FMC東京 院長室

FMC東京クリニック 院長のブログです

不育症患者が増えている!? ーーつづき2

当院に来院された、アスピリン投与やヘパリン・アスピリン併用療法を受けておられた妊婦さんで、以下のような方々がおられました。

1. 初めての妊娠だったが、かかっていた不妊症治療専門のクリニックで、各種凝固系の検査を受け、ちょっと気になる検査データがあるということで、治療を開始した。

2. これまで2回妊娠したが、2度とも妊娠初期の流産に終わった。血液凝固の検査を受けて、1項目に異常値が出たことより、治療を開始した。

3. ヘパリン・アスピリン併用療法を受けつつ妊娠を継続している。胎児の染色体異常が心配なので2回NIPTを受けたが、2回とも検査結果が出なかった。羊水検査を受けたいが、薬を中断することには抵抗がある。

これらのどこが問題なのでしょうか。一つずつ、確認していきたいと思います。

1. は、何よりもまず、流産歴がないという問題があります。治療が診断に基づいていないのです。流産したことのない人、初めて妊娠したような人が、なぜ検査を受けて治療を受けることになったのかが、全くわかりません。このような方が、何人もおられることに、正直驚いています。ご本人に伺うと、それまでの不妊治療でなかなか妊娠しなかったので、何かうまく妊娠が成立しない原因があるのではないかということで行なった血液検査の結果、凝固系検査の一項目が引っかかった。これを根拠にこの妊娠を確実に継続したいので治療を受けている。とおっしゃるわけですが、検査データというのが、本当に流産と関係するものなのか、何の根拠もありません。なにしろこれまで流産歴がないからです。

不妊治療が成功しないことと不育症になることとは、原因は同じではないし、因果関係もありません。ただ不安にさせられているだけではないでしょうか。

2. のようなケースは、いわゆる高齢妊娠の方に多いのですが、過去の流産の原因について、十分な検査が行われていないことがあります。例えば、流産の原因で最も多いものは染色体異常なのですが、過去の流産において染色体検査を行っていることはあまり多くはありません。妊婦が高齢になるほどに染色体異常が増加することはよく知られた事実ですので、もし調べていれば染色体異常が原因だったであろうと思われるケースもかなりあるはずなのです。それなのに、複数回の流産がまるですべて血液凝固のせいだったように解釈されているのは、明らかな間違いだと思われます。

習慣流産でありながらご夫婦の染色体検査を行わず、血液検査だけでアスピリン投与を行っていたケースの中で、胎児に異常所見があって検査したところ、胎児の染色体異常(不均衡型転座)が見つかり、これをもとに夫婦の染色体異常を行った結果、夫婦の片方に染色体の均衡型転座があったケースも、当院では経験しています。このような場合、今回の胎児の染色体異常は親の均衡型転座に起因していることはもちろんのこと、過去の流産の原因も、ここにある可能性がきわめて高いと言えます。やるべき検査が後手に回り、効果があるかどうか大いに疑問のある治療だけが行われていたことになるのです。

3. 高齢妊娠の場合、染色体異常が流産の原因であることが多いはずです。16トリソミーや22トリソミーがその原因としてよく知られていることは、すでに御紹介しました。しかし、同じトリソミーでも、21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーの場合には、流産せずに妊娠が継続することがあるので、これらを確認する検査としてのNIPTが提供されています。しかし、ヘパリン投与を受けている場合に、この検査の結果がうまく判断できなくなることが知られています。認可施設では、こういった現象についての説明もあるし、検査結果が出ない場合の原因の検証も行われていますが、未認可施設でNIPTを受けた場合、何の説明もなく、高額の支払いに対して何の結果も得られず、不安が大きくなり、羊水検査を検討するも、流産を心配して薬もやめられず、といった具合にどんどんと悪循環にはまっていきます。

