FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

一体いつルールが変更されたのですか? なぜ、専門家が冷静さを維持できない事態に陥ってしまったのか。

 当院を受診される前に、すでに様々な医療機関において説明を受けたり、検査そのものを受けたりしておられる方がいらっしゃいます。NIPTに関していえば、認定施設で受けた方もいれば、認定されていない施設で受けてきたという方もおられます。

 少し前までは、35歳未満の方は認定外の施設で受けることが当たり前でした。なぜなら、公益社団法人日本産科婦人科学会倫理委員会・母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会が定めた「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」において、対象となる妊婦として、『高齢妊娠の者』という項目があるからです。ここで、『高齢妊娠』というのはいったい何歳の妊婦のことなのかというと、一般に35歳以上とされています。このことから、学会認定施設では、NIPT検査の対象妊婦を35歳以上の妊婦に限定していたのです。

 ところが、最近、この年齢制限がなくなっているという話が聞かれるようになってきました。35歳未満だけれど認定施設で受けることができたという妊婦さんが来られるようになったのです。私は、実際に認定施設で検査を行っている先生方が、倫理委員会に対して年齢制限の撤廃を求める文書を提出したけれども、認められなかったという話を聞いていました。その後新たに指針が変更されたという話は聞いていませんし、そもそもNIPTの施設認定にしろ指針にしろ、春に厚生労働省から待ったがかかって以来動いていないはずなのです。それなのに年齢制限が撤廃されているわけがないと思ったのですが、調べてみるとどうやら事実らしいのです。例えば、NIPT実施の代表的な認定施設として知られている国立成育医療研究センターのホームページ内、

www.ncchd.go.jp

を見ると、以下の記載があります。

NIPTの対象となる妊婦さんの条件の1つに「高年齢の妊婦さん」が含まれており、今までは出産予定日の年齢が35歳以上である方を対象としておりました。しかし、ご出産時の年齢における染色体疾患の出生確率のとらえ方は個人によって異なりますので、一定の年齢条件を設けずに対応することにいたしました。

要するに、自主的に指針の解釈を変えたということです。

 個人的感想としては、「一度学会の認定を受けたら、あとは独自にルールを変えても良いのか。」と思いました。では今までの厳しい年齢制限はなんだったんだと言いたくなります。この他にも、これまでは夫婦での遺伝カウンセリングを義務としていたのに、夫婦揃ってなくても良いことにしたようです。

 私はそもそも、この年齢制限にしろ、夫婦揃って受診しなければいけないという決め事にしろ、これを義務付ける必要性は低いと考えていましたので、これを守らなければならないとは全く考えていませんが、これまで厳しい基準を守って認定を受けてやっているということを主張してきたくせに、ルール自体が変わらないことに業を煮やして事情次第で好きに変えるんだったら、認定を受けていない施設を批判できないではないですか。

 この年齢問題は、羊水穿刺などの検査についても以前から存在していました。学会の指針に記載されている文言は、常に『高齢妊娠の者』という表現になっていて、具体的な年齢は記載されていません。何年も前のことになりますが、ある会である臨床家のお医者さんから「この高齢妊娠というのは何歳と考えれば良いのですか?」と聞かれた学会の指導的立場におられる先生が、「これは特に規定されていないので、先生がこの方は高齢だとお考えになればその方が高齢妊娠なんです。」とお答えになった現場に立ち会ったことがありました。それではこの文言自体に意味がなくなるのではないかと思い、大変驚いたことを記憶しています。

 結局このような曖昧な表現は、医師の都合である程度自由に解釈が可能ということにされてしまうのです。今回も、「指針には『高齢妊娠の者』と記載してあるだけで、何歳という規定はされていない。」という強弁がまかり通ることになるでしょう。

 私は、実際に認定施設としてNIPT検査を実施しておられる先生方をよく知っています。学会や会議などで何度も議論を交わしたり、懇親会などで個人的に話をしたりした人たちです。認可を受けずに検査を扱っている人たち(専門的な学会などの場で顔を合わせることなどついぞないような人たちです)とは、全く違います。この検査をきちんとした体制で普及させていかなければならないと本気で考えていた人たちであることはよくわかっています。それなのになぜ、今回のような暴挙とも言えるような行動を取ってしまうことになったのでしょうか。

 これはなんと言っても認定を受けていない施設が急激に増え、想像を超える勢いで検査が無制限に普及してしまったからです。彼らが考えた理想も何もあったものではありません。今やこの検査は、認定施設で行なっている数よりも認定されていない施設が扱っている数の方が凌駕している状態にまでなってしまいました。そのような状況に陥りながら、この検査を管理している上部団体(学会や厚生労働省)は、何も有効な手段を講じることができないでいるばかりか、やっと重い腰を上げて検討会を立ち上げるなどと悠長なことを言いだしたところなのです。日夜現場で妊婦さんやその家族と接している人たちではない人たちは、現場感覚がない頭でっかちといった印象です。

 この問題に対する焦り、なんとか対抗しなければならないという気持ちが、これまで抑制的に振る舞ってきたNIPT実施認定施設の一部の医師たち(それも代表的な立場にいる人たち)の冷静さを失わせてしまったのでしょう。しかし、悪く言えばこの事態に陥ったことは彼ら自身の過ちでもあるのです。私に言わせれば、そもそもの指針を作る段階で、もっと堂々と推進すべきだった。抑制的に過ぎたと思います。極端に抑制的な意見の人たちにおもねり過ぎた。検査を扱う中心的な役割を担う専門家である産婦人科医として、もっとしっかりとしていなければいけなかったのです。

 しかし、焦る気持ちはわからなくはないものの、理想を語ってきちんとやっている施設であることを前面に出したいなら、ここはぐっと我慢すべきではなかったのではないでしょうか。あるいは、何らかの形で意見開示するなり発表を行うなりして、グループ全体として私たちはこうしますと示すべきだったのではないでしょうか。一度認定されていたら、自分たちの勝手で決め事を曖昧にできるのはいい身分だなと思います。私たちは専門施設として体制を整えて、日夜妊婦さんたちと向き合いながら、NIPTだけを扱うことができないまま、5年以上の月日を耐えてきたのです。それは、正々堂々とやりたいからです。認定外の非専門施設と同列に扱われたくないという思いがあるからです。現在認定を受けている施設のような大きい病院やセンターとは違い、私たちは少人数の小さいクリニックです。出生前検査を中心業務としている当院で、この検査の部分を他院に持って行かれている状況は大変辛いものがあります。クリニックを維持するだけでも大変なのです。認定を受けずにやっている施設は、ただ血液を採取すれば良いので、短時間に多くの検査を扱うことが可能です。しかし私たちは業務の主体が超音波検査なので、一人一人長い時間を要します。1日にたくさんの方々の検査を行うことはできません。そういう時間と手間、専門知識と技術を必要とするいわば面倒な部分のみ担当して、採血だけで終わるような検査は全て他に持って行かれていながら、なんとか6年続けてきました。もう堪忍袋の緒が切れそうになりながら、しかし真面目に規則を守ってやってきました。

 自分たちで締めてきた箍を自分たちで外すようなドタバタを演じなければならなくなるほど追い詰められてしまった人たちと、その状況を作ってしまったこの国の体制、本当にどうにかならないものかと思うと、本当に腹立たしいです。

 本日、厚生労働省が立ち上げたワーキンググループの第一回目がようやく開始されるようです。

www.mhlw.go.jp私自身は、診療のために傍聴できませんが、常に動向には注視していきたいと考えています。