FMC東京 院長室

遺伝カウンセリングと出生前検査に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

NIPT 海外ではどうなっているのか -2

NIPTの海外事情、今回はイギリスの状況報告です。

以下の記事は、現在LondonにあるFetal Medicine Foundationの総本山・King's Collage Hospitalで、Prof. Nicolaidesの元、修行を積んでいる、林 伸彦医師からいただいた情報を元にまとめています。林医師は、NPO法人 親子の未来を支える会の代表も務めておられます。

www.fab-support.org

さて、本題に入ります。

英国では、基本的に出生前検査を含む多くの検査は、NHS (National Health Service) が扱っています。全ての妊婦が出生前検査の対象になります。

www.nhs.uk英国内どこでも、無料で検査を受けることができます。対象となるのは、妊娠初期のコンバインド検査で中間的なリスク値になった方です(高確率になった方は、絨毛検査や羊水検査の対象となる)。検査項目は3種のトリソミー(21, 18, 13トリソミー)に限定されています。

前提となるのは、全ての妊婦さんが、無料でコンバインド検査(NT計測と血清マーカー検査の組み合わせ)を受けられることです。全国で均一化を図るために、超音波検査はNT計測のみとなっています。NT計測については、どの施設でも正確な計測が行なわれるよう教育・普及が徹底されています。

また、このサービスの他に、希望すればプライベート・クリニックで検査を受けることも可能です。こちらは有料になりますが、超音波検査はより精密・詳細な内容になります(当院で行なっている検査に近いものです)。そして、NIPTで検査する項目も希望に応じて追加可能です。

プライベート・クリニックでの検査は、精密な超音波の検査とNIPTを組み合わせた価格で、400〜900ポンド(約60,000〜130,000円)です。

 

英国の大きな特徴は、なんといってもこれから生まれてくる赤ちゃんについて、全国どこでも平等に均一な検査を受けられる仕組みをつくって、国の方針として維持し続けていることでしょう。国としてどういう次世代にしたいのかが明確です。このあたりが我が国の状況との大きな違いではないでしょうか。

国全体でこのような検査を推進する施策を行うことについては、必ずといって良いほど、「命の選別だ」「障害児をいらないことして扱うのか」という否定的意見が湧き上がるわけですが、この検査を受けることについては、強制していませんし、ましてやその結果妊娠中絶を行うことを強制している訳でもありません。そして実際に生まれてくる/生きて生活している、障害を持ったこどもや大人に対しては、手厚い福祉施策をおこない、また教育環境を充実させることで対処しようとしています。

実際に生まれてきて、日々生活している人を尊重することと、今妊娠している人の心配や不安に対応し、意思を尊重すること。そのどちらも大事なことで、それぞれに手厚くすることが、未来に向けて必要なことなのではないかといことを感じさせられました。

NHSのホームページのタイトルが、NHS Choicesとなっていることが、象徴的であると感じます。全ての国民が、自分の意思に基づいてchoice(選択)できる世の中であってほしいと考えています。

日本人類遺伝学会に参加して(雑感)

日本人類遺伝学会 第62回大会に参加しました。この学会は、私たちのクリニックのスタッフにとっては、国内ではメインの学会と言えるものです。私(院長・中村靖)と田村(医療情報・遺伝カウンセリング室長)の2名が学会の評議員を務めています。まあ、評議員といっても、それほど発言力があるわけではないところが悲しいところですが。

さて、このブログでも良く取り上げているのですが、クリニックにとって最も大きな懸案事項の一つが、国内におけるNIPT実施の動向です。平成25年3月13日に厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長名で出された周知依頼(日本産科婦人科学会の指針および日本医学会、日本産科婦人科学会、日本人類遺伝学会、日本医師会、日本産婦人科医会の共同声明の遵守を依頼するもの)に基づいて、日本医学会「遺伝子・健康・社会」検討委員会のもと、「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」施設認定・登録部会が管理して、ここで認定された施設においてのみ「臨床研究」としてNIPTを実施できるというのが今の仕組みです。ややこしいので、実際に普段妊婦の診療を行っている市中のお医者さんたちは、この辺りの仕組みをよくご存知ありません。

