FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊娠初期の超音波検査は、もうNTを測るだけの時代ではない。

私たちは、あまりにも日常的に妊娠初期の胎児検査を続けてきているので、自分たちが毎日見ていることはあたりまえのような感覚になりつつありますが、受診された方やそのご家族が、超音波画像を見ながら、「こんなに見えるんですね。」とおっしゃることがよくあります。その度に、「そうか、こういうふうに見えるということがほとんど知られていないのか。」と気づきます。

 そういえば私は、5年前から『FMC川瀧塾』という名前をつけた医師や検査担当者むけの講習会を続けているのですが、そこでいつも「日本ではなぜ妊娠初期の胎児超音波検査が普及してこなかったか」という話をしていることにも気づきました。

 

日本の産科診療は実はちょっと他の国のそれとは違う

 日本における一般的な産科診療の流れは、海外とは少し違うところがあります。

 まず、すごく特徴的だと思う点は、妊娠の診断が早くかつ確実なところではないでしょうか。どういうことかというと、不妊治療を受けている人はもちろんなんですが、そうでない人でも月経が遅れると妊娠したんじゃないかと考えて、きちんと検査する人が多い。したがって、妊娠のごく初期から医療機関にかかる人が多いと思うんです。このあたり、日本人はけっこうきっちりしています。

 そして、日本の診療所では経腟超音波の診断装置がすごく普及していますので、どこの産婦人科でも、子宮の中に胎嚢があることをきちんとみつけて、ごく早い段階から妊娠が診断されます。通常、妊娠6週であれば子宮外妊娠を除くほぼ全ての妊娠において胎嚢が観察されます。7週になると、胎芽と心拍が確認されます。

 妊娠初期には流産におわることも多いので、観察はまめに行われます。多くの産婦人科外来ではたいだい2週おきにみているのではないでしょうか。前回の記事に記載したように、日本では、妊娠8週から10週ごろ、胎児の頭臀長で14〜41mmの時に分娩予定日が決まりますので、たとえば10週で分娩予定日が決まったら、次は4週後と言われて14週からは普通の妊婦健診になる(超音波もお腹から見る)ことになっていることが多いと思います。私たちが妊娠初期の胎児検査を行っている時期は、11〜13週ですので、この期間はちょうど診療のない空白の時期になってしまいます。

 

海外での胎児観察の時期は当院と同じ

 海外ではどうでしょうか。日本のように初期からマメに見ている国もあるだろうし、だいぶ妊娠が進んでからはじめて受診する人が多いところもあるでしょう。ただ多くの国では、日本と違ってNTの計測が普及していましたので、11週から13週のころに胎児を観察する機会が設けられているところが多いようです。この頃に分娩予定日が決定されるところもけっこうあります。これより以前に流産しないかどうか一所懸命見てもしかたがない、流産することは一定数あるのだし、それは予防不可能なのだから、という考え方が浸透している面もあります。日本のように「切迫流産」という謎の病名で薬が処方されるような国はほとんどないと思います。

 私が所属している、ISUOG(国際産科婦人科超音波学会)のガイドラインにも、妊娠第1三半期(日本における“妊娠初期”と同じ)における胎児超音波検査は、妊娠11週0日から13週6日の時期に行うことが望ましいとされており、このときに生存確認、妊娠週数(分娩予定日)の確定、胎児数の確認をおこない、もしリクエストがあれば、大奇形の有無を評価し染色体異常のリスクを評価する、と記載されています。多くの国では、これよりも早い時期の超音波検査の必要性は低いと考えられています。

 つまり、日本では空白の時期が、海外では大事な時期という認識になっています。このことには、日本と比べて受診する人の初動が遅いということも関係しているのかもしれませんし、より早い時期から経腟超音波での観察を行うことにも意味はあると思いますので、どちらが良い・正しいと一概に言えるものではなく、国民の生活習慣や考え方にあった道があると思うし、いずれにもメリット・デメリットはあると思いますが、ここに大きな違いが存在するということは知っておいて損はないと思います。

 

妊婦健診のときにNT計測を希望・要求すべきではない

 要するに、日本ではNT計測する時期に胎児を見る機会がほとんどないことが一般的なので、日本の妊婦診療の場で、医師にNT計測を要求してもその願いが正しく叶えられることはまずないでしょう。逆に、本来NTについて評価する時期ではない、妊娠9週や10週でNT肥厚を指摘されて困ったというケースもよくあるようです。

 しかし、NT肥厚が胎児に何らかの問題があることを発見するきっかけになることを知っている、あるいは指摘されて慌ててネットで情報を見るという人は多いと思います。ネット上にはNTの厚みに関する誤った情報が蔓延しています。このNTの問題については、YouTubeでも情報公開していますので、ぜひ見ていただきたいと思います。

www.youtube.com

NT計測はけっこう古くからある検査

 NT肥厚が胎児の問題の発見につながるという情報をもとに、これをみてほしいという希望をされたり、NT肥厚を指摘されて胎児になんらかの異常があるのではないかと心配される方は多くいらっしゃいます。ただ、ここで注意していただきたいのは、NT肥厚はあくまでも何かを見つけるきっかけに過ぎないということです。これをもとに何かが見つかるかもしれないし、なんでもないかもしれない。問題なく正常に生まれてきたお子さんの中にも、妊娠初期の時にはNTが厚かったという人も多いので、ここに厚みがあることを何かの病気と考えないでいただきたいのです。だいたい、一口に『肥厚』といっても、その原因や状態はさまざまあって、全て同じ一つのものとして扱うのは少々乱暴とも言えるでしょう。

