FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

アメリカにおける胎児染色体異常スクリーニングの新ガイドラインとわが国の現状

ACOG(米国産科婦人科学会:正確には「学会」というより日本の「産婦人科医会」に近いか)とSMFM(米国の母体・胎児学会:よく米国周産期学会と訳されている)が共同で出している、『胎児染色体異常スクリーニングのガイドライン』が、更新されました。前回の更新が2016年5月で、2018年にはこれを追認していましたが、今回はACOG Practice Bulletin No. 226として2020年8月にオンラインで、次いで10月には冊子体で発表されました。Practice Bulletinとは、米国における産婦人科専門医の診療指針を示したもので、すべての専門医はこの指針に従って診療を行います。

既存の検査全てについて比較して言及

  このガイドラインの特徴は、胎児の染色体異常を発見する目的の複数の検査(NIPT、NT計測、コンバインド検査、血清マーカー検査、超音波検査やこれらの組み合わせ)について、以前から行われていたものから新たに行われるようになったものまでを網羅して、その優れた点と欠点とを列挙しているところです。いかなる検査も、全ての状況において最も優れているということはない、と書かれています。妊婦さんに対応する専門家が、どのような場合にどの検査を選択すべきかや、ある検査で出た結果に基づいて、それに続いてどのように検査を進めていくべきかを考える上で、有用な指針となっています。このブログでも、何度も日本のこの分野の検査の扱われ方のアンバランスさを取り上げてきましたが、日本のように、NIPTに関してのみ厳しい基準を設けて実施施設を限定していながら、そのほかのより検出感度の落ちる検査(例えば血清マーカー検査)や多少のリスクを伴う侵襲的検査(羊水検査・絨毛検査)については、その基準とは無関係に行うことができるという分け方をしている国は、ほかにはありません。また、この厳しい基準は日本産科婦人科学会の規定である上に、採血だけでできるという手軽さのために、学会員でない医師(多くは産婦人科ではない医師)は、この基準とは無関係に検査を扱うことができるので、最もデリケートに扱わなければならないと考えられている(だからこそ厳しい基準が設けられている)NIPTのみ、産婦人科以外の医師の方が数多く行っているなどという国は、世界中どこにもないでしょう。

 各検査項目については、一覧表として表示されています。例えばNIPTであれば21トリソミーの検出率は99%で検査で陽性と出る人は2〜4%で、利点は検出率が高い事や、妊娠9〜10週以降いつでも検査が可能であること、偽陽性率が最も低いことで、欠点は母体の状態(基礎疾患や染色体数的異常)の影響を受ける可能性がある。妊娠初期のコンバインド検査(NTと血清マーカー2種の組み合わせ。当院のコンバインドプラスより超音波検査項目が少ない)では、同じく検出率が82〜87%で、検査で陽性と出る人は5%で、利点は早い時期に検査できて、1回の検査で結果が出せること、欠点は初期と中期の検査の組み合わせ(アメリカではこれが盛んだった)よりも検出率がやや劣ることと、NT計測をするために専門的技術を要する(採血だけなら超音波検査の技術は不要だが、これには技術習得者が実施する必要がある)こと。Quad screen(日本のクアトロテストと同じ)では、検出率が81%で、、、といった具合です。

情報提供の姿勢が根本的に違う

 日本にいて、日本国内でのありかた、やり方が普通だと思っていると見えてこないことは、出生前検査に関する前提の違いです。妊婦さんもそうだし、多くの産婦人科医も同じです。すごく大事だと思うことは、ガイドラインのはじめに、以下のことが記載されている点です。

すべての患者(妊婦)が、スクリーニング検査と診断的検査について情報提供を受けられるようでなければならない。すべての患者は、カウンセリングの後にその検査について受けるか受けないかを決める権利を有する。

 このような記載は、アメリカにおけるガイドラインに限ったことではありません。世界の他の国(イギリスでもオーストラリアでもシンガポールでも)のガイドラインにも同様の記載があります。つまり、妊婦さんは医療機関を受診した際に、必ず出生前検査についての情報提供を受けることができ、それを受けるか受けないかについて選択できるということは、かなり以前から世界で当たり前に行われてきたことなのです。日本の産婦人科診療ガイドラインでは、今回の改訂(2020年)で以下の括弧内の言葉が削除されるまでは、出生前検査の情報提供について、「尋ねられたら」応えるように書かれていたのとは、大違いです。

