FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

0歳児の新型コロナウイルス感染の報告。どこから感染したのか?

書きかけの項目がいくつか残っているのですが、どうもそれどころではなくなってきて、新型コロナ関連の情報収拾で頭がいっぱいになってきつつあります。最前線で対応しておられる医療従事者の方々には、頭が下がる思いです。

 私は、災害医療や感染症の専門家ではありませし、政治や経済についても疎い方なので、この国の方針や対策について、思うところはあっても、軽々には論じられません。

 しかし、妊娠や出産、胎児や新生児に関する情報を、少しでも専門家の目を通してお伝えすることは、大事な役割かと思いますので、目についた情報や得られた情報について、公開していきたいと思います。

 最近、0歳児に新型コロナウイルス感染が見つかった報告が、国内と海外でありました。これについて見ていきたいと思います。

1. 国内の報告

 4月1日に、山梨県の0歳の女児が心肺停止状態で山梨大学医学部附属病院に搬送され、検査したところ、新型コロナウイルスに感染していたことが判明したというニュースがありました。NHKのニュースでは、厚労省のコメントとして、「感染した乳児が重症化したのは初めてではないか」というコメントが流れましたので、皆驚いたことと思います。現在妊娠しておられる方や新生児・乳児を育てておられる方は、かなり心配されたのではないでしょうか。

 しかし、より詳しい情報によると、この女児に新型コロナウイルス感染が判明したきっかけは、CT検査で『軽い肺炎』の症状が見つかったからであり、大学病院の医師らは、心肺停止とウイルス感染による肺炎との間には因果関係はあまりないという見解のようです。この赤ちゃんは心肺停止の状態からは脱して、今も治療が続いているようですが、原因は明らかではないものの、今回の状況はSIDS(乳幼児突然死症候群)によって亡くなった赤ちゃんと同様のものであったのではないかと推察されます。「感染した乳児が重症化した」というコメントは、ニュースを受け取る人のミスリードを招きますので、慎重に扱っていただきたかったと思います。

 福岡市でも、3月30日に0歳の女児とその母親に感染が判明しました。この二人は、それ以前に感染が判明していた男性の娘と孫ということで、感染者の濃厚接触者だった(同居していた)ようです。詳細はわかりませんが、女児は新生児ではなく、発熱はあるものの、症状は軽いとのことです。

2. 海外の報告

 3月14日のニュースで、ロンドン北部のEnfieldにある、North Middlesex University Hospitalで、肺炎症状のある妊婦から生まれた新生児が、新型コロナウイルスに感染していていることが判明したと伝えられました。出産した母親がウイルス検査で陽性という結果が出産後に出て、新生児を調べたところ、やはり陽性という結果だったようです。母親は感染症専門病院に移送され、新生児は産まれた病院で管理しているとのことでした。

 この新生児の感染経路について、それが母体内での垂直感染(子宮内にいる胎児に胎盤を通して感染したもの)なのか、それとも出生後に感染(例えば口や鼻などからの感染)したのかは、わかっていません。どういう状況なら感染して何日めであるかとか、胎盤にどのような所見があれば子宮内感染と判断できるのかといった指標があれば、判断可能だと思いますが、現時点でこれを明確にすることは難しいでしょう。また、もし垂直感染した場合に、胎児にはこのような所見があるという話が多く出てくるようなら、垂直感染することが確実と言えますが、現時点では明らかに垂直感染が起こったと判明しているケースはないので、慎重に調査する必要はあるものの、まだ可能性はそう高くはないと考えて良いと思っています。新型コロナウイルス感染の状況は、刻一刻と変化しており、世界は当初考えられていた以上に大変な状況に陥っていますので、少し前の情報がどの程度参考になるかはわかりませんが、2月の時点で垂直感染の有無について少数例のサンプルではあるもののきちんと調査した結果の報告では、垂直感染の恐れはあまりないであろうと考えられていました(この記事の下部にリンクを貼っておきます)。もちろん、今後の調査研究の結果、この見通しが覆る可能性はないとは言えませんが。

 このケースは、新生児ケースとしては世界で2例めとされており、その前には、2月2日に武漢で生まれた第一例めがあります。このケースでは、分娩した母親は出産前の時点で感染が確認されていたようですが、新生児にいつどのようなルートで感染が起こったのかについては、明らかになっていません。この新生児は、比較的落ち着いた状態にあると伝えられていました。母体からの飛沫感染の可能性が疑われているようです。(垂直感染の疑いが全く否定されているということでもないようですが)

 3月31日には、イランのマシュハドでも新生児のケースが報告されました。ニュースによると、出産した母親には新型コロナウイルス感染の疑いがあると書かれていて、詳細は明らかではありません。この新生児は、生後24時間の時点で呼吸窮迫症候群と診断されていましたが、その後改善し、人工呼吸器は外れているようです。

小児でも重症化の恐れがある?

