FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

医師の中に遺伝学的検査の必要性の認識が甘い人や検査結果解釈能力の低い人がいる!?

染色体検査などの遺伝学的検査への消極的態度について考える記事を続けてきました。その裏にある心理や考えを探ってきたわけですが、それ以前に、どうもそういった検査の必要性の認識が甘い医師や、解釈のための知識レベル自体が低い医師がいるのではないかと思われるケースが時々あるので、取り上げてみたいと思います。

何度も流産を繰り返すケース

 何度も流産を繰り返し、出産に至らないような場合を「不育症」と呼びます。

参考:習慣流産・不育症グループ:習慣流産・不育症のみなさんへ|名古屋市立大学大学院医学研究科産科婦人科(名市大 産婦人科)教授 杉浦真弓

最近では不妊治療で受精卵の移植を行っても着床がうまくいかない(妊娠反応が出るところまで行っても、その後育たないので超音波で胎嚢が確認できるところまで行きつかない)ような場合の「化学流産」を繰り返すケースまで含めて、いろいろな検査や治療を行う医療機関が増えてきました。最近の『流行り』は、血液凝固系の検査や血液凝固に関わる自己抗体を調べて、抗凝固・抗血小板療法(服薬や自己注射)を行うもので、クリニックによっては、片っ端から(流産を繰り返しているわけではないケースや普通に出産歴のある人まで!)調べて、少しでもなにかひっかかったら投薬するというようなことを行なっているところもあります(*1過去記事参照)。

 流産を繰り返すケースの中には、染色体の問題が隠れているケースがあります。よくあるトリソミーなどとは違って、親の染色体に特別な状況があることが関係して、受精卵の染色体に問題が生じる場合です。染色体の『転座』のケースがこれにあたります。

 カップルのどちらかが、染色体の均衡型転座を持つ場合、生殖細胞の形成の過程で起こる減数分裂の際に問題が生じることがあり、受精卵では不均衡型の転座となってしまった結果、胎児に異常が生じたり、流産してしまうことにつながります。だから、流産を何度も繰り返す人がいると、私たちは染色体の転座の状況を思い浮かべ、できれば流産したときの流産物を用いて、それが難しいならカップルの染色体検査を行うことが必要と考えます。

 そもそも何度も流産を繰り返すような場合には、その原因検索の一環としていろいろと調べる中に、必ず染色体検査も含まれていたものでした。ところが最近では、やたらと血液凝固に関係する検査ばかり(場合によっては治療も)ひたすら行われていて、それでいて染色体検査を行っていないようなケースも見られます。

 以前に来院された方(Aさんとします)もこのような状況でした。よくよく話を聞いてみるとAさんのお母様も複数回の流産を経験されていました。(染色体転座をお持ちの場合、運よく不均衡のない受精卵ができ、子宝に恵まれる場合があります。この場合、生まれてきたお子さんは、染色体が正常か親から均衡型転座を引き継いでいるかのどちらかです。)例によって、血液凝固に関係した検査や治療を続けておられながら、不妊治療も不成功が多く、妊娠が成立しても流産してしまうという状況でした。

 当院で、念のため染色体も調べておきましょうということで血液検査で染色体を調べたところ、ご本人に均衡型相互転座があることが判明しました。おそらく、お母様から引きついできたものと考えられました。

 カップルのどちらかに転座などの染色体構造異常がある場合は、日本産科婦人科学会が実施している着床前診断(PGT-A)の臨床研究における実施対象者になります。

参考:着床前診断(PGT-A)-浅田レディースクリニック

Aさんも無事に、この技術を用いて染色体異数性のない受精卵を用いての妊娠が可能になり、現在妊娠継続中です。

実は解決していたはずの心配事

 同じく、相互転座のケースです。Bさんとします。

 Bさんは、すでに染色体の均衡型転座をお持ちだということが判明しており、着床前診断の技術を用いて妊娠が成立していました。しかし、ご本人のごきょうだいに自閉症があるということで、ご自身のお子さんにも同様の症状が出ないかを心配しておられ、当院でこれに関係した検査が可能なら受けたいと相談してこられました。よくよく話を聞いてみると、このごきょうだいは、とあるクリニックで染色体検査を受けたことがあるが、その時にある1本の染色体の頭に余計な長い部分があって、その部分についてはどこからきたものかよくわからないが、これが自閉症の症状と関係あるのかもしれないと言われていたようでした。

 このお話を聞いて、私たちは「?」と少し引っかかりを感じました。その染色体検査結果、Bさんのものと比較検討したのか?そもそもBさんの染色体に転座があるということは、それはBさんのご両親のいずれかから引き継がれている可能性を考えることにつながります。もし両親のどちらかが同じ均衡型転座をお持ちなら、Bさんのご兄弟では、不均衡型転座の形になっている可能性があります。そのよくわからない部分は、ごきょうだい二人の染色体検査結果を比べれば、答が出せるのではないかと思ったのです。そうなると、自閉症という診断も正しいのか、別の種類の知的障害ではないのかという可能性も考えられます。そこで、ごきょうだいの検査結果を取り寄せてもらうことにしました。

 取り寄せていただいた結果を確認したところ、案の定、この「余計な長い部分」は、Bさんの染色体にも同じものがある、別の番号の染色体の一部分が転座してきたものであり、その部分がトリソミーになっている(しかし、Bさんの場合は均衡型で伝わっているため、その別の染色体2本のうち1本ではその一部分が欠けていて、過不足がない)ことがわかりました。

