FMC東京 院長室

FMC東京クリニック 院長のブログです

ついつい専門的になってしまって、すみません。− 胎児とはどういうものなのか、について。

学会関連の堅い話が続いたので、ここらで少し日常診療の話題を提供したいと思います。

実は、日常診療で気になっていることはたくさんあって、いろいろと書き溜めているのですが、文章がまとまってないものが多く、公開されずにいます。今後、まとまったものから公開していこうと思っています。

今回は、超音波検査中にいろいろと聞かれることの一つについてです。

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超音波診断装置の性能が良くなるとともに、妊娠の比較的早い時期から、素人目にも胎児が人間の形になってきていることが、はっきりとわかるようになってきました。

私たちが行なっている妊娠11週から13週の検査において、3D/4D超音波を用いて胎児の姿を立体的に表示すると、その時には外見的にはもうすでに人間の形が出来上がっていますので、もうすっかり人間なんだなあとお感じになると思います。人間の形をして手足を動かしたりすると、自分たちと同じように考えたり行動したりしている感じがするのも無理はないでしょう。みんないろいろと想像します。胎児はお腹の中で一体何をしているんだろうか?何を考え、感じているんだろうか?そして妊婦さんやご家族は私にいろいろと質問されるのですが、だいたい同じような疑問が湧くのかよく聞かれることがいくつかあります。

例えば胎児が動き回っていると、「赤ちゃんは寝ることがあるのですか?」と聞かれます。あるいは、動いていた胎児が動きを止めてしばらくじっとしていると、「寝ちゃった。」とおっしゃいます。これに対して私はいつも、「そもそもこの時期の胎児は、起きるということがないのですよ。」とクソ真面目に答えてしまいます。本当に申し訳ないと思うのですが、それが事実です。私の仕事は、胎児が検査時期に見合った発育・発達をしているかを見極めることですし、当院における検査は純粋にその確認を目的としています。受診する方々にとっては、想像の世界が広がることも情緒的には良いのかもしれませんが、当院で検査を受ける際には、基本的に科学に基づいた判断をしているということをわかっていただき、そういう冷静なものの見方の必要性についても、理解していただけるとありがたいと思っています。

胎児というものは、非常に未熟な存在です。妊娠8週や9週では、心拍は確認できるものの、まだ人間の形をしていません。10週でもまだお腹の壁は完成していません。11週ではじめて、人間らしい形になるのです。やっと外見的には人間らしくなったところで、検査をしているのです。外見的には人間のようでも、中身はまだまだ全然です。

胎児期の発育・発達の速度は、その後に生まれてからのどの時期よりも、急激です。ほんのわずかの間に、どんどんと複雑な構造が形作られていき、人間らしくなっていきます。それでも、生まれて来て数時間で立ち上がって歩き出す動物たちと違って、人間の赤ちゃんはまだまだ未熟なのです。ましてや、胎児はまだまだつくられている途中段階に過ぎません。

例えば、胎児がすごく元気に動き回っていると、「こんなに動いて、大丈夫なんですか?」、腕を顔の前で動かしていると、「顔をこすってる、なんか痒いのかな?」、3D画像を表示すると、「狭くて窮屈そう。」、などなどの声が聞かれます。なるほど、人間の形に見えると、もう人間として一人前のような感じがするのだなと思います。

胎児が子宮の中で一所懸命に(ということもないとは思いますが、、、)動いているのを見ると、いろいろな想像がかきたてられ、お腹の中の生命の存在を愛おしく感じることは、すごく良いことだとは思いますし、そういう気持ちを大切にしてあげたいとも考えます。しかし、それと同時に私たち専門家は、科学的事実に基づいて物事を冷静に判断することも忘れません。

実際には、胎児というものは未熟なものですから、まだ何も考えることはできませんし、何も感じていません。例えば羊水穿刺の際に針で突かれたとしても、痛くも痒くもありません。狭くて窮屈ということもないし、苦しいとか辛いとか感じることはありません。生まれて来た赤ちゃんだって、まだ何もわからないのに、妊娠初期の胎児に何かがわかるわけがないのです。こういうことを言うと、無粋に聞こえてしまうかもしれません。しかし、事実は事実なのです。

