでにも何度か指摘してきましたが、日本の出生前検査・診断の問題点は、約15年間にわたる空白期間があり、その間、諸外国で発展した検査が全く普及しなかったことです。この中で連日実感することは、妊娠初期における超音波検査の行われ方が諸外国と大きく違っていて、特にNTの評価の問題が大きいということです。(NTについてはこのブログの過去記事で何度も取り上げていますので、参照してください)

NTの不適切な評価は、小さいクリニックでも大きい病院でもまんべんなく存在しますが、「基幹施設」候補の病院でも適切な判断がなされていないケースに遭遇します。以下のようなケースが複数ありました。

・普段の通院先で胎児の「むくみ」を指摘されて大学病院に紹介された。紹介先の大学病院では、程度の強いNT肥厚という評価がなされた。年齢が若くてもNT肥厚のあるケースでは、その施設で行なっているNIPTが可能であることを紹介され、遺伝相談外来の予約をした。遺伝相談外来で説明を受け、NIPT検査の採血を行なった。

この対応は、正しいのでしょうか?

程度の強いNT肥厚では何が考えられるでしょうか。ある方は5mm程度、また別の方は8mmぐらいあると指摘されていました。私たちが使用している海外の文献に基づいた資料では、例えばNTが5mmある胎児の1/3には染色体異常があります。私たちはこれに加えて、他の超音波所見も見ていますので、同じ5mmのケースでも、もっと染色体異常の可能性が低いと判断できるケースもあるし、他の所見からもっと明確に疑いを持つこともあります。何れにしても、それなりに染色体異常の可能性が高いわけですから、もうその時点で、確定検査である絨毛検査や羊水検査を考慮すべきでしょう。

認定施設でのNIPTの対象疾患は、21トリソミー、18トリソミー、13 トリソミーの3種です。しかし染色体異常にはこの他にも様々なものがあります。また、NT肥厚が高度な場合、例えば8mmぐらいあったならば、そしてそのほかの超音波検査での特徴に乏しいならなおさら、ターナー症候群の可能性を考慮しなければなりません。

では、ここで認定施設の方針に従ってNIPTを受けた妊婦さんが、その結果を得た後、どうなるのでしょうか。まず、NIPTの結果が出るまで約10日ほど待たねばなりません。

陽性の場合:NIPTは確定検査ではありませんので、その後羊水検査に進むことになります。羊水検査では、1週間弱でトリソミーの判定が可能な迅速検査方法もあります(我々の施設では2,3日で結果が出る別の迅速検査を採用していますが、多くの施設ではFISH法を採用しているので、5,6日を要しています。またFISH法を扱っていない施設もあります)が、このFISH法も厳密にいうと必ずしも確定と言えない部分が存在します(正直のところ、胎児がむくんでいてFISH法でトリソミー判定が出れば、これらの情報をもとに妊婦さん自身がどのような選択をすべきか考えても良いと思いますが、それを許さない医師も多く存在します)し、迅速検査自体を行なっていない施設も存在しますので、一般的な確定方法とされるG分染法の結果が出るまで2〜3週間待たなければならなくなります。

陰性の場合:3種のトリソミーの可能性は極めて低いとわかりました。では胎児にはなぜむくみがあるのでしょうか。次はどうすればい良いのでしょう。もう次は超音波検査でフォローしていくしかないのでしょうか。ほかの染色体異常の可能性も考えて、羊水検査を考慮するのでしょうか。だったら何のためのNIPTだったのでしょうか。

率直に言うと、この場合のNIPTはお金と時間の無駄です。

実際のところ、上記のような経緯で当院を受診された方の中には、超音波検査を行なった結果、染色体異常が原因とは考えられない、しかし明らかに別の大きな問題が胎児に見つかったケースもあります。

このように、「基幹施設」でもまずい対応になってしまのは何故なのでしょうか。

 

「基幹施設」は、だいたいにおいて大学病院や総合病院などの規模の大きい施設です。これらの病院には、複数の診療科があり、常勤医師数も多いので、何人か医師がいればその中には専門医資格を取得している医師も一人ぐらいはいたりするわけです。つまり、施設基準を満たしやすい条件がはじめからそろっています。しかし、その分、たくさんの患者さんを診療しなければならないし、幅広い分野をカバーしなければなりません。一人の専門医が、自分の専門分野だけを常に担当しているわけでもないし、専門的な対応が必要なケースについて、常に対応できる体制でもないことが多いのです。一般大学病院などでは、産科外来を担当している医師は比較的経験の浅い若手医師であったりします。そこにNTが厚いことを指摘された妊婦さんが来ても、適切な対応ができない場合があります。内部で常に専門医に繋げられる体制がつくられていればその問題も解決可能ですが、多忙な産婦人科診療の中で、そのような体制を作ることが困難であったり、専門医は実は別の部門にいたりなど、案外うまく情報や知識の共有が行き届いていないものなのです。

また、専門医自身も、あまり対応が上手くない場合があります。例えば臨床遺伝専門医の資格があるからといって、胎児診断の全てに精通しているわけではありません。むしろ胎児診断の分野はこの国では空白期間があったこともあって、超音波診断やいろいろな検査手段を用いて総合的に判断する手順など、うまくできていないと感じられるケースは多いのです。

一般には大学病院やセンター病院、総合病院などでは、十分な施設とスタッフがそろっていると認識されていることが多いと思いますが、特殊な分野では、施設による差は大きいものです。私は長年大学病院に勤務していましたので、それはよくわかります。何しろ大学病院では、一般診療にも高いレベルが要求され、その上に専門性を積み重ねなければならないのが、現在の日本の医療の仕組みです。特殊な専門的分野の全てを網羅することは不可能です。大学ごと、病院ごとに得意分野・不得意分野はあるものです。

このような現状を知っていること、今もリアルタイムに経験することが、私が対案を提示する根拠となっているのです。