FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

胎児診断はいつ行われ、その結果はどう伝えられているのか - 『22週問題』について考える

先月から今月にかけて、出生前検査・診断に関連した話題を取り扱う複数の学会が、WEB開催されていて、日程も重なり、視聴するだけで忙しいという日々になっています。いろいろと気になる話題があるのですが、そのなかの一つを取り上げたいと思います。

 12月1日の日本超音波医学会第93回学術集会のプログラムで、『産科医と小児循環器科医の対話』というセッションがあったのですが、ここで話題となった事柄に、『22週問題』『産科医の二極化』がありました。このセッションは、生まれる前の検査を主に扱う産科医と、生まれてきたからの治療を主に扱いつつ、生まれる前の診断にも関わりを強めてきた小児循環器科医との間にある先天性心疾患の診断に関わる意識の差などをどう埋めていくかということが主題ですが、上記の事柄は、先天性心疾患に限らず全ての出生前検査・診断に通底する問題だと思われます。今回は、このうち『22週問題』について主に取り上げたいと思います。『産科医の二極化』についてはまた別の機会にします。

『22週問題』とはなにか

 『22週問題』とは何か、それは、母体保護法に基づく人工妊娠中絶を実施できる時期の目安として、妊娠22週に達していない胎児という基準が1990年の厚生事務次官通知によって規定されていることから、ほとんど全ての医師は、22週に達した胎児を中絶することは堕胎罪にあたると考えており、ここに厳然たる境界線が存在していることです。逆に22週未満であれば妊娠中絶が可能という事になりますので、産科医の中には、妊娠中絶につながることを避けたいと考えて22週以前には検査を行わないという人もいます。この辺りについては、以下の過去記事にも記載しています。

胎児超音波検査を行う時期に、医師個人の価値観が反映されている。 - FMC東京 院長室

 そういえば、時々耳にする話として、妊婦健診で通っている産科施設で、医師に出生前検査について聞いてみたところ、「そういった検査は中絶につながるので、当院では扱っていません。」と答えられてしまったというものがあります。まあ、ある意味ポリシーが明確なわけですが、「出生前検査は妊娠中絶につながる」から「はじめから扱わない」という姿勢は正しいあり方でしょうか。前の記事にも書きましたが、日本では数多くの人工妊娠中絶が行われています。その中では、単に「望まない妊娠」というだけの理由で中絶する人が、圧倒的に多いのです。極論を言えば、妊娠しているかどうかを調べる検査自体が、妊娠中絶につながると言えるでしょうから、もう妊婦をみるのはやめた方がいいんじゃないでしょうか。

中絶を避けようとしている医師は主にどういう人?

 さて、この第93回学術集会のセッションの中の群馬県立小児医療センターの京谷琢治先生のご講演では、群馬県と宮城県の妊婦健診・分娩取扱施設に勤務する産科医を対象としたアンケート調査の報告があり、この『22週問題』に関して興味深い情報がありました。このセッションのテーマは、先天性心疾患の診断に関するものですので、胎児の心臓の異常をいつどのように検査し、診断するかという話題なのですが、胎児が心臓の異常を持っていることが見つかった場合に考えなければならないこととして、その心臓の問題は重いものなのか、治療可能なのか、胎児の将来はどうなるのか、といった単純に心臓の病気にフォーカスした心配があることと並行して、胎児に心臓病が存在する場合に、その胎児は染色体異常を持っている可能性があるのではないかという問題も生じるわけです。そして、そのいずれであっても妊婦さんは、胎児の生命を守りたいという思いと、胎児の将来を悲観して今回は出産を諦めた方が良いのではないかという考えの間で揺れ動く事になるわけですが、考え抜いた結論として妊娠中絶を選択する人が一定数出てくる事になります。しかし、この診断が22週以降であったならば、一般に妊娠中絶の選択肢はないと考えられていますので、医師としてはこの葛藤に向き合う必要がなくなります。「法的に中絶はできない。」の一言で片付けることが可能になるわけです。そこで、産科医の中には、22週を過ぎないと積極的に検査を行わないという人がいるのです。

