FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

出生前検査に係る検査実施体制の厚労省案。周産期医療機関がその担い手であるべきなのか?

以前から引っかかっていたことなのですが、出生前検査の担い手を考える場合に、何かというと一施設に多職種が揃っているというイメージで、周産期医療施設が適切という考えが出てきます。本当にそうなのでしょうか?

 周産期センターのような総合的施設なら、妊娠出産から出生後の管理まで全てが揃っているというイメージ、普通はそう考えるのだろうなとは思います。でも、私たちから見ると必ずしもそうではないのです。

周産期とはいつのことか

 そもそも、『周産期』という言葉、どういう意味がご存知でしょうか。

周産期医療とは 東京都福祉保健局

ここにも書かれているように、

「周産期」とは、妊娠22週から出生後7日未満までの期間をいい、合併症妊娠や分娩時の新生児仮死など、母体・胎児や新生児の生命に関わる事態が発生する可能性が高くなる期間です。
周産期を含めた前後の期間における医療は、突発的な緊急事態に備えて産科・小児科双方からの一貫した総合的な体制が必要であることから、特に「周産期医療」と表現されています。

ということで、単純にいうと赤ちゃんの出生前後の期間のことです。

「周産期医療」といった場合には、その前後の期間も含めていると書かれていますが、まあ言ってみればそれはあたりまえで、例えば新生児の診療が7日未満で終わることはあまりないでしょう。

 さて、それでは出生前検査の担い手として、周産期医療の総本山である周産期母子医療センターが適切な施設なのでしょうか。

 単純に考えればそう思えるかもしれませんし、そうあるべきなのだとも思います。周産期医療、母子医療とともに、出生前検査・診断についても中心的役割を担うことができれば、妊娠・出産、胎児・新生児、そして小児医療へとつづく一つの流れがしっかりしたものになるでしょう。しかし、現実にはどうか。それだけ強力で強大な施設が構築できているでしょうか。

 私は以前、周産期センターに勤務していました。全国的に周産期センターの整備が急務となり、1997年に総合周産期センターと地域周産期センターが指定され、東京都周産期医療協議会が結成されて都内の周産期医療のネットワークづくりが開始された、現在に至る周産期医療体制の黎明期を知る人間の1人です。協議会にも委員として参加していました。この体制づくりがなぜ必要だったのか、何が重要視されているのか、よく知っています。

周産期センターの主要業務とは

 周産期医療とはつまり、早産児・未熟児、低出生体重児をいかに助けるかということが中心です。当時、未熟児・低体重児の医療は急激な進歩を遂げ、それまでは救うことのできなかったケースや、何らかの後遺症を残さざるを得なかったお子さんたちが、より良い状態で育つことができるようになりました。しかし、そういった子どもたちを、どこでも同じように救うことができるわけではありません。予想外に早く生まれてきてしまった赤ちゃんを、適切な医療ができる施設まで運ぶことが必ずできる保証はありませんでした。ある地域では、新生児医療の受け入れ先が見つからず、未熟児がのせられている救急車が右往左往した挙げ句、救うことができなかったケースが問題になったりしました。少ない人数の医師でがんばっている小規模分娩施設の数が多いという、日本の分娩事情もあって、未熟児・低体重児を救うための体制づくりが最重要課題だったのです。つまり、周産期センターの最大の役割は、早産未熟児をいかに良い状態で産み、いかに素早くより良い新生児管理につなげるかという業務なのです。

 周産期医療に従事している医療者なら皆同じ感覚を共有していることと思いますが、このような早産未熟児が産まれてくるお産というものは、一刻を争う緊張の連続です。ときには母体の状態も悪化している場合があり、母体を扱うチームと新生児を扱うチームの双方が、2つの命と向き合いつつ、仕事をこなします。そのようなケースが、突然救急搬送されてくる現場なのです。もちろん、そんなお産ばかりではないし、四六時中そういう現場にふりまわされているわけではありません(もしそうだとしたら心身がもちません)が、集中的な管理を必要とするようなケースは想像以上に多く、どの施設もキャパシティに余裕があるわけではありません。医師も看護スタッフもそのほかのチームスタッフも、タイトなスケジュールで働いているのです。

 このような現場である周産期医療施設の整備が急務となり、体制が整えられるようになった時期と、出生前検査が積極的に行なうべきものではないとされていた時期とは、ちょうど一致しています。また、ちょうどこの頃、全医師数が年々増加する中で、産婦人科医師数は年々減少傾向になるという現象が起きていました。周産期医療を維持するために、各医局に必要とされたことは、なによりもまず妊娠22週前後からお産までの管理をおこなうための人材確保でした。

産婦人科医にもいろいろある

 多くの方はご存じないと思いますが、一口に産婦人科医といっても、その専門分野は多岐にわたります。たとえば婦人科癌の治療を専門にしている人、不妊治療を専門にしている人、更年期や女性総合医療、内視鏡手術、それぞれの専門分野を持つ医師がいます。これらの医師たちは、「産婦人科医」を名のる以上、普通にお産を取り扱うことができます。ある程度の経験を積んで、専門分野が分かれていても、研修を始めたころには全員がお産を取り扱っているし、お産のある当直の経験があります。そもそも産婦人科医は夜間当直で働かなければならない場面が多く、ハードな上に、人材は豊富ではありませんので、普段は産科部門が専門ではない人でも、夜間のお産の当直などに従事する必要があります。周産期センターとて例外ではありません。本来は産科が専門でない医師も、産婦人科医として使える大事な人員です。

