FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

胎児に重い病気が見つかった時、私たちにできることは何か - ヨミドクター記事を読んで考えたこと

つい先日、読売新聞の医療・健康・介護サイト・yomiDr.(ヨミドクター)に、以下の記事が掲載されたことをYahooニュースで知りました。この記事、結構反響があったようで、twitterでも言及されているのを見かけましたし、コメント欄にもたくさんのコメントがついているようです。良い記事だとは思うのですが、私たちの知っていることで一般には知られていないであろうことが明らかにあって、知っているのと知らないのとでは、記事から得る印象にも考えることにも違いが生じるだろうと思われました。しかし、そこのところを解説してくれる人はほとんど見つからないだろうとも思いましたので、このブログで解説を試みたいと思います。

yomidr.yomiuri.co.jp 詳しい内容は、ぜひ上記リンクから記事をお読みいただきたいと思うのですが、題名からわかるように、胎児に重大な形態異常が見つかって、人工妊娠中絶を選択された妊婦さんの苦悩を記事にしたものです。たいへん辛い思いをされた経験談で、胸が痛みますが、それを一所懸命支えた助産師さんの努力や思いも心に響きます。

 しかし、実際に同じようなケースを扱っている立場からは、いくつか気になる点がありました。記事の内容を追っていきたいと思います。

 まず、この方は40代の妊婦さんということです。妊婦さんの年齢が高いほど、胎児の染色体の問題は増えるので、海外の妊婦診療の現場ではそういう事実を伝えることは産科医の義務であると考えられているところが多いし、すべての妊婦に出生前検査に関する情報提供を行うことがガイドラインに記載されている国も多いです。しかし、日本では出生前検査に関する情報提供は積極的に行うべきでないと考えている医師も多く、情報提供がなされるか否かは医療機関の方針によって、あるいは医師によってもばらつきがあります。この方の場合、おそらくそういった情報提供がないままに妊娠17週まで経過していたのではないかと思われます。

 さて、妊娠17週の妊婦健診でいきなり胎児の脳の病気の疑いを指摘された時には、驚かれたことだろうと思います。1週間後に再診となったとの事ですが、これはおそらく、この17週の時に見えた頭の中の異常が、何か普通ではないとは認識できたものの、その時点でははっきりと説明できなかったのだと思われます。おそらく担当医も経験があまりなくて、いろいろと調べたり、他の医師に相談したりといった時間が必要だったのでしょう。全前脳胞症を超音波で診断した経験は、そうあるものではありません。もともと頻度の低い異常ですから、一度経験したら忘れないと思いますが、見たことがなければはじめてみても、自信を持って説明できるものではありません。

 17週という診断時期はどうでしょうか。実は、典型的な全前脳胞症は、私たちは12週13週の超音波検査で多数診断しています。複数例を集めて学会発表も行っています。しかし、この時期に診断できる施設は日本にはほとんどないでしょう。私たちが行っている主に若手医師を対象とした『FMC川瀧塾』では、この時期での見え方を提示してバーチャルな経験を積んでもらえるように講習を行なっていますが、普通に産婦人科の臨床研修を受けただけではこのような経験を積むことはできません。それでも、17週に異常を指摘されたことは、むしろ日本ではしっかり見てもらえている方だと感じます。日本の多くの産科診療の現場では、頭のサイズは測っても、内部の構造にまで注意を払っている医師は多くはありません。「いつも見ているのとは違うぞ」とか、「何かおかしいぞ」と気づくだけでも大事なことなのですが、それを期待できない現状があります。だから、17週でおかしさに気づいたこの担当医は、日本の中ではしっかりと胎児の頭の中をいつも見ようとしている姿勢を持った医師だと思います。