正しい情報提供とそれに基づいた冷静な判断があれば、こういった事例は減るはずなのですが、残念なことにこのようなケースが増える傾向にあるように感じています。

ヘパリン投与(アザだらけになりながら自己注射を毎日しなければなりません)まではやらない医師が多いと思いますが、アスピリン投与は内服薬で済む上に、妊娠への悪影響もほとんどなく、手軽に行うことができるので、たいした根拠がなくても始めやすい治療です。結局原因がわからないのなら、一つでも流産につながる恐れのある可能性を消したい、わずかでも効果がありそうなら試してみたい、副作用の心配がほとんどないなら、流産を心配している人に対してこのぐらいの治療は良いんじゃないか。みんな何かにすがりたいという気持ちがあるのだから、気持ちを落ち着かせるだけでも良いんじゃないか。何もしないよりはいいじゃないか。といったような反論があるかもしれません。しかし、そのような考えに基づいて薬剤の投与を行うことは、よくないと私は考えます。

                        ーーーつづく

 

不育症患者が増えている!? ーーつづき

前回、不育症が疑われた人たちが受けているアスピリンやヘパリンを用いた治療について、その多くの人たちにおいてはこの治療は効果的ではないか、あるいは必要ないと書きました。その理由について述べます。

習慣流産の方に対する治療として、アスピリン投与が有効なのではないかという話は、実はかなり以前からありました。私は、大学病院に勤務していた当時、膠原病を持ちながら妊娠している人たちを多く見てきました。おそらくこの当時は、この種の合併症を持つ妊婦さんを日本で一番多く診ていたと自負しています。今から20年ほど前のことです。このころ、抗リン脂質抗体というものが注目されるようになり、流産を繰り返す妊婦さんたちのうち、この抗体が陽性の方達を対象に、色々な治療の試みがなされた中で、有力視されたのがアスピリンでした。私たちもアスピリン投与はかなり行いましたし、膠原病合併の方の場合にはステロイド投与と併用したり、ケースを限定して血漿交換療法という試みを行なっていたこともあります。いろいろな試みが行われた結果、最終的に効果が確実だとされたのが、「抗リン脂質抗体症候群」と診断された方に対する、ヘパリン・アスピリン併用療法で、アスピリン単独では効果は明らかでないとされました。現在でも、確実に言えることはこの最終結論のみです。

抗リン脂質抗体症候群」には、札幌クライテリア・シドニー改変と呼ばれる明確な診断基準があります。(2006年、国際抗リン脂質抗体会議)

つまり、この診断基準に当てはまる人において、ヘパリン・アスピリン併用療法が効果的であるということのみが確実にわかっていることなのです。

では、最近増えているアスピリンやヘパリンの投与を受けている人たちは、この診断基準を満たしている人たちなのでしょうか。抗リン脂質抗体症候群の患者数が増加しているのでしょうか。違います。

当院に来られる方々をみる限り、これらの治療を受けておられる方たちは、以下のような方が多いようです。

1. 流産の原因はよくわからないが、次は流産したくないという気持ちもあるだろうし、まあ“お守りがわりに”アスピリンをのんでおくことにする。

2. 数々の凝固系や抗リン脂質抗体の検査をやってみたところ、正常値の範囲内ではない結果が出た項目があったので、治療としてアスピリン投与または併用療法する。

だいたいこの2パターンなのですが、少しバリエーションもあります。

1.の場合は、特別な検査は行っていないことが多いです。たいした根拠もなく、副作用が少ない比較的安全に投与できる薬剤ということで、使用しやすいという面もあるし、近年アスピリンは、妊娠高血圧の予防効果について注目されていることもあって、使用に抵抗がないことも後押ししていると考えられます。

2. が最近目立つのですが、何しろたくさんの項目の検査をします。そもそも抗リン脂質抗体症候群というものは、診断基準にも示されているように、血栓症(血液の塊が細い血管に詰まることによって起こる数々の障害)が臨床所見の第一に来るような、血液がかたまることが問題になる疾患です。血液がかたまることにつながる因子には、様々なものがあって、そのいずれに問題があっても、同じように血栓症が生じる危険につながるので、血栓症を起こしたような場合には、複数の血栓傾向の検査が必要になります。その複数の検査のいずれが問題かを知ることによって、治療戦略を考えることになるわけで、それぞれ違った病態のはずなのですが、なぜか不育症を扱う上では、どの項目であろうが一つでもあやしい数値が出たら、アスピリン投与またはヘパリン併用という治療につながっているようです。最近よく行われている検査項目は、プロテインS、プロテインC、血小板第XII因子、抗PE抗体、といったようなものですが、たくさんの検査を行って、一つでも微妙な数値があったら、軒並みアスピリン投与になって、かつこのアスピリンは、妊娠後半期まで継続されています。そして、この治療を受けている方の多くは、この薬をやめたら流産してしまうのではないかと恐れていて、律儀に指示された通りに服用を続けています。

このようなケースが最近、本当に多いと感じます。この問題点について、次回は具体例も交えて記述していきたいと思います。

                       ーー つづく

不育症患者が増えている!?

