FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

実際に出生前検査を専門的に扱っていてはじめてわかる、NIPTの今ある問題点と解決策

長い連休を経て、時代は平成から令和へとかわりました。この新しい時代に、日本の女性を取り巻く問題は大きく変わらなければならないと思います。今、様々な方面で、女性の権利やそれに関連する社会の問題の議論が表に出るようになってきましたが、私のもともとの専門分野である産婦人科の世界でも、子宮頸がんワクチンの問題、緊急避妊ピルの問題、人工妊娠中絶の問題など、これから解決が必要な問題がたくさんあります。このブログの中心テーマである、出生前検査・診断の問題もその一つです。

 

3月2日の日本産科婦人科学会理事会を経て、「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)に関する指針(案)」が提示されました。これに関連して以下の記事のほか、複数の記事を執筆しました。

ついに出た日産婦の指針改定案。そしてつまはじきにされる私たち。 - FMC東京 院長室

そして、意見聴取などが行われたのち、来月の倫理委員会を経て、決定に至るというスケジュールになっています。過去記事でも言及していますが、今回のこの案も含めたこれまで、これからのこの検査の扱われ方について、私は大変に危惧しています。そのことを感じさせられることが最近複数ありました。理事会や倫理委員会に参加しておられる先生方は、現在実際にある問題点をどの程度把握しておられるでしょうか。多くは各地の大学教授の先生方です。現場で経験しておられる先生はほとんどおられないと思います。私たちには東京のど真ん中でいろいろなケースに向き合っているからこそわかることがあります。

ケース1:某美容外科クリニック(学会認定外施設)で、NIPTを受けた結果、18トリソミー陽性という結果を受け取られました。このクリニックでは、この結果をどう解釈すべきか、18トリソミーにはどのような問題があるのかなどについて何の説明もなく、羊水検査を受けられる場所の一覧として、5,6施設が列挙された紙を渡されました。本人は、何よりも早く結果が知りたいとお考えになり、自分でいろいろと調べた結果、絨毛検査を受けられる施設として当院に連絡してこられました。この方はNIPTの結果がすごく不安になって、普段妊婦健診で通院している施設の医師に超音波検査などの希望を伝えたのですが、この医師には認定外施設で検査を受けるなどとんでもないと叱られ、超音波検査もしてもらえず、羊水検査もうちではやらないと言われてしまっていました。

NIPTも絨毛検査も胎盤からの検査です。しかし、実際には胎盤限局性モザイクというものがあり、絨毛検査で得られた結果と実際の胎児の細胞内の染色体とが違っているケースが、絨毛検査を行なったケースの1〜2%ほどに存在していることが知られています。したがって、NIPTの結果染色体異常が疑われた場合でも、羊水検査を行うと染色体異常は検出されず、胎児には染色体異常が存在しないと判断されるケースがあります。このため、通常は絨毛検査はお勧めせず、羊水検査で確定しようという説明になります。しかし、羊水検査が受けられるまでに数週間待たなければならないとなると、陽性という結果を得た妊婦さんは不安で仕方がありません。何よりも早く結果が欲しいというお気持ちはよく理解できます。

昨年夏の日本周産期新生児医学会のシンポジウムの時にも話題に出しましたが、私たちは、妊娠11週から13週での超音波検査で、18トリソミーや13トリソミーの胎児に見られる特徴を詳細に捉えています。ここでそういった特徴が見つかれば、羊水でなく絨毛検査でも胎児の所見と合わせて確定と考えることも可能ですし、超音波所見によっては(かなり重い症状の場合)、絨毛検査も行わず流産後に胎盤などで染色体検査を行うことをお勧めできるケースもあります。そこで、まずは来院していただいて、超音波検査を行うことにしました。

超音波検査当日、この方はたいへん不安そうにしておられました。なぜなら、NIPTを行なった美容外科クリニックから入手した資料には、この検査の陽性的中率が非常に高いことが示されているからでした。しかし、実際には理論上陽性的中率は年齢ごとに違っているし、疾患頻度の低いものほど低くなります。この方の場合、計算上は40%弱になるのではないかと考えられました。

超音波検査では、これまでの経験上、18トリソミーにおいて見られる形態的特徴について(もちろん基本的なNTの肥厚なども含めて)詳しく観察しましたが、何一つその特徴を見出すことはできませんでした。超音波では、まず18トリソミーはあり得ないと判断されたのです。私は、もし針を刺すことに抵抗感が強いのなら羊水検査を回避する選択もあり得るのではないかと言いました。しかし、目で見て判断する検査には絶対はありません。できれば羊水検査で、本当にトリソミー細胞がないのか、確認したいと思います。