 産科が専門の医師でも、必ずしも出生前検査・診断が得意なわけではありません。なにしろ国として、出生前検査は積極的に扱うべきではないとしているのに、これを主要業務として一所懸命にやろうという人は少数派です。妊娠合併症やお産の管理のほうが、より大事な業務なのです。つまり、周産期センターで、じっくりと出生前診断の部分に力を入れる余裕はあまりないのが現状なのです。

 実は新生児の管理も、すべてができる施設が整っているわけではないのです。私が以前勤務していた順天堂大学医学部附属順天堂医院は、地域周産期センターです。総合周産期センターになっていなかった理由は、新生児集中治療室のベッド数が多くなかったことでした。もともとここの小児科は新生児医療を主要業務としているところではなく、新生児医療については附属静岡病院が力を入れていたので、そちらで研修する形になっていました。一方で小児外科は、優秀な人材を多数輩出し充実したスタッフを揃えている、日本一の診療科ですので、東京のみならず日本全国から外科的治療を必要とする胎児・新生児のケースが紹介されてきました。このような事情から、東京の総合周産期センターは、なにしろ未熟児への対応を目一杯やる、しかし外科的治療を要すると思われるケースは順天堂に送るという形ができていました。このような事情から、わたしたち産科のチームは、外科的治療を要すると考えられる先天性疾患の胎児診断をかなりやりました。ただ、順天堂は先天性心疾患に対する小児心臓外科のチームは強力ではありませんでしたので、心臓病の場合はまた別の施設という棲み分けになっていました。このように、総合周産期センターだからすべてやれるというわけではまったくないのです。

一施設に全てを揃えることは、実はそう容易でもない 

 米国のやり方を見ていると、小児医療センターに産科を新設する形が、周産期センターとしては理想的なのかもしれないと感じられます。日本でも、国立成育医療研究センターを皮切りに、各地域にそういう施設が増えてきました。総合病院と小児病院とを隣接させて、セットで周産期センターの機能をもたせるという形にしているところもあります。ただ、この場合にも問題点はあって、総合病院の産婦人科は、かならずしも産科が専門ではないというケースがあります。小児病院と組み合わせて周産期医療の充実が期待されているのに、産婦人科医は婦人科がん治療に力を入れているという病院があるようなのは、少し残念な感じがします(これには病院としての方針決定や、行政の問題も関係しているのですが)。

 その点、やはりパイオニア的な存在と言える国立成育医療研究センターは、小児医療センターに産科を新設する形で成功しているといえるでしょう。しかしここも、お産や妊婦管理を扱う産科と、出生前検査・診断を取り扱う胎児診療科とは、それぞれ別の独立した診療科となっています。この規模の専門施設だからこそ、こういった体制を作ることが可能なのです。お産に関連した業務も行いながら、胎児の問題にも対応するためには、それなりの規模と人員配置が必要であることがおわかりいただけるかと思います。周産期医療センターで日夜お産の現場で奮闘している医師の中から出生前遺伝カウンセリングを担当する人員を出すことは、担当する医師自身にとっても、それ以外の医師たちにとっても、負担が大きいことになるのです。

 だから、なんとなく、周産期医療を扱っているところなら専門家が揃っていて、出生前検査・診断を扱うのに最も適した施設だと考えるのは、必ずしも正しいわけではないのです。むしろ、役割分担として、周産期センターで主に力を入れる部分と、そこではあまり力を注ぐことのできない業務とを選り分けて、力を注ぐことのできない業務を請け負う適切な施設があれば、その施設とうまく連携する体制を構築するほうが、現実的です。

 専門家が全員、センターに集結しているわけではないのです。遺伝カウンセリングを担う人員(医師も、認定遺伝カウンセラーも)が、センターにしっかりと配置されているかというと、必ずしもそうではない現状があります。

地域性の違いを考慮に入れて

 ただ、上記のような事情は、妊婦さんがお住いの地域によっても違いがあると思います。東京など、ある程度人口が多く、医療機関も複数あり、各分野の専門家が散らばっているような場所では、これまで記載してきた状況が当てはまっていると思いますが、地方によっては、ある程度の専門性を必要とするようなケースが一つの大規模病院に皆集まるような、大病院といえばそこしかないというようなところもあるでしょう。今後の出生前検査・診断の体制を構築していく上では、地域性も考慮に入れて、組み立てていかなければならないと思います。

  厚生労働省が、NIPTや出生前検査の実施体制を構築するにあたって、周産期センターを利用したいことはよくわかります。なぜなら、合併症があるなどハイリスクの妊娠を受け入れる施設として、各地方に整備されていて、ネットワークの仕組みが利用しやすいからです。単純に考えると、地方では周産期センターに機能を集めることが現実的でしょう。しかし、前述したように、周産期センターだからといって、遺伝学的検査に詳しい人材が必ずしもいるとは限らないし、遺伝カウンセラーが必ず配備されているわけでもありません。実は、出生前検査に精通している医師は他の施設に所属していて、周産期センターよりも頼りになる場合もあります。ここを上手に使い分けることが可能となる連携体制を構築するほうが、より良い形になると考えます。だから、検査のデータを集積して、有効性や問題点について検証したり、実施の実態を把握するような機能は周産期センター等の基幹施設として想定されているところが果たし、検査そのものの扱いや、検査後の対応については、どの施設ではどこまで可能かという点について、連携施設という形で一律に制限してしまうのではなく、地域ごとの基幹施設の裁量で決定し、委ねられる部分は委ねるという柔軟性をもたせることが、現実的かつ理想的なのではないかと考えます。

 伝え聞くところによると、今月末には何らかの結論的なものが出るのではないかとのことです。これまでの議論の流れからは、少なくとも日本産科婦人科学会が出した新指針案よりは良い形になるであろうと期待はしていますが、日産婦の考え方のうちの、私が疑問視している部分が、どの程度専門家の意見として尊重されてしまうのかが気になっています。