私のクリニックには、普段は別の施設で妊婦健診を受けておられる妊婦さんが来院されます。普段通院しておられる施設には、様々な病院・クリニックがありますが、妊婦さんの管理方針についても施設ごとに違いがあることを感じています。そんな中、最近とみに感じるのは、不育症という診断で受ける種類の治療を受けておられる方が多いことです。

不育症は、増えてきているのでしょうか!?

実際に医師が薬剤を処方した治療を受けておられる方が増えているわけですから、不育症は増えているのだとして、ではなぜ不育症が増えているのでしょうか。

何人もの方の診療を行ってきた上で、私なりに考えた理由は、以下のようなものです。

1. 不妊治療が進歩して、悪条件でも妊娠する人が増えた。

2. 不妊治療後の管理の結果、以前には見落とされていたような妊娠までが、診断可能となった。

ちなみに、「不育症」という用語は、日本医療研究開発機構(AMED)が開設しているFuiku-Laboのページ(以下)に記載されているように、習慣流産や反復流産といった診断名よりもより広い意味で用いられていて、明確には定義されていません。

不育症とは/不育症研究-不育症治療に関する再評価と新たなる治療法の開発に関する研究-

不育症のリスク因子は、同じホームページにある(以下)ように、さまざまですが、圧倒的に多いのは、「リスク因子不明」及び「偶発的流産」です。

不育症のリスク因子/不育症研究-不育症治療に関する再評価と新たなる治療法の開発に関する研究-

さて、不育症が増えている要因として、私なりに考えた上記2つについて考えてみたいと思います。

1. ですが、以前には妊娠しなかった条件でも妊娠できる人が増えたが、その分、流産する人も増えた。ということです。一番わかりやすいのは高齢妊婦でしょう。妊婦が高齢になると、染色体のトリソミーが増加することが知られています。ダウン症候群(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミー以外のトリソミーは、通常育たず、流産に終わりますので、高齢妊婦が増加すれば流産も増えます。実際に流産に終わった妊娠において、16トリソミーや22トリソミーが比較的多いことが知られています。

つまり、単純にいうと、高齢妊婦が増えれば自動的に流産が増え、それが運悪く連続すれば不育症という診断になるということです。

2. についてはどうでしょう。以前にはカウントされていなかったごく早い段階での流産が、カウントされるようになった結果、不育症と言われることが増えたというだけです。近年は、ホルモンの変動で妊娠と言える状況ではあるが、画像診断では確認できないままに終わる、「化学流産」まで一般的な流産と同等に考えてカウントされていたり、不妊治療がなかなか成功しないことまで、この範疇と同様に考えたりする人もいて、本当に不育症とは言えないようなケースまで入ってきている印象があります。

結局、実際には体質の問題や、体内の機能異常などが原因で、流産を繰り返すようなケースが増えているわけではないと思われます。

ところが、現在不育症、あるいはそれに準ずる状態として、医師からの処方によって治療を受けている方々の多くは、血液凝固の問題を指摘されて、それに対する薬剤投与を受けておられます。具体的には、アスピリンやヘパリンを用いた治療です。

私は、この治療を受けておられる方の多くは、この治療が効果的であるとは言えないばかりか、治療そのものの必要性すらないのではないかと思います。それだけではなく、この治療は必ずしも安全とは言えないはずなので、現在のように安易に(お守りがわりなどという説明で)使用せず、きちんと適応を選ぶべきだと考えています。

                              ーー つづく

 

 

『切迫流産』は、『保険病名』で、そのほとんどは流産とは関係がない??

