FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

クアトロテストは、はっきり言って微妙な検査です。

どうも最近、クアトロテストを受ける人が増えているんじゃないかと思っていたのですが、やはりそのようなのです。で、なぜそうなっているのかについて考えてみますと、以下のような理由が考えられます。

・NIPTが行われるようになって、これがニュースになったことにより、年齢の高い妊婦さんを中心に、胎児染色体異常に関する検査への関心が高まったが、日本ではNIPTの実施はかなり限定されているため、以下のようなことにつながった。

1. NIPT実施施設が限定されているため、なかなかアクセスできない妊婦さんたちがいる。施設によっては医師から直接連絡して予約を取るなどの対応を要求されることもあるが、相談を受けたかかりつけ医も忙しい診療時間内にそのような時間を割くことができない。この結果、かかりつけ医は「うちではNIPTはできないが、代わりにこの検査ならできる。」と、クアトロテストを提示する。

2. 医療機関によっては、関心の高まりを利用して、NIPTよりも安価で可能な検査として妊婦さんに紹介して、収益につなげようという考えのところもあると思われる。

3. NIPTの対象にならない35歳未満の妊婦さんでも、やはり心配で検査を受けたいという希望があれば、代替策としてクアトロテストが選択肢になる。

・また、以下のようなケースもあります。

4. 超音波検査でNTが厚いと考えられた際に、この検査を提示する医師が少なからず存在する。(このことの問題点は以前指摘しました↓)

産科医療の現場でなぜかよく流布している間違った情報 - FMC東京 院長室

 

それどころか、最近ちょっと違ったケースが存在することがわかりました。なんと、NIPTと比較して陰性的中率に遜色がないと聞いたので、わざわざ別の医療機関に予約して遺伝カウンセリングを受けて検査を受ける手間よりも、普段かかっている施設で比較的安価に受けられるクアトロテストを選択した。というのです。

まさか、このような説明がなされているとは思わなかったのですが、どうもこの陰性的中率についての話を持ち出して、遜色がないというお医者さんはそれなりの数おられるようなのです。

こういう話、ややこしいのですが、陰性と判断された時の安心感は変わらないと言われると、じゃあそれでいいかと思ってしまうのは仕方がないことだと思います。でも本当にそれで遜色のない検査と言えるのでしょうか。この話には注意が必要です。

では実際の陰性的中率というものは、どのくらいなのでしょうか。

クアトロテストを提供しているラボコープジャパン社のサイト内の情報(

クアトロテスト™(母体血清マーカー検査) - 患者向け情報 | Lab Corp Japan

によると、スクリーニング陰性と判定された17349例の中で、実際にはダウン症候群であった例は6例とされていますので、陰性的中率は99.965%となり、陰性と出ればたいへん安心感の強い検査であるというのも尤もです(ちなみにNIPTでは99.99%)。しかしここで注意が必要なのは、検出率は必ずしも高くはないということです。同じ資料のデータによると、この調査の期間中にこの検査後に生まれたダウン症候群の赤ちゃんは45人いて、そのうち6人はスクリーニング陰性ですので、検出率は、39/45 = 87%ということになります。逆の言い方をすれば、ダウン症候群の赤ちゃんの13%は見落とされる検査であるとも言えるのです。

なぜこのような数字になるのでしょうか。

これはそもそも、対象となるダウン症候群そのものの頻度が高くないからです。大まかにいうと、40歳の妊婦さんでもダウン症候群のお子さんが生まれてくる可能性は、100人に1人です(つまり99%は違う)。29歳の妊婦さんであれば、約1000人に1人です(つまり99.9%は違う)。そもそも最初からそれだけ頻度の低いものを対象としているのですから、検査の陰性的中率は高くて当たり前なのです。

しかし、陰性的中率は100%にはなりません。なぜならこの検査で陰性的中率を100%にしようとするなら、カットオフ値(この数値以上は陽性と扱う値)を下げなければなりません。そうすると、偽陽性がとんでもなく増えてしまいます。血清マーカーという間接的な方法では、そのくらい見つけにくいケースがあるということです。従って、この数値ならば絶対にないと言い切ることが難しいのです。

実際に現在のカットオフ値の設定で、どのくらい偽陽性の人が出てくるのかというと、先ほどの資料によると、偽陽性率(実際にはダウン症候群ではないにも関わらず陽性と判定される率)は19067例中1724例(9%)と高く(NIPTでは0.1%未満、当院のFMFコンバインド・プラスでは約2.5%です)、陽性的中率は2.2%です。ある意味、陽性と言われてもまだそれほど心配しなくてもいいかもしれないということにもなります。

陽性的中率が低いということは、「陽性」と判定されて羊水検査を受けることを検討しなければならないケースが、実際にダウン症候群が存在する数よりもかなり多いということを意味しています。見落としを少なくするためにはそれがどうしても必要になるわけです。ちなみに先ほどの資料では、検査を受けた方のうちの9.2%が、検査で「陽性」と判定されていました。ちなみにクアトロテストは、年齢の要素が検査判定に含まれますので、妊婦さんの年齢が高いほど「陽性」と判断する可能性が高くなります。例えば40歳以上の妊婦さんでは約4割の人が「陽性」になります。まあ海外ではこういった検査を行う前には40歳ならば全員羊水検査の対象になっていた(つまり年齢だけでスクリーニングするなら40歳という時点で全員がスクリーニング「陽性」)ことを考えると、約6割の人が羊水検査免除になるという意義があったわけです。

ちなみにNIPTの陽性的中率は、妊娠12週において35歳で8割、40歳では94%、30歳では61%と計算されています。35歳未満の場合陽性的中率が高いとは言えないので、「陽性」判定が出た時に混乱が生じることが問題になるといわれて、検査対象年齢を35歳以上としているのですが、一方でかなり陽性的中率が低いクアトロテストが普通に行われていることを考えると、この規制にどの程度の意味があるのかと考えてしまいます。

もともと海外から入ってきたスクリーニング検査という考え方にあてはめるならば、検査感度(検出率)が高いほど良いスクリーニング検査ということになります。何しろ見落としが少ないほど良いわけです。スクリーニングの対象となる疾患の頻度が少なければ少ないほど、検査感度を高めて偽陰性を減らすためには、偽陽性がある程度増えることは仕方がないということになります。何よりも見落としを減らすことに主眼が置かれます。しかし、そのために偽陽性が増えすぎても困るので、カットオフをどこに置くかを検討しなければならず、結局は検査の精度が低いと陰性的中率が低いように見えても、偽陰性はそれなりにいることになります(クアトロテストの場合13%)。あるスクリーニング検査が、どれだけ優れた検査なのかという判断は、やはり検出率によって判断されるべきで、陰性的中率の数字だけで「遜色がない」と判断することは、正しくない考え方と言えるでしょう。

世界中にNIPTが普及してきた今、クアトロテストははっきり言って過去の検査であり、存在意義の低い検査といっても差し支えないのではないかと思います。当院でもクアトロテストを請け負っていますが、あくまでも妊娠初期の段階での検査の時期を逸して、しかし心配なのでなんらかの形で少しでも安心を手に入れたいという方のみに限定される検査という位置付けです。

今後検査を検討している方で、もしNIPTとクアトロテストを比較して、陰性的中率に遜色がないなら、より費用の安価なクアトロテストを選択しようとお考えになる場合には、クアトロテストでは微妙な結果が出て羊水検査を検討しなければならなくなる可能性が高いことをよく理解しておかれることが大事だと思います。