FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

超音波検査の結果だけで中絶してはいけないのか(医師の説明に食い違いがあるとき)

出生前検査・診断に集中して診療を続けていると、毎日のようにいろいろな経験をして、本当に勉強になります。日々、技術と知識がアップデートされていく実感があります。と同時に、わが国の一般的な産科診療とのギャップを感じることが多くなってきました。日本では、出生前検査を積極的に行わないことが通常の妊婦の診療とされていますので、これは仕方がないことなのですが、全員が同じとは言わないまでも、希望すれば専門的な診療を受けることのできる場所を日本各地につくって、きちっと受けらるような体制を作れないものかと思うのです。

 問題は、このギャップが、出生前検査・診断を専門的に扱っていないお医者さんとの間だけでなく、専門家と目されているようなお医者さんたちとの間にも存在することです。いくつか例をあげていきたいと思います。

 

 先日の妊婦さんは、普段かかりつけの産科施設で胎児の“むくみ”を指摘されて来院されました。当院で超音波検査を行ったところ、確かに首のうしろを中心に、頭の周りや背中、お腹側にも皮膚のむくみが見られ、胸にも少し水の溜まった状態でした。よく観察すると、“むくみ”だけではなく、他の問題も確認されました。例えば頭の断面の形が苺のような特徴的な形状をしていました。心臓の各部屋もアンバランスで、先天性の心疾患が疑われました。臍のところは少し飛び出していて、小さい『臍帯ヘルニア』の状態でした。また、通常は左右2本ある臍帯動脈は、右側の1本しか存在していませんでした。何よりも特徴的だったのは手と腕で、肘から先が短く、手首は極端に内側に曲がっていて、指は動かない状態でした。また膝の関節の曲がりも強く、脚の交差は強いままで、まっすぐ並べた状態にはならない様子でした。私はこれまでの経験から、この胎児は18トリソミーの疑いが極めて強いと判断しました。

 妊娠初期の超音波検査で確認している項目のうち、例えば『NTの厚み』や『鼻骨の有無』といったものは、『ソフトマーカー』といわれるもので、この時期のチェックポイントに過ぎず、それ自体が病気ではありません。このような『ソフトマーカー』の発見から染色体の問題の発見につながるわけですが、それ自体が病気として残るものを発見しているわけではない以上、やはり確定には絨毛検査や羊水検査が必要になります。上で記載したような所見のうち、頭の形などは同様に『ソフトマーカー』というべきものです。しかし、臍帯ヘルニアは確実に存在する病気で、生まれてきた後に手術が必要になりますし、手首や指、脚の問題は、治療が困難な病気です。このように明らかで典型的な特徴が複数揃っていれば、診断はほぼ確実になります。すでに胸に水が溜まってきているようなら、循環が悪化して子宮内胎児死亡に至る可能性が高くなります。

 このような場合、胎児のご両親の考えはいろいろと揺れます。私たちは複数の選択肢を提示することができます。例えばどんな病気があっても少しでも希望を持ち続けたいなら妊娠継続を選択できますし、逆に胎児の将来をどうしても楽観できない場合には、妊娠中絶の選択もあります。確定診断に基づいて決めたければ、絨毛検査や羊水検査も可能です。妊娠継続を選択したとしても胎児死亡になる可能性もありますので、いますぐに中絶することに抵抗があるなら、胎児の状態がどのように変化するか経過を見てから考えることも可能です。自分で胎児の命を絶つことがはばかられるなら、胎児死亡になれば諦めるが、そうでないなら生きられる限り見守っていくという道もあります。希望があれば生まれてから積極的な治療を行うことも可能かもしれません。私たちはどのような選択でも尊重し、選択に応じた適切な医療機関を紹介することができます。

 この妊婦さんご夫婦は、情報をもとに数日お考えになり、重篤かつ治療困難な状態が明らかなのであれば妊娠中絶を選択したいという結論を出されました。このような場合には、より良い環境と方法で人工妊娠中絶を行うことができる施設を案内しますが、かかりつけ医でも相談されるようお話ししています。最終的に決めるのはご自身です。ただ、将来の妊娠のことやすでにおられるお子さんの将来などにも関わる可能性があるので、中絶後であっても胎盤絨毛組織や胎児組織を用いた染色体検査で診断を確定されることはお薦めしています。また、選択された中絶施行施設でこの検査ができない場合には、検体を当院に送付していただいて、当院から検査を提出できるようにしています。