今でも切迫流産という病名がつけられている妊婦さんはかなりたくさんおられるようです。『切迫流産』と言われると、流産が切迫しているとお感じになるかもしれません。『切迫流産』でネット検索すると、ほとんどのページで、『流産の一歩手前の状態』というような表現がされていますので、本当に切迫している状態だと感じる方が多いだろうと想像されます。

しかし、実際にはこの『切迫流産』と流産との間には、関連はほとんどありません。

古典的には、『切迫流産』の定義は、『少量の出血があるが,子宮口は閉鎖しており,正常妊娠への回復が可能でもある』という表現がありますが、日本産科婦人科学会が研修医向けに編纂している『研修コーナー』の中でも、上記表現と、『胎芽(胎児)が生存している可能性があり,子宮収縮,性器出血,子宮口の開大または頸管の短縮,または胎胞の腟内脱出のいずれかが認められた場合』という表現とが同じ項目の中に混在(日産婦誌59巻11号研修コーナー)していたりして、曖昧な状態になっています。そもそも古典的な定義が決められた時代には、まだ超音波診断装置も普及しておらず、現在のように経腟超音波を用いて妊娠7週には心拍が確認できるというようなことはありませんでしたので、出血は全て流産につながる恐れがあると考えられていたのです。現在では、経腟超音波で胎芽や胎児心拍が見える時期にも関わらず、これらが見られないうちに出血して来たケースと、心臓の拍動がしっかりと確認できているが出血したケースとでは、状況が全く違うことがわかっているわけですが、当時はそのような違いを認識することはできませんでした。その当時に作られた概念に基づいた病名が、未だに使用されているに過ぎないのです。

日本産科婦人科学会のホームページにも『切迫流産』の解説(流産・切迫流産:病気を知ろう:日本産科婦人科学会)があり、そこには『流産の一歩手前の状態である』と書かれていますが、切迫流産という病名がつけられた場合に、実際に診療した医師が流産するかもしれないと思っていることは、ほとんどないのではないかと思われます。

この『切迫流産』という病名は、都合よく使われてきました。私が研修医だった頃(今から30年ほど前です)、妊娠初期に出血をしたという主訴で夜間救急外来を受診される方に対して、ほぼ全ての場合、この診断名がつけられていました。なぜなら、診察などを行なって診療報酬を得る場合に、その診療について健康保険組合などから支払いを受ける際には、診療に見合った病名がついている必要があったからです。実際には、妊娠継続に支障はないように思われる場合でも、診療を行ってその報酬を得る以上は、なんらかの病名がないと整合性がとれません。このように、とりあえず保険診療として認められる(自己負担でなく、保険者から診療報酬を受け取る)ためにつけておく病名を、『保険病名』と言い、私たちは医師になった頃から、何しろ病名をつけろと指導されてきました。

また、比較的多めの出血があるような場合には、入院管理とすることもありました。保険診療の枠内で入院させて管理を行うにあたっては、病名がなければなりませんので、やはり便利なこの病名が使われます。病院では、お産が集中する時期もあれば、しばらくお産の件数が少なく推移し、空床が目立つようになってしまう時期もあります。お産のために来院される方に入院していただくベッドが足りないと困るので、ある程度の病床数を確保している場合、しばらくお産件数が少ないと、空床がめだってしまいます。病院にも経営上の観点から空床をできる限りなくす必要があり、総合病院では診療科としての産科の病床利用率が低いと問題視されますので、なんとか病床を埋めるために、大した問題がない場合でも、妊娠初期に出血を主訴に来院された方を『切迫流産』の病名で入院させるということが、多くの施設で行われてきました。もともと大した状況ではないので、お産で混雑してきたら退院させることも可能です。このように、『切迫流産』の病名は、大変便利なものとして使われてきました。

妊娠初期の段階で出血が起こるケースは、実は結構あります。前にも述べたように、胎児心拍がはっきりと確認できている状態で、出血が起こったとしても、ほとんどの場合その出血は流産にはつながりません。現在では、もうほとんど流産との関連がないと考えらえているような場合でも、適切な保険病名が存在しないため、とりあえず『切迫流産』という病名がつけられることになっているのでした。

私は、この病名をなくした方が良いと考えています。『妊娠初期子宮出血』とか、何か適当な病名をつくって、少し心配な『絨毛膜下血腫』(これも程度によっていろいろと違いがあります)などと区別するなど工夫して、『切迫流産』という今となってはあまり現実的でない病名は廃止してしまった方が、余計な心配をすることが減ると思うし、子宮収縮抑制剤や止血剤などの無駄な処方も減らすことができるのではないでしょうか。

切迫流産で自宅安静って、どのぐらいの行動なら大丈夫なの?

