GWは、新型コロナウイルス蔓延の件で頭がいっぱいで、本業への集中力さえ削がれかねない心理的状態です。そんな中でも、妊娠・出産に臨む人は確実に存在するし、なんとかこの事態を乗り越えて、元気な赤ちゃんを産んでほしいと心より願っています。
ただでさえ不安な現在の妊婦生活。検査体制の不備に振り回されることなく、過ごしてもらいたいのですが、そうもいかない問題が起こることがあるようです。
認定施設での説明は充実しているのか
つい先日の相談事例です。
NIPTの学会認定施設である大学病院に、検査を希望して相談にいかれた妊婦さんからのご相談でした。NIPTでもし『陽性』が出たときに、どう対応してもらえるのかについて、よく確認したいとお考えになり、“遺伝カウンセリング”の時に質問されたようなのですが、通り一遍の回答しか得られず、不安になったとおっしゃるのです。
どのような説明だったのかというと、
・NIPTは確定検査ではないので、必ず羊水検査で確認しなければならない。
・絨毛検査は胎盤を検査しているので、NIPTで偽陽性の原因となりえる『胎盤モザイク』が生じていた場合に、同じものを拾ってやはり偽陽性となる恐れがある。したがって絨毛検査は意味がない。
・染色体検査には約3週間かかるので、結果が得られるのは羊水穿刺から約3週間後。
とまあ、よくある話ではあるんですが、決して間違っているわけではないけれども硬直してませんか?という対応なんですね。
おそらく、担当している医師は真面目な人なんだろうなと思うし、先輩から教わった内容を踏襲していて、これが正しいと信じているんだろうなと思います。このような内容の説明を受けたと言う話はよく耳にしますし、NIPTの国内導入の最も初期の頃から学会認定施設として検査を行なっていたようなところで指導的立場にいるような先生方が、学会などでこのような内容の話をされている場面に出くわした事もあります。新たに臨床遺伝専門医の資格を取得した医師を対象とした講習会や、自院内で指導される場面などでも、こう説明するように伝えられていることが多いのではないかと想像しています。
しかし、私から見るとこの説明では不十分で、なぜなら個々のケースに応じて、いろいろな道を模索することが可能なはずだと思うからです。妊娠・出産に臨む人すべてが、みんな同じ環境で同じ考え方のもと暮らしているわけではありません。それぞれの方にそれぞれの事情があり、思想信条があり、行動原理があります。杓子定規に決めた道筋を進むことしか提示できないなら、それは単なる説明であって、『遺伝カウンセリング』と呼べるものではありません。
それぞれのケースに応じた対応が必要かつ可能
決して間違っているわけではないと書きましたが、考えようによっては間違っていると言える部分もあるかもしれません。少なくとも、以下のような違った選択肢も提示可能だと思います。
・超音波検査で、NIPTで陽性と判定された染色体の問題に一致するような特徴的な所見があれば、絨毛検査でも同様の検査結果なら、まず間違いないと考えることが可能。(胎盤モザイク自体それほど頻繁に見られるものではないし、絨毛検査結果と超音波検査所見が一致していれば、確定的な検査結果が得られたと判断することもできる。それでも胎児に染色体異常がない可能性に賭けたければ、絨毛ではなく羊水検査を選択すれば良い)
・ケースによっては超音波検査だけでも確定的と言えるほど明らかな異常所見が得られたり、胎児の状態が悪く子宮内でも長くは生きられないと判断されたりする場合がある。(このような場合には、針を穿刺するような侵襲的検査を妊婦が受ける必要性は低いと考えられる)
・染色体数の過不足を検出する検査には、いくつかの方法があり、必ずしも3週間を要するものではない。迅速検査を用いれば、トリソミーの有無について2,3日で確定的検査結果を得る事も可能。検査施設によって扱うことのできる検査に違いがあるので、それによる制約はあるものの、3週間かかる検査の結果を得ないと確定とは言えないと言うのは、言い過ぎ、あるいは不親切。
超音波検査は、その検査を行う人によって、どこまで正確な判断ができるかに違いが生じるので注意が必要ですが、その不正確性を理解した上で判断材料にすることは可能なはずです。
