FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

当院の業務は診断だけではない。−− 診断の先にあるものを誰が担うのか。

『出生前診断』を行うという施設が増えてきました。一口に『出生前診断』と言っても、何がどの程度わかるのか、扱っている検査によってもいろいろと違いがあるのですが、一般の方々にはなかなかわかりづらいことと思います。

 正確な表現を使うと、マスコミなどでよく『新型出生前診断』と表現されてきたものは、『診断』ではありません。なぜなら、母体の血液検査では、かなり疑わしいという結果は得られても、診断には至らないからです。『診断』するためには、確定的検査を行うなど、専門医が知識と経験に基づいて診断する過程が必要です。NIPTの最後の文字“T”は、testingのTです。『検査』であって、『診断』ではありません。『診断』の場合には、NIPDというのです(Dは、diagnosisのDです)。

 それはさておき、今回は、出生前診断を行うに施設にはそこで扱う検査・診断に関連して、どのような業務が必要になるかについて、取り上げてみたいと思います。

 

「 専門的なカウンセリング」とはどういうものが想定されているのか

 出生前検査を行った結果、予期せぬ胎児の問題に直面することがあります。検査結果を得て、次にどのような選択肢があるのかを提示することはもちろんなのですが、選択するために十分な情報に基づかないと、自分たちが納得のいく選択ができない場合があります。そもそも選択のしようがないという沼にはまってしまうこともあります。また、選択した結果が思ったものとは違ったという後悔に繋がることもあります。こういう事態に陥らないようにサポートすることが遺伝カウンセリングの役割になるのですが、今現在、遺伝カウンセリングを行っているという施設で、この役割を十分に担えている施設はどのくらいあるでしょうか。

 前々回のエントリーでリンクを貼ったNHKの記事内でも取り上げられていた厚生労働省の調査結果、「専門的なカウンセリング」を行っているかどうかという調査項目があったのですが、この「専門的なカウンセリング」というのは、どういうものが想定されているのでしょうか。臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーが行っていさえすれば「専門的なカウンセリング」なんでしょうか。このあたりの認識の曖昧さが、以前より気になっています。そもそも多くの美容外科のクリニックでは、「カウンセリング」という時間を作っていることが多いのですが、そのほとんどは、施術に関連した内容と料金の説明にすぎません。このようなものと同列に語られてはいないでしょうか。

 そして、日本産科婦人科学会の新しい指針では、より小規模な施設でも医師が一定の研修を受けたという条件下で検査を行うことができるようになりますが、上記役割を担う一部分として、うまく機能できるでしょうか。

 医療機関と社会とを結ぶ存在

 私は長年、大学病院に勤務していました。そのような大病院では、病気の診断とそれに基づく診療方針を決定し、実施していく上で、様々な問題を抱えた方々に対応する部門として、『医療相談室』や『医療連携室』といった部門があり、ソーシャルワーカーといった職種の人たちが活躍していました。医療職、看護職、事務職だけではカバーしきれない様々な問題が医療の周辺には存在します。行政との連携、患者サポートを支援してくれる各種団体とのつながり、疾患を抱えながら生活を続けていく本人やそれを支える家族を、社会が支える仕組みにつなげることができないと、患者及びその家族が孤立してしまいます。かかりつけ医では対応できない治療について、大病院に紹介してこられた方も、その治療が終了した後のフォローについては、大病院だけでは対応しきれない日頃のサポートにつなげる必要があります。医療機関同士の連携も大事です。

 では、小規模施設では、これに類した業務が可能でしょうか。

 当院の特殊性は、こういう部分で発揮されます。当院は少人数のスタッフで、基本的には検査のみを行う施設として認識されていると思います。しかし、当院では、検査結果や診断だけでは終わらず、診療方針の部分についても提示し、サポートを行なっています。

 当院のポリシーは、妊婦さんがどのような選択をされる場合でも、可能な限りサポートするという方針です。例えば、出生前検査でダウン症候群が見つかった場合、中絶を選択される時には、安心して中絶できる施設につなぎますし、妊娠を継続して出産を目指す場合には、分娩施設の選定・紹介から、出産後のサポート窓口へのつなぎも行います。先日妊娠継続を希望された方は、分娩予定施設の信頼できる医師につなぐことができましたし、日本ダウン症協会の方ともコンタクトがとれていろいろな情報提供をしていただくこともできた上、出産後のフォロー先として、東京逓信病院にある東京ダウンセンターとも既に繋がりができています。

 こうした業務を行う部門として、『医療情報・遺伝カウンセリング室』があります。当院を開院する際に、この部門を単純に「遺伝カウンセリング室」とせず、上記名称にしたのは、これらの業務を担うからなのです。これが可能になるのは、院長の私と、医療情報・遺伝カウンセリング室長の田村が、これまでの診療や地域連携や学会参加などの経験の中で培ってきた、幅広い人脈と相互信頼があるからですし、これに加えて、専門医の山田と臨床遺伝カウンセラーの井原が、また別の方面から情報収集したり、つながりを加えてくれたりしているからです。

当院は特異な施設

 当院は、妊婦さんの診療を行っている施設ということでいうと、特異な存在です。なにしろ、個人で立ち上げた開業クリニックでありながら、専門的な知識と経験を積んだスタッフを揃えて、高度なレベルの検査を扱い、出身大学や医局の枠組みを超えて、様々な医療機関や検査機関と連携している(それも全国レベルで)ところは、他にはあまりありません。なかなかイメージしてもらいづらいので、説明する際には、「よく大学病院や地域の基幹病院などにある『遺伝診療部門』と、『産婦人科の画像診断部門』の二つだけを持ってきて、一つにしてクリニックとして立ち上げたという形です。」と説明しています。