当院では、妊娠初期(正確には日本における妊娠初期の定義と、海外における妊娠第1三半期の定義が少し違っていて、当院で行なっている検査は第1三半期の検査ということになるのですが、ここでは初期という呼び方で統一します)の検査を主な業務にしています。妊娠初期といっても、胎児の姿がようやく見えるか見えないかのような時期(5週〜7週あたり)は対象としていません。もう少し先の11週以降を対象としています。このころになると、胎児の形態はだいぶ人らしくなってきていて、心拍もしっかりし、胎児自身に問題がない限り流産する心配は極めて少なくなっています。

ところが、当院での検査を予約しておられる方々の中で、「“切迫流産”や絨毛膜下血腫で自宅安静を指示されたので受診できません。」と、予約のキャンセルの連絡をしてこられる方が、それなりの数存在します。医療機関に受診できないぐらい家でじっとしていなければならない(そうでないと流産のおそれがある)妊婦さんが、そんなに大勢おられるものかと疑問に思うほどです。そもそも家でじっとしていれば、流産は防げるのでしょうか。

とかく日本の産婦人科医は、『安静』を好みます。妊娠中に、「安静にしているように。」と指示されている妊婦さんは、かなりの数に上るのではないかと思います。では、『自宅安静』を指示された場合に、どのような生活を送っていれば良いのでしょうか。日常の買い物にも行ってはいけないのでしょうか。『安静』の具体的な内容について事細かに指示してくれる医師は、どれほどおられるでしょうか。妊婦さんがどういう状況の時に、生活行動のうちのあることをするのとしないのとで、妊娠の結果がどのように違ったということを証明した研究結果はあるのでしょうか。『安静』の指示は、そう行った科学的事実に基づいているのでしょうか。

『安静』指示というのは、考えようによっては魔の言葉のようにも思えます。もし妊娠経過が芳しくなかった時に、「あなたが指示通り安静にしていなかったから、結果が悪くなったのだ。」と人のせいにすることができるからです。悪い言い方をすれば、流産の原因を妊婦自身に押し付けるということにつながります。これが不必要に罪悪感を植え付ける結果に繋がっている可能性について、考えを巡らせている医師がどれほど存在しているでしょうか。

流産の原因は様々です。中には安静にしていることが良い結果に繋がることもあるでしょう。しかし、もし本当に安静にしていることが必要であるのなら、入院管理とするべきです。医療機関で管理せず、自宅で安静にしていなさいという指示は、責任転嫁しているとしか言いようがないと私は感じます。自宅安静を指示されている方のほとんどは、受診することもできないほど外出を制限しなければならない状態にあるとはとても思えません。妊婦健診の時に自宅安静を指示されたからと言って、当院の診療予約をキャンセルされる必要はないと断言したいです。

もちろん、何をしても良いと言っているわけではありません。日常生活以上の行動、例えば旅行に行ったり、負荷のかかる運動をしたり、そういったことも積極的に行って問題ないといっているわけではありません。しかし、買い物に行ったり、最低限の家事をしたり、人の助けがなくても生きていける生活をするくらいはできると思うし、当院での検査を受けに来るぐらい(当院に来院する際にラッシュアワーに当たることはあまりないと思います)、ゆったりとした計画を立てれば、問題ないはずだと思っています。

医者から安静が必要と言われたら、普通の人は、動いてはいけない、ましてや電車に乗って出かけるなんて、とお考えになって、当院の予約をキャンセルせざるを得なくなるのだろうと思います。しかし、私に言わせれば、そんなことでキャンセルすることはない、入院しているなら仕方がありませんが、自宅で生活できる人なら、当院を受診するぐらい問題ないはずですとお伝えしたいです。

超音波検査で胎児の状況を見ていただければわかると思います。妊婦さんがどんなにじっとしていようと、子宮の中の胎児は動き回ります。絨毛膜下血腫の部分も頻繁に胎児に直接的にけっとばされています。妊婦さんが安静(全く何もせずじっとして動かないでいろということなのでしょうか??)にしていても、胎児がじっとしてくれていることはないのです。

へその緒が絡んだって、いいじゃないか!