現在、ここでの認定施設ではない複数の施設がNIPT検査を実施しており、そのことが時々話題に上りますが、上記の仕組みは法律による規制ではありませんので、違反したからといって法律で裁くような話ではなく、どのように対処されるかというと、結局は学会の指針に背いているということで、その施設の医師が学会会員資格を取り消されるだけという対応になります。医師それぞれに立場はありますが、学会会員資格などどうでも良いと思えば、会員資格を剥奪されても痛くも痒くもありません。ということで、某産婦人科病院の医師は日本産科婦人科学会を退会するに至り、そのままかなり適当な体制で検査を続けています。宣伝力があってかつ手軽なので、多くの方がそこで検査を受けておられるようです。(ここで検査を受けた方を非難する医師がいるようですが、悪いのは検査を受ける人ではなく、適当に検査を扱っている医師と、そのようなことが横行してしまう仕組みを作って、それを維持している今の体制に問題があると私は考えています)(この医師だけではなく、最近、産婦人科医ではない医師のクリニックでも検査が始まったようですが、今回の話題から逸れるので、ここでは触れません)

このような話が出ると、どうしても最初の「指針」を作ったのが日本産科婦人科学会だということもあって、この検査のレギュレーションは、基本的に産科婦人科学会が行なっているものだと考えている方がほとんどなのだろうと思います。施設認定・登録部会も産婦人科の先生が主体のような印象だし、会議もいつも日本産科婦人科学会事務局の会議室で行われています。しかし、少なくともこの検査に関わっている(実際にこの検査を扱っている、あるいはこの検査について専門的な学術集会の場でいつも議論している)産婦人科医、特に産婦人科医でかつ臨床遺伝専門医である人たちの意見は、ほとんど反映されていないのではないかと感じます。会議に産科婦人科学会の代表者が参加しているからといって、この検査を取り巻く状況について実感していたり日常的に問題意識を持って取り組んでいたりしている人の意見が反映されているわけではないのです。

そのことが、学会に参加して議論していると見えてくるので、いつも不毛に感じるのです。

出生前検査・診断、遺伝カウンセリングに日常的に取り組んでいる私の周りの医師たちは、立場や意見にはいろいろな違いは実際あります。元々は日本産科婦人科学会の「指針」のたたき台になった案を作成した人たちにあたる部分もあって、個人的にはそのスタート時点で失敗しているのではないかという思いも私にはあり、複雑な気持ちもあります。しかし、学会会場や懇親会の場などで話をすると、おそらくほとんどの人たちが、「今のままではまずい、なんとかしないと。」「今のやり方は正しい道筋とは言えない。」と感じてはいるようです。そういう人たちの中には、ある程度学会の中枢にいて意見できる人もいるのではないかと思うのですが、どうして何も変わらないのか。どこに意見すれば、もっと建設的な議論になって、日夜苦労している医師たちや妊婦さんたちの意見が反映されるのか。

次にどういう行動を取るべきなのか、まるで先が見えない気がして、少し凹んでいます。

NIPT 海外ではどうなっているのか -1

NIPT (Non-Invasive Prenatal Testing) は、日本医学会をはじめとした学会などの学術的な場では、「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」と表現されることが一般的なのですが、なぜかマスコミなどは、「新型出生前診断」と表示しています。この時点で既にミスリードが生まれていると思います(そもそも“診断”ではない)が、それだけではなく、この検査の内容や日本での扱われ方について、日本の人たちはほとんど分かっていないのではないかと思えてきました。なぜなら、当院に寄せられるお問い合わせの中で、当院で行なっている検査との違いがよく理解されていないと感じることが多いし、医師(それも産婦人科医)でさえよく知らないでいる人が多いことがいろいろな場面で感じられるからです。情報提供が不十分で、あまり浸透していないわけです。その理由についてはいろいろと考えられますが、今回はそこは置いておいて、日本と海外との違いに焦点を絞って論じたいと思います。

ポイントはいくつかあります。

・どこの国でやっているの?

・どういったことが検査できるの?

・誰が検査を受けられるの?

・どういう形で検査を受けることができるの?

・料金はいくらぐらいかかるの?

