FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

日本母体胎児学会ディベート「NIPTの認定基準は必要か否か」に登壇しました。

先週末の3日間、第44回日本母体胎児学会学術集会が仙台で開催され、久々に現地参加してきました。

 学術集会全体のテーマが、「Controversies in Obstetrics」というもので、現在産科領域のなかで議論の対象となる6つのテーマについて、対立する立場からの主張を戦わせるディベート企画がメイン企画として設定されました。この企画は、会長である室月淳教授(宮城県立こども病院/東北大学大学院医学研究科)の肝煎りのアイデアで組まれたもので、このコロナ禍で海外からのゲストを呼んで特別公演を組んだりすることが困難な中、頭を捻って出されたアイデアでしたが、興味深いプログラムに参加者も多く、設定されたどのテーマにおいても議論は盛り上がり、学会全体として素晴らしいものになった、参加者もみな勉強になったと好評でした。

第44回母体胎児医学会学術集会

「NIPTの認定基準は必要か否か」

 私は、6つのテーマのうちこの学術集会の最後を飾るプログラムになった、「NIPTの認定基準は必要か否か」に、講演者として登壇しました。

 この企画では、通常のディベートのように、「是」か「非」かの二つの立場に別れて議論するものと少し趣を異にしていて、3名の登壇者が三者三様の立場からの意見表明をおこないました。

 日本産科婦人科学会の立場から(これまで認定基準を設定し、運用してきた立場です)、旧「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」施設認定・登録部会長を務められた久具宏司医師、認定をうけないまま検査を実施してきた立場から、DNA先端医療株式会社の栗原慎一社長、そしてこれまで施設認定を受けることができなかった専門外来クリニックの立場から私という3人です。「必要か否か」というテーマに対する私の答えは「否」であり、講演タイトルもズバリ「NIPTの認証制度は不要である」で臨みました。

 なお、学会のプログラム上やポスターなどで、「認定基準」という言葉が使われていましたが、以前に日本医学会内に設置されていた委員会で扱っていた際には「認定」としていたものを、新しい委員会では「認証」という名前にしていますので、ここでも基本的には「認証」という言葉を用い、以前の基準に関連した内容やプログラムについて言及するときにのみ「認定」という言葉を用いることにします。

 

対立軸がやや変化したが、私の立ち位置は明確

 実はこの企画、組まれた当初は「外来専門クリニックでのNIPTは是か非か」で、私と久具先生がサシで対峙するはずだったのですが、今回の新しい認証制度によって、これまでNIPTを扱うことができなかった外来クリニックでも、NIPTを実施することが可能となったため、急遽テーマが変更され、登壇者を追加して三すくみの形になったという経緯があります。私自身は、これまで旧認定制度による施設認定をめぐっては実際に久具先生とやりとりしてきた経緯があり(このブログの過去記事にもその経緯は示してあります:以下リンク)、室月会長より与えられたこの場にこれまでの忸怩たる思いをぶつけようと意気込んでいたのですが、ちょっとややこしい形になって、誰とどう議論する形にまとめるかちょっと迷いました。しかし、発表スライドを作成する過程で、考えがクリアになっていき、話をまとめることができました。

 まず結論的には、タイトル通り、NIPT認証制度は不要というものです。では、認証を得ないまま検査を実施している施設を容認するのかというとそうではなくて、正当な専門家ではないような人たち、具体的には普段妊婦の診療などやったことがないような人(美容外科医や内科医など)たちが、知識も経験もないまま採血だけという手軽さを良いことに手を出すことは正しくはない。しかし、妊婦さん達にとっては、産婦人科医が押さえつけられていてアクセスが悪い分を補完してくれているところがあることは必要悪で、検査自体の信頼性が高いならば、そこで検査を受けることは現状仕方がない。と捉えている。問題は、そういう状況を作り出してしまった認定制度の存在であるという主張になりました。

 簡単にいうと、これまで認定外で検査を行ってきた(また現在も行っている)ような人たちは問題外で、議論の相手にもならない。しかし、そういう存在が必要悪として増加し、悪貨が良貨を駆逐する形になってしまっているのは単に厳しすぎる認定(認証)制度の継続のせい。ということです。

 そもそも何のために認定制度が必要だったのか。これはあくまでも臨床検査に参加するための要件だったはずです。本来なら臨床研究が終わった時点で、他の検査と同様に一般臨床に組み込まれるべきものだったはずなんです。たとえば、超音波検査、クアトロテストなどの血清マーカー検査、羊水検査や絨毛検査など、さまざまな出生前検査が、一般臨床として特に認証基準などなく全国津々浦々の産婦人科で普通に行われているのです。それがなぜNIPTだけこのようなおかしなことになってしまっているのか。

 

妊婦目線で考えるなら、認証制度はない方が良いと皆考えていた

 さて、実際のディベートですが、蓋を開けてみると私の対極に存在しているはずだった久具先生のご発表も、実は私の主張と大差がないとも言えるものでした。私はなんとなく拍子抜けしたぐらいです。多分、元々のテーマ「外来クリニックにおける・・・」だったなら、対立意見として議論になったのかもしれませんが、認証制度の必要性という点については、概略まとめると以下のような意見になっていました。

