FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

NIPT等の出生前検査に関する専門委員会(第1回)が開催されました。

今週の水曜日(2020年10月28日)に、厚生労働省が、第1回NIPT等の出生前検査に関する専門委員会を開催しました。以下リンク

NIPT等の出生前検査に関する専門委員会

 この専門委員会は、厚労省の厚生科学審議会科学技術部会の下に設置されたもので、昨年10月から今年の7月まで4回にわたって議論が進められた「ワーキンググループ」とここで行った実態調査に基づいて、出生前検査の扱いについてのなんらかの見解がとりまとめられて、周知されるに至るものと解釈しています。出生前検査についての、国としての姿勢を明確にすることにつながるわけですが、その結果、現在の無法状態が少しでも迅速に良い形に整理されることを願っています。

 当院の診療そのものに密接に関わる案件です。NIPTを扱う「非認定施設」が飛躍的増加を遂げてきたことは、当院の診療そのものにも影響があるのです。新型コロナウイルスの流行によって、都外から来院される方が減ってしまったこともあって、二重の打撃を受けています。厚労省の動きは、以前から注目してきました。早速資料を取り寄せるとともに、会議のweb視聴をと準備しましたが、何せ診療の合間、また当院の診療は一人ひとりに時間をかけますので、実際にはほとんど視聴することが叶わず、ちょっとの空き時間につまみ食いするぐらいしかできませんでした。このため、議事録が出されてからでないと、この日の議論についての論考は十分にはできないのですが、事前に配布された資料と、僅かながら聞くことのできた議論の断片から、少し意見を述べておきたいと思います。

 検査を必要とする現場に近い人の意見は反映されるのか

 まず、委員会名に目が行きました。「NIPT『等の』出生前検査に関する」というタイトルで、この『等』がついているということは、単にNIPTのみについて議論するわけではないということを示しています。このブログで私が常々主張してきた、NIPTだけを規制するやり方はおかしいという点について、きちんと考えていただけている印象を持ちました。出生前検査全般について一つのまとまりで考える、これは大事なことだと思います。

 次に、委員の人選についてです。出生前検査に関連する各界から偏りなく選ばれたということなのだと思います。産婦人科医・小児科医も、学会を代表する立場の人だけでなく市中の診療所からの人を入れるなど、考えられているようです。また、法的問題を扱う立場、検査対象となりうる疾患を持つ人に近い立場、検査そのものを扱うラボの立場、社会学や生命倫理を扱う立場、妊娠出産をテーマにしているジャーナリストや妊婦への情報提供をする立場など、いろいろな方面からの意見が反映されるように人選されたようでした。ただ、私が気になったのは、19人のメンバーがいる中で、検査を受けることを検討したり悩んだりする妊婦に日常接して、対峙している臨床家がほとんどいないことでした。染色体異常を持つお子さんに対する診療や支援を行なっている立場の方は、何人かいらっしゃるように見受けられましたが、一方の妊娠経過を追って妊婦さんの側に立つ人がいるかというとほとんどいないのです。

 産婦人科医でここに入っておられるのは、3人。このうち、東海大の三上教授は、日本産科婦人科学会の倫理委員長として、学会を代表した立場だと思います。しかしながら三上教授のご専門は、婦人科腫瘍です。婦人科癌の臨床・研究については一流でも、日常的に妊婦さんの診療に直接携わっておられる立場ではないと思います(東海大にはその分野の教授として石本教授もおられます)。出生前検査を希望する妊婦さんと向き合って、対応されることはほぼないでしょう。平原史樹横浜市病院経営本部長は、前横浜市大教授で、日本産科婦人科学会の中でも、出生前診断の問題を扱う場合に中心的立場におられた大御所です。しかしすでに教授も退官され、NIPTの問題が生じている今現在妊婦さんたちと対峙する立場からはすでに退いておられるお立場で、今更感があると言っては失礼でしょうか。兵頭麻希医師は、広島で遺伝医療・胎児検査を前面に出したクリニックを昨年開業された方で、私も学会などでよくお会いしています。唯一この方が今回の検査のことにも関わりの強い方といえます。出産を扱ってはおられない、私と似た立場におられるので、この立場からの意見をしっかりと届けていただけることに期待しています。結局、三上教授は学会を代表する立場として、そして平原本部長は、以前からの経緯を知る人物として、ここに選ばれているということで、妊婦の現場側の人ではないのです。私は、この点が少し心配になりました。