今回の改訂のポイント

 さて、今回の改訂(更新)のポイントは、トリソミーの検出という点については、様々な種類の出生前検査の中で、NIPTが最も推奨される検査であると位置付けられたことでしょう。ここに至るには歴史的流れがあって、まず、NIPTがアメリカで開始された当時、2012年に公表された『見解』では、まだトリソミーの発生頻度の低い年齢層(具体的には35歳未満の妊婦)(いわゆるローリスク集団)では、まだその有用性は明らかでないとされ、NIPTの推奨には年齢制限がありました。しかしこの後、ローリスク集団を対象にして検査を行っても、検査の感度や特異度はハイリスク集団に行なった場合と遜色ないという研究結果が相次いで出され、2015年にはこの年齢制限が撤廃され、年齢やリスクにかかわらず全ての妊婦に推奨することになりました。ただ、すべての年齢層を含めてNIPTを第一にした場合の費用対効果がまだ明らかでないことから、NIPTが第一とはならず、ローリスク集団に対してはむしろ既存の他の検査選択が良い部分があるとされていたのでした。なお、羊水検査についても、2007年にその流産リスクが低いというデータが出されて、年齢制限が撤廃されています。(このことについては、YouTube動画でもお話ししています)

 この費用対効果という観点は、出生前検査を受けることに関して、国がお金を出す(検査を無料にしている国もあれば、その対象を絞っている国もある、一部補助という形の国もあるが、いずれにしろ国策として出生前検査に臨んでいる)ことが前提にあるわけです。出生前の問題や胎児の異常に関連した遺伝学的検査については、すべて妊婦さんの自己負担になる(そしてどうしても高額になりがち)という日本とは、この点も大きく違っています。昨年、フランスから出された出生前検査の選択肢についての研究論文でも、費用対効果が検証されています(ここでは、全員にNIPTを行うことは費用がかかりすぎるという評価になっており、コンバインド検査で対象を絞ることや、羊水検査などの確定的検査の有用性が論じられていました)。検査選択を考える上において、そしてどの検査がどのくらい有用であるのかを検証する場において、この部分は日本にいると実感がわかない部分かもしれません。日本では、出生前検査を全員に適用するという話そのものに対して、強いアレルギー反応とも言えるような見解を持つ人が少なからずおられる(そしてその意見が強く反映される)ようで、この根本的な違いをどう埋めるのかは大きな課題と感じます。

 少し話がそれましたが、もう一度いうと2016年のNo. 163と比較した今回の(No. 226の)ポイントは、NIPTの優位性が明らかになった点です。そしてもう一つ、双胎妊娠においても、NIPTが推奨されることが示されました。

検査対象疾患の拡大について

 そのほかに、ここで記載しておかなければならないことがあります。それは、NIPTの対象拡大についてです。現在普通に行われている21番、18番、13番の3種のトリソミーを対象とするのに加え、その他の染色体の数的異常や構造異常などについても検査対象とすることが技術的に可能になっているので、その有用性について検討しています。

 まず、上記3種のトリソミー以外の常染色体数的異常に関してですが、これらの染色体のトリソミーは通常は流産(それも比較的早い段階での自然流産)に至るため、検査目的としての必要性が低いといえます。検査として意義がある点を考えるとすれば、モザイクの場合(モザイクのケースは出生可能)なのですが、モザイクをNIPTでどのくらい見つけられるかは不明であるという理由で、現時点でこれを妊婦が受けるべき検査として採用するには不適とされています。また、微細欠失についても、疾患頻度が低すぎるために、検査の感度・特異度がわからず、データが不足しているので、この検査は推奨されないとしています。これらの検査は、日本においては学会の認定を受けずにNIPTのみを行っている施設(美容外科グループなどが全国展開しています)において、まるで万能の検査のように宣伝されて、予備知識のない妊婦さんたちが高額な費用をかけて受けたりしています。出生前検査先進国では、このようにしっかりとしたガイドラインに基づいて、全国的に統一された方針に則って皆が検査について情報提供・提案され、その中で取捨選択ができ、有意義な検査は皆分け隔てなく受けることができて、余計なお金を払わされることのないようにシステム化されているのです。翻って、我が国の現状は、全世界では通常の検査については規制がかけられていて、アクセスが制限されている中、まだ先進国でも推奨される段階に至っていない検査について、お金さえ払えば無制限に受けることができ、しかしその結果について責任をもって対応してもらえるわけではない(検査やりっぱなし)ということになっています。

