FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊婦への情報提供の問題 つづき

前記事からの続きです。

1. 情報を伝える側が伝えるべきと考えていることと、妊婦さんやその家族が知りたいこととの間にズレがあるのではないかという問題

2. 産科診療現場における対応の問題

について、考察していきます。

伝えるべき情報は何か

 NIPTの問題のマスコミなどでの取り上げられ方と、実際に出生前検査を扱いつつ多くの妊婦さんたちと接している感触とでは、明らかなギャップがあることが気になっていました。マスコミで取り上げられる話題は、圧倒的に検査で陽性になった方の選択の話が多いのです。以下のような事例をよく目にします。

・検査で陽性と告げられ、重大な選択に夫婦で向き合わなければならなくなった。

・妊婦本人と夫との間で意見が対立した。結論を出すまでにさまざまな葛藤があった。

・どちらかが折れた。多くの場合、妊婦が産みたいと希望し夫が折れるか、夫が育てられないという意見を妊婦が受け入れて中絶を選択するかになる。

・認可外の施設で説明が受けられず、その後の検査や管理を行う施設を自力で見つけなければならなかった。

・周囲の心ない言動に傷付けられることもあるが、暖かいサポートに支えられ、今がある。

 これらのストーリーは、今ある問題点を描写するのにちょうど良いと考えられているのかもしれません。しかし、実際に検査を受けた人の圧倒的多くは、こういった事象とは関係なく終わっているという明らかな事実があります。何しろ、この検査は大まかに検査を受けた人の98%は陰性という結果を得て、安心して妊娠を継続していて、検査そのものが特に問題となってはいないばかりか、その恩恵を受けているとも言えるからです。

 こういう事例にいつ当たるか分からないから、きちんと行われなければならない。もちろんそうです。しかしそれは検査の提供体制を管理する側の論理です。一人一人の検査希望者から見れば、そりゃあきちんとしてもらったほうがいいけど、自分が陽性にならなければまあいいか、と思える。そして、陰性という結果が得られる可能性はかなり高いのです。

 こういう、検査を受ける側の論理や考えを前提に、どういった情報提供を行うべきかを考えないと、「だいたいわかってます。」といった反応をされたり、「まあ、仕方がないからとりあえず聞いたふりをして時間を過ごそう。」という気持ちで臨まれたりしてしまいます。

 だから、ダウン症候群の方の生活実態などの話は、検査前の短時間の遺伝カウンセリングの時に行う話として、メインにはなり得ないと思うのです。そもそもその時間の中で話してわかるほど簡単ではないと思います。ここでは、事細かに話す(これをやろうとすると逆に中途半端になりがち)よりも、もともと持っている誤解に基づいたイメージを崩すことに主眼を置いて、同時により詳しく知るためのソースを提供するほうが良いでしょう。そもそも、出生前検査の対象疾患は多岐にわたるのです。ダウン症候群だけが理解されれば良いというものではありません。ダウン症候群にばかりフォーカスされることで、「ダウン症候群でないならば良かった。」というような誤った認識を生んでしまうことは、望ましくありません。

 では、検査前遺伝カウンセリングではどのような情報が伝わることがより望ましいのでしょうか。

検査で安心が得られるのか

 私自身、何をどう伝えれば、みな自分のこととしてしっかり聞いてもらえるのか、検査の結果の細かいところに動揺することなく、落ち着いて次の判断に繋げる準備状態を作ることができるのか、考えるのですが、人それぞれのバックグラウンドの違いもあるので、一律に決まるものでもありません。最低限これは伝えたいという資料は準備しますが、現場の判断も大事です。そういう意味で、カウンセリング担当者には、やはりトレーニングや現場経験を積むことが必要になります。

 実際に出生前検査・診断を扱っていると、世の中には本当にさまざまな問題を抱えて生まれてきたり、育っていく中で問題が明らかになってくるような事例があり、また同じ病名の場合でもさまざまな症状や発達の程度の違いがあり、一つの検査で簡単に判断できる単純なものではないということを実感します。できればこの感覚を、検査を受ける方には少しでもわかってほしいと思います。

 説明は難しいのですが、基本的に、検査を受ける人は、『安心』を得たいという気持ちで検査を受ける⇨検査結果で『大丈夫』といってもらえれば安心できる。というのがあたり前なのですが、その『安心』は絶対的価値なのか、『大丈夫』という言葉はどこまで完全な保障になるのか、を突き詰めて考える機会が必要になるような気がするのです。検査結果の説明後に、「それは『安心していい』ってことですよね。」と念を押されることがあります。こういう聞き方をされるとちょっと困ります。もちろん、私が心配ないと判断した結果を持ってお帰りになる皆さんには、安心を得てほしいという気持ちで毎日の診療を行なっています。しかし一方で、本音を言うと、どんな結果を得ようとも『安心』できるかできないかは人それぞれのはずで、安心していいかよくないかは人に決めてもらうものではないと思うのです。

 だから、検査を受ける前に知って、考えておいてほしいことは、自分は何を一番心配するのか、何が解決できれば完全ではないとしても少しでも『安心』に近づくことができるのか、そのために自分が受けるべき適切な検査は何か、ということで、自分で考えて自分で選択できるようになってもらいたいのです。検査前遺伝カウンセリングで最も重要な部分はそこだと思っています。

説明する人員が検査の意義について十分理解しているか

 NIPTの事前説明に用いられる資料に、生まれつきの病気や障がいにはこれだけのものがあって、そのうち染色体異常はこれだけの割合で、そのうちでトリソミーはこれだけといったようなことを円グラフなどで表したものがよく用いられます。「NIPTではこの部分をカバーしているのですよ。」という言い方で説明されることもあれば、「結局NIPTではこれだけしかわかりません。」というような言い方をする医師もいると聞きます。認定外の施設などでは、認定施設の検査ではここまでしかカバーしていないけれど、うちではここまでカバーしているといったような説明をしているところもあるようです。このことは、もちろん、検査で何がわかるのかという説明としては必要なものだとは思います。しかし、この説明だけでは大切なことが抜け落ちていることもまた事実です。