私は、一般の方々が、いろいろなイメージを持って、胎児に愛着を感じたり生命の尊さを感じたりすることは、とても大事なことと思っています。みなさん自由に想像していただいて、そう言う気持ちを家族で共有していただきたいと思い、検査時間の中でも、少しでも楽しんでいただける時間を作ろうとしています。しかし、医師などの専門家の立場としては、無粋なようでも、冷たく感じられたとしても、冷静に事実を伝えることも大切だと考えています。たとえば、赤ちゃんが生まれてくる前からいろいろなことを考えたり記憶していたりしているとか、親を選んで来たとか、そういった情緒的な話は、ある特定の場面や特定の人に対しては良い効果につながることももしかしたらあるのかもしれませんが、医師の立場で言うべきことではないと考えています。そして、一般の方々についても、あまり普段慣れていないかもしれないけれど、私の堅苦しい説明が、科学的なものの見方、論理的な考え方をしようと感じるきっかけになってくれれば良いと考えているのです。

と言うわけで、私は今日も無粋な話をして妊婦さんや家族の人たちをがっかりさせているかもしれません。「妊娠10週台の胎児の脳はまだまだ未熟なので、寝るとか起きるとかはないんですよ。起きると言う状態は、脳がだいぶ発達してから初めて明確になるんです。」などと訳のわからない説明をしたりして。

わが国におけるNIPTの今現在についてまとめておく (2)

NIPTがなぜ画期的だったかというと、それはなんといっても21トリソミーの検出感度が高く、見逃しが少ないことに他なりません。トリソミーという染色体異常は、妊婦の年齢が上昇するとともに増加することが知られていて、かつ近年、妊婦の年齢はどんどん上昇する傾向にありますから、トリソミーをもつお子さんの出生数も増加傾向にあります。しかし、わが国においてはそういったお子さんたちの生育を支援する体制の整備は、国レベルでも社会レベルにおいても遅れています。こういった状況から、妊娠・出産を考える女性の不安は高まっています。

現在、わが国においてNIPTの対象とされている妊婦は、『指針』のV-2 対象となる妊婦 によると、

1. 胎児超音波検査で、胎児が染色体数的異常を有する可能性が示唆された者。

2. 母体血清マーカー検査で、胎児が染色体数的異常を有する可能性が示唆された者。

3. 染色体数的異常を有する児を妊娠した既往のある者。

4. 高齢妊娠の者。

5. 両親のいずれかが均衡型ロバートソン転座を有していて、胎児が13トリソミーま

たは21トリソミーとなる可能性が示唆される者。

となっていますが、NIPTコンソーシアムの報告によると、受検者の平均年齢は38.3歳で、検査適応の94.2%は上記の 4. 高齢妊娠の者 ということになっています。

では実際に、高齢妊娠の者にあてはまる人たちのうちのどのくらいの人が検査を受けているのでしょうか。

コンソーシアムの報告では、2016年にこの検査を受けた人は13,600件です。NIPT実施施設はコンソーシアムに参加していない施設もありますが、それらを入れてもだいたい14,000件と言えるでしょう。一方、2015年に生まれた赤ちゃんのうち、その母親が35歳以上であった数は、282,159人です。NIPT受検者の全てが35歳以上ではないことや、比較する年の違いなど多少の増減はあるものの、おおまかにみて35歳以上の妊婦さんの中でNIPT検査を受けている人の割合は約5%にすぎません。

7月17日の記事:羊水検査・絨毛検査はどのくらい危険なのか?の中で、参考文献としてあげさせていただいた、斎藤仲道先生の論文の中にも、出生前検査に関する世界の状況についての記載がありますが、(それが良いことなのか悪いことなのかは別として)わが国の状況だけが他の国と比べて大きく違っているのだという事実を、もっと多くの人たちが認識するべきだし、なぜわが国だけがこれほどまでに違ってしまうのかについて、よく考察しなければならないと思います。