 まず1回目は、何が検査できるのかという点についてです。

 

NIPT。多くの人は、3種類のトリソミー(21トリソミー、18トリソミー、13トリソミー)の検出を目的とした検査だと認識されているのではないでしょうか。あるいは、ダウン症候群を見つける検査だと認識しておられる人も多いでしょう。(実際に来院される人たちにお話を伺ってみても、21トリソミーがダウン症候群だということや、他の二つはダウン症候群とは違うということなど、よくご存じない方が多いと感じています。たとえば、高齢妊娠が心配で来院される本人やその夫でさえ、このことについてご存じないことがあります)

しかし、NIPTの技術はどんどんと進んでいます。日本において、高齢妊婦を対象に3つのトリソミーを検出する検査として『臨床研究』している間に、海外では、もっと多くの疾患を対象に、実際の臨床の場で検査が提供されています。

検査内容や検査対象は、各国によって少しずつ違っていますが、参考までにインドネシアで受けることのできる検査(情報元:インドネシアで検査を扱っている検査会社のページ  http://www.cordlife.co.id)について記しますと、

1. トリソミー

 21トリソミー、18トリソミー、13トリソミー

2. X, Y染色体の異数性

 Xトリソミー、Xモノソミー(ターナー症候群)、XXY(クラインフェルター症候群)、XYY

3. 欠失症候群

 5p-症候群、1q36欠失症候群、22q11.2欠失症候群、7q11.23欠失症候群(ウィリアムス症候群)、17q21.31欠失症候群、17p11.2欠失症候群、15q11.2欠失症候群(プラダー・ウィリー症候群、またはアンジェルマン症候群)、18q欠失症候群、4p-症候群

4. 性別判定

おそらく検査を受ける全員がこれらすべてを調べるわけではなく、一部の項目はオプションだと思いますが、希望に応じて選択可能になっていると考えられます。(たとえばベトナムでは、4. 性別判定は、国の方針として受けられなくなっているようです。これは、文化的に性別によって妊娠中絶を選択する人が多いことが理由だそうです。)

これだけ多くの項目が、子宮に針を刺すことなく検査可能になっています。日本にいる多くの人たちは、ご存じなかったのではないでしょうか。

最近では、母体血を用いた胎児全ゲノム解析の臨床への導入についての議論もされるようになってきています。一方で、3種のトリソミーに絞って、『臨床研究』という形でのみ検査を行っているという我が国の現状に、疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。そもそも何の研究なのか、ということも問題なのですが、このことについてもあまり話題には上りません(このことについても言及したいのですが、また別の機会にします)。

次回以降は、世界の各国の状況を確認していきたいと思います。

出生前検査を普及させない方が良いという声に、癌告知の過去を想う。

毎日、出生前検査・診断の現場に身を置いて、理不尽な現状に翻弄される妊婦さんやそのご家族をみていると、この状況がいつになれば変わるのか、どうすれば変えることができるのかということを、いつも考えます。

同じように変わらなければ・変えなければいけない物事が、この国にはたくさん(たとえば、受動喫煙対策、ジェンダーギャップの問題、子宮頸がんワクチンの問題など、世界から取り残されている諸々)あると思うわけですが、そういった諸々に考えを巡らせていて、ふと思い出したことを書き留めておこうと思います。

最近、芸能人や有名人が、癌に罹患していることをカミングアウトされたり、受けている治療や生活ぶりが話題になったりすることが多くなりました。こういった話題がオープンに語れるようになった背景には、病名や病状について、本人にきちんと伝えることが進んできたことがあります。若い方には想像がつかないかもしれませんが、少し前は、そうではありませんでした。

