FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

新型コロナで勉強の仕方が変わる? 医療の世界でも情報収集能力の差が、格差を生むだろう。

新型コロナウイルスの世界規模でのアウトブレイクは、医療従事者にも大きなインパクトを与えています。最前線で奮闘している人たちは、これぞ医療従事者のやるべき仕事だという使命感、気概のようなものを糧に踏ん張っておられるわけで、尊敬の念しかありませんが、その後方にいる市中の医療従事者も、受診者が減少し経営が厳しい中、後方支援に奮闘し、前線に近い場所に駆り出されといった目に見えない尽力があります。多くのまじめな医療従事者の皆さんが、この国の安全の支えになっていることを実感しています。

 さて、この状況下で、私たち医療従事者の日常臨床業務に変化があるのは当然ですが、医学の世界は日進月歩、学術的にも常に新しい情報収集に努めていなければなりません。情報収集の方法は、主に文献を読むことが基本になりますが、文献として手元に届く前に、まだ結論が明確ではない段階でも、より良い結論に導くための議論の場として、学会の学術講演会があります。これまでは、学術講演会に各地から専門家が集まって議論し、論文を入手して読み、必要があれば誌面でも議論し、という形が主流でした。

 しかし、ウイルスのアウトブレイクは、この学術講演会の開催を不可能にしました。一つの会場に多くの人が集まって、講演し、あるいは講演を聞き、質疑応答する。という形が、現状にそぐわないため、この時期に予定されていたおそらくほぼ全ての学術集会が中止または延期となるか、web開催に変更されました。さすがに急遽web開催に変更せざるを得なくなった学術講演会は、横並びの複数の会場において、同時進行で順番に短時間発表して質疑応答を行う、一般演題のセッションを行うことは不可能だったようですが、特別講演や教育講演などは、参加登録した人は自宅や診療所などいろいろな場所で視聴することができました。また、ある一定期間内なら、何度も見直すことも可能になり、これが意外と悪くないことがわかったのです。このような“気づき”は、これからの医療従事者の学術活動にも変化を及ぼすことになりそうです。

 最近、海外でもweb会議のシステムを用いた講習を行う動きが活発になってきていて、私のところにも案内が来るようになりました。毎週日曜には、いつも私たちが妊娠初期の胎児の評価に用いているシステムを提供している、ロンドンに拠点のあるThe Fetal Medicine Foundationが、オンラインミーティングを開催するようになり、私もこれに参加してみました。ロンドンでは午後2時より開始されるので、東京では午後10時になります。

 参加して驚いたのは、まず参加メンバーの豪華さです。いつも国際学会をリードしているこの分野のエキスパートが、画面上にずらりと顔を揃えており、各トピックに関する発表の後にコメントしてくれるのですが、この豪華な顔ぶれの先生たちの意見を、リアルタイムで得ることができることは、すごいことだと思いました。ひと昔前なら、高い航空料金と宿泊代を使って、長い時間旅して、やっと学会会場で聞けた話を、自宅で聴くことができるのです。それに、この会合に参加するのは無料なんです。

 そしてこのミーティングは、世界中に公開されていて、世界各国から大勢の参加者が集っていました。10日には約4000人が参加していました。

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 新型コロナウイルスの流行を契機に、世界はこう変化したんだという実感を得て、私は感動を覚えました。と同時に、ちょっと心配にもなりました。それはどのような点かというと、日本にいる多くのお医者さんは、こういう機会を得ているのだろうかという点です。

 日本の教育現場におけるデジタル化の遅れは深刻で、先日配信された文部科学省『学校の情報環境整備に関する説明会』においても、かなり危機感を感じさせるメッセージが出されたようでした。これからの世代の教育現場でもそういう状況なので、上の世代やそのまた上の世代では、情報収集がどのぐらいできる人になるかどうかは、個人の資質や努力によって決まり、人による差が大きくなっています。私たち医療従事者の世界でもこれは顕著で、新しい情報を得て知識をブラッシュアップすることに余念がない人と、ある時点で止まってしまっている人との差はどんどん広がっているように思います。

 私はだいぶ上の世代になりますので、医師になりたての頃の私たちの周りにはまだインターネットなど存在もしていませんでした。文献を調べる場所はもちろん図書館で、Index Medicusという百科事典のような分厚い検索台帳的な書物で論文のタイトルから雑誌を探して、図書館内を歩き回って見つけた論文をコピー機でコピーして取得していました。これが、インターネットの普及によって大きく変わりました。今、私は図書館に行くことはありません。その場所に行かなくても、自分の机の上で、はるかに高速に文献を検索し取得することが可能なのです。それでも少し前にはそれを印刷して読んでいましたが、今ではもう紙の形で手にすることもありません。以前は大事な文献はテーマごとにファイルしていたので、本棚はそれでいっぱいになっていたものですが、今ではすべてPDFファイルでクラウドに整理して保管しています。

 でも、医師ならみんな同じようにしているかというとそうではありません。文献検索して新しい情報を入手しようということをほとんどしない人もいますし、日本語で書かれた専門誌の特集記事に軽く目を通すぐらいならまだしも、ガイドラインさえ読んでいない人もいます。まあ昔からいろいろな人がいたでしょうから、ある程度の差はあったものだろうとは思いますが、今はその差がだんだんと広がっているのではないでしょうか。

 かくいう私も、自分の専門分野に関しては一所懸命情報取集していますが、専門分野以外のことについては、時間が止まっています。医学の世界は本当に幅が広いし、専門分野ごとに新たな知見はどんどん出てくるので、とても全ての情報をブラッシュアップできません。今や専門分野は細分化されてきて、特に私などはかなり特殊分野に走っていますので、一応枠組み的には産婦人科医ではあるものの、婦人科診療からは長期にわたり離れてしまっています。自分を産婦人科医というのはちょっと違うのかもしれないと思いつつあるぐらいです。それでも、自分が実際に診療の場で遭遇する可能性のある事象については、やはり常に情報・知識の更新を心がけておくべきという気持ちはあります。そして、もちろん自分の専門分野については、誰よりもよくわかっていたいと考えています。

 もしかしたら、そういうことができないまま、以前に先輩から教わった知識だけで漫然と診療を続けてしまっている医師もそれなりにいるような気がします。どんな仕事でもそうですが、知識や技能を更新しなくてもそれなりには続けていけるものなんです。だけど、変化の速度が増している現在、情報から取り残されたままでは通用しなくなり、見離されてしまう危険性があることを、心しておかなければならないと思います。

 私たちは3年前から、『FMC川瀧塾』という医師と検査技師を対象とした超音波診断の勉強会を続けてきました。昨年までは私のクリニックを会場にして行なっていたのですが、今回の新型コロナウイルスのアウトブレイクに対応するべく、少し前から準備し今年からテストしていた遠隔配信の仕組みを使った方法を本格化させることになりました。本来は今年の下半期からの予定であったところを前倒しし、3月にはほぼ全てを、4月からは全面的に遠隔配信方式で行なっています。7月から始まる第8期は、すべて遠隔配信方式で、参加人数を増やし、全国展開していきたいと考えています。