さて、久しぶりに日常診療の話題です。

当クリニックでは、毎日何人もの妊婦さんの超音波検査を行なっているのですが、そんな中でよく聞かれる質問があります。

私たちは、子宮の中で胎児が動き回っていると、『元気に動いているな』ということを確認すると同時に微笑ましくなり、また妊婦さんにも安心していただけるかと思って、「元気に動いていますねえ。」と発言します。ところが、これを心配につなげてしまう方が少なからずおられるようなのです。私たち医師が何か言うと、なんでも問題点を指摘していると感じてしまうのでしょうか。それとも、何しろなんであっても心配で仕方がないのでしょうか。

そして、よく言われるのが、「こんなに動いて、臍の緒が絡まったりしないでしょうか?」という質問です。

想像してみましょう。子宮の中で、胎児は胎盤と臍の緒でつながっています。紐に繋がれたような状態で、いろいろと動けば、絡まるのは必然でしょう。むしろ絡まらない方がおかしいのではないでしょうか。現在わが国では年間約100万人が生まれています(残念なことに2016年には100万人を割ってしまいましたが)。この約100万人の胎児がみんな子宮の中で動き回って、臍の緒がいろいろと絡んでは外れ、また絡みついては外れしていたのです。つまり、臍の緒が絡みついても大丈夫なようにできているのです。何を心配することがあるのでしょう。

もちろん、世の中には思わぬトラブルに遭遇する方もおられます。何の問題もなく順調に経過していた妊娠、元気にしていた胎児が、突然具合が悪くなり、不幸な転帰をたどる(例えば知らないうちに心臓が止まっている)ケースに遭遇することも、長年産科医をやっていると数例経験します。そして、原因がどこにあったのかを検討しても答に行き着かず、どう考えても臍の緒のトラブルとしか考えられないようなケースもあります。臍の緒(臍帯)は、母親と胎児との接点である胎盤と、胎児とをつなぐ唯一のルートであり、3本の血管の周囲をワルトン膠質が取り囲んでいる(正確には卵黄嚢管(臍腸管)と尿膜管の痕跡も通っている)紐状の構造です。このワルトン膠質が大事な役割を担っており、これによって血管が守られているから、血液の流れが保たれます。血管のねじれが強い時(特に臍付近や胎盤への付着部付近)や、羊水が少なくなって胎児と子宮の壁との間の隙間が少なくなり、臍帯が圧迫を受けやすい状況の時など、血管が押しつぶされて血液の流れが障害されると、胎児にとっては重大な問題につながります。そういった意味では、臍帯は胎児の生命線となっていると言えるでしょう。そして運悪く、血流が遮断されてしまうと、胎児は元気ではいられません。実際にそういうことが起こってしまったケースが存在し、その経験がブログなどで語られていたりする(実際にはそのうちのいくつかは本当に臍帯の血流の問題が原因なのかどうかはわからないのですが)ので、それらの情報を目にした人が、“臍の緒が絡まる”ということをすごく心配されているようです。

また、イメージとして、例えば臍帯が首に絡まると首を絞められて苦しくなると想像する方も、少なからずおられるようです。しかし、首が締まって苦しいのは、空気を呼吸して生きている私たちには当てはまりますが、肺呼吸をしていない胎児には当てはまりません。胎児は胎盤で酸素をもらっているので、首を絞められて呼吸が苦しいということはありません。どんなにきつく絞めても、頸動脈が圧迫されるほど締めることは難しいでしょう。むしろ、臍帯動脈(胎盤でもらった酸素が運ばれてくる)が絞められたら、肺呼吸をしている私たちが首を絞められるのと同じような酸欠状態になるでしょう。

そもそも臍帯は絡まるものなのです。そして絡まっているところが超音波で見えたとしても、どうすることもできません。自分で動いていつかは外れる(あるいはそのまま生まれてくる)のを待つしかないのです。いちいち心配していたら、きりがないのです。私は声を大にして言いたい、

へその緒が絡んだって、いいじゃないか!

