FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

新型コロナウイルス感染 海外からの報告8: 子宮内感染と思われるケースについて

久しぶりの新型コロナウイルス関連の話題です。

First documented case of baby infected with COVID-19 in womb reported in Texas

 Study Findsというアメリカのニュースサイトの記事ですが、テキサス州で子宮内の胎児に新型コロナウイルスが感染したケースの報告が出たとのことです。

 見出しでは、初めての報告例とされていますが、元の論文はそうは書いていません。また、COVID-19というのは新型コロナウイルス感染症のことで、ウイルスそのものは、SARS-CoV-2と表現するのが正しいところを、間違っているなどの問題がありますので、元の論文をもとに話を進めたいと思います。

元論文はこれです。

テキサス州ダラスにある、Texas Southwestern Medical Centerからの報告です。

The Pediatric Infectious Disease Journalという、小児科領域の感染症の専門誌に投稿されたもので、速報(Brief reports: 簡潔な報告)としてweb版で公開されています。

経過について要約します

 37歳の3回出産経験のある妊婦さんで、妊娠34週での出産となりました。母体には糖尿病と肥満(BMI: 55)があったようで、HbA1cは5.9%と記載されているので、この数値で見る限りではインスリン投与でコントロールされていたようですが、胎児は妊娠週数に比べて大きかったようです。また、不顕性の梅毒があり、抗生物質の投与も受けていました。背部痛や発熱、下痢などの症状があり、早産の可能性を考えて受診したところ、SARS-CoV-2感染が見つかりました。

 厳重隔離のもと入院とし、前期破水したために陣痛誘発を行い分娩に至りました。

 新生児の状態は軽いアシドーシスがあったものの悪くはなく、すぐに母親から離されてNICU管理となりました。出生時の体重は3280gあったそうです。

 出生当日は呼吸状態も良く、元気だったようなのですが、肝臓の逸脱酵素の上昇を伴わない高ビリルビン血症があり、光線療法を行なったが無効で、血液型不適合が疑われ、交換輸血を避けて免疫グロブリン投与が行われました。

 新生児の鼻咽頭ぬぐい液からは、生後24時間と48時間の2回、SARS-CoV-2ウイルスのRT-PCR検査陽性が確認されました。生後2日めには発熱とともに呼吸障害と低酸素血症が出現し、酸素投与が必要になりました。このため、血液、髄液の細菌培養と血液、髄液、表皮の単純ヘルペスDNA PCR検査を行うとともに、抗生物質と抗ウイルス薬(アシクロビル)の投与が行われましたが、これらは48時間後に陰性と判明し、薬物投与も中止となりました。胸部レントゲン写真では特別な所見はありませんでした。呼吸症状は3日で治り、生後5日めには酸素投与も終了されました。鼻咽頭ぬぐい液からのSARS-CoV-2のRT-PCR検査は、生後14日めにもまだ陽性でした。その後の経過は順調で、生後21日めに母とともに退院しています。

胎盤の検査から、子宮内感染があったと考えられている

 このケースでは、胎盤の検査が行われており、絨毛壊死、絨毛羊膜炎の所見や部分的な梗塞、胎便による膜の染まりなどとともに、抗SARS-CoV-2核タンパク抗体を用いた免疫染色で、合胞体性栄養膜細胞の染まりがみられました。また、電子顕微鏡による胎盤の微細構造検査では、合胞体栄養膜細胞の膜結合槽空間内に、ウイルス粒子がクラスター化したものと思われる、89nmから129nmの構造物が確認されました。このことから、新生児に出現した呼吸器症状は、コロナウイルスの子宮内感染によるものと考えられるということになっています。羊水や母乳中のPCR検査及び臍帯血の抗体検査はこの病院では扱っていませんでした。

 彼らの考察では、新生児における呼吸器症状は、早産であったことからくる未熟性によるものではないと考えられています。なぜなら、この症状は生後2日めになるまで出現しなかったからです。好中球の上昇はみられませんでしたが、COVID-19の成人患者において見られるものと同じようにリンパ球の減少が確認されました。黄疸(高ビリルビン血症)はあったものの、肝臓の逸脱酵素が上昇していないことより、ウイルス性肝炎は否定的でした。

 以前の報告では、妊娠中のSARS-CoV-2感染があっても、出生した児には特別な症状はなく、咽頭ぬぐい液からもウイルスは検出されないとされていました。しかしその後、どうやら子宮内感染が疑われるというケースが現れてきて、今回の報告よりも前に、5つの論文で8例の新生児が、出生前に感染していた可能性があると報告されています。

子宮内感染例は多くはない

 著者らは考察として、全体的には子宮内でのSARS-CoV-2の感染は低頻度のイベントだと考えられるが、これまでの報告と今回のケースより、可能性としては二つの経路が想定される。一つは、前期破水した際に、母体の消化管(腸など)に存在するウイルスが直接進入してくる場合と、母体がウイルス血症の状態にある段階で、血液を介して(経胎盤的に)感染する場合である。と述べています。そして、子宮内感染のメカニズムと先天性感染症の転帰についての追加研究が急がれる、特に妊娠のどの時期に子宮内感染が起きやすいのか、母体の症状との関連などについて調査すべきだと述べています。

 

 徐々にいろいろな報告が出てきて、新たな知見が作られていく過程にあると考えられますが、可能性はそう高くはないものの、子宮内感染が起こり得ることはどうやら確かなようです。胎盤は、母体から胎児へと必要なものを届ける役割を果たすと同時に、有害物質や微生物を通過させないバリアの役割も果たしていると考えられていますが、完全にブロックできる機構を備えているわけではありませんので、胎盤を介した感染ももちろんあり得るだろうとは考えていました。問題は、それがどのくらいの頻度で起こり得るのかと、それが起きた場合に、胎児にどの程度の影響を与えるのかということです。少なくとも、現時点では、妊婦が感染したケースにおいて、新生児に重大な問題が生じた報告はありません(妊婦が重症に陥ったために胎児死亡に至ったケースはいくつもありますが、その原因は主に母体の低酸素血症によると考えられ、子宮内感染による胎児自身の感染症や胎児の体に生じた異常によるとは考えられていません)。たとえば4年前に中南米や東南アジアで問題になったジカウイルス感染のように、胎児に病気が生じた報告はありませんので、そのような問題が起こる可能性は今のところ想定されていません。これまでの経緯からは、妊婦が風邪をひいたり、インフルエンザに罹患したりしても、胎児に奇形が生じたり特別な症状につながったりすることはないのと同等に考えることができるのではないかと想像できると考えます。妊婦さんたちは殊更に恐れ慄く必要はおそらくないであろうと思っていますが、まだまだわからないこともありますので、今後も情報収集に努めたいと考えています。