FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊婦が置かれている現状に目を向けずに論じていませんか? 論点のズレを認識してほしい。その2

前回からの続きです。

検査の実施に反対する意見に関して、私が感じている違和感、論点がずれていると思う点について、解説していきます。

・胎児の染色体異常が見つかった結果、ほとんどの妊婦が中絶を選択する現状がある。これが広がることは命の尊厳を損なうことにつながる。

これは、NIPTコンソーシアムの調査結果に基づいてよく言われる話です。NIPTを受けて陽性と判定されたのちに羊水検査を受けて染色体異常が確定した方の約9割が人工妊娠中絶を選択したという話に基づくわけですが、以下の疑問が出てきます。

1. NIPT以外の検査で何らかの胎児の異常が発見された際の妊婦の選択はどうなっているのか?確定検査で染色体異常が見つかった時には、どういう選択がなされているのか?確定検査に到達しないで中絶を選択してしまう率はどのくらいあるのか?

→ 現在、産科医療現場で起きているおかしな現象について記しておきましょう。現在我が国におけるNIPTは35歳以上の妊婦が対象となっているため、34歳以下の妊婦さんは、心配で検査を受けたくても受けることができません。このため、いくつかの医療機関では、「NIPTはできないけれど羊水検査ならできる」と言って、羊水検査を行なっているようです。これこそ本末転倒というものです。

→ NIPT以外の検査でもいろいろな胎児の異常が見つかることはありますが、この場合の妊婦の選択はどうなっているのかについて統計を取ることは難しいでしょう。何しろ様々な病気があり、その重症度も様々で、治療がどの程度可能でどの程度社会生活が送れるようになるのかなど、判断することは難しいし、各家庭の生活状況によっても左右されることでしょう。提供できる医療レベルや治療戦略がどこまで明確に進んでいるかによっても違ってきます。残念ながら、胎児の将来を悲観して中絶を選択される方も多くいらっしゃるでしょう。NIPTだけが、中絶につながる検査ではないのです。

→ この問題については、以前に書いた記事も参考にしてください。

9割が中絶という数字、どう捉えられているのだろうか - FMC東京 院長室

2. NIPTを受けた結果として9割の人が中絶してしまうことにつながるから、NIPTをやらないほうがいいのか?NIPTをやらなければ他に同じことを知る方法はないのか?NIPTを規制すれば、胎児の問題をもとに中絶する人はいなくなるのか?わからないままなら中絶しないからいいのか?

→ NIPTには、これまでの検査に比べて検出率が高く、偽陽性率が低いという大きな特徴があります。しかし、これを扱うことができない医療機関では、検出率が低く偽陽性率が高い従来の検査を行なっています。このような検査でも確定検査の方法は同じです。NIPTを規制しても、他の検査の結果、中絶を選択する人は変わりなく存在するのです。NIPTという検査が存在するという情報は、今や誰でも手にすることができます。隠しておけば知られないで済むというものではありません。それでいて、その検査を受けることができなければ、次善の策として別の検査を受ける人は当然おられるでしょう。しかし次善の策は検出感度も低く、偽陽性率も高いという、より妊婦を混乱に陥れやすい検査なのです。NIPTに関する話の文脈で、妊婦が混乱するという言葉がよく出てきますが、これを規制することがより混乱を招くということがどうしてわからないのかといつも思います。

→ 妊婦の多くは好んで中絶するわけではありません。一度胎内に宿した命だという思いは皆あるので、できることなら産んで育ててあげたいと考えます。しかし、産んで育てることについて、ポジティブなイメージよりもネガティブなイメージの方が強かったら、産んで育てていくことに強い不安を感じて中絶を選択せざるを得なくなるのではないでしょうか。胎児に異常があっても、不安なく育てていける社会環境が整備されているなら、誰も中絶を選択しなくなるでしょう。つまり、中絶に繋がるか繋がらないかは、社会の問題なのです。中絶を減らしたければ中絶しなくても良いような社会環境をつくって、前向きに出産に向かうことができるようにすることに力を注ぐべきであり、検査を規制することで解決しようという考えは間違っているのではないでしょうか。

→ 検査の存在について積極的に知らせる必要はないという意見が根強く存在することも気になります。

日本の妊婦には、「知る権利」が保障されていない!? 指針に見る彼我の違い。 - FMC東京 院長室

知らないまま、何らかの異常を持った赤ちゃんが生まれてきたら、もう受け入れるしかないからみんな頑張れるとでもいうのでしょうか。乱暴です。先ほどの話と同様ですが、社会環境が整っていれば知らないでも不安ではないかもしれませんので、やはりここに力を注ぐべきでしょう。知らないままだと不安が大きい状況なら、やはり知らせてあげるべきはないでしょうか。

命の尊厳といった重い問題を、将来に希望を持ちたい妊婦やそのパートナーに背負わせるのはどうかと思います。若い世代が重い命題を背負わないで済むような社会を、これまでの大人が作ってこれなかったのです。年長者は反省して、努力してより良い社会にしていかなければなりません。今はまだ十分に体制が整えられていないから、君たちは検査が受けられないことを我慢しなさいというのは酷です。一体いつになったら体制が整えられるというのでしょう。良い体制を作ってこれなかった年長者が、反省に基づいてより努力することを第一に考えるべきでしょう。

極論を言うと、命の尊厳とかカッコイイことを言いたいなら、若い世代に検査が受けられないことを我慢させることについて議論するのではなく、中絶の是非について真剣に議論すべきでしょう。数多くの中絶が当たり前に行われているこの国で、若い世代に重荷を背負わせる形でのみ「命の尊厳」などと言う重い命題を持ち出してくることは、バランスを欠いていると思います。いっそのこと、中絶を全面禁止にするのなら、NIPTに関する問題の見え方も変わってくるのではないでしょうか。本当に議論すべきは中絶の是非であって、NIPTという一つの検査についてではないと思います。

続きます。