それにしても、この美容外科クリニックの説明文書を作っている人は、検出率と疾患頻度を踏まえた陽性的中率の算出など、基本的な知識をおもちでないか、あまりきちんと考えておられないと思われます。また、通院しておられる産科施設にも問題を感じます。なぜ妊婦さんが叱られなければならないのでしょう。この方がこのような施設で検査を受けてしまうのは、現在の検査体制に問題があるからで、この方自身が悪いわけではありません。いい加減な説明で検査を行なっている美容外科に対して怒りをぶつけてほしいものです。不安を抱えている妊婦さんに追い打ちをかけるように怒りをぶつけ、検査も行わないというなど、追い詰めるばかりです。このような医師でも、講習を受ければNIPTを実施できるようにしようという指針案かと思うと、本当にそれで良いのか疑問に感じます。(その上、現在の指針案通りなら、私たちはNIPTを行うことができないのです!)

 

ケース2:また別の美容外科クリニック(学会認定外施設)で、NIPTを受けた結果、21トリソミー陽性という結果を受け取られました。年齢の高い妊婦さんでしたので、21トリソミーなら陽性一致率も高いし、まず間違いないのではないかと感じましたが、それでも絶対はないので、ご本人から相談を受けた当院では羊水検査を予定していました。これに先立ち、一度超音波を見てみようと来院していただきました。

妊娠13週で超音波検査を行いましたが、21トリソミーを疑わせる特徴は何もありませんでした。NTも厚くないし、鼻骨も明瞭でした。血流も問題なく、偽陽性である可能性があるのではないかと感じられました。しかし、21トリソミーでは症状が軽いケースがあり、また特徴もそれほど明らかではないこともままあるので、超音波では絶対的なことは言えません。なんとか結果を励みにして、羊水検査まで待つように伝えました。

しかし、この方の周囲は、NIPTの結果に対してかなりネガティブに捉えておられました。何しろ検出率の高い検査です、一般には精度の高い検査と認識されています。その上、この方はすでに二人のお子さんをお持ちでしたので、家族の中には中絶を勧める意見も強くありました。これらの意見に押され、中絶を決意して某産婦人科に行き、中絶の準備段階の処置(子宮頸管を軟化させる処置)もお受けになりました。ちょうどそのタイミングで、当院の遺伝カウンセラーが電話連絡し、そのような状況になっていることが判明しました。しかし、本人はまだまだ気持ちが揺れていました。そこで当院の遺伝カウンセラーが、気持ちが揺れているなら検査ではっきりさせてから考えた方が良いと話し、本人も処置の中断を決断されました。すぐに某産婦人科に戻り、準備のために入れた器具を取り出してもらいました。ここでは、処置の中断に関してかなり怒られたようです。(ここでも産婦人科医のパターナル問題が出ました)

16週になり、当院で羊水検査を行いました。その結果、胎児の染色体は正常であることが確認されました。この方のNIPTの結果がなぜ偽陽性になっていたのか、その理由はわかりません。ここには何らかの理由があるはずですが、検査を行なっている美容外科でこれが検証されることもないでしょう。こういう現状は、医療の発展の面から考えても、たいへん残念な事です。

 

ケース3:妊婦健診で通院している産婦人科医院で、NTがやや厚いことを指摘され、こともあろうにこの医院から、NIPT検査ができるところということで、またまた別の美容外科クリニック(何でみんな美容外科なのか😢)を紹介されました(このクリニックは、近隣の産婦人科診療所に対して、NIPTを実施するので必要があれば紹介してくださいという案内を送っていたのです)。それにしても、何が悲しくて産婦人科医が学会の縛りで検査ができないからと美容外科に紹介することになってしまうのか。厳しい施設基準を作った人たちは、自分たちがこの状況を作り出してしまったのだという自覚があるのでしょうか。

それで、この方は全部わかる検査という触れ込みで行われている、全染色体の異数性や微細欠失症候群まで含んだNIPT検査をお受けになりました。その結果、出てきたものは、7番染色体のトリソミーでした。