私が医者になった約30年前、私たち研修医は、癌患者には病名を伝えるべきでないという教育を受けました。私たちの先輩医師たちにとっては、癌という病名を伝えないことが、当たり前の時代だったのです。では、担当患者に癌の診断がついた時、どう対応していたのか?医師たちは家族を呼んで、家族にのみ病名を伝え、本人には言わない方が良いと伝えていたのです。本人にはもっともらしいウソの説明をして、医師たちと家族とで、本人が亡くなるまでウソをつき通したのです。そんなことが可能なのか、と思うかもしれません。今のような多くの情報にアクセスできる時代では、考えられないと感じるかもしれません。しかし当時は、病気になって治療を受ける患者さんは、よくならない病状に疑問を感じつつも、医師や家族のいうことを信じるしかなかったのです。治療方針に関しても、特に選択の余地はなく、専門家である医師のいうことを受け入れるのがあたりまえでした。しかし、これはどう考えても無理があった。副作用の強い強力な化学療法(今ほど副作用対策も進歩していなかったので、それは辛い治療だったし、長期にわたって入院を続ける方も多くおられました)を受けつつ、医師や家族は本当のことを話してくれていないのではないかという疑心暗鬼の中、だんだんと弱っていく癌患者さんたちを見ていて、このやり方は人間的でないと感じていました。

癌告知の問題はそれ以前から話題には上っていたものの、日本人は自立心が強くないという認識(それは遺伝子にプログラミングされた民族固有の特質なのか、教育のせいなのか、単なる思い込みなのか)に基づいて、告知を積極的に進めようという機運は盛り上がりにくかったし、実践する勇気のある人も少なかった。またある個人が実践しようとしても、周りの医師たちやスタッフが抵抗すると、物事のやり方を変えることは容易ではありませんでした。私自身、いろいろな工夫をしつつ、しっかりと告知できる体制をつくっていくことに力を注いでいた時期があります(なんといっても、消極的な医師たちにどう受け入れられるようにしていくかが最も大きな課題でした)。

しかし、時代の要請は、この状況を徐々に変化させていきました。海外での実践経験や多くの実例、数々の議論の元に、医療の現場ごとの温度差やスピード感の違いはあったものの、癌という病名を口にすることがタブーであった時代は終焉を迎えたのです。はっきり伝えてほしいと主張する人も増え、また自分の病状について公表する有名人も出てくる中、古いやり方を貫いていた医師たちも、重い腰を上げざるを得なくなったという面もあったでしょう。今では、病名の告知はあたりまえで、その進行度、治療方法、予後予測、余命告知なども普通に行われるようになりました。(ただし、医師の情報伝達能力を上回る、不正確な情報拡散手段が普及してしまったために、また新たな混乱が生じていることが問題として浮上しています。)

この国の出生前検査の現状がこのままで良いのか考える中で、この経緯について思い出し、似たようなことなのではないかと感じたわけです。今年初頭に、周産期医療の専門家の集まりの場で、出生前検査に関する情報提供の是非についての議論があり、情報提供にすら消極的な考えの人たちが多くおられることに衝撃を受けました。以下の記事に記載したものです。

周産期学シンポジウム 第35回 周産期医療における「遺伝」を考える - FMC東京 院長室

医療関係者の側にいて、専門家ではない当事者(出生前検査においては、妊婦やその家族)が、情報を得た結果好ましくない選択をする可能性があるから、知らないでいた方が良い、わからない方が良い、と考えることは、驕りではないかと思うのです。専門家でないからといって、何もわからない人たちではないはずです。自分たちなりに情報を整理して、考えて考え抜いて、結論に達するはずです。もちろん、いろいろな考えの方がおられますから、これは明らかに間違った選択だと思われるような結果になってしまうこともあり得るでしょう。それはたいへん辛い経験になりますが、そういったことも受け入れなければならないと思います。そして、少しでもそういうことを減らすためには、やはり医療者側が物事をブラックボックスの中に入れて、自分たちだけで情報をこねくり回すのではなく、きちんと情報が伝わり、納得のいく決定ができるようにするための技術を磨く以外にないのではないでしょうか。

出生前検査・診断の領域の知識や技術は日進月歩で、しかしわが国では一部の人たちの間で極端なコントロールをし続けた結果、日本と世界との差はどんどんと広がる一方になっています。日本にいれば生活上大方のものは手に入りますから、日本にいて不便を感じることはありませんが、ことこの分野の検査については、単に知らないだけで世界との差を知ると驚くことがたくさんあるはずです。次回からしばらくは、この点に絞って話題提供をしたいと考えています。