 残念だったのは、18週で全前脳胞症という診断をつけていながら、この病気についての説明があまり適切ではなかったことです。説明内容として、以下の記載があります。

この病気の原因ははっきりわかっておらず、精神・運動発達の遅れや成長障害などが表れる。特徴的な顔貌になる子もいて、障害の程度や命の長さには個人差もある。

  胎児が全前脳胞症の状態であると診断した時、私なら第一に染色体異常を考えます。もっとも関連性が強いのは、13トリソミーです。13トリソミーの場合、他の特徴・合併症もあるので、それらがないかをよく観察するとともに、染色体検査を行います。13トリソミーではない場合には、SHH遺伝子の変異を考えます。「原因ははっきりわかっていない」という説明は、明らかに間違いです。また、「障害の程度や命の長さには個人差もある」という表現は、かなり控えめな表現になっているように思います。脳は、例えばCTなどの画像診断で異常を発見できないような形態に問題が無いケースであっても、その機能の問題には様々なものがあります。よく知られている自閉症などは、形態的な違いで見分けることはできません。しかし、症状には様々な程度の違いがあります。このような場合には、「個人差もある」という説明があっていると思います。しかし、全前脳胞症はそうではありません。胎児の脳が形成されるごく初期の段階で、『前脳』が『終脳』と『間脳』に分かれ、『終脳』が左右の『大脳』に分離していく過程が障害されているのです。つまり大脳そのものの形成の異常なのですから、「個人差」という範囲を超えた明らかな障害が必発であること、生命予後もかなり悪く、子宮内胎児死亡に至るケースも多いこと、生まれてきうることができてもほとんどのケースは短命であることをはっきりと告げるべきだったと思います。どうしてそういう明確な説明ができないのでしょうか。オブラートに包んだ表現は、一見配慮のようでいて、実は誠実な態度ではないと私は感じます。厳しい現実をしっかりと伝えるということの責任を避けていると感じます。この後に続く説明、詳しい検査をして重症度を判断する(どのような検査でどの程度の判断が可能なのか?)という内容や、生まれてみなければわからないことも多いという説明は、全前脳胞症という病気の重さに比べて、変に期待を持たせる方向に偏った説明だと感じました。その上で、ご夫婦は中絶を決断されたわけですから、これらの曖昧な説明が中絶の罪悪感を大きくしてしまっている要因の一つになっていると言えるのではないでしょうか。

 その後、中絶の処置に移るのですが、ここで語られていることもとても残念に思うことが多いのです。何より辛いのは陣痛の描写です。

「赤ちゃんはもっと苦しいよね」「こんなこと(中絶)しているのだから、私に痛いって言う資格はないのに、言ってしまう」……と、涙を流しながらこらえていた。

 助産師さんは精一杯、励まし、共感し、言葉をかけ続けていて、こうやって寄り添ってくれる助産師さんの存在が、何よりも助けになると思います。だけどその前に、「何故陣痛に耐えなければならないのか」という疑問が湧きます。

 普通のお産でもそうなのですが、陣痛に耐えることが大事なことのように語られることが、今でも結構あるようです。それでも近年、日本でも無痛分娩は普及傾向になってきました。しかし、無痛分娩を積極的に行なっている施設でも、妊娠中期の中絶に際して無痛分娩の処置を行ってくれるところは少ないのが現状です。

 かわいそうと感じるのは、「痛いって言う資格はない」という発言です。これは、その前に語られている「赤ちゃんはもっと苦しい」という頭の中のイメージに導かれた発言だと思われます。でも本当にそうなのでしょうか。妊娠中絶を行うような時期の胎児は、まだ痛みを感じるほどには発達していません。正常に発達していたとしても脳はまだまだ未熟です。痛みを感じたり、何らかの感情を持ったりするようなことはありません。昔と違って、今は超音波検査で胎児が既に人間の形をしていることを、3D/4D画像で確認することも可能になっていますので、超音波で胎児が人間らしい形をして動いていると、もうまるで世の中で生活している人たちと同じようにみて、「何をしているんだろう」とまるで何か考えを持って動いているように感じてしまう人が多いようです。でも、私たちには胎児が外界で生きていけるようになるには、もっともっと発達しないと無理だということがわかっています。物事を考えたりできるのは、だいぶ経ってからだということもわかるし、痛みを感じたりするのも発達した後のことだとわかっています。医師は、そういうことを説明してあげなければならないと思います。胎児の病状については変にマイルドに伝えていながら、本当に苦しむ場面で助けになるような情報提供ができていない。妊婦さんの苦しみが全く想像できていないし、どうすれば少しでもそれが緩和できるだろうかという発想もないのではないかと感じます。

 そして、産科医にはそういった知識だけでなく、陣痛の痛みを緩和する技術・手段もあるはずです。私たちは、いろいろな事情で妊娠中絶を選択される妊婦さんも大勢見ています。そのような場合、可能な限り痛みや苦しみを緩和できるように、麻酔をうまく併用してくださる医師につなぐことも行なっています。数は少ないものの、そういう対応をしてくださるお医者さんは確実におられます。中絶に偏見を持たず、丁寧な対応をしてくださる医師がもっと増えていくことを望んでいます。

 今回の記事のようなケースでは、助産師さんの役割も大きく、そしてこの記事に出てきた助産師さんの対応は本当に誠意あふれるありがたいものだと感じます。しかし、医師の説明がもう少し的確であったなら、もう少しきめ細かい対応をしていただけていたなら、中絶の時とその後の心と体の痛みは、大きく違っていただはずだと思うのです。記事を読んでとても残念に思ったのはこの点です。このあたりについては、あまり言及されることがなく、知らない人にとっては想像もつかないことでしょう。

 中絶はとても辛いことで、そこには葛藤があること、『安易な中絶』などないことを、多くの人に知ってもらうことも大事だと思いますが、その辛さが必要以上であることは理不尽だし、ネガティブなイメージばかり大きくなることも避けるべきことだと思っています。