FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊娠と新型コロナウイルス感染 海外からの報告 4: 胎児の医療はどう扱う?

国内でも感染者数の増え続けている新型コロナウイルス。最近の報告では、このウイルスの感染力は、発症前後の時期に強いということがわかったきたようで、つまり症状が明らかになる少し前から人に感染させる可能性がかなりあるということになります。つまり、私たち皆が、自分はすでにウイルスに感染していて、人にうつしてもおかしくないという意識を持って生活しなければならないということでしょう。そして、誰が感染者なのかわかりにくいということになるので、人に接する時に、どのように対応すべきかは、難しい問題となります。今現在は、そういう前提で考えなければならない状況にあるわけです。

 この状況を踏まえて、胎児に何らかの問題がある場合に検討される、いわゆる「侵襲的手技」をどう選択すべきか、安全に行うにはどう対処すべきか、そもそも行うべきなのかどうかといった問題が、妊婦・胎児を扱う医療現場では課題になりつつあります。

 これについての一定の基準を示す論文(レター)を、私のベルギー留学時代のボスである、Jan Deprestらが発表しました。彼は、ヨーロッパにおける胎児治療の第一人者です。ロンドンとトロント(カナダ)の医師たちが共著者となっています。

SARS-CoV2 (COVID-19) infection: is fetal surgery in times of national disasters reasonable?

 現時点では、このウイルスが経胎盤感染を起こすのか否かが明らかではないために、確実な結論とは言えないという制約がある上で(まだわからないことがあるという前提で)、これまでの例えばエイズに感染した妊婦の場合にどう対処するかなどの指針をもとに、一定の見解をまとめたという内容となります。

 したがって、その手技(ここでは、例えば子宮内に針を穿刺したり、内視鏡を入れたりといった侵襲的手技)を行う必要性と、母児感染や医療者への感染につながる危険性とを秤にかけて、どう選択していくかということを考えた結果の現時点での提言であり、議論を開始させるという役割になる論文(レター)であると述べています。

 この前提を踏まえて、内容を見ていただきたいと思うのですが、いちいち文章を訳しても硬いので、わかりやすい一覧表を表示したいと思います。この論文中の票を和訳したもので、妊娠中に行われる胎児への検査・治療をどう扱うべきかの提言の一覧となっています。

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ここで、スクリーン陰性/陽性とされているのは、いわゆるユニバーサルスクリーニングというもので、妊婦全例、あるいは検査や手技を予定している妊婦に対しては全例、新型コロナウイルスRNAを検出するPCR検査を行うことを前提とした話です。

 PCR検査については、その検査感度が必ずしも高くは無い(良くて70%程度と言われています)ことから、全てのケースに対して行うべきかどうか、議論のあるところです。つい最近も、分娩目的で入院する妊婦に対して、全例にこれを行うべきか否かという点について、日本の代表的な一線で働く産婦人科医たちの間で、活発な議論が行われたばかりです。現時点では、わが国においては、一定の基準はありません。

 上記の表の中で、私たちのクリニックで行う業務として関係するものは、絨毛生検(絨毛検査)と羊水穿刺(羊水検査)の二つです。私たちは、現時点で、これらの検査を行う予定としている妊婦の全例にPCR検査を行う予定にはしていませんので、もしこの表に示された指針に基づくなら、絨毛検査を希望される方にも、少し時期を待って羊水穿刺を選択することをお勧めすべきなのかもしれません。

 しかし、欧米の現状と比較して、日本では感染者数も死亡者数も今の所低いレベルで抑えられていて、妊婦の感染の報告もあまり出てきていません。このことから、現時点では、この方針に必ずしも沿わなければならないとは考えていません。当院でPCR検査を行う予定もありませんし、絨毛検査を希望する方については、そのリスクと利益・有用性とをお話しした上で、選択していただき、希望にお応えしていくことになると考えています。

 今後のわが国における感染の蔓延状況、妊婦や新生児の動向については、注視を続けていきたいと考えています。