 NIPTは、医療機関としては、採血して血液検体を検査会社に送りさえすれば、結果が帰ってくるという単純なものです。胎児に何らかの異常が隠れていることを心配している妊婦さんの不安につけこめば、高額請求しても希望者は殺到します。今、学会の認定を受けずに検査を行っている施設の多くは、検査結果に最終的な責任を持つ体制になっていません。それどころか、その検査を受けることの意義や何を対象とした検査なのか、妊婦さんの心配はどこにあって、その心配がどうすれば軽減できるのか、何を知るべきでどこまでわかることが有用なことなのかなど、あまり深く考えずにただただビジネスになると捉えられているとしか思えない展開の仕方です。そもそも疾患頻度の低い微細欠失症候群を対象とした検査では、よほど数多くの検査を扱わない限り、『陽性』という結果ができることはないという前提があるから、軽い気持ちで検査を行っているのです。ただ採血さえすればお金が入ってくるのです。万が一『陽性』が出たらどう対処するかなど、検討されているとはとても思えないのです。

 ここに記載したような現状や問題点について、一体どれぐらいの人が認識しているでしょうか。産婦人科医でさえ、よくわかっていない人も多いと感じるし、いわんや一般的な妊婦さんたちにおいてをや、妊娠出産と関わりのない人々をや、ではないでしょうか。しかし、この問題、もっと多くの人たちに知ってもらう必要があると考えています。妊娠・出産は、この国の次世代を作る原点に他ならないからです。

超音波検査について

 このほかにも、ここ数年でNIPTを実施して蓄積されたデータや、新しい技術開発の経緯などから、わかってきたいくつかのことも指針には盛り込まれている(例えばX,Y染色体についての検査の難しい点などについても)のですが、細かいことはここでは触れず、最後に一つだけぜひ記載しておきたいことがあります。

 それは、超音波検査についての記載です。この指針では、妊娠初期におけるNT計測、鼻骨、静脈管の所見、そして妊娠中期における胎児超音波検査について、述べられています。

 18トリソミーと13トリソミーは、超音波検査上あきらかな形態的特徴が認められるが、21トリソミーではこれら二つに比べて特徴が明らかでないという記載に続いて、NT計測は妊娠初期における有用なマーカーとして、血清マーカーとの組み合わせと、検査者としての認証に基づく検査の質の担保に伴う標準化が必要と記載されています。単胎妊娠においては、事前にNIPTが行われている場合には、NT計測単独では追加検査としての意義はないとも書かれています。鼻骨の有無の確認や静脈管血流計測に、ある一定の意義が認められることの記載もはじめて入りました。一方で、FMFで追加マーカーとして扱われていた三尖弁逆流については触れられておらず、私たちがこの項目をコンバインドプラスの項目から外した判断が、間違っていなかったことが確認されたと感じました。

 胎児の構造の異常について確認するための、妊娠中期における胎児超音波検査については、全妊婦に提示されるべきとされています。時期は妊娠18週から22週で、形態の異常の検出と同時に、染色体異常発見の助けとなる超音波マーカーについての記載もあります。胎児形態(構造)異常と、超音波マーカー陽性所見との違いについても説明されています(このあたりきちんと説明しないと、妊婦さんの誤解を生みます。日本ではそういうケースも多い)。妊娠中期の超音波検査については、それ以前(妊娠初期など)に行ったいろいろなスクリーニング検査や診断的検査(絨毛検査や羊水検査)とは独立した検査として、全員に推奨されるべきと記載されています。ここは、当院としても、ぜひ皆さんに意識していただきたいところだと思います。