たいへん勉強になりました。世界産科婦人科超音波学会。ー これからの超音波検査はどうなっていくのか。

ウィーンで開催されていた世界産科婦人科超音波学会、本日が最終日でした。いつもながら刺激的な学会で、世界のエキスパートが出してくる超音波画像の素晴らしさは、目を見張るものでした。診断専門施設を運営する立場としては、同等のレベルを実現し、且つ保っていかなければならないと痛感しています。

私たちがメインの仕事としている妊娠初期の精密超音波検査。わが国ではほとんど普及してきませんでしたが、他の先進諸国では基本的な検査として、幅広く導入されています。しかし、ここ数年でその考え方、扱いは変化してきました。

何よりも大きかったのは、日本では「新型出生前検査」と一般的には言われている、NIPTの導入です。もともと、妊娠初期におけるNT計測を中心に据えた超音波検査は、染色体異常、とりわけトリソミー(その代表的なものがダウン症候群)の早期検出がその主な目的として開発されてきました。そこにNIPTが出現して、この目的での超音波検査の意義が少なくなったのです。NIPTがあるんだから、妊娠初期に一所懸命NT計測を行う意義は薄れるのではないかという考えが出てきました。

私たち自身、染色体異常の有無に関わらず、胎児の異常について詳しい観察を行うとするなら、妊娠中期の超音波検査に大きな意義があると考えてきましたし、すでにNIPTを受けた方や、受けることが決まっている方には、妊娠中期の超音波検査をお勧めしてきました。

NIPT時代の妊娠初期超音波検査はどうなるのか、この話題は少し前からよく語られるようになっており、私たちもよく話題にしていたのですが、結論的にはこの時期の超音波検査の意義は薄れないということが明確になってきたようです。

もちろん、これまでのようにトリソミーを検出するという点については、その役割はNIPTに譲る部分が大きくなることは間違いありません。しかし、NIPTも確定診断ではありません。ごく少ないながらも、NIPTでは偽陰性であったものが超音波検査でわずかな所見が見つかって、確定診断に進んでトリソミーが判明することもあります。また経済面から見て、NIPTの前段階の選別方法として超音波検査を利用する意義もあります。

しかしそれ以上に重要なことは、NIPTが対象としている染色体の数的異常以外に、もっと様々な胎児の異常、それも重篤な症状を呈するものがより多く存在することです。染色体の微細な欠失や、染色体レベルでは異常が見つからなくても、遺伝子レベルの変異が原因となるものが、数も種類もたいへん多く、そういったものを早期に発見するためのツールとしては、今のところやはり超音波検査にアドバンテージがあります。そして、超音波診断装置と診断技術の進歩は、胎児の様々な異常を見つけるための検査時期を、妊娠中期から妊娠初期へとシフトして行くことに繋がりました。NIPTさえ受けていれば安心で、あとはわずかな問題を対象に妊娠中期に超音波検査を行えば良い(日本ではこれすらまともに行われていないことが多いのですが)という考えは、古いものになりつつあります。

もちろん、まだ小さい妊娠初期の胎児を対象とした検査には、限界もあります。全ての問題が見つかるわけではないし、何か気になる所見があったとしても、はっきりとした診断には必ずしも繋がらないことが多々あります。いたずらに不安を煽るだけの結果になってしまう危惧もあるでしょう。診断がはっきりしないのに妊娠中絶の選択につながってしまう恐れから、検査に反対したり消極的な姿勢になる医師もいることでしょう。しかし、そういった問題があるとしても、この時期の検査技術の進歩が止まるわけではありません。検査そのものを否定するのではなく、そこで起こってくる新たな問題にどう対処すれば進歩を生かすことが可能になるのかを考えるべきでしょう。

私はこういった問題に向き合うためにはやはり、検査前後のカウンセリング体制の充実が必要であろうと考えます。私たちのクリニックにおいて、超音波検査を担当する医師がより詳細な所見の発見に邁進できるのも、その前提となる検査前の情報提供と同意、そして検査結果を受けてのカウンセリングの体制がしっかりしたものであるからに他なりません。

当クリニックでは、NIPTを受けた、あるいはこれから受ける方に対して、それなら超音波検査は中期にというのではなく、妊娠初期の段階から詳細な観察を行う新しいメニューを加えることを検討しています。具体的な手順が固まったら実行に移す予定です。