7番染色体にトリソミーがある場合、通常そのような細胞は十分に増殖できずに、流産に至ります。それも通常の場合妊娠のごく初期の段階での流産となります。したがって、7番のトリソミーでありながら、順調に胎児が発育しているということはありえません。ではこの場合、何を心配しなければならないのかというと、それはモザイクの存在です。モザイクとは、体の中にある一定の割合で複数の系統の細胞(この場合は染色体数正常の細胞と7トリソミーを持つ細胞)が混在している状態で、その割合に応じて症状は様々です。モザイクが起こる原因はいくつかありますが、トリソミーの場合、一般にはトリソミーレスキューと呼ばれる現象が考えられます。これは、そもそもの受精卵はトリソミー細胞だったけれども、細胞分裂する過程である細胞から7番染色体が一つ消失し、染色体数が正常化したものができたことが発端になります。この細胞から分裂してできた細胞は全て正常数の染色体を持つものになるので、どの段階でこれができるかによって、モザイクの範囲や比率に違いが生じます。例えば、胎児になる細胞の全てが染色体数正常の細胞から発生していれば、トリソミーは胎盤にのみ存在することになります。そこで、この方の場合の検査の手順としては、まず羊水中に7トリソミーの細胞がないかどうかを調べることになります。もし羊水中にトリソミーの細胞がなければ、胎盤限局性モザイクで胎盤のみにトリソミー細胞が存在しているか、検査上の何らかの問題で偽陽性となったかのいずれかであると判断できるので、その後は、胎盤機能が良くないために胎児の発育が阻害されないかどうかに注意しつつ、観察を続けていくという管理方針となります。しかし、もし羊水中にあれば、胎児にモザイクが存在することになります。この時には、そのモザイクの比率がどの程度であるのかを判断しつつ、どのような症状が起こる可能性があるのか、これまでの報告をもとに、詳細な超音波検査医にょって確認していく必要性が生じます。そういった検査を行っても、どのy夫な症状が出るのか、あるいは出ないのか、明確な答えを出すことは困難なので、判断が難しくなります。

しかし、実はもっと難しいのは、胎児にトリソミー細胞がなくても、問題が生じる可能性があることです。それは、「片親性ダイソミー」の可能性です。どういうことかというと、前述したトリソミーレスキューが起こるときに、3本ある染色体のうち同じ片親から来た2本のみが残ってしまったものが片親性ダイソミーです。通常、私たちが持っている一対2本の染色体は、1本が父親から1本が母親から来たものです。しかしトリソミーの場合は2本が片親から来て3本になるわけです。この3本が、トリソミーレスキューの結果、通常通り両親から1本ずつという形で残れば良いのですが、片親から来た2本が残った場合に、染色体の番号によっては病気の原因になることがあります。今回の7番染色体の場合には、母親からの2本が揃った場合、Russel-Silver症候群という疾患の原因になるのです。これについても染色体検査で(それも一般的な染色体検査では判定できませんので、特殊な方法を用いて)、調べる必要が出てきます。

これらの難しい問題の存在と、その検査方法や妊娠管理方針などについて、きちんと説明し理解していただいて、夫婦に結論を出してもらえるように導くためには、しっかりとした知識と技術を備えた専門家による遺伝カウンセリングが必要です。

そういう事態が生じる可能性について、この検査を扱っている施設(例えば美容外科クリニック)は、認識しているでしょうか。どのように対処しようと考えているのでしょうか。こういったことを全く理解しないまま検査提供しているのではないかと想像します。

こういったケースが最近になって増えてきました。それは明らかに、検査でどのような問題を扱っているのかについてよく理解しないままに検査を提供しているクリニックがどんどん増えてきて、十分な説明を受けられずにいる妊婦さんが増えてきているからではないかと想像されます。

もちろん、こういう難しいケースはそれほど多く存在するわけではなく、検査を受けたほとんどの方は、「陰性」の結果を得て、安心して妊娠継続できていることと思います。だから、この検査を多くの人が受けられるようになることには、大きな意味があり、広く普及させることは必要だと考えています。だから、こういう問題があるから普及させてはいけないという意見を持っているわけではありません。

しかし、普及と同時に、このような難しい問題にどう対処できる体制を作るのかということを真剣に考えなければならないでしょう。今回の指針案では、「陽性」結果を得たケースについては基幹施設で遺伝カウンセリングを受けるようにする体制づくりが考えられています。しかし、その基幹施設の遺伝カウンセリング体制はどの程度信頼できるのかは現時点では未知数であると感じています。未だ施設ごとに遺伝カウンセリングの質にはばらつきがあります。特に出生前の問題については、日本では普及が遅れたこともあって、まだまだ専門家であっても扱いに慣れていない部分があります。専門家自身も、引き続き研鑽を積んでいく仕組みが必要でしょう。ましてや、私たちのように複数の専門家が日々ディスカッションを重ねつつ診療を続けている専門施設であっても、NIPTを扱うことができないという矛盾した指針案ができてしまう状況であることを考える、この先本当に大丈夫なのかという気がします。

各地に基幹施設を置くなら、その施設のレベルアップとそのレベルの維持を、そして本当に専門家と言える人材の育成を、そして、忙しい周産期センターにその役割を担わせるよりも、専門施設を整備することを考えた方がより良い対策となるでしょう。