21年もの間停滞していた出生前検査・診断の議論

 資料2「出生前検査をめぐるこれまでの議論について」を見ると、1998年10月に設置され、1999年6月に「母体血清マーカー検査に関する見解」を取りまとめた「出生前診断に関する専門委員会」の経緯と、NIPTに関連するこれまでの議論をまとめた資料との2つが示されています。厚生労働省としては、この二つの議論を、連続するものとして捉えておられるようです。委員会の設置のタイミングで言うと、実に21年の月日を経て、新たに議論が開始されたという形です。言ってみればこの21年の間、出生前検査に関してはしっかり議論されないまま放置されていたことになります。

 21年前、どのようなことになっていたのか。その前から出生前診断に携わってきた私は、鮮明に覚えています。何しろ当時、この母体血清マーカー検査が日本に入ってくることを見据えて、私は大学の産婦人科学教室におけるその担当者として、米国はメイン州ポートランドでのセミナーに派遣され、その足でニューメキシコ州サンタ・フェにあるラボの見学をしてきたのですから。

 この専門委員会で出された結論は、今回『参考資料1』として配布されていますが、「我が国においては、専門的なカウンセリングの体制が十分でないことを踏まえると、医師は妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。また、医師は本検査を勧めるべきではなく、企業等が本検査を進める文書などを作成・配布することは望ましくない。」というものでした。これを受けて、すべての産婦人科医は、「母体血清マーカー検査の存在について、妊婦に知らせるべきではないのだ。」という認識になってしまったのです。今でも、妊婦さんが出生前診断のことについて妊婦健診の時に聞こうとすると、医者に嫌な顔をされる事例が存在しているのは、この時のこのインパクトがおおきく影を落としているからなのです。

 この結論について、改めて読み直してみると、この国において出生前検査・診断について産科診療の現場できちんと行うことができるようにするためには、「専門的なカウンセリングの体制を整えることが先決である。」と言われているわけで、当時の指導層は、その体制を整えるべく動くべきでした。これに呼応する動きとして、認識されるものがあるとすれば、一つは臨床遺伝専門医制度です。日本人類遺伝学会臨床遺伝学認定制度は1991年に開始され、1996年に開始された日本遺伝カウンセリング学会遺伝相談認定医師カウンセラー制度とともに、2002年に臨床遺伝専門医制度として統一されました。もう一つは、認定遺伝カウンセラー制度で、これは2005年から開始されました。しかし、残念なことにこれらの制度に基づく認定資格取得者が、日本の妊婦診療現場で活躍する立場として満遍なく行き渡っている状況には至っていません。ここには、日本の妊婦診療の基本的なあり方も影響しているように思います。日本国内において、妊婦の診療を行っている医師は、一般的な産科診療には精通していても、遺伝医学や出生前検査・診断にはあまり詳しくない人が圧倒的に多いのです。そういった広い範囲の草の根的産婦人科医に、満遍なく知識や技術を取得できる場や学ぶ機会ができれば良かったのですが、むしろ1999年の専門委員会の「見解」のインパクトとして、出生前検査そのものが『積極的に扱うべきでないもの』といったような認識が広がってしまった方が大きかったため、どちらかというと一般的な産婦人科医は、研鑽を積んで遺伝カウンセリングを行えるようにしたり、そのための人材を雇用するよりも、検査そのものを扱わない選択をしてしまいました。この結果、我が国においてこの分野は、世界から大きく遅れをとることになってしまい、一部の専門家が熱心に追い続ける以外には、一般的ではないものになっていったのです。

