FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

妊娠と新型コロナワクチン:妊婦さんへの接種が推奨されるようになりました。

いろいろとやらねばならないことを抱えていて、しばらくブログの更新が滞っていましたので、久しぶりの記事です。テーマも久しぶりの新型コロナ関連です。

 世界からかなり遅れをとってしまいましたが、ようやく日本でもワクチン接種が進みつつある状況になってきました。一日も早く多くの国民に実施されることを願っています。

 そんな中、問題となるのはやはり、妊婦さんへの接種が安全なのかどうかという心配だと思います。今妊娠している人やこれから妊娠を考えている人が、より安全に妊娠・出産することができるためには、ワクチンを接種した方が良いのか、しない方が良いのか、さまざまな情報が飛び交っていて、混乱しておられる方もおられるかもしれません。そこで、より信頼性の高い情報をまとめておきたいと思います。

 

 英国では全妊婦が接種対象に

 先週末、英国では、ワクチンと免疫のための合同委員会(JCVI)が、全ての妊婦を新型コロナワクチン接種計画の対象に加えることを発表しました。これは、王立産婦人科医会(RCOG)が妊娠女性への新型コロナウイルス感染の影響についてのエビデンスをJCVIに報告し、ワクチン接種の優先グループへの接種スケジュールに沿って行うことを推奨したことにより、決定されました。これまでは、妊婦への接種は、高リスク群(医療従事者、社会福祉従事者、基礎疾患のある人)に限られていました。この決定によって英国では、全ての妊婦が、その利益とリスクに基づいた自己決定により接種を選択することができます。

 妊婦を対象としたワクチンの安全性を調査するための臨床試験は、実は始まったばかりなのですが、もうすでに米国では実際に9万人ほどの妊婦がワクチン(Pfizer-BioNTechまたはModernaのmRNAワクチン)接種を受けており、安全性に関する懸念がないことを示す強力なデータが得られていることが、この決定の背景にあります。JCVIは、もし入手が可能なら、Pfizer-BioNTechまたはModernaのmRNAワクチンを英国の妊婦に提供することが望ましいと述べています。

Vaccine choice for pregnant women welcomed by maternity Royal Colleges

 

 米国からは、実地データの報告が 

 米国からは、実際の接種後調査に基づいた報告が、世界的に権威の高い医学誌である、New England Journal of Medicineについ先日(4月21日)発表されました。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2104983?query=featured_home

これは、CDC(疾病管理および予防センター)が展開している、v-safeというシステムと、これから得られた妊娠レジストリ、それにVAERS(ワクチン副反応報告システム)に集められたデータを加えて、まとめたものです。VAERSは、CDCとFDA(食品医薬品局:日本の厚生労働省のような業務を行う政府機関)の協力を得て運営されています。

 v-safeというのは、ワクチン接種後にスマートフォンから登録し、テキストメッセージとウェブ調査により接種後有害事象を報告するもので、これによって妊娠の確認も行われ妊婦のフォローアップが可能となります。重要な健康被害が報告された場合には、電話で確認し、必要があればVAERSに報告されます。v-safe妊娠レジストリは、ワクチン接種時または接種前後30日の間に妊娠中の者とされ、登録者は3か月に1回連絡を受け、さらに出産時および出生児が3か月に達した際に連絡を受けて、調査に協力します。

 論文で示された内容の大筋を示します。

・v-safeに登録した者のうち35,691人の妊娠が確認された。

・妊娠していない人と比べると、妊婦では、注射部位の痛みの報告は多く、頭痛、筋肉痛、悪寒、発熱の報告はより少なかった。

・3,958人のv-safe妊娠レジストリ登録者のうち、827人が妊娠を終了しており、そのうち712人(86.1%)が出産、115人(13.9%)は流産していた。

・早産9.4%、低出生体重児3.2%、新生児死亡はなかった。

・これらの数値(頻度)は、新型コロナウイルス流行以前に調査した際のデータと、かわりがなかった。

・VAERSに報告された妊婦における有害事象221件(うち妊娠に関連しない有害事象155件(70.1%)、妊娠または新生児関連有害事象66件(29.9%))中、最も多かったものは、自然流産(46件)であった(この数も、既知の自然発生率の範囲内)。胎児奇形の報告はなかった。

 この報告は、Preliminary findingsと題されていて、まだ準備段階というか、完全な調査の前段階といったところなのですが、少なくともこれまで続けられてきた接種において、特に心配すべき問題は出てきていないと結論づけられています。ただし、ワクチン接種後の妊娠、妊婦および出生児についての情報提供のためには、より数多くの件数で、かつより長い期間のフォローアップに基づいた、調査結果が必要だとしています。

 この報告を受けて、米国CDC代表のDr. Walenskyは、23日金曜日に「妊婦さんには、新型コロナウイルスワクチン接種を受けることを推奨する。」と発表しました。

 

日本の人たちが頼るべき情報は?

 日本の妊婦さんたちにも、ワクチン接種の機会が近々(であることを望みます)訪れることと思います。しかし日本では、ワクチンに関連して必ずしも正しい情報が広く伝わらず、危険性を煽る情報が広められていたり、目につきやすくなっていたりすることがあります。上記のような海外からの情報も、多くの専門家が頑張って広めようと努力しているものの、まだまだ十分ではないかもしれません。

 できることなら、出どころが明らかでないような、ただ不安を煽るような報道や情報拡散に惑わされず、専門家のグループや専門機関が定期的に更新している情報をフォローするように心がけていただけると良いと思います。おすすめの情報ソースを以下に並べておきます。

 

 日本産婦人科感染症学会では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、妊娠中ならびに妊娠を希望される方へ、という文書を公開するとともに、新しい情報に基づいて随時更新しています。

http://jsidog.kenkyuukai.jp/information/index.asp?

 

 感染症や公衆衛生の専門家である有志が立ち上げたプロジェクト「こびナビ」では、最新の情報をわかりやすく提供してくれています。ぜひ訪れてもらいたいサイトです。

covnavi.jp

追記 一つ記載し忘れていたことがあることに気づきましたので、追記します。

授乳についてです。

 米国ボストンのハーバード大学、ブリガム&ウイメンズ病院、マサチューセッツ総合病院のグループによるスタディがあります。American Journal of Obstetrics & Gynecologyに掲載されています。

https://www.ajog.org/article/S0002-9378(21)00187-3/fulltext

 この論文では、大規模調査により、妊娠中の女性と妊娠していない人との間で、新型コロナワクチンによる効果に変わりがないことを示すとともに、妊婦にこのワクチン接種を行った場合に、胎盤を介して、また母乳を介して抗体が移行し、胎児あるいは新生児にも免疫効果が期待されることを示しています。

 妊婦本人のみならず、赤ちゃんにも効果が出ることが期待されるという点で、妊婦さんに積極的に接種を推奨することを後押しするデータと言えるのではないでしょうか。