いろいろと忙しくて更新をサボっていたら、前回更新した日(3/4)に表題のニュースが出ていたようですね。私自身もこの学会の会員ではあるものの、単なる一会員で中枢には関わりがありませんので、動向が外部記事などからしか伝わってきません。記事を拾って論考したいと思います。
なお、以前から主張しているように、まずこの「新型出生前診断」という用語自体がおかしいと思っており、なるべくこの用語は使いたくありませんが、マスコミが横並びにこの用語を使用していて、一般の方々にもこの名称の方が馴染みがあるようですので、表題にはこの用語を使用しました(普通に使うのは気に入らないので、“”をつけています)。しかし、この用語は明らかに間違っているので、別の言葉に変更すべきです。
では、配信されたいくつかの記事をピックアップして見ていきましょう。
一般診療へ移行決定=新型出生前診断-日産婦|時事通信ニュース|時事メディカル
日産婦:新型出生前診断、一般診療に 実施施設増の見通し - 毎日新聞
新型出生前診断、研究から一般診療へ 日産婦が決定:朝日新聞デジタル
時事通信の配信記事では、日本産科婦人科学会が3日に開いた理事会で、NIPTについて、臨床研究に限定してきた指針を見直し、一般診療に切り替えることを正式に決定した。今後、施設認定を担当している日本医学会と協議する。と述べています。
実は今回の理事会でこれが協議されるという情報は入ってきていたので、どのような結論になるのか気にしていたのですが、とりあえずいつまでも研究ではないでしょうと思っていましたので、一般診療に切り替えられることについては歓迎すべきことと思います。
気になるのは、日本医学会との協議で、今後どのような基準で行うことができるようになっていくのかについてはまだ不透明なようです。
朝日新聞は、『対象を原則35歳以上の妊婦とすることや、3種類の染色体疾患に限定することは当面維持する方針。』と記載していますが、毎日新聞では、『施設の認定自体は遺伝カウンセリングの実施などを条件に、一般診療化後も続ける。』と記載しているのみで、具体的要件については触れていません。
朝日の記載が日産婦理事会における決定に基づいているようであれば、落胆せずにはおられません。なぜなら、対象を年齢で区切ることの意義が低いからです。もしこの検査に公的資金を投入した補助がつくなどという政策と連動させるなら、そのための線引きはなんらかの形で必要かもしれません。しかし、完全に自費で検査を受ける受けないを自由意志で選択する形をとるなら、そして盛んに論じられているように遺伝カウンセリングを適切に行うという条件付けを行うなら、年齢で限定する意味などないのです。日産婦の理事の先生方は、このあたりよく理解しておられないのではないかと疑問に思ってしまいます。また、対象疾患についても、この検査の有効性を考えると再考の余地があるでしょう。例えば染色体異常の中にも、今確定検査と言われている羊水穿刺を行なったとしても、通常行われているG分染法では検出できない疾患があります。NIPTではこういった疾患も対象にできる可能性がありますので、その検査結果次第では確定検査の方法について、G分染法でやるのか、より詳しくわかるマイクロアレイを選択するのかなど検討することが可能になります。
今回、臨床研究を終了することを決定した理由として、毎日では、『検査内容や意味を夫婦に説明する「遺伝カウンセリングの重要性が確認できた」ことなど』と記しており、朝日ではより細かく、『遺伝カウンセリング体制が整った▽カウンセリングの必要性が妊婦に理解された▽施設数が不足し、検査を受けたい妊婦の需要に応えられていない』と記載しています。
なんだかとってつけたような理由ですねえ。「それを大っぴらに言うな!」と言われそうですが、これらは正直のところじっくり慎重に進めてきましたというポーズにしか過ぎず、内容的にはこれを大真面目に捉えている人は理事会内部にも少ないんじゃないでしょうか。この種の感想は反対派の人が言いそうなもので、推進すべき立場の私が言うべきでないと思う人も多いかもしれませんが、私はこういうごまかしのような内容を尤もらしく語って、本質的議論が先送りになってしまうのは好きではありません(そうしないとこの国では物事が進めていけないという考えをお持ちの方は多いのでしょうが)。まあそもそも最初の段階で、臨床研究という形をとった時点で何について研究するのかがはっきりしておらず、最大の団体である『NIPTコンソーシアム』の研究テーマを、『遺伝カウンセリングに関する研究』として倫理委員会を通した(そもそもこれがおかしい)ために、研究成果もそうせざるを得なくなっているということだと思います。