出生前検査を受けることに罪悪感を持つ必要はありません。遺伝カウンセリングでは、自己決定(選択)のお手伝いをします。

以下のようなニュースを、Yahoo! ニュースで見つけました。

わが子がダウン症だったら?― 出生前診断を受けた夫妻の選択 - Yahoo!ニュース

超音波により疑い⇨羊水検査⇨診断 という流れで、お腹の赤ちゃんがダウン症候群と診断されたが、産み育てる選択をされたご夫婦のインタビューです。

ここに登場されるご夫婦は、ダウン症候群のお子さんをしっかり育てておられますが、出生前検査を受けることについては、肯定的な意見を述べておられます。これまでこのような話があまり出てくることがなかったので、良いインタビュー記事だなと感じました。

これまで多くのマスコミは、出生前検査/診断の話題を記事にする際、必ずと言っていいほど、『ダウン症候群のお子さんを育てておられる方は、お子さんの生を否定されるという思いから、出生前検査の普及には反対されている。』という意見ばかり取り上げてこられていたように感じていました。

しかし当院には、実際にダウン症候群のお子さんをお持ちの方も検査を受けにいらっしゃっています。それぞれの方にそれぞれの考えや事情もあるでしょうし、それぞれの意見もあると思います。しかしこれまで、この問題についての議論は、どうも一方的な立場同士の対立の構図というような扱いがされてきたように思います。

一方では、「命を選別しようなんて検査はけしからん。」「そんな検査は行うべきではない。」と言われ、しかしもう一方では、「障害のある子を育てるのは大変だから、障害があったら困る。」「生活が大変になるから、今回は諦めなさい。」と言われ、どっちにしても責められるような究極の選択みたいになるから、みんな追いつめられて怖くなるんじゃないでしょうか。

検査を受けるというだけで、罪悪感を感じてしまっている方もおられます。罪悪感を植え付けられてしまったのではないかと感じるようなケースもあります。

主観の入らないありのままの事実、正確な情報が多く伝われば、それぞれの人たちがそれぞれの立場や考えに基づいて、自分で決めることができるはず。

「そうか、自分たちで決めていいんだ。」と、みんなが思えるようになることが、大事なことなのではないかと思います。

「えー、決められない。」という人も多いのかもしれません。しかし、最後は自分で納得のいく形でおわってほしい。遺伝カウンセリングでは、自己決定のサポートを行います。決定された方向性については、どのような場合(妊娠中絶を選択する場合、あるいは出産を目指す場合)でも尊重し、可能な限り支援いたします。

 

不育症患者が増えている!? ーーつづき3

『副作用の心配が少ないなら、気休めの医療でも何もしないよりいい。』という考えで薬剤を投与することは良くないと、前回書きました。日本ではこのような医療が多いのではないかと思うのです。特に、薬が何かを解決してくれるという気持ちの方は多く、それが本当に効果的かどうかについては疑いを持たない印象です。医師が処方すれば効果があるはずという信頼があるのでしょう。しかし、医師の処方が本当に意義があるのか疑問であるものは実は数多くあるのです。

例えば、軽い風邪でもすぐに医者にかかって、薬を処方してもらう。市販薬の宣伝で、「薬を飲んで、早く治そう。」という主旨のものを見かけますが、単に症状を抑える薬では原因に対応しているわけではないので、早く治るということはないはずです。むしろ症状を抑えて無理をして動いたりすると、治りが遅くなる可能性すらあると思われますが、この種のCMに違和感を感じることなく素直に受け入れている人は多いのではないでしょうか。

妊娠中の問題でいうと、切迫流産という診断で使用されている薬剤も、効果的とは言えないものが多いのです。私が医者になった頃(30年ほど前です)には、流産を抑えるには子宮収縮を止めれば良いと考えられていたので、平滑筋の収縮を抑える薬がよく使われていました。また、出血があれば、止血剤が併用されていました。このいずれの薬剤も、現在では妊娠初期の流産を抑える効果があるとは考えられていません。海外では、切迫流産という診断でこれらの薬を使うことはまずありません。しかし、日本の産科診療の現場ではこれが未だに使用されていたりしますし、保険診療としてまかり通っていたりします。