染色体検査の迅速検査として扱われる方法にもいくつかあって、その検査方法ごとに正確性にも違いがありますので、これもまた注意が必要ですが、この検査結果を確定としてはいけないといって絶対に3週間かかる検査結果を待たなければならないと言うべきだとは思えません。
3週間かかる検査というのは、一般に『G分染法』を指しています。この検査に時間がかかるのは、細胞培養という手順を経る必要があるからですが、3週間もかかるわけではなく、だいたい2週間弱ぐらいで結果が得られる事が多いです。ただし、細胞増殖の速度が遅いケースがあり、検査に足る十分な細胞数を得るのに時間を要するケースもあるので、ほぼ全てのケースが確実に結果を得る事ができる時期として3週間と言っていることが多いようです。しかし、世界では『G分染法』だけが標準的で絶対的な検査という扱いはされなくなってきています。日本では、出生前検査そのものが普及していませんでしたので、いまだに『G分染法』しか知らない医師も多いし、この検査が標準的で絶対的な検査だと考えがちな傾向があります。
このあたりの検査選択の話は、細かくいうとややこしくなるので、ここでは詳細は記しませんが、私が言いたいことは、杓子定規なやり方だけで押し通そうという態度は、出生前診断の遺伝カウンセリングとしては、不適切だということです。実際、この相談者の妊婦さんも、その大学病院に胎児検査について今後も相談していく気にはなれなかったとおっしゃっていました。
継続的に改良しつつ前進することが必要
学会は、「きちんとしたカウンセリングが受けられる認定施設で検査を受けましょう。」と言っています。しかし、上記のような話はよくあるのです。きちんとしたカウンセリングと言いつつ、このような対応になってしまっていることが、認定外施設に流れてしまうことの一因につながっているという事もあると思います。
実は、この遺伝カウンセリングの状況については、臨床遺伝専門医の教育の問題や質の問題、またそもそものこの国における出生前検査・診断の扱われ方の問題など、複雑な要因が絡み合っていて、簡単に解決できない部分もあります。私たちは、臨床遺伝専門医だからといって必ずしも出生前検査・診断に精通しているわけではない医師も数多く存在していることやその理由も知っています。だから、「認定施設ならきちんとしたカウンセリングが受けられる。」ということでは決してないことも知っています。だから、これまでの認定基準やそれに基づいた審査で厳選された認定施設だけがきちんとした施設で、認定されていない施設でこのような検査を扱うことはけしからんというような考え方には、同意できません。何より、私たちが認定を受けられなかったこと自体、納得していません。
一方で、商売のことしか考えていないような、利益を得るための美味しいネタとしか見ていないような人たちが、この検査を扱うことは、許せないことだとも思います。本来ならばそのような施設群は駆逐されるべきです。このような施設が多数横行してしまったのは、認定基準が不自然に厳しいことが原因だと思います。
認定施設ですらきちんとカウンセリングできていないと言っておきながら、認定基準が厳しいと言うのは矛盾していると思われるかもしれません。少し説明が必要でしょう。要するに日本の出生前検査・診断は、世界と比べると順調には進んでこなかったのです。このブログでも何度も言及していることですが、単純にいうと、社会の成熟が進まないうちに発展しそうになったところで急ブレーキがかけられ、その後止まったまま前に進まなくなってしまっていたのです。そして、その間、もう一度前に進むための準備がなされていたかというと、そんなことは全くなく、むしろ前に進めてはいけないという機運ばかりが広げられてきました。煽りを食って犠牲になっていたのは妊婦さん達ですが、これも何度も記載しているように、多くの場合一時的な問題で終わるので、そのまま放置されていました。一部の熱心な専門家が、健全な形での発展を画策しようとしても、抵抗が強く前に進めない状況が続いていました。そうこうしているうちに、出生前検査・診断をきちんと行うための環境整備自体も、この機運に絡め取られたようになっていました。遺伝専門医や遺伝カウンセラーの育成にも影を落としていました。