そして、その成果が、『遺伝カウンセリングの重要性が確認できた』『遺伝カウンセリング体制が整った▽カウンセリングの必要性が妊婦に理解された』というのは、私に言わせればちゃんちゃらおかしいのですが、世間的には通りがいいのでしょう。
だいたい、「遺伝カウンセリングの重要性が確認できた」という言葉自体、バカにしていると感じます。これが研究の成果というなら、遺伝カウンセリングを行ったグループと行わなかったグループとを比較して、そのアウトカムに明確な差が生じたか(アウトカムを何に持ってくるのかという問題もありますが)について評価すべきで、それが科学的研究というものだと思いますが、そんな形での研究など行われていないのです。そもそもが、遺伝カウンセリングの成果などというものは、クライアント個々の価値観が反映されるものであって、それをどう客観的に評価できるのかは極めて難しい問題だと思います。そもそもが研究テーマとして練られていない、とってつけたようなものなのです。それに、出生前検査のようなデリケートな問題を扱う際に遺伝カウンセリングが重要であることなど以前からわかりきっていることです。だからこそ遺伝カウンセリングという手段が用いられ、それを行う場が用意され、認定遺伝カウンセラーという職種を作って養成してきたのです。今更、「重要性が確認できた」って何なんですか。もしかしたら研究の結果、重要性が確認できなかった可能性もあったのでしょうか。
「遺伝カウンセリング体制が整った」というのも正直疑わしいと感じています。体制を整える為に、努力して臨床遺伝専門医を増やし、認定遺伝カウンセラーを養成してきたことは知っています。しかし、その養成課程や教育内容は、本当にきちんとした体制を整えるところまでできているでしょうか。私はまだまだだと感じます。いろいろな施設で『遺伝カウンセリング』を受けて来られた方の話を聞いて、それを感じます。
「カウンセリングの必要性が妊婦に理解された」?本当でしょうか。それならばなぜ、無認可施設に多くの妊婦さんが殺到している状況になってしまっているのでしょうか。単に認可施設数が少ないから仕方なくでしょうか。そうではないと思います。現在、認可施設で検査を受けようとすると、夫婦揃って2回遺伝カウンセリングを受けなければならないとか、決まった曜日と時間帯にしか受けられないとか、何かと制約が大きいという問題点があります。そんな面倒なことなら手軽に受けられる方が良いと、無認可施設を選択する人は多いはずです。それでも遺伝カウンセリングを受けないと不安で、やっぱり認可施設でないと受ける気がしないと考える人は少数派なのです。認可施設のなかには、そこで行われる遺伝カウンセリングが、まるでお説教のように感じられるようなところもあると伝え聞きます。そのような状況で、カウンセリングの必要性が妊婦に理解されたとは、一体どのようなデータをもって出された結論なのでしょうか。認可施設で検査を受けた方を対象としたアンケート調査から得られた回答で、そのような結論にたどり着くことが可能でしょうか。甚だ疑問でしょう。
私は、無認可施設をサポートしているわけでも応援しているわけでもありません。むしろこのような施設が横行する現状は、困ったものだと感じています(横行するといってもまだそれほど多くはありませんので、その問題を感じ取っている人も一部かもしれませんが)。しかし、そのような状況を作り出してしまったのは、無理のある規制を行なって歪な状況にしてしまった学会のやり方にも問題があったのではないでしょうか。
このような内容をブログで発信していると、今後この検査が一般診療化されても、私たちの施設ではこの検査を扱うことができない(認可されない)ことになってしまうかもしれません。いやそもそも、これまでの施設基準の中にある、小児科専門医の存在や、自施設で妊娠経過および出産後のフォローを行う必要などが満たされていない施設ということになる可能性も十分にあるでしょう。この検査の今後の扱いについて、まだまだ予断を許さない現状です。
何よりもやはり、もっともらしい理屈を、さも研究の成果であるように語り、何となく落としどころを作っていくというやり方が、本当に正しかったのか。これをリードしてきた人たちは、それなりに満足しているのかもしれませんが、私は何も解決していないと感じています。もっと根本的な議論を続けていかないと、結局は本当にこの検査を必要としている人たちが置き去りになるし、この分野の進歩からこの国はどんどん引き離されていく一方になる懸念があると思っています。