 真骨頂は、診断して終わりではなく、その先にある部分まで扱うこと。この先、どの医療機関でフォローしてもらうのが良いのか、分娩するならどこかだけでなく、場合によっては、分娩場所につなぐまでの地域の健診先も考えます。中絶する場合でも、どの施設なら安心してお任せできるのかを考えると同時に、出産や中絶に伴う産前産後休暇の問題も含め、その方にとってどういう選択が可能で、どう現実と向き合うことができるのかなど、一緒に考えていきます。

 例えば、8月末に記事にした以下のケースなども、そういう体制を構築しているからこそ可能にできたことが形になっているのです。この記事のお子さんは、先日無事退院され、今はご自宅で家族3人での新生活を送っておられます。

手術が必要な胎児が見つかったら - FMC東京 院長室

 当院のようなクリニックの存在とその働きは、大学病院の教授や大病院の部長クラスの先生方には(学会などでよくお会いしている専門分野の近い方を除いて)、なかなかわかりにくいのか、例えばNIPT実施施設の施設基準などを決める際にも、考慮してもらえません。彼らには、昨日とスタッフが充実している大病院と一次診療を担う小規模施設という考えしかなく、小規模施設でありながら、専門に特化して充実したスタッフと診療内容の当院は、枠組みに入りにくいものとなってしまいます。そうすると、どれだけきちんとやっていようが、この特殊な一つのために特例は作れないというような発想で、はじかれてしまうのです。彼らにとっては、当院など小さい存在にしか過ぎないのでしょう。しかし私たちは、私たちの施設こそ、出生前検査を扱う施設の本来あるべき形を具現していると自負しています。旧来の枠組みでしか物事を判断できないような重鎮が実権を握っているような状況を、なんとかひっくり返したいと思っています。

分娩を扱うことと出生前検査を扱うこととは根本的に違う

 当院が現在、どうあがいてもNIPT実施施設として認定を受けられない理由は、日本産科婦人科学会が今年6月に作ったNIPT実施の改訂新指針の中で、分娩を扱っている施設でなければ検査を扱うことができおないことになっているためです。

 分娩を扱うということは、緊急事態と背中合わせです。産科医療との関わりが少ない方にはイメージしづらいかもしれませんが、実はお産の現場は、医療従事者にとってたいへんな修羅場だったりします。妊婦さんと生まれてくる赤ちゃん、二人の命を同時に預かる現場です。そしてそのいずれにも、予期せぬ急変が起こりえます。迅速かつ的確な対応が望まれます。突然人手が必要になります。このような現場で診療を行っている医師が、同時に出生前検査で難問に直面している妊婦さんに、十分な対応を行う時間的余裕があるのでしょうか。人員配置が潤沢なら、複数名の医師がいて専門的業務に専念できる時間的余裕を持てるなら、可能性はあるかもしれません。しかし現在、分娩を扱う医師は減少傾向にあり、十分な医師数を確保できない病院も多いのです。人数が少ない中でも当直業務は誰かがやらなければなりません。産科医は昼も夜も働いてヘトヘトです。ある地域でそれまでお産をやっていた施設が、医師不足のためお産をやめるという事態が起こると、そのしわ寄せが別の施設に行きます。小規模分娩施設の負担は、ますます大きくなっている中、しっかりとしたサポート体制を備えて出生前検査を扱うことが本当に可能でしょうか。

 日本産科婦人科学会は、分娩を扱っている施設なら、医師が講習を受けることによって、NIPTを扱うことができるようにしようという流れを作っていますが、本当に出生前検査を扱う上での体制が整った施設に必要な機能はなんなのか、そのためにはどのような人員の存在が望ましく、どういう診療を行うことが望まれるのか。よくわかっていただきたいと思います。

チームワークで成り立つ診療

 たとえば当院でも、医師の診療には時間を要します。当院では超音波検査を精密に行っていますので、一人ひとりの診療に時間がかかります。予想外のものが見つかった時など、その説明にも時間を要するのですが、そうすると次の検査をお待ちの方の予約時間に食い込んでしまいます。医師だけで全て丁寧に対応しようとすると、とても時間が足りません。当院が数多くの難しいケースに対応できるのは、医療情報・遺伝カウンセリング室の認定遺伝カウンセラーがこの診療を支えてくれているからです。医師が検査を行う前に、事前情報を提供していることが、医師が検査後の説明をスムーズに行うために有用です。また、普段からチームでディスカッションしているため、超音波所見の見方や、所見からどう判断するか、次に何を考えれば良いかなどの考え方が、医師と共有されています。近い距離でいろいろなケースをチームで診てきたことが、大きな力になっています。このあたりが、一般的な産科診療施設とは全く違うところだと言えるでしょう。

 2020年11月12日は、当院の田村もメンバーになっている、米国の遺伝カウンセラーの職能団体であるNSGC (National Society of Genetic Counselors)が設定した、Genetic Counselor Awareness Day(遺伝カウンセラー啓発の日)でした。

National Society of Genetic Counselors : Genetic Counselor Awareness Day

日本ではまだまだ認定遺伝カウンセラーの活躍の場が十分でなく、またその養成過程やトレーニングも、海外と比較すると充実しているとはとてもいえない状況です。これからの医療の中で、この職種の重要性は高まっていくことが明らかです。認定資格を取得した人たちをよりレベルアップして、もっともっとこの職種の活躍の場を作り、存在を認知してもらい、より良い遺伝カウンセリングの場を数多く作っていくことが望まれます。

 忙しい産科医師が片手間に大事な問題を扱うのではなく、きちんとした役割分担ができる体制で、充実した出生前検査・診断ができる施設が、日本国内にもっとできるようになることが理想だと思っています。