 少し前まで、新型コロナウイルス感染患者の主な年齢層は、40代50代であるとされ、若年層では患者数は少なく、重症化の恐れもあまりないとされていました。

 しかし、アメリカ小児科学会の機関誌であるPediatricsの電子版(まだ最終バージョンではないが、出版に先駆けて公表されたもの)に、中国上海の医師らが発表した論文によると、小児でも年齢層が低くなると、それなりに重症例が出ていることがわかっています。

Epidemiological Characteristics of 2143 Pediatric Patients With 2019 Coronavirus Disease in China

この論文によると、年齢層ごとに分けた、感染者と疑い症例を足した対象患者における、重症例(熱や席に加えて、下痢なども併発し、一週間ほどの経過で呼吸障害に至るもの)と最重症例(急速に呼吸障害に陥り、脳炎や心筋炎など多臓器に渡る命に関わる障害を呈するもの)を合わせたケースの比率が、1歳未満では10.6%、1歳から5歳で7.3%、6歳から10歳で4.2%、11歳から15歳で4.1%、16歳以上では3%でした。このことから、若年層でも、幼児や乳児などより年齢の低い層では、ウイルスへの感受性が強いのではないかと推察しています。(この論文における対象例は小児のケースとされていますが、16歳以上は何歳までが含まれているのかは不明。対象例の年齢の中央値は7歳でした。2143例中、検査陽性が確認されている例は731例(34.1%)でした)

 どのようなケースを重症化と定義するかや、対象例を検査陽性例に絞るかどうかなどの前提条件の違いがあるために、大人のデータと比較することはできませんが、全年齢の条件を揃えた調査では、明らかに小児では重症化が少ないということは今までにも言われていました。しかし、一口に小児といっても、年齢層による違いがあると考えて、注意しなければならないという情報にはなるかもしれません。

妊娠中の注意点は?

 これまでの世界からの情報では、妊娠中であるから特別に悪化するわけでもなく、妊婦が感染してもウイルスそのものによって胎児に異常が生じる心配もないと考えられています。しかし、妊婦自身の症状が悪化した場合には、胎盤を介した胎児への酸素供給が減少する結果、流産や胎児死亡につながる危険性があると考えられますので、やはり感染しないように注意することは重要だと考えられます。

 以下に参考情報を貼っておきます。

・世界的に権威のある医学誌Lancetに発表された中国からの報告について、小児科のお医者さんがわかりやすく解説してくださったページです。

妊娠中のCOVID-19(新型コロナウイルス)感染は、胎内で児へ垂直感染する可能性があるか?

 ・厚生労働省からの情報です。

「妊婦の方々などに向けた新型コロナウイルス感染症対策」厚生労働省

・当ブログ内記事で、国際産婦人科超音波学会がまとめた妊婦さん向けパンフレットを紹介しました。

新型コロナウイルスと妊娠に関する情報 - FMC東京 院長室

 

 今後、国内でも感染した妊婦さんが増加する可能性が十分にあると考えられます。どの医療機関でどのように扱うようにするのか、医療体制を整えてその時に備える必要があるでしょう。現時点で具体的な対処方針がどうなっているのか、残念ながら、妊婦健診を扱っていない私のところには情報がないのですが、早急に私たちにもわかる形で情報が伝わることを待っています。

4月5日追記

現時点で、感染妊婦の出産をどこが受け入れてくれるのか?明確に決められているわけではないようです。参考までに東京都の総合周産期母子医療センターの一つである、東邦大学医療センター大森病院の中田教授の4月1日のブログ記事を貼っておきます。

新型コロナ感染妊婦の受入れがいよいよひっ迫してきた! | 小さな命に想いを馳せて