FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊娠と新型コロナウイルス感染 海外からの報告 7: 英国から。妊娠末期のソーシャルディスタンシングが有用

久しぶりの海外からの報告です。

BMJ(British Medical Journal: 英国医学雑誌)に掲載予定の速報(プレプリント)です。

www.medrxiv.org

The UK Obstetric Surveillance System SARS-CoV-2 Infection in Pregnancy Collaborative Group(英国産科サーベイランスシステム妊娠と新型コロナに関する協力的グループ)がまとめたものです。

 英国の産科サーベイランスシステム(UKOSS: UK Obstetric Surveillance System)を用いて、人口ベースの前方視的コホート研究を行ったもので、2020年3月1日から4月14日までの間に、新型コロナウイルス感染が確認され入院管理を受けた427人の妊婦が研究対象となっています。対照として2017年11月1日から2018年10月31日の間にお産した694人が選ばれました。UKOSSは、英国内の専門医主導の産科ユニットを備えた194病院すべてから、特定の重度の妊娠合併症に関する情報を収集する研究プラットフォームです。この研究でカバーされている時期における感染確定者は、新型コロナウイルス感染によると考えられる症状がある妊婦のみを対象に検査した結果です。

 新型コロナウイルス感染による入院の頻度は妊婦1000人に対し4.9人(86293妊婦のうち427人)で、発症時期の中央値は妊娠34週でした。入院妊婦のほとんど(81%)が、妊娠末期または出産前後の入院でした。最も一般的な症状は、発熱、咳と、呼吸困難でした。

 黒人や人種的マイノリティ、高齢妊婦、過体重と糖尿病、合併症を持つものが、妊娠中の新型コロナウイルス感染での入院と関連していました。

 入院中に247人(58%)が出産または流産に至り、残り180人はこの解析期間中には妊娠継続中でした。40人(9%)は重症化により呼吸器装着など集中治療を要し、このうち4人はECMOによる治療を受けました。集中治療を要したうちの31人は感染症症状のために分娩となり、9人が妊娠継続中でした。妊娠継続の9人中8人(89%)は、退院に至り、分娩した31人中15人(48%)は退院、3人は亡くなり、13人はまだ入院中で、このうち9人は集中治療継続中でした。

 全体としては、5人が死亡(対称群の致死率1.2%)。新型コロナウイルス関連妊婦死亡率は、10万妊娠に対し5.6。30人(7%、10人は出産前で20人は出産後)はこの解析を行った時点で入院継続中でした。

 9人(2%)は抗ウイルス剤による治療を受け、このうち8人にはオセルタミビルが、残る1人にはロピナビル・リトナビル合剤(カレトラ)が投与されました。1人はレムデシビル投与を受けました。61人(14%)には胎児肺成熟のために副腎皮質ステロイドが投与され、そのうち40人(66%)が出産に至りました。

 出産に至った243人中、180人(74%)は正期産、63人は早産(50人(79%)は人工早産、うち29人(46%)は母体感染症のため、9人(14%)は胎児適応で、12人(19%)はその他の産科適応で)でした。144人(59%)は帝王切開でしたが、そのほとんどのケースが、母体新型コロナウイルス感染とは直接関連しない理由によるものでした。39人(帝王切開したケースのうちの27%)は母体適応で、34人(24%)は胎児適応で、28人(19%)は、分娩進行の不良または陣痛誘発分娩の失敗によるものでした。21人(15%)はその他の産科的理由、16人(11%)は既往帝王切開、6人(4%)は妊婦自身の希望によってでした。28人(20%)は全身麻酔で、そのうち18人(64%)は母体の呼吸障害のために気管内挿管が行われ、10人(36%)は緊急帝王切開のため気管内挿管となりました。対照妊婦の29%(200人)が帝王切開分娩で、そのうち全身麻酔が行われたケースは13人(7%)でした。

 赤ちゃんは5人が亡くなりました。3人は死産、2人は新生児死亡でした。3例は明らかに新型コロナウイルス感染とは無関係で、残り2例は関連性の有無が不明でした。

 64人(26%)の赤ちゃんが新生児集中治療室(NICU)に入院、そのうち46人(72%)(そのうち19人(29%)32週以前に生まれた)は早産児でした。1例は満期経腟分娩後に新生児脳症(グレード1)の診断となったケースでした。

 12人(5%)の新生児が新型コロナウイルスRNA陽性となり、そのうち6人は出生後12時間以内に陽性が確認されました。6人中2人は経腟分娩で、4人は帝王切開で生まれ、そのうち3人は早産でした。少し遅れて感染が確認された6人は帝王切開(4人)と経膣分娩(2人)による早産でした。遅れて検査陽性となった6人中5人が新生児病棟への入院を必要としましたが、早期に検査陽性となった6人中では1人のみでした。

 

 結論としては、

・ほとんどの感染妊婦は、妊娠中期の終わりから妊娠末期のケースであり、妊娠後半期におけるソーシャルディスタンス確保が重要であるという指針が支持される。

・妊婦における重症化リスクは妊娠していない人と同等であり、多くは予後良好。

・黒人や人種的マイノリティにおいて入院を要するケースが多いことについては、早急にその理由を調査する必要がある。

・胎児感染はありそうだが、めったにない。

といったところかと思われます。

やはり今、一番知りたいけれど、明確な答えのない事柄として、垂直感染(子宮内感染)が本当に起こるのか、起こるとしたらどのような症状につながるのか、という問題があるのですが、これまでの報告と同様、この調査研究からも以下のような結論といえるようです。

はっきりと証明されるには至っていないが垂直感染がありそうだと思わせられるケースが時々見つかっているようなので、たぶん子宮内の胎児への感染はありえるだろうけれど、どうやらめったになさそうで、かつそれが起こったとしても、重大な問題につながる心配はあまりなさそうだ。