この記事を書いている最中に7月16日深夜に毎日新聞から記事が出ていたことがわかりました。新型出生前診断 増加続く 異常の94%が中絶

この記事の記載では、受診者は毎年増え続けている。とされており、それに続く中絶を選択する方がほとんどである旨の記載およびその後の文章とあわせて、“人々は中絶を目的として検査を受けて、命の選別をしようとする人の数は増え続けている”ことが強調されているように感じられます。このような文脈で記事が構成されることがたいへん多いのはなぜなのでしょうか。新聞社にはなにか画一的な規範があるのでしょうか?疑問に感じます。

ほとんどの妊婦さんは、はじめから中絶を希望しているわけではありません。赤ちゃんが元気に生まれてきてほしいという希望が検査を受けるベースにあります。中絶を選択した方たちも、いろいろな葛藤を経て、苦汁の決断をしておられるはずなのです。そういった方たちがまるで悪いことでもしたような論調、検査を受ける人が増えていることが問題であるかのような論調で述べられることによって、この検査を受けることについて必要以上の罪悪感を植え付けてはいないでしょうか。

現実には、増え続けているというほど増えてはおらず、むしろ検査を受けることを希望しておられる方々を十分にカバーできるほど提供体制は整っていません。そのために、学会の指針に従わずに検査を行っている施設に、かなりの数の妊婦さんが流れているという話を耳にしています。今の検査のありかたについて、早急に見直すべきであると思います。

わが国におけるNIPTの今現在についてまとめておく (1)

第53回日本周産期・新生児医学会3日目です。

一昨日の議論の後の帰路、考えを巡らせていたのですが、もう一度NIPTの今現在についてまとめておく必要があるなと思いました。

端的に言うと、なぜ常勤・非常勤で複数の臨床遺伝専門医が診療に携わり、また認定遺伝カウンセラー2名を擁し、日常的に遺伝カウンセリングをおこないつつ、多くの先天的疾患や遺伝疾患を持つ人に対応し続けている、全国的にも類を見ない私たちのクリニックに於いて、NIPT(母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査)を扱うことができないのか。についてのまとめです。

 過去記事『NIPTを行うための指針とは?』

 においてまとめたことの繰り返しになりますが、2013年3月9日に公表された日本産科婦人科学会の指針及び、日本医師会・日本医学会・日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会・日本人類遺伝学会の同指針を遵守すべきであるとの共同声明が、慎重かつ時間をかけた議論に基づき、国民の承認を得たものとして正当性のあるものという認識が、実際に4年にわたって進められてきた現状から考えて、本当に妥当であるのかということについて、もう一度考え直す必要があるのではないかと思うのです。

同指針の『V. 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を行う場合に求められる要件』について、見直していきたいと思います。まず、V-1 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を行う施設が備えるべき要件です。

その1

産婦人科専門医と小児科専門医がともに常時勤務していることを要し

・医師以外の認定遺伝カウンセラーまたは遺伝看護専門職が在籍していることが望ましい

・上記の産婦人科医師は臨床遺伝専門医であることが望ましく、小児科医師は臨床遺伝専門医または周産期(新生児)専門医であることが望ましい

産婦人科医師、小児科医師の少なくとも一方は、臨床遺伝専門医の資格を有することを要する。

→ 専門的知識と経験を持った医師が対応できる体制が必要であることは理解します。しかしなぜ産婦人科専門医と小児科専門医の双方を常勤医として揃えていなければいけないのか、理由がわかりません。そしてこの要件は、「望ましい」とされている臨床遺伝専門医の資格、認定遺伝カウンセラーまたは遺伝看護専門職の在籍よりもより厳しく、必須要件となっています。この重み付けの違い、産婦人科と小児科が常勤医として揃うことの必要性、いくら考えてもわかりません。

