FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

国際セーフ・アボーション・デー2020 Japan

9月28日は、国際セーフ・アボーション・デー。

安全な中絶(セーフ・アボーション)を選ぶ権利が保障されることを求め、世界中の女性たちが統一行動を起こす日。ということで、1日早い27日日曜日に、オンラインイベントが開催されました。

長年にわたり、日本の中絶に関わる法律の問題と取り組んでこられた人たちも、今新たに海外との違いを目の当たりにして、切実な問題として実感しつつ活動を始めた若い世代も、複数の団体や個人が手を取り合って一つの大きなプロジェクトとして立ち上がった企画です。

 2020年のアクションとして、以下の3つが提示されました。

1. より多くの安全で確実な避妊の選択肢を求めます。

2. 世界標準の安全な中絶方法の普及を求めます。

3. 中絶を犯罪とする性差別的な刑法堕胎罪と、その関連法である母体保護法の根本的見直しを求めます。

 

 どういうこと?と思われる方も多いかもしれません。日本は世界の中でも中絶件数の多い国であるにもかかわらず、その方法は旧態依然たるもので、世界で推奨され、実際に行われている方法がほとんど採用されていなかったり、経口中絶薬が手に入りにくかったりといった状況があるのです。

 また、避妊についても、例えば低容量ピルの普及率が極めて低いなど、世界的に見て特殊な国となっています。これに関連して、そもそも性教育がきちんとできていないといった問題もあります。

 考えてみると、低容量ピルの認可が世界で驚かれるぐらい遅れていたことや、子宮頸がんワクチンの普及率がきわめて低いことなども、全て関連した問題です。長年にわたって続いた政権が、「女性活躍」というスローガンを掲げていましたが、女性の立場を守り、権利を保証し、女性自らの考えに基づいて行動できる環境が、全く整っていない状況がほとんど変化しないまま続いていて、スローガンが実質を伴ったものになりえていなかったと感じられます。 

 避妊、中絶をテーマに、女性たちのおかれている状況や、世界との格差など、たいへん参考になる話が続く企画で、もうしばらくYouTubeで視聴できると思いますので、ぜひ見聞きしていただきたいと思います。

 かくいう私自身も、このブログで中絶の問題については何度も取り上げてきましたし、母体保護法の見直しは、必ずやなんらかの形で実現しなければならないと考えてきましたが、現在のクリニックを開設する少し以前から、中絶で悩む多くの方々と向き合ってきたことで、より深く考えることができるようになったのであって、産婦人科医としての長いキャリアの中で、はじめの20年ほどはいろいろと疑問に思うことはあっても、この状況は良くないという自覚には乏しかったようにも思います。若い頃の私と同じように、問題点に気付いていない産婦人科医は多いし、一般の人たちと同じようにタブー視している医師も多いと感じます。産婦人科医の中には、中絶自体を「必要悪」と考えている人もいますし、なるべくなら関わりたくないと考えている人もそれなりの割合で存在すると思います。

 もともとこの国では、性のことなどおおらかに話すこと自体、忌み嫌われてきましたし、中絶は堂々と人に言えるようなものではなく、こそこそと隠れて済ませるようなことでしたので、議論自体も表に出ることが少ない、きちんと話題にできるメディアも限られている状況でした。その上、最近は「いのちの授業」などの名称のついた命の大事さを強調する教育内容も多く、その流れの中で、中絶についても「胎児の命を終わらせる『よくないこと』」といった扱いで語られることも教育現場ではよく行われている傾向にあるように思います。学校の先生にも、中絶についてそういう見方をする人が多く、私たちが診療の場で中絶の選択の話をするときにも、それはすごくよくないことというイメージを抱えている人が以前よりも多くなってきている印象があります。

 子どもの頃に形作られた価値観、それも日本のようにわりと均一な価値観の中で学校教育のような集団での学びの場で植え付けられた価値観を覆すこと、社会の中でほとんどの人が疑問に思わずにいることについて疑問を呈することは、そう簡単なことではありませんので、人工妊娠中絶について、女性が自ら選択できる権利として認められるようにすることは、そうたやすいことではないだろうと思っていました。しかし、今回のこの企画に参加して、今、しっかりとした考えをもって、行動できる若い世代が育ってきていることを実感しました。インターネットを通じて、世界の情報を迅速に手に入れることができることや、以前よりも若い世代の海外交流が盛んになってきていることが、これからのこの国を変えていく力になると感じられました。私たち産婦人科医も、旧来の価値観に縛られることなく、専門家の立場から変革できることを実践していかなければいけませんね。

 この国には、何か独自の考え方や価値観の浸透度が深く、人々の多様性に対応できないまま、一度決まったことがなかなか変えられない『仕組みの不味さ』があるように思います。いろいろな方面からの力を結集して、変えるべきことは変えられるようになれば良いと思っています。