「純粋に妊婦目線で考えるなら、認証制度が撤廃されればアクセスも良くなり、受診のハードルも低くなる。しかし、一方で産婦人科医の中には、出生前検査に関する正確な説明やその対象となる疾患に関する知識及び対応が、まだまだ不十分なものも多いので、産婦人科医自身のリテラシーがもっと高まることが前提である。」

 要するに、認証制度などなくなる事が理想と言わんばかりの話で、この点については私の意見と一致していました。ただ、やはり一致していない部分はあり、私の反論としては、さっきにも書いたように実際にNIPT以前のもっと曖昧で取り扱いが難しいと思われる検査(例えばクアトロテストに代表されるような血清マーカー検査)や、一定のリスクを伴うような侵襲的検査(羊水穿刺など)は、なんの制限もなく産婦人科医によって実施されているのに、NIPTについてのみ制限をかけることは明らかに矛盾しているというものです。

 なお、栗原社長は、必要とされるものを必要としている人に提供できる体制を構築するべきで、認証制度というものはあってもよいが「認可」ではないので、非認証施設も含めた業界づくりが理想というような話でした。私は出生前検査について、産婦人科以外の診療科の医師に扱わせることなど根本的にあり得ないという立場ですので、私たちが長年いろいろと議論しつつ慎重に進めてきたこの扱いの難しい問題に関わる検査について、浅い認識のもと安易に扱って欲しくないという気持ちしかありませんでした。会場の参加者の中には批判的意見をぶつけたいという人も居られたことと思いますが、私はあまり議論の相手にするつもりもなく、何しろ産婦人科医の手によって普通に検査ができるようにすることが理想という立場を貫きました。

 

産婦人科医どうしでの信頼感が足りない?

 産婦人科医自身のリテラシーが高まらないと、認証外施設と同様に検査が安易な扱われ方をして良くない、と危惧する声が出てくることは理解できます。私自身、普段からリテラシーの高くない産婦人科医によって、あまり正しくはない説明を受けてきたような方をよく見ている立場ですから。しかし、現実的にNIPT以外の検査は普通に行われ続けているのだし、産婦人科以外の医師たちによって適当に検査のみが広がってきてしまっている中、日常的に妊婦を診療する立場である産婦人科医のみを制限の対象にすることが、正しい道筋なのでしょうか。卒後教育など、努力してリテラシーを高めていくことはもちろん必要ですが、検査を扱えない立場に留めおきつつハードルを課すことよりも、実際に現場で経験を積みつつ学んでいくことの方が、より確実ではないでしょうか。そんな中で、質の悪いものは淘汰されていく、全ての医療分野で難しい技術や新しい知識の扱いはそういう形を取られてきたのではないでしょうか。そしてむしろ、もし制限をつけて管理するとするならそれは、絨毛検査や羊水検査といった技術的な違いが明らかかつリスクを伴う検査を対象として行うべきではないでしょうか。そもそも産婦人科医というだけで、もう立派な専門家であるはずなんですから、学会は内輪で卑下して自分たちはまだまだだというのではなく、会員の専門性を認めつつ、レベルの低い会員について指導していく立場を取るべきでしょう。日本産科婦人科学会は、もっと堂々と、学会員は専門家集団だという主張ができるべきです。

 ディベートの結果は、単純にいうと大勝利といって差し支えないものでした。開始前のアンケートで、必要6割、不要3割だったものが、終了後には必要3割、不要6割と逆転しました。まあ、必要側の代表者の意見が、究極的にはなくなるのが理想というような結論だったので、さもありなんというところではありますが。

今回はホームタウンディシジョン的な面も

 ただし、今回のこのディベートが、どちらかというとあまり言い合いになったりせずに、半ば粛々と進んだ(まあ私自身がしっかりと主張しつつも、抑圧されてきた立場としての個人的感情を前面に出したり他者を強く非難したりするような立場をとらなかったこともありますが)のは、この会自体の参加者のほとんどが産婦人科医であったことも大きいと思います。もともとこの学会の参加者が、「出生前検査・診断はきちんと発展して諸外国と方を並べた方が良いよね。」という考えの方が主流派だったからだと思います。しかし、実際にこの問題をもっといろいろな立場の方々も入れて議論しようとすると、強い反発があったり、思わぬ方向から否定的な意見が来たり、なかなか難しいものです。私の持っている印象でも、例えば私は日本人類遺伝学会の評議員でもありますが、そういった別の学会の場では、頑なに出生前検査に否定的な意見の方もおられます。

 例えば今回、厚生労働省主導で行われてきた専門委員会を経て、この国では長い間出生前検査についての情報提供を積極的に行わないことが是とされてきたものを、全ての妊婦を対象に情報提供を行うという大きな方針転換がなされたわけですが、そのための体制づくりやプラットフォームとしてのウェブサイトの内容公開があまり進んでいません。ここには、認証制度運営委員会やその下部組織である情報提供ワーキンググループのメンバー構成や人選が影響していると感じます。私たちが長年、妊婦さんやご家族、生まれてきたお子さんたちと向き合い、目の当たりにしてきた現状や、今ある問題など、本当にわかってくれている方々がどのくらい関わっておられるのだろうか、人によっては個人的な立場もあって偏りのないものの見方ができなくなってはいないだろうか、などどうしても心配にならざるを得ないようにも感じています。

 今回の学会では、一定の収穫はあったとは思いましたし、結果としては充実感を得ることができましたが、本当の議論はまだまだ続くものと考えています。