 このようなことは、このごきょうだいの染色体検査を行なった医療機関の医師が、検査結果をもとにきちんと調べていけば、すでに簡単に判明していたはずのことでした。何をどう知ろうとしてこの医師のところで染色体検査を受けたのかはわかりませんが、染色体や遺伝のことについてあまり詳しい知識を持たない医師が、単純に検査を扱っていたことが判明したわけです。

 自閉症という診断も、なにか安易につけられていた印象でした。このごきょうだいの症状は、染色体の部分トリソミーに起因するもので、もちろん自閉症的部分もあるのだとは思いますが、原因が明確になれば、付随する症状や自閉症のタイプなどより明確になるとともに、起こりうる身体症状なども考慮に入れることができ、症状に対するより良い対処が可能になるでしょう。また、Bさんがそのごきょうだいの症状の原因を知ることで、ご自身の妊娠において心配すべき点と心配しなくても良い点とがよりはっきりします。今回は、着床前診断を経ての妊娠であり、胎児の染色体には数的異常はないことがわかっていますので、ごきょうだいと同じ症状の心配はしなくて良いことがわかったということになりました。

遺伝性疾患の方のきょうだいに、遺伝の説明が行き届いていない

 もう一例は、全く別の遺伝性疾患の話です。Cさんは、ごく普通に出生前検査の相談で当院に来られました。問診で通常通りに家族歴を伺ったところ、ごきょうだいに血友病Bの方がおられるということがわかりました。ところが、この病気に関して、Cさんは遺伝の話は聞いたことがないというのです。

 血友病はX連鎖劣性遺伝という形式で伝わる遺伝性疾患です。この病気に関係する遺伝子がX染色体上にあるのです。ご兄弟に血友病の方がおられる場合、父親が血友病でなければ、母親が保因者(二本あるX染色体の一本に血友病の原因となる遺伝子の問題を抱えているが、症状はほとんどない)です(一部突然変異のケースを除く)。男性ではX染色体が一本しかありませんので、遺伝子に問題があると必ず発症しますが、女性の場合、X染色体が二本ありますので、片方の遺伝子に問題があっても、発症には至らないのです。つまり、Cさんのご兄弟に血友病の方がおられるなら、Cさんのお父様も血友病ならCさんは確実に保因者ですし、お父様が血友病でなければお母様が保因者である可能性が高く、その場合Cさんご自身は1/2の確率で保因者である可能性があることになります。

 血友病の保因者の方の妊娠出産には、注意が必要です。まず、妊婦さんご自身が、普段症状はなくても少し血液が固まりにくい傾向を持っている可能性があります。お産では時に大量の出血が起きます。帝王切開といった手術が必要になるケースもあります。血液が固まりにくいということは大きな問題になるのです。

 お産の時には出血が起こることは確実なので、通常、妊娠末期になると妊婦さんの体の中で血液凝固機能が高まっていきます。血液中の「凝固因子」と言われるものが増加していくのです。血友病の保因者の妊婦さんでも、血友病Aの場合は保因者ではない一般的な妊婦さんと同様に、凝固因子が増えていくのですが、血友病Bの保因者の場合にはこれが起こらない(凝固因子が増加しない)ことが知られているので、より注意が必要です。妊婦さんが血友病の保因者であることがわかっていれば、出産を前にして、凝固因子活性の検査を行なって体の状況を知り、必要に応じた対策を練ることが大事になります。凝固因子活性が低いようなら、予防的に凝固因子製剤の投与も考慮されます。

 生まれてくる赤ちゃんにも注意が必要です。赤ちゃんが男の子なら、1/2の確率で血友病です。産道は赤ちゃんの頭がギリギリ通る狭さなので、お産の時、赤ちゃんの頭には強い圧力がかかります。それほど強い圧力なくスルスルと生まれて来れれば良いのですが、難産になった場合など、赤ちゃんの頭の中で頭蓋内出血が起こる心配が高まります。特に、吸引分娩や鉗子分娩といった手技ではその危険性は高まりますので、赤ちゃんに血友病の可能性があるならば絶対に避けなければなりません。そういう方法でお産する可能性が高いことが予想されるような、お産の進行状況が悪い場合など、早めに帝王切開に切り替える判断が必要になります。分娩も、小さな産院ではなく、血液製剤の入手が確実で、新生児管理も可能な周産期センターなどの病院を選択された方が良いと考えられます。

 このように、妊婦さん自身が病気ではなくても、ごきょうだいの病気が遺伝性のものであることから、妊婦さん自身や胎児や赤ちゃんがその遺伝の影響を受ける可能性についてよく考えなければならないことは、常に頭に入れておかなければならないと思います。普通は、血友病のお子さんがおられる場合には、ご両親もいろいろと心配され、医師からの説明も受けておられるだろうし、ごきょうだいにも情報提供されていることが多いだろうと想像されるので、この方になぜそのような情報が伝わっていなかったのかはわかりませんが、担当のお医者さんがもっと丁寧に血友病のご本人やご両親に、その遺伝についての情報提供やごきょうだいにも情報提供が必要であることなど説明していただいていれば、妊娠してからビックリということにはならないで済んだのではないかと考えてしまいました。

この国において、染色体や遺伝子の検査があまり普及していなかったり、医師があまり積極的でなかったりする原因には、医師の知識や経験が不足していることもあるのですが、その背景には検査を手軽に行うことができないという問題が存在しています。それは、検査を扱う会社が国内になく、大学の研究室などで研究費を用いて細々とやっているために、提出先が限られてしまうことや、海外に提出するとコストがかかり、検査料金が高いこと、この種の検査には保険が適用されないことが多いことなど、さまざまな障壁が存在するからです。検査を適切に行なっていくためには、その受け皿の整備も必要なのです。

*1 不育症関連の過去記事

不育症患者が増えている!? - FMC東京 院長室

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