 アンケート結果では、まず胎児心疾患のスクリーニング検査を妊娠22週未満で行う事に賛成か否かという質問に対して、全体の7割が賛成であると答えていました。実はわたしはこれだけでも驚いたのです。だって22週未満に胎児を詳しく見ることに積極的ではないという姿勢の医者が3割もいるんですよ。まさか産科医がそういう姿勢で診療に臨んでいるとは、妊婦さんは誰も思ってませんよね。妊婦健診で超音波をお腹にあてているときに胎児のことを見てくれていると思っているはずです。ところが、対象を経験年数の長い(10年以上)医師に限定すると、賛成という人は55%で、半数近くは22週未満には詳しく見ないという姿勢なのです。逆に若手の医師は積極的に診断につながる検査を行おうと考えている人が多いことがわかり、希望は持てました。

 それから、胎児の心疾患の種類ごとにどのように扱うかの調査もありました。要するに、発見された心疾患が比較的重いものであれば早くから専門施設への転院が必要になるし、そうでなければしばらく自施設で管理できるという判断に関する設問だと思います。ここで気になったことは、心疾患をきっかけとして染色体異常の診断につながることです。ある種の染色体異常においてはこの種の心疾患の合併が多いといった感じで、見つかった心疾患をもとに染色体異常を想定することがあり、私たち医師はそのほかの所見についての確認を行ったり、必要に応じて羊水穿刺による染色体検査を検討したりするわけです。今回報告された結果を見ると、例えば胎児に心房心室中隔欠損症が見つかった時に、その説明を行う際に21トリソミーの可能性(この二つは密接に関連しています)について言及するという医師の割合は、37.6%にとどまっていました。実に6割超の医師が、染色体異常について言及することに躊躇いがあるということがわかりました。また、高次施設に紹介するタイミングについても興味深い結果が出ていました。胎児の心疾患が判明したときに、敢えて妊娠22週以降になってから高次施設に紹介するという医師が一定数見られたのですが、そのほとんどが経験年数の長い医師だったのです。

世代による違いならば、今後変わっていくのか

 どうやらある程度上の年齢の世代の医師には、染色体異常を積極的に説明しようという姿勢に乏しい人が一定数存在するという事実が明らかになったと言えそうです。これは何故なのでしょうか。

 経験を積んでいくうちに、いろいろなケースに対応することで、より慎重な姿勢になっていくのかもしれません。医学部教育ではあまり扱わない、現実社会の中での問題に直面し、出生前検査を取り巻く諸々の事柄が、自然科学からの視点だけでなく、社会科学からの視点で捉えるべき側面を含有していることに気付いた結果なのかもしれません。しかし、そんな中で単純に面倒に直面することを避ける姑息な手段を身につけてしまっているだけの可能性もあります。

 経験年数だけの問題ではなく、世代的な問題である可能性もあります。どのような検査がどの程度の信頼性を持って可能になっている時代に医師としての経験を積んだのか、経験を積む過程で指導を受けたより上の世代には、どの程度の知識と経験があったのか、その時の社会背景はどうだったのか。

 いろいろな可能性が考えられますが、妊婦により近い年齢の医師たちが、むしろ検査結果を得られ次第開示し、その時点その時点で対応しようという姿勢であることは、自然なことだと思うのです。正直に真摯に向き合うことが、本来あるべき姿だと私は思うのです。

 このことで思い出したのは、私が若い頃に直面した「癌患者への病名告知」の問題です。以前に書いた以下の記事に記してあります。

出生前検査を普及させない方が良いという声に、癌告知の過去を想う。 - FMC東京 院長室

 若い世代の医師たちが、自分が診断した病名や病状について、そしてそこから考えうる諸問題の存在について、知識と経験をもとにしっかりと対応できる技術を身につけ、いつも真摯に対応する姿勢を失わないで居続けられるようになることに期待しています。そして、願わくば、妊婦さんたちよりも上の年齢層になったとしても、上から目線の高圧的な態度をとらないこと、職場や学術会議などで責任ある立場になった時にも、同じ姿勢を失わず、次の世代に引き継いでいけるようになることを望みます。