FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

お腹の赤ちゃんの大きさについて、心配している妊婦さん。それは普通なんですけど。医師の説明が悪いんです。

以前から気になっているのですが、当院に検査(特に中期以降の超音波検査)目的で来院された方に、「普段の妊婦健診で指摘されて気になっていることはありませんか?」と伺うと、けっこうな頻度で「頭が大きいと言われた」など胎児の大きさについての指摘を受けておられるケースがあります。

「8日ほど大きいと言われ、まあこのくらいなら心配することないとは言われたものの、何か異常があるのではないかと心配です。」「水頭症とかないでしょうか?」

などという話をよく聞きます。頭が大きいと言われると心配になって、ネットで調べた結果、水頭症などというキーワードまでたどり着いてしまっています。でもこれっておかしいんですよ。この話には二つの間違いがあるんです。

・「8日分ほど大きい」と言われている大きさは、もしかしたら正常範囲の大きさの可能性が高い。

・そもそも「〇〇日分大きい」という表現に誤りがある。

どういうことか、説明していきます。

まず、医師が「〇〇日分大きい」と説明している場合、何を基準にしているのかを知る必要があります。

たとえばその妊婦さんの妊娠週数が△△週☆日だとします。そして実際に超音波で計測した胎児の頭の幅(BPD)が、△▽週◎日の平均の値と同じだったとします。超音波診断装置の画面上には、この計測値が△▽週◎日相当と表示されるようになっています。

この△▽週◎日が△△週☆日+〇〇日だった場合、お医者さんは「〇〇日分大きい」と表現してしまうことが多いようです。つまり、胎児の計測値が、妊娠のどの時期の胎児の平均値に等しいかを出して、実際の妊娠週数と日数と比較して、何日ずれているかという表現をしているわけです。

しかしここで、胎児の大きさというのは皆平均的なものなのかという疑問が湧きます。全ての胎児がちょうど平均的な大きさをしているものなのでしょうか。平均的でなければいけないのでしょうか。

世の中にはいろいろな人がいます。身長も体重もさまざまです。体重などは生活習慣によっても大きく変動しますが、身長に関しては、遺伝的要因が大きく関連していることが知られています。世界の中では日本人はどちらかというと身長が低いです。逆にオランダ人は全体的にかなり背が高いです。でもどっちが正常とかどっちは異常とかないですよね。同じ日本人の中でも、身長の高い人もいれば低い人もいます。みんなが同じような平均値ということはありません。つまり、だいたいこのくらいなら普通だという範囲・幅があるのです。

胎児だって同じで、もちろん大人ほどその幅が広いわけではないものの、やっぱり幅があります。ある程度の幅の中の大きさ・小ささならば、あまり異常が発見されることはありません。だいたい普通と言える範囲があるということです。

そこでこの妊婦さんが言われた、「8日分大きい」という大きさですが、これはその範囲の中に入るでしょうか。まあだいたい入ってますね。大きいという説明だけ聞かされると、「1週間以上ずれている!」とびっくりするかもしれません。いろいろと調べて、水頭症が心配になってしまうかもしれません。正常範囲の大きさなのに!

そしてそもそも、この〇〇日分という表現にも誤りがあることに、勘の良い方なら気づかれているかもしれませんね。

そう、胎児が大きいからといって、その分成熟が進んでいるわけではないのです。

普通、胎児は妊娠が成立してから経過した日数分しか発達しません。大きくなったからといって、発達も進むわけではないのです。(細かくいうと、病的状態で部分的に成熟が遅れたり進んだりすることはあります。例えば、妊娠糖尿病の妊婦さんの胎児では、成長は進んで大きくなる反面、肺の成熟は悪くなりますし、多量のステロイド投与を受けている妊婦さんでは、胎児は成熟が進んでその分成長が止まったりします)

要するに、成長成熟とは別物なんです。

だから、その妊娠週数の平均と比べてどの程度大きいということを示す指標としては、平均値からのずれの程度を表す標準偏差を使用します。+〇.〇SD と表示されているやつです。平均値-1.5SD〜+1.5SDの範囲に、だいたい全体の87%ほど、-2.0SD〜+2.0SDの範囲に全体の95%ほどが入ります。一般にはこれが目安となり、その外側に行くほど、何らかの異常が隠れている可能性を考慮しなければならなくなるわけです。しかし、その外側にいたとしても必ずしも異常があるわけではありません。人よりもかなり背が高いけれども、それ以外はごく普通の人などたくさんいます。ましてや、この範囲内に入っていたならば、異常が見つかる可能性はより低くなるでしょう(こういう枠内に入っているにも関わらず、平均より少しずれているだけで心配している妊婦さんもよくおられるのですが、もっと冷静かつおおらかでいてほしいと思います)。

胎児がやや大きめだと指摘するとよく聞かれることに、「じゃあ少し早く生まれてきますか?」という質問があるのですが、大きいから早く生まれるということはありません。単に大きいだけで、先に進んでいるわけではないからです。

胎児の大きさと成長・成熟について、このような誤解が多々あるので、超音波診断装置を製造・販売している会社の人に、「胎児の計測を行った際に△▽週◎日という表示を出さないでほしい、できればこのような表示は廃止してほしい。」と伝えたことがあります。その時に帰ってきた答えは、「いやあ、先生方みなさん、これを出してくれとおっしゃるので、、、」というものでした。いや、それはおかしいでしょ、間違ったものを使い続けているから混乱が起きるので、これは間違っているからやめましたということになれば、これまで間違っていたお医者さんたちも気がつくはずじゃあないですか。と思うのですが、会社としては、他社の機器では表示されるのに自社のものだけやめて評判を落としたくないという事情もあるのでしょう。全社横並びでやめられるように学会などの専門家集団から申し入れしなくてはならないと思います。

しかし、何しろ上記の発言からもわかるように、多くのお医者さんたちはこの間違いに気づいていません。ごく単純に〇〇日分大きいとか小さいとか表現して平気でいます。ここのところ、わかっている人、意識している人は実際どのくらいおられるのか、甚だ疑問に感じています。