 このような状況で21年。私が気になるのは、今回厚生労働省が作成した出生前検査に関する議論の資料が、この間、まるで何もなかったかのように結局この21年間がすっぽり抜けたものになっていることです。この間に世界ではどのように出生前検査が行われてきたのか、この分野の技術や議論がどのように進んできたのか、その流れの中でNIPTはどのような位置付けにあって、どのように扱われているのか。非常に大事なこの部分が、召集された委員の皆さんに全く伝わらないのではないかと思うのです。委員の皆さんは様々な分野の専門家です。妊婦の診療の現場の日本と海外との違いなど、おそらくあまりご存知ないだろう(何しろ産婦人科医ですらあまり知らないでいることが多いのですから)と思われる中、この21年間が空白のままの議論できちんとした議論ができるのでしょうか。

本当に大事なことは何かという点で、焦点がずれている産科婦人科学会

 あれから21年、 当時問題になった、専門的なカウンセリングの体制が十分でないという問題は、解決したのでしょうか。これについては、果たして誰がどう評価できるのか難しい面もあると思います。NIPTの導入を見越して、産婦人科医はそれなりに努力してきたことは事実です。その動きは、一つは産婦人科医の臨床遺伝専門医を増やすこと。数少ないこの分野で頑張ってきた指導的立場の医師たちが、次の世代の専門医を増やす努力をした結果、産婦人科医でこの資格を持つ医師は増え続けています。ただ、多くは大学病院など大きい施設の若手医師であるために、そのような医師は一部施設に留まっている状況です。これが、日本産婦人科学会がNIPTの実施のための認定を少数の施設に限定することにつながっているわけです。そして、今年発表された新指針で、『産婦人科領域で臨床遺伝学と関連する分野における知識とスキルを修得した医師』ならば臨床遺伝専門医に準ずるものとして、日本産科婦人科遺伝診療学会が行っているセミナーの受講などを条件に認定する仕組みを作ったのです。この経緯については、今回、三上教授から説明があったようです。私は、この学会の動き自体は、産婦人科の専門医集団として努力をしていると一定の評価をしていますし、認められるべきだと考えています。細かいことを言うと、これで十分なのか、このやり方で良いのか、研修の内容や時間は適切なのか、など様々な問題はあると思います(私の感覚としては、全く不十分だと感じています)が、そういう批判にはキリがないので、問題点は実施しながら改善していく以外にないと考えています。

 三上教授は学会を代表して、いかに産婦人科医がしっかりとした診療を行ってきたか、この問題に真摯に取り組んでいるかをアピールされ、この検査の扱いについては、やはり産婦人科医が主体性を持って行うことが原則であることをアピールされたようです。また他の委員からもこれを補強する意見も出ていたようです。同じ産婦人科医として、そう言う主張をしたい気持ちはすごくよく理解しますし、私もそうあるべきだと常々思っています。そして、そうするために、全国の産婦人科医の皆さんがきちんと研鑽できるような機会を設けることに、可能な限り協力したいと言う気持ちもあります。しかし、提出された資料を拝見して違和感を感じた部分もあります。例えば、NIPTの実施を診療所でも可能にすることの根拠として、日本の周産期医療が国際的に見てもいかに安全性の高いものであるのかについて示し、「日本の妊産婦・新生児の安全と安寧は、日本の半数以上の分娩を取り扱っている診療所の先生方の努力抜きでは達成できなかったと考えられる。」とアピールしている部分については、周産期医療の安全と出生前検査が適切に行われることとは直接的には関係しないのではないかと言う疑問が生じます。分娩を安全に行うことは、出生前診断の知識が乏しい医師でもできます。これまでずっとそうだったわけです。