 問題は、かかりつけ医に報告した際に起こります。かかりつけ医では時に、「羊水検査で診断を確定しなければ中絶はできない。」と言われることがあるのです。母体保護法を厳密に解釈して、「胎児理由による中絶はできない。」とおっしゃるのなら、そういうポリシーのお医者さんだとは理解できます。しかしそうではなくて、染色体異常の確認が羊水を用いて行われることがどのような場合でも必須という考えに凝り固まっているのは、その医師独自の基準ではないかと思うのです。しかし実は日本にはそのような考えの医師は結構多いし、それもどちらかというと出生前検査・診断を専門的に行ってきた立場の医師にそういう人が結構いたりして、卒後教育の場でもそういう教育をしていることがよくあるようで、この種の考えが思いのほか浸透しているようです。あまり知られていませんが、染色体や遺伝子についての専門家が、実はあまり胎児超音波検査には詳しくないということもあります。私たちがいろいろな場所で一所懸命発表していても、なかなか胎児の異常がここまで判断できるということがわかってもらえていない現状があるように感じています。

 一般的な(出生前検査・診断にあまり明るくない)産婦人科医が、時にNT肥厚だけで胎児に異常があることを過大評価するような説明をし、悲観的に受け取った妊婦さんが中絶をしてしまうという事例がそれなりに存在しているであろうと思われることも、このような傾向に拍車をかけています。このような短絡的な(“安易な”)判断はあってはならないことなので、そうならないように私たちは常に対応していますし、私たちの施設での超音波検査は、そういう曖昧な診断とは完全に一線を画しています。この辺りをきちんと理解していただきたいものだと思います。

 この前の記事で、仁志田博司名誉教授のコメント(「NIPTで陽性が出た人には羊水検査を義務づけるような仕組みを作るべき」というもの)には同意できないという考えを示しましたが、上に書いたようなことがあるからなのです。

 

 染色体以外の問題の場合もあります。また別の妊婦さんなのですが、やはり胎児の“むくみ”を指摘されたことをきっかけに、当院に来院されました。

 超音波検査を行ったところ、胎児にはいろいろな問題があることがわかりました。まず心臓の形がきちんとしていませんでした。心臓は通常左右4つの部屋に分かれているのですが、このお子さんでは2つの部屋しか確認できませんでした。また、胎児の体の内部のいろいろな臓器や血管の位置が、正しい場所に存在していないことがわかりました。この種類の病気はこれまでそれほど多くない病気と思われていましたが、どうも妊娠初期にNT肥厚を起こすことが多いようで、このことをきっかけに来院された方の中から、けっこうな数みつかることが最近わかりました。このことは学会でも何度か発表してきましたし、診療を長く続けてきたことで得た知見として、論文発表すべく準備しています。しかし、これがなかなか一般には浸透しないし、わかってもらえないのです。少し前から世界では、妊娠初期に胎児のいろいろな問題を発見することができる話題がホットなのです(これは国際学会や専門誌で、また専門家同士のネットワークによるコミュニケーションの中でわかるのです)が、日本ではほとんど知られていません(これは、他の多くの国で胎児を観察している時期が、日本ではどちらかというと妊婦健診の谷間の時期になっていることや、日本産科婦人科学会および日本産婦人科医会のガイドライン上、出生前検査が積極的に行うべきものとされていないことから、妊娠初期における胎児の観察はほとんど普及していないことが関係しています)。

 私はこの妊婦さんに、当院での診断結果のレポートをお渡しし、当院での説明をもとに夫婦で今後どうするかの選択を考えていただくようお伝えしました。そして、かかりつけ医に相談して、夫婦の考えと違う結論しか出ないようなら、再度当院に相談していただくようにもお話ししました。

 さて、この妊婦さんはこの結果を持ってかかりつけ医を受診されたわけですが、この医師は当院での診断について、かなり否定的な発言をされたようでした。曰く、「12週でそんなことわかるわけがない!」「そんな乱暴な診断は許されない。」などといきりたち、そんないい加減なことを言う医者のところに行ってはいけない、きちんとしたところを紹介すると言われ、その場で大学病院に電話されたようです。その電話でも、大学病院の先生に同意を求めるように、「そんなことわかるわけないですよね。」とおっしゃっていたようなのですが、、、、私は、自分の知らない話、見たことも聞いたこともないような話が出てきたときには、自分の狭い範囲の知識や経験のみで判断しようとせずに、一度謙虚に耳を傾けるべきだと思うのです。ましてや同じ専門分野の仕事の話なら、いまどきインターネットで文献検索などすれば、新しい知見は手に入れやすくなっているのですから。

 

 このように、私たちの行なっている診療については、まだまだ理解していただけない部分やいろいろな誤解があるようです。これからももっともっと情報開示を一所懸命に行って、理解を深められるようにしていきたいです。そして、この国の妊婦さん・胎児の診療が、世界の中で独自の奇妙なものになってしまわないように努力していかなければならないと考えています。