こういったことがなくならないのは、医師の側にも問題があるし、受診者の側にも問題はあります。医師はきちんと、科学的知見に基づいて処方を行い、不必要な場合には説得力のある説明を行うべきなのですが、薬を出さないと納得してもらえないということを恐れて迎合します。勇気を持って薬は不必要と説明する医者は、「薬も出さない悪い医者」と言われてしまい、悪い評判が立つと受診者数が減って、収入に響くということにつながります。

何かにすがりたい気持ちは理解できるのですが、薬や治療というものを過信しないことが必要です。医師にはきちんとした説明と説得力が、受診者側には耳を傾ける姿勢と冷静な判断力が求められます。

 

さて、標準治療ではない癌治療のクリニック(主に免疫細胞療法や温熱療法などを自由診療で行なっている)が横行していることが、最近話題に上るようになり、これはまずいという認識が、少しづつではあるものの広がりを見せるようになってきました。(参考:〝インチキ治療〟さえ見過ごされる日本のがん対策の現状 WEDGE Infinity(ウェッジ))この種の治療法を“売る”ことは、明らかに人の不安・弱みにつけこんだ商法です。これは人の命に関わることですので、それと比べると、そこまで悪質ではないと思えるかもしれませんが、また流産してしまうのではないかという不安につけ込むことも、同根の問題だと思います。

癌にしろ、不育症にしろ、特殊な治療を行う医師たちは、必ずしもお金儲けのために人を騙そうという気持ちで行なっている人ばかりではありません。自身の研究結果を元に自信を持って、まだ誰も気づいていない世界をリードする最先端医療を行なっているという自負を持って臨んでいる医師もおられると思います。しかし、科学の世界では、ある個人の研究成果だけでは、物事が証明されたとは言い難い部分があり、多くの人を対象にきちんとした研究デザインのもと行われた研究結果や、複数の研究者による追試験での確認などがあってはじめて、科学的事実と認定されます。特に臨床の場における人を対象とした治療に薬剤を用いるにあたっては、効果と安全性がきちんと確認されてはじめて行われるのが筋だと思います。(かくいう私自身も、20年ほど前には、大学病院で研究的な治療を行なっていたこともあります。これには現在私が主張していることに反することを行なっていた側面もあります。その頃の反省も込めて記載しています。当時と今とでは、治療に対する考え方も、医療界ではより洗練されてきているはずだと信じています。)

自分自身の研究成果には、強い自信をお持ちなのかもしれません。研究成果の賜物だと言わんがばかりに発表した論文や学会報告を並べてホームページに記載しておられる方もおられます。一般の方々は、そういったものをご覧になると、きちんと証明されている方法なのだとお感じになる(学術誌ではない普通の雑誌に載っている情報ですら無条件に信じる方も多くおられます)かもしれません。しかし、学会発表は単なる自己主張の場でしかないことも多いし、学術誌にしてもピンキリです。宣伝のために利用できる機会はいくらでも見つけることは可能なのです。

現在お受けになっている治療が、明らかに根拠のあるものでないならば(例えば、血液検査結果ではっきりと異常値が出たわけではないが、“グレーゾーン”の値が出ているのがあるので、とりあえず薬を使っておきましょう。というような場合)、その治療に意味があるのかないのかは、はっきりとはわかりませんが、少なくともそれにすがる意味はないと思います。その治療をやめた途端に流産してしまうというようなことはありません。治療を行う医師も、このあたりもっと誠意を持って、不安を煽るだけでなく丁寧な説明の元で、商売優先にならないようにしていただきたいものだと思っています。

         

                           終わり

 

不育症患者が増えている!? ーーつづき2

当院に来院された、アスピリン投与やヘパリン・アスピリン併用療法を受けておられた妊婦さんで、以下のような方々がおられました。

1. 初めての妊娠だったが、かかっていた不妊症治療専門のクリニックで、各種凝固系の検査を受け、ちょっと気になる検査データがあるということで、治療を開始した。

2. これまで2回妊娠したが、2度とも妊娠初期の流産に終わった。血液凝固の検査を受けて、1項目に異常値が出たことより、治療を開始した。

3. ヘパリン・アスピリン併用療法を受けつつ妊娠を継続している。胎児の染色体異常が心配なので2回NIPTを受けたが、2回とも検査結果が出なかった。羊水検査を受けたいが、薬を中断することには抵抗がある。