だから、NIPTの導入とともにブレーキを緩めて、前に進むようにしようとするにあたって、これを画策した人たちは慎重に物事を進めなければなりませんでした。残念だったことは、その端緒のところで、センセーショナルな新聞報道によって躓くことになってしまった件です。この躓きもあって、結局その慎重さのあまりに、また余計なブレーキとなってしまったのが、現在の認定の仕組みだと思います。車に例えると、真面目な運転者たちが厳しいルールによってがんじがらめになっている隙をついて、ルール無用の連中が自由に走ってしまい、この暴走行為によって、善良な歩行者が危険な目に遭っている状況です。そしてそのルールは、まるで運転そのものをしてはいけないと言うようなぐらいにその必要性が疑問に思える部分がいくつもあるままであるにもかかわらず、その点についての整合性のある説明はなく、遺伝カウンセリングの有用性ばかりが喧伝されるようになっています。例えば、分娩施設でなければこの検査を行なってはいけないとされている理由についての、明確で納得のいく説明はありません。
では遺伝カウンセリングそのものについてはどうかというと、前述したように人材育成そのものがあまりうまく進んでいない状況で、大事だと言っているわりには、ちゃんとできていない施設も多いのです。もっと問題なのは、どういう形が『きちんとした』遺伝カウンセリングなのかということすら、指導する立場の人でさえ勘違いしている人もいるのではないかと思えるところです。ここは簡単ではないところで、出生前検査に関わる専門家としての立場にある人たちも、違った見解や考え方を持っていることが多く、一つにまとまっていない印象を持っています。でもこれは実践しながら修正していくしかないと思います。やらないことには問題点も見えてこないからです。だから、認定施設の人たちや施設認定に関わる人たちは、「遺伝カウンセリング体制が整っている認定施設で検査を受けましょう」と喧伝するのではなく、今の遺伝カウンセリング体制は十分ではないと認めるべきです。認定施設と認定外施設との違いは、遺伝カウンセリングの充実度にあるのではなく、ただただ説明が十分か不十分かとか、陽性者への対応がきちんとできるかどうかといった違いなのであって、『説明』と『遺伝カウンセリング』とは別物なのだということをはっきりさせておきたいと思います。(そして説明すら不十分な認定施設も存在するという問題があることも事実ですので、その問題をどうしていくのかも継続的課題として取り組んでいかなければなりません。)
現在のような、産婦人科医たちが自制している間に関係のない診療科の医師を使ってビジネスとして一儲けを目論んでの検査実施が跋扈するまずい状況を打破するために、もっと門戸を広げようという産科婦人科学会の姿勢は間違ってはいなかったと思うし、それを強く制限しようという立場の人たちには自分たちの考え方の正当性ばかり声高に主張するのではなく、もう少し広い視野と心のゆとりを持ってほしいと願います。また、この状況を打破し、反対する人たちにも認めてもらえる体制となるように、これまで出生前検査・診断についてあまりきちんと学んでこなかった産婦人科医達に、再教育の機会を作ろうという試みは、きちんと評価されるべきだと思います。その内容については異論もあるでしょう。私自身にも異論はあります。しかし、これは実際に運用しつつ改良していくしかないのです。完璧でなければ実施してはいけないというような、ゼロリスクを要求するような姿勢では、何も前に進みません。交通事故がゼロになる体制を作らないと車を走らせてはいけないと言っているようなものです。ちょっと走らせてみたところ、何が事故が起こったら、ほらやっぱりダメじゃないかとまた車を走らせることを強く制限してしまってきたのが、これまでのやり方だったのです。
これまでのこの国と海外の状況を見てくると、日本という国においてこういった問題を解決して前に進めることの難しさを感じます。私たちの周囲を見ても子宮頸がんワクチンやコロナ対策など、同根の問題が多数存在しますし、働き方改革や選択的夫婦別姓の件や、女性差別問題なども同じような状況のように感じます。この国の社会の硬直性、未成熟さにより良い変化をもたらすために、こういった問題に向き合っている人たちには強い推進力が必要だと思います。私たちも、出生前検査・診断に関わるこの国の問題点を解決すべく、強い気持ちを持って活動を続けていきたいと考えています。