また、遺伝看護専門職という職種もよくわかりません。専門看護師の中に、遺伝看護専門という分野が特定されていますが、遺伝看護専門看護師はいまのところ本年12月に誕生見込みとなっています。では2013年時点での遺伝看護専門職という職種はなんだったのでしょうか。10年前に制度がスタートした認定遺伝カウンセラーと同列に並べられるような専門的知識と技能を持った人たちなのでしょうか。専門医や認定遺伝カウンセラーについては、但し書きがついているのですが、この看護職については解説もなく、どういう団体が認定している資格なのかもわかりません。

医師の資格についてはたいへん厳しく規定されていますが、医師以外の職種についてはやや曖昧になっているのは、やはり医師がメインで、それ以外の職種はあくまでも補完的要員と見られているのでしょうか。

そして、その4

・検査施行後の妊娠経過の観察を自施設において続けることが可能であること。

→ 検査を行った後は、検査を受けた妊婦さんの妊婦健診をその施設で続けなければならないということでしょうか。妊婦健診をおこなうことと、検査結果に基づいてフォローすることとは同一ではありません。妊婦健診を行っていない施設であっても、健診を行っている施設と連携してフォロー可能なのではないでしょうか。

そもそも、実際に検査を受けた方の多くは、普段は検査を受けた施設とは別の施設で妊婦健診を受けているのが現実なのではないかと思います。現状に全く即していないのではないでしょうか。

一昨日のパネルディスカッションにおいて報告されていた、NIPTコンソーシアムの統計によると、2013年4月から2016年3月までの3年間で、30,615件の検査が行われています。このうち、最終的に“陰性”と判定された人は30,021例です。この人たちのうちで、その後の妊娠経過・結果が判明しているのは、13,481例でした。残りの16,540人はどこへ行ってしまったのでしょうか。

羊水検査・絨毛検査はどのくらい危険なのか?

当院を受診される方の中に、一定の割合で羊水検査などのいわゆる侵襲的検査について、強い抵抗感をお持ちの方がおられます。その理由の主なものは、流産の危険性や胎児に針が刺さることで問題が起こるのではないかということを懸念されてのことのようです。実際、いくつもの産科診療施設で、医師から「危険な検査だから、なるべく行うべきではない」といった趣旨のことを言われることがあるようです。実際に臨床現場で遺伝カウンセリングをおこなっておられるある高名な先生の講演でも、羊水検査について、「赤ちゃんに針を向ける検査」という表現がされているのを耳にしたことがあります。絨毛検査に至っては、我が国での施行件数が少ないことも相まって、羊水検査以上に危険な検査だと話されることもあるようです。羊水検査や絨毛検査は、それほど危険な検査なのでしょうか。

年間約400万人が出生する米国では、染色体検査を目的とした侵襲的手技が年間20万件(絨毛検査44,000件、羊水検査156,000件)行われています。これに対して、約100万人が出生するわが国では、2012年に羊水検査の実施数が、年間2万件弱(前年比約4,000件増)になったという報告がありました。

羊水検査、10年で倍増 出生前診断に関心高まる :日本経済新聞

ここには大きな数の開きがあります。

参考:出生前診断の現状と今後の展望(斎藤仲道:福岡医誌104 : 326-333, 2013) http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/handle/2324/1398600/p326.pdf

日本では、そもそも出生前の検査をうけている比率が、極端に低いのです。諸外国と比較すると、先進国の中で日本だけが特殊な国だということがわかります。

さて、羊水検査・絨毛検査の安全性についてですが、最近になって新しい研究結果がいくつかでてきました。その中でも特に大規模かつしっかりとコントロールされた研究は、2016年の国際産科婦人科超音波学会誌に掲載された、デンマークの全国調査の結果でしょう。2008年から2010年までの3年間における147,987件の単胎妊娠を対象とした調査研究です。ここでは、絨毛検査・羊水検査のいずれも、流産・死産の増加には繋がっておらず、この結果はいずれの検査においても検査と関連したリスクは極めて低いことを示していると結論付けています。