 NIPTが学会に認定されていない施設で多く行われるようになってきたことの問題点として、遺伝カウンセリング体制が不十分であることが挙げられています。21年前の「見解」でも、問題とされた部分は、遺伝カウンセリングの体制の不十分さでした。これほどまでに遺伝カウンセリングの重要性が強調されているのに、なぜか日本産科婦人科学会の指針では、分娩を扱うことができることが大事な基準とされています。私たちのクリニックが、産婦人科専門医かつ臨床遺伝専門医が複数在籍し、小児科を専門とする臨床遺伝専門医もいて、認定遺伝カウンセラーも複数在籍している施設であるにもかかわらず、分娩を扱っていないという一点で、認定のための申請を却下されていることは、このよくわからない論点ずらしと関連しているように思います。なぜ議論の中で最も重要視されていることとは別に、学会は分娩施設にこだわるのか、分娩施設なら臨床遺伝専門医でなくても、遺伝カウンセラーがいなくても、たった半日やそこらの講習を受けるだけで検査を行うことができるように計画されているのか。ここのところはきっちり問題視していただきたいと考えています。この点については、診療の合間にちょうど視聴することができた部分で、今回委員の一人として参加されている河合蘭さんが言及してくださっていて、心強く思いました。

産婦人科医と小児科医の間の相互理解が必要

 産婦人科学会からの説明資料で、今年6月に日本産科婦人科学会が改訂新指針を発表するに至った経緯として、日本小児科学会及び日本人類遺伝学会とすり合わせを行なった経緯が説明されていました。日産婦の木村新理事長が、努力されたことは私も耳にしています。この中で、少し気になった表現がありました。それは、「連携施設」の説明の部分で、提起された疑問点として、「障碍者を知らない人(産婦人科医師)」という表現があったことです。この認識はどうなんでしょうか。産婦人科医は分娩までを扱う専門家で、生まれた後の障碍児の診療をするわけでもないし、療育などに関わる機会も少ないので、日常直面している小児科医のようには十分な知識に乏しいかもしれません。しかし、産婦人科医師=知らない人、という表現はいかがなものでしょうか。このような偏見を前提に考えられていることが、出生前検査の普及への障害になっているように感じます。また、一方的に責められているようにも感じます。産科医の立場で考えると、小児科医は生まれてきたケースしか見ていません。「妊婦と胎児を知らない人(小児科医)」と書かれたらどう感じられるでしょうか。

 産婦人科医にも小児科医にもいろいろな人がいます。すべての医師がある物事について同じレベルで理解している保証はありません。というよりむしろ、そうではありません。したがって、知らない人レベルの産婦人科医も実際におられるとは思いますし、その点について懸念されることもわかります。しかし、だからといって任せておけないという考えに至るのはどうでしょうか。むしろ、双方の努力でお互いに信頼して任せられるように変えていくべきではないでしょうか。任せておけないから、自分たちが関わらない訳にはいかない、と決めてしまうのではなく、任せられるようにするにはどうすれば良いのか、協力して考え、解決していくことの方が良い道だと私は思います。議論を進めていく中で、そういう方向に変わっていけるようになることを望んでいます。

最後に

 この問題、私はもう7年も向き合ってきました。たくさんの同業者から、「先生のところはもうやっちゃえば良いのに。」という無責任な(しかしある意味評価していただいているのだとは思いますが)意見もいただきました。ずっと我慢してきたのです。よく耐えていると自分でも思います。せっかくここまで粘ってきたのです。良い方向性が出て、堂々と検査を扱うことができるようになることを心から願っています。この専門委員会については、今後も引き続き注視していきたいと考えています。

 最後に、日産婦の指針(基幹施設と連携施設という案)に対して、対案を作成した記事があります。読者の方に参考にしていただけるとありがたいと思います。昨年3月の記事です。

drsushi.hatenablog.com