 そもそもNT計測が海外で普及することになった最初のきっかけは、1992年にNicolaidesらがこの計測が胎児の染色体異常の発見につながるという論文を発表したことで、約30年前のことでした。この計測方法や評価法には改良が加えらえれ、洗練された形となって多くの国に普及したわけですが、この染色体異常の発見につながる検査という点でいうと、2011年に米国でNIPTが臨床検査として開始されて以来、母体血の採血によってより正確に検出できるこの方法にとってかわられることになりました。つまり、NIPTが普及している国では、染色体異常の発見を目的としたNTの計測は、既に過去の検査となりつつあると言えるでしょう。

 しかし、NTの肥厚を発見・評価することは、単に染色体の問題の発見のきっかけにとどまらず、そのほかのさまざまな胎児の問題の発見の端緒となることも長年の経験から知られるようになっていました。また、妊娠初期にもともとはNTを計測する目的で行った超音波検査で、NTを計測する断面で見えている胎児の構造の違いが、別の問題を発見することにつながることを見つけたり、もう少し別の断面の観察を行うことで、もっと別の様々な問題をみつけ、診断に繋げられることがわかったり、この時期の胎児超音波検査じたいが発展してきました。

 いまや、妊娠初期の胎児超音波検査は、単にNTを測る検査ではなく、細かく胎児の観察をおこない、問題を早期に発見する検査として変貌を遂げているのです。

 

妊婦健診で超音波をあてていても、胎児を詳しく見ているのとは違う

 日本では、産婦人科診療施設における超音波診断装置の普及率はたいへん高く、妊婦健診でもほとんどの施設でかならず超音波診断装置を用いて胎児を観察することが行われています。しかし、実際に行われていることは、胎児を含めた子宮内の様子をざっと見る程度で、心拍の確認や発育の評価などは行われたとしても、構造を詳細に観察するような機会は妊婦健診ではありません。最近は、3D/4D画像が出せる装置も普及していますが、そのほとんどが胎児の顔をわかりやすく表示する以外の用途には使われていません。

 せめて妊娠中期に一度は、胎児をきちんと観察しましょうという動きは以前からあり、日本超音波医学会や日本産科婦人科学会の委員会で、観察時期や項目を決めてきましたが、ガイドラインを作成する段階になっていろいろな意見が出て、あまりよい指針は示されていません。たとえば、検査を行う時期は妊娠20週前後とされているのですが、その時期に特別な観察の機会をつくるわけではなく、通常の妊婦検診の枠内で、ちょうどその時期に当たる時にはここを観察しましょうというような話になっている(これがきちんと行われるか否かは疑問だ)し、推奨観察項目も、妊婦健診を実際に行っているどの医師でも(あまり超音波検査に精通していない医師でも)もれなく見ることができるものに限定して決められたという経緯があり、世界の他の国でanomaly scanとして行われているような検査には遠く及びません。

 以前から胎児を観察する時期とされていた妊娠中期の検査でもこういう状態ですので、胎児の観察時期を一部前倒しする(要するに重大な異常は早く見つかる)意味をもって普及しつつある妊娠初期の胎児の観察が、日本で普及するのはいつのことになるのか、妊婦健診の行われ方を抜本的に変革しないと無理なのではないかと思っています。現在、日本超音波医学会の委員会で、あらたに胎児超音波検査の指針の作成をすすめています(私も加わって、初期の部分を担当してます)。今回新たに結成された委員会では、以前のような考え方ではいけないという意思の統一が図られていて、少し攻めた内容の案ができていますが、果たしてこれが日本産科婦人科学会で受け入れられるのか、まだまだ疑問がのこります。

 

早期診断が胎児治療につながることも

 海外には、それが胎児期に必要と考えられ、かつ有用性が明らかであるようならしっかりと実用化しようと開発されてきた、さまざまな『胎児治療』の方法があります。これらの一部は日本にも入ってきていますが、日本ではなかなか定着しない問題があります。この分野は先進国から見て、かなり遅れをとっていると思われます。その大きな理由は、治療対象となるはずの胎児の疾患が、適切な時期に発見されないままになってしまっているからです。

 超音波診断装置の開発や、その普及は、実は日本では世界をリードする勢いだったのです。ところが、出生前診断について積極的に行うべきでないという論調の広がりと、産科診療の多くが小規模施設を中心に数多くの施設でバラバラに行われている日本独自の事情という二つの理由から、胎児の超音波診断の普及が思うように進んできませんでした。今、日本の妊婦健診はそういう状況の中で行われているという認識を持つ必要があります。

 

 ネット検索などで情報を得て、妊娠初期にNTを見てもらいたいと思っている妊婦さんがおられたら、いまや時代はもう一歩進んで、妊娠初期の検査でもっと細かいところまで見れるようになっているんですということを知っていただきたいと思っています。

 そして、産婦人科のお医者さんで、自分も世界に乗り遅れないでしっかりと胎児の観察をしたい、その方法を学びたいという気持ちの方がこれを読まれていたなら、ぜひ私たちがおこなっている『FMC川瀧塾』に参加して、学んでいただければと思います。ここでは、おもに胎児の心臓の観察・心奇形の診断の学習とトレーニングをメインにしていますが、同時に妊娠初期の超音波検査についても学んでいただけるようにプログラムを構成しています。