長年にわたる調査としては、2017年の国際産科婦人科超音波学会誌に掲載された、オランダの2つのセンターにおける2001年から2011年までの11年間の、妊婦の年齢が36歳以上である29201妊娠を対象とした後方視的研究があります。この研究では、羊水検査をおこなうことで増加する流産リスクは0.48%(1:208)、経腹的絨毛検査におけるそれは1.03%(1:97)であり、これまで考えられていた数値(羊水におけるリスク1%)よりも低いと述べています。それだけでなく、これらのリスクは、これまでの研究報告と同様に経験豊富な術者が行った場合、0.17〜0.52%とより低かったと記しています。

多くの研究結果が、これらの検査は経験を積むほどリスクを低減できることを示しています。しかしながら、前述したようにわが国ではこれらの検査の施行件数そのものが少なく、また検査を行っている施設も数多く分散しています。このため、一施設あたりの検査施行件数はかなり少ない現状があります。また、私たちはこれらの検査について、基本的に国際産科婦人科超音波学会の指針にそった方法で行っていますが、わが国でのこの検査の行われ方は様々で、それぞれの施設独自の方法が指導医から後輩に引き継がれて続けられている現状があります。こういった現状からは、たしかにわが国におけるこれらの検査のリスクは、海外からの報告で示されているように低くはないと推定されます。しかしながら、経験豊富な施設を選択すれば、多くの方が恐れているほど危険な検査でもないし、怖い処置でもありません。実際に検査をお受けになる方々に対応していると、みなさんちょっと心配しすぎなのではないかと思うことが多いです。検査をおこなう前と、検査が終わった後で、検査をお受けになった方の表情や振る舞いが大きく変化することを実感しています。実際に検査をお受けになった方々が、そんなに心配のない検査だったよという感想をたくさん発信していただけるとありがたいと思っています。

 

 

 

海外で可能な検査が、国内では規制される現状はかわるのか ーキャリアスクリーニングに関連してー

今年5月に、ある民間企業がキャリアスクリーニングを国内導入しようとしているという記事が、読売新聞に載りました。劣性遺伝病の疾患遺伝子の保因者検査をおこなうことで、重大な劣性遺伝病をもった子どもの出生を防ぐという考えに基づいた検査は、ある特定の人種においては特に、これを行う意義が高いことが考えらえること(なぜなら、その人種ではとくにある種の疾患遺伝子の保因者頻度が高いことが知られているから)もあって、海外では普通に受けられる検査になっています。しかし、これまで日本ではこの議論が進むことがありませんでした。そんな中、突如としてこの計画が明らかになったので、関連学会は対応に追われることになりました。

このことについて、遺伝関連の検査を専門におこなう当院としても、一度整理しておかなければと考えていたのですが、宮城県立こども病院・東北大学大学院の室月淳教授が記事にまとめてくれていました。以下がその記事です。

その後の経緯 - Fetal skeletal dysplasia forum

 

検査会社の計画の発覚を受けて、国内9学会が足並みをそろえて声明を発表しました。商業主義に基づくとして、強い懸念を示しました。これを受けて、検査会社側は、サービス提供計画を撤回しています。

この検査の導入には様々な議論が必要ですし、しっかりとした遺伝カウンセリングを行うことができる体制も必要です。海外で行われているものと同じ検査セットが日本人には必ずしも有意義ではない(むしろ日本人においては検査対象として考えなければならない別の疾患を対象に考える必要がある)ことや、同じ疾患でも検査で確認できる遺伝子の変化以外の原因があるために、期待される検査精度になりえない心配があるなど、まだまだ解決すべき課題が多いことも事実です。しかし課題が多いから検査を行えないというのではなく、こういったことも含めて遺伝カウンセリングをおこなった上で、検査を受けるべきかそうは思わないかについて自己決定していただく過程を形成することができれば、明らかに恩恵を受けることができる家系もあるはずです。

社会を変えるための法整備や教育も必要でしょう。しかし私たちは、できない理由を探すのではなく、どうすれば有効に実施できるようになるのかを考えていくべきだと思います。室月教授も述べておられるように、検査がただ提供されなければいいというのではなく、今後どのようにしていけば良いのか、導入のためにはどういった準備が必要かという将来的方向性を見据えた議論を進めていかねばならないと感じています。

妊婦さんやその家族の声は響きにくい?