これらのどこが問題なのでしょうか。一つずつ、確認していきたいと思います。

1. は、何よりもまず、流産歴がないという問題があります。治療が診断に基づいていないのです。流産したことのない人、初めて妊娠したような人が、なぜ検査を受けて治療を受けることになったのかが、全くわかりません。このような方が、何人もおられることに、正直驚いています。ご本人に伺うと、それまでの不妊治療でなかなか妊娠しなかったので、何かうまく妊娠が成立しない原因があるのではないかということで行なった血液検査の結果、凝固系検査の一項目が引っかかった。これを根拠にこの妊娠を確実に継続したいので治療を受けている。とおっしゃるわけですが、検査データというのが、本当に流産と関係するものなのか、何の根拠もありません。なにしろこれまで流産歴がないからです。

不妊治療が成功しないことと不育症になることとは、原因は同じではないし、因果関係もありません。ただ不安にさせられているだけではないでしょうか。

2. のようなケースは、いわゆる高齢妊娠の方に多いのですが、過去の流産の原因について、十分な検査が行われていないことがあります。例えば、流産の原因で最も多いものは染色体異常なのですが、過去の流産において染色体検査を行っていることはあまり多くはありません。妊婦が高齢になるほどに染色体異常が増加することはよく知られた事実ですので、もし調べていれば染色体異常が原因だったであろうと思われるケースもかなりあるはずなのです。それなのに、複数回の流産がまるですべて血液凝固のせいだったように解釈されているのは、明らかな間違いだと思われます。

習慣流産でありながらご夫婦の染色体検査を行わず、血液検査だけでアスピリン投与を行っていたケースの中で、胎児に異常所見があって検査したところ、胎児の染色体異常(不均衡型転座)が見つかり、これをもとに夫婦の染色体異常を行った結果、夫婦の片方に染色体の均衡型転座があったケースも、当院では経験しています。このような場合、今回の胎児の染色体異常は親の均衡型転座に起因していることはもちろんのこと、過去の流産の原因も、ここにある可能性がきわめて高いと言えます。やるべき検査が後手に回り、効果があるかどうか大いに疑問のある治療だけが行われていたことになるのです。

3. 高齢妊娠の場合、染色体異常が流産の原因であることが多いはずです。16トリソミーや22トリソミーがその原因としてよく知られていることは、すでに御紹介しました。しかし、同じトリソミーでも、21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーの場合には、流産せずに妊娠が継続することがあるので、これらを確認する検査としてのNIPTが提供されています。しかし、ヘパリン投与を受けている場合に、この検査の結果がうまく判断できなくなることが知られています。認可施設では、こういった現象についての説明もあるし、検査結果が出ない場合の原因の検証も行われていますが、未認可施設でNIPTを受けた場合、何の説明もなく、高額の支払いに対して何の結果も得られず、不安が大きくなり、羊水検査を検討するも、流産を心配して薬もやめられず、といった具合にどんどんと悪循環にはまっていきます。

正しい情報提供とそれに基づいた冷静な判断があれば、こういった事例は減るはずなのですが、残念なことにこのようなケースが増える傾向にあるように感じています。

ヘパリン投与(アザだらけになりながら自己注射を毎日しなければなりません)まではやらない医師が多いと思いますが、アスピリン投与は内服薬で済む上に、妊娠への悪影響もほとんどなく、手軽に行うことができるので、たいした根拠がなくても始めやすい治療です。結局原因がわからないのなら、一つでも流産につながる恐れのある可能性を消したい、わずかでも効果がありそうなら試してみたい、副作用の心配がほとんどないなら、流産を心配している人に対してこのぐらいの治療は良いんじゃないか。みんな何かにすがりたいという気持ちがあるのだから、気持ちを落ち着かせるだけでも良いんじゃないか。何もしないよりはいいじゃないか。といったような反論があるかもしれません。しかし、そのような考えに基づいて薬剤の投与を行うことは、よくないと私は考えます。

                        ーーーつづく