 検査のことを考える時には、必ずその検査にはどのぐらいの意義があって、どこまで確実に知ることができるものなのかという視点が必要です。また、多くの人を対象に行う場合には、多くの人が受ける上での効果を考える視点と、検査を受ける個々人の側から見た意義を考える視点が必要になります。ちょっと難しい話になりますが、出生前検査でいつも問題になる、マススクリーニングとして行うことの是非の問題と、個々人がそれぞれにとっての意義を考えて検査を希望するかどうかということの選択とは、違う視点で見るべきであろうという話です。

 検査前の説明をしている医師や遺伝カウンセラーが、このあたりのことをどの程度理解しているのかが問われます。例えば、「トリソミーしか調べないからそのほかにもたくさんある病気についてはこの検査ではわかりません」とだけ言ってしまうのか、「あなたは年齢が高いので、若い妊婦さんよりもトリソミーの確率が上昇する。従って、そのほかにも頻度の低い問題は隠れてはいる可能性があって、全てを網羅する検査があるわけではないにしても、トリソミーの有無を知るだけでも大きな意義がある。」と話すのかによって、検査の捉え方は違ってきます。

 遺伝カウンセリングをすでに受けてきたという方たちから話を伺うと、このあたりがうまく説明できていないような医師や遺伝カウンセラーがまだまだ多い印象を持ちます。全ての妊婦を対象に情報提供を行う方針にするなら、説明を担当する人員の教育にかなり力を入れないといけないように思います。

産科医療現場は変われるか

 次に産科医療の現場に関する懸念を記載しておきます。

 これまで、出生前検査についての情報は、『積極的に知らせる必要はない』というのが、この国における基本方針でした。多くの産科医は、『知らせてはいけない』と認識しており、妊婦が検査について質問すると、急に冷たい態度になったり、説教し始めたりするような現状がありました。20年前は、まだインターネットもそれほど普及していませんでしたので、医師が知らせなければ多くの人は知らない時代でした。医師は、情報提供について考えたり、工夫したりする必要はありませんでした。

 そこから徐々に変化が起きました。その変化は主に、インターネットを介して入ってくる一方的な不確かな情報によるものでしたが、積極的な人は何らかの形で情報を得る一方で、自力で情報を得られない人は知らないままでいる、情報格差の時代になりました。この結果、医師から正確な情報が得られないまま、不確かな情報をもとに不安を持つ人が増えてしまいました。このことが、この不安につけ込む商売として、野良NIPTを拡大させた誘因になりました。学会主導で強い制限がかけられ、あるべき普及の道筋を進むことができなかったことも、この状況に拍車をかけました。

 今時、ちょっと検索すれば、知りたい情報は手元のデバイスで簡単に得ることのできる時代になっています。問題は、膨大にあふれる情報のうち、何が正しくて何が間違いなのかの判断が難しい(できる人とできない人とが存在する)点です。そういう時代に、いつまでも積極的に知らせないという姿勢でやっていられるわけがありません。医師が、20年以上前の通知にいつまでも縛られて、その態度を改めようとしてこなかったことは、プロフェッショナルとして反省すべき点ではないかと思います。

 しかし、20年の月日は長かった。当時まだ研修医だった人が、今やベテランの指導医になっているのです。この間ずっと、積極的に知らせるべきではないという教えのもとで仕事をしてきたのです。今から転換せよと言われて、すぐに対応できるでしょうか。たとえば『女性健康支援センター』で情報を得てきた人がより詳しく知りたいと質問してきた場合に、適切に答えることができるでしょうか。

 NIPTの議論を見聞きしていて、気になる点はほかにもあります。それは、出生前遺伝学的検査としての超音波検査の停滞です。日本は、超音波診断装置の診療現場における普及率は極めて高い国です。妊娠中期以降の妊婦管理にはよく用いられ、また機能検査など、いろいろな応用も専門会によって続けられてきました。だから、ある程度妊娠が進んだ時点以降の超音波検査については、世界的に見てもレベルの高い診療や研究がなされていると思います。しかし、こと妊娠初期における検査、とくに染色体異常の検出など遺伝学的検査と関連する部分では、世界から見てだいぶ立ち遅れてしまった印象です。妊娠初期の超音波検査で、胎児の評価がここまでできるというような情報をきちんとフォローできている医師は、日本では数少ないのです。その上、NIPTなどの遺伝学的検査を扱っている人たちで超音波検査にも精通している人は極めて少数です。また、遺伝カウンセリングを担っている人材の中で、妊娠初期の胎児超音波検査とNIPTに代表されるそのほかの遺伝学的検査とを組み合わせて判断することができる知識や技術を持つ人は少ない印象です。小児科医でここに精通している人はまずいないだろうし、産科医がこれをできないと、遺伝カウンセラーも知らないままになってしまいます。

 だから、情報提供を行うことはもちろん大賛成で、以前からそうするべきだと思っていましたが、現在のこの国の医師や遺伝カウンセラーの陣容で、幅広く情報提供された場合に、妊婦さんたちにきちんと応えられるのかという問題が噴出するのではないかという懸念はあるのです。教育・普及の方策が急務だと思います。

おそらく近いうちに示される情報提供の新方針すなわち、「全ての妊婦を対象に、情報提供をする方針」。これは、この国の産科診療にとって大きな転換点になると考えます。どうすればより良い形に整えていくことができるのか、考え続け、発信し続けていきたいと思います。