第53回日本周産期・新生児医学会に参加しています。

朝一のパネルディスカッション、『NIPTー何が問題かー』では、検査のありかたに関する意見が、いつもこのような場で出生前検査に対して否定的な見解を述べられる重鎮の先生から発せられたので、心配を抱えている妊婦さんと日常的に向き合っている立場からの意見を述べておく必要があると考え、発言させていただきました。今回はちょっと力が入ってしまい、座長の先生方がまとめにくくなる結果となってしまったかもしれません。参加していた先生方は、中村がなんか吠えていると思われたことでしょう。

出生前検査の議論のときにいつも感じるのですが、病気や障害を抱えている当事者やそのようなお子さんをお持ちのご家族の意見はこのときとばかりに取り上げられることが多いのに比べて、妊婦さんやその家族の立場の意見は、あまりクローズアップされない現状があるようです。そこには幾つかの理由があります。

まず一つは、妊娠中の問題はその場限りでおわってしまうということです。パネルディスカッションのあとに特別講演された、作家の川上未映子さんも述べておられましたが、妊婦が置かれている立場や妊娠・出産・育児に関連する諸問題はずっとかわらず存在したままになっていて、その原因の一つに、そういった問題に関わる議論の場で、いつも妊婦はニューカマーであって、継続的に意見を発し続ける人が少ないことがあります。妊娠・出産・あかちゃんの育児に関していろいろな問題に直面している期間は一時的であり、すぐそのあとにまた別の問題(たとえばPTAの問題など)に直面せざるを得なくなります。妊娠・出産のころのことは過去のことになってしまうのです。

出生前検査についてすごく悩んでいた人たち、結局検査を受けることもできず不安を抱えたまま出産を迎えた人たちも、出産によって結果が出てしまえば、次は育児のことでいっぱいになります。もう妊娠中の検査のことは過去のことになってしまいます。出生前検査の問題について当事者ではなくなってしまうのです。

もう一つの理由として、実際に障害を抱えつつも元気に生きている人たちや、育児をしている人たちを前に、中絶を前提とした検査を受けるという立場は、なんとなく後ろめたいという気持ちがあることが挙げられるでしょう。本来は純粋に赤ちゃんが健康であってほしい、安心して出産したいという素直な気持ちで、検査を受けたいだけなのに、その先には「命の選別」があるのだと言われ、中絶することは悪という規範に縛られて、検査を受けるということだけで何か悪いことをしているような雰囲気が醸成されています。このような状況で、検査を受ける側の人たちが堂々と声を上げることはできないだろうと感じます。

こういった理由があって、妊婦さんたちの声は反映されにくくなっています。多くの妊婦さんは、もっと検査を受けやすくしてほしい、検査に関する正確な情報をもっと知りたい、と考えているに違いないのに、そういった声は挙げにくいし、それを代弁する人はあまりいません。そんな妊婦さんたちの受け皿になる検査施設があまりにも少ないがために、無認可の施設に妊婦さんたちが流れてしまいます。そこではきちんとした情報提供がされていないために、一部の妊婦さんは混乱に追い込まれる状況が存在します。しかし、圧倒的多くの受検者には、問題のない結果が出ますし、混乱に追い込まれた妊婦さんは、誤った選択をしてしまうこともあるかもしれませんが、私たちのクリニックのような施設にたどりついて、フォローがうけられることもあります。その結果、なんとなくうまくいっているというように思われているのではないでしょうか。

このいびつな構造に陥っている現状に、学会上層部はもっと目を向けなければならないと思います。日本産科婦人科学会や日本人類遺伝学会などが決めた指針を日本医学会が追認してなりたっている今の形に問題はないのか、このままの形で続いていくことが、妊婦さんたちが置かれている現状に適した方法といえるのか。これは、これから妊娠・出産する、そして生まれてくる未来の人たちの社会が、どのようになるのかという問題につながります。私は、これからも妊婦さんの代弁者として発信していきたいと考えています。

