FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

出生前検査 まずこの国の後進性をなんとかしないとダメ

2021年になって、新年早々にNIPT等の…専門委員会が開催されたこともあり、出生前検査関連の記事ばかりが連続しています(まあそもそもそれがこのブログのメインテーマではあるわけです)が、その流れで続けます。最近もこんなケースがあったというものを紹介します。

 出生前検査・診断の相談に毎日対応している当院で、NIPTの結果に翻弄されている妊婦さんたちの話をたびたび話題にしていますが、実はそれ以上に対応しなければならない問題があります。それらは、海外ではNIPT以前に普及していた検査である、NT(Nuchal translucency: 胎児後頚部透亮像)計測血清マーカー検査(クアトロテストなど)の結果に翻弄されるケースです。

不正確なNT計測とその説明

 NT計測は、当院でも行っているコンバインド検査(当院では、FMFコンバインド・プラス)の一部をなすものですが、これがコンバインド検査という形になる前から、この計測単独でも胎児の評価に用いられており、妊娠初期における胎児の観察の最重要項目と言っても過言ではありません。この部分の観察が注目されるようになってからもうすぐ30年になろうとしていて、この間にこの計測方法や評価方法など、時間の経過とともに洗練されてきたのですが、日本では常々話題にしているように1999年に厚生省児童家庭局長通知が発出され、産科診療の現場で出生前検査全般が一気に消極姿勢に転じたことの影響もあって、「海外ではNT計測が出生前検査に使われている」という程度の曖昧な情報が普及するのみにとどまっていました。その結果、日本で妊婦健診を行なっている医師たちのNT計測の知識や技術は、1990年代の頃に「こういう指標が発見された」という段階で止まった状態になっており、いまだに不正確な評価やそれに基づくあまり正確とはいえない説明が行われているケースが後をたちません。

 先日来院された方の胎児は、このNTが5mm程度の比較的厚みの目立つ状態でした。私たちは現在、妊娠初期の胎児についても詳細な観察が可能になってきて、そこから得られる様々な情報をもとに判断するようにしていますが、このケースでは確かにNTは厚いものの、そのほかには特別問題となる異常所見は見られませんでした。前医では、「胎児がこれだけ浮腫んでいるなら、何か異常があるに違いない。」という説明を受けておられましたが、私たちは、これまでのデータに基づいて、5割以上なんの異常もなく生まれてこれる可能性があり、染色体正常が確認できればその可能性はかなり高くなる旨説明し、この方は羊水検査をお受けになることになりました。

 その後も妊婦健診は前医で続けておられたのですが、当院での羊水検査ののち、まだ結果が出揃う前の段階で妊婦健診に行かれ、羊水検査を受けたことを報告したところ、「まだ妊娠を継続していたのか。」的なことを言われ、「なんでそんな検査を受けたんだ、お金をかけるだけ無駄だ。」とも言われて、たいへん傷ついたとおっしゃっていました。結局染色体検査の結果は問題なく、現在、妊婦健診先をかえて妊娠を継続しておられます。当院では今後、妊娠中期の精密超音波検査を行う予定です。

少し増加傾向にある血清マーカー検査

 また別の方は、クアトロテストを受けた結果を持って、当院に来られました。ダウン症候群や18トリソミーの可能性は低いが、神経管閉鎖不全/開放性二分脊椎の可能性が高いという結果だったということでした。この検査も罪な検査で、明確な診断をする検査ではなく、血液検査の結果から計算の結果である確率の数字を示して、決められたカットオフ値よりも高いケースについては、より詳細な確定につながる検査を勧めるという手順なのですが、少し前まではその方法は、羊水を採取して、羊水中の物質の濃度を調べるという方法でした。しかし、現在ではむしろこれらの検査よりも超音波検査での観察の方がより確実であると評価されているのです。問題点は、日本では海外ほどこの病気が多くないことや、同じ病気でも海外のケースよりも症状の軽いものが多いことから、これを超音波で見つける方法が普及していないことです。このため、日本で妊婦健診を行なっているお医者さんの中で、この病気を見たことのある人は少ないのです。この病気はいつどのような観察を行えば見つけることができるかとか、実際の症例は超音波検査でどのように見えるかということについて、残念ながら知識や経験を持つ人が少ない現状にあります。

 この方は、当院で詳細な超音波検査を行なった結果、心配はない(正確には100%の話はできませんが、少なくとも問題となっている病気の兆候は見られませんでした)と判断し、妊娠を継続中ですが、前医では、「超音波で見えていなくても、こういう数値が出るということは、何かしらあるに違いない。この数字だけでも妊娠の継続を諦める人もいる。」などと、言下に妊娠中絶を勧めるようなことも言われていました。実際、どうして検査結果の数値(この場合は、AFPという項目の数値)がやや高くなっているかの原因はわかりませんが、それほど高い数値でもなく、なんともなくても出てもおかしくはないとも言える数値だったんですが。

これらの検査は、普通に一般的な診療所で行われている検査

 これら二つのケースは、NIPTを規制しても全く影響を受けない、普通に産科診療の現場で扱われている検査に基づくものです。残念なことに、クアトロテストなどの血清マーカー検査は、(NIPTが普及している海外ではすでに行われなくなっているにもかかわらず)一般的な産科診療施設でNIPTを扱うことができない代わりに、むしろ近年検査数が増加傾向にあるのです。そして、日本のお医者さん達は、長年出生前検査が消極的にしか扱われてこなかった中で、知識や経験を積むことができないままでいたので、その解釈や説明内容にも、一貫性がないのです。そして、いまだに一定の割合で、曖昧な情報のままに妊娠中絶を勧めるような医師も存在しているようです。

 このような現状だから、一般的な産科医が広く新しい検査を扱うことができるようになったらより混乱すると警戒する言説があるのかもしれません。しかし、より正確な検査を規制して、過去の曖昧な検査はそのままになっているのでは、現場を改善する方向には進まず、より悪い方向に向かっているようにしか感じられません。こういう現状があると、過去のものも含めてもっとしっかり規制しようと言い出す人もいるのですが、そうではなく、ちゃんと普及させることで知識や経験を積んでいく方が、妊婦さん達のためにも、医師たちのためにも良いはずだと私は思います。

 そもそも、20年以上医師が教育を受け、経験を積む機会が損なわれてきたのですから、現在指導層にいる地位の高い医師たちの多くも、そのような状況下で指導する側の立場にまで上り詰めた人たちです。出生前検査の扱いについてなんらかの決定に関わることのできる立場にある人たち自身が、実際の経験や知識を十分に備えた人たちでなかったら、そこで行われている議論やそこでの決定も何かずれたものになってしまいはしないか。1999年に厚生省児童家庭局長通知が発出されるよりも少し前に、当時日本に入ってきたトリプルマーカー検査について学ぶため、アメリカで行われた5日間のセミナーに参加し、その足で検査会社の研究所へ見学に赴いた私から見ると、そういうことが危惧されるくらい、年月が経過してしまっているような感覚があります。

 

 クアトロテストに代表される妊娠中期の血清マーカー検査において、神経管閉鎖不全/開放性二分脊椎の可能性が高いという結果が出てしまったケースは、このほかにも相談が頻繁に来ますが、そんな中には、実際に超音波検査で胎児の問題が見つかったケースもあります。これらのケースは、このマーカー検査以前に、超音波でしっかり観察していればもっと早くに発見できているようなものだったりします。そういうものを見ていると、超音波検査の問題も根強く存在していることが実感されます。このことについてはこれまでにもおりにつれふれてきたと思いますが、またいずれ記事にしたいと考えています。