 

18トリソミーに関連した議論に感じる違和感(2)

(つづく)と記した前回の記事から2カ月が経ってしまいました。ブログ更新が滞っていたことには、特別な事情があるわけではありません。ただ単に仕事に追われていたのですが、GWでリフレッシュして、また頭を整理し始めています。

 

さて、前回の続きです。

18トリソミーのお子さんたちの治療方針・成育支援を考える上で、実際にどのような取り組みがあって、どのように治療・支援をおこなうことで、どう育つのか、どういう経過をたどるのか。そういった情報が集められ、指針が更新されていくことには大きな意義があるし、また世界的に見ても貴重な情報になると思われます。こういった仕事に従事しておられる医師や医療スタッフの方々の取り組みは素晴らしいと感じています。しかし、これが“遺伝を考える”シンポジウムの半分を占めるテーマになり、そしてこの取り組みについてのみ語られ、その陰にある現実には触れられていないことには、出生前診断を日常扱っている立場として違和感を感じたのです。

 

18トリソミーの診断が、生まれてきてから、あるいは生まれる直前の時期になってからはじめて診断がつくという事例は、先進国では考えられない事態になりつつあります。なぜなら、18トリソミーのお子さんにはさまざまな典型的特徴があり、超音波検査で容易に診断がつくからです。

国際産科婦人科超音波学会(ISUOG)の機関紙・Ultrasound in Obstetrics and Gynecologyの2005年のeditorial(編集記)の中で、遺伝学的(胎児)超音波検査が、熟練した検査者によって前方視的、網羅的、かつ標的を定めた手法で妊娠19週から20週の時期に行われた場合、すべての18トリソミーの胎児が発見されるであろう。と述べられています。そして、血液検査や超音波スクリーニング検査で18トリソミーの疑いがあるというすべてのケースに対して羊水穿刺をおこなうという20年前の方針は、今後放棄されるべきだと述べています。つまり、胎児の検査・観察をしっかりとおこなう体制が整えられていれば、すべての18トリソミーが妊娠中期に発見されるということなのです。もう10年以上前の話です。

これは、18トリソミーの赤ちゃんが生まれてくることはないということを示しているのではありません。診断がついた後に、どのような選択がなされるのかは、個々の家族の信条や事情、所属するコミュニティーの状況などによって違ってくるでしょう。出産に至るケースもあれば、中絶が選択されるケースもあるでしょう。しかしながら、いずれにしても、比較的早い段階で診断され、情報提供に基づいた心の準備があって、妊婦および家族の判断がおこなわれるのです。

日本では、このような体制は整えられていません。

情報提供もなく、判断する時間もなく、突然に難しい問題に直面することになるケースが、今も多く存在しているのです。“あるがままを受け入れる”悟りの境地に至るまでに、どれだけ多くのストレスにさらされることでしょう。

現存する技術を駆使することによって得られる判断・選択の機会、それも多くの先進国ではあたりまえに享受できるものが、この国の妊婦には与えられていない。それで良しとされている現状で、果たして良いのでしょうか。

このことを議論するとテーマから逸れてしまうので、今回のシンポジウムでこの点に触れられていないことは理解しますが、私と同じような違和感を感じた方は、参加者(特に産科を専門とする医療従事者たち)の中には多くおられたことと思います。むしろなるべくこの方面の話には触れないように気が使われていたようにも感じます。まるで、18トリソミーが出生前の早い時期に見つかることなどないかのような前提での話に終始していたように思います。

この問題は、18トリソミーだけに限られた話ではありません。見つかるべきものが見つからないという問題、その機会が与えられていないという問題、そして一部には、知らないで良いのだという考え、知らないで良いことはわざわざ知らせなくて良いのだという考えがあって、そういう考え方が想像以上に根強いということを感じ、考えさせられたシンポジウムでした。

出生前検査についての問題は、今後も掘り下げて論じていきたいと思います。