FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

NIPTのオプションが増えることは、安心が増えることとは必ずしも一致しないかもしれない(その3)

その1その2では、NIPTについて、もともと頻度の低い疾患を対象にした場合には、陽性的中立は高くはならないことについて、解説してきました。そして、もしこの検査で陽性判定が出た場合に、その後の確定検査の問題についても言及しました。その先の、診断がついたならどうするのか?という点については、詳しくは言及していませんが、この問題はどの項目・疾患についても必ず考えなければならない(そして、検査をどう実施していくかを考える上で、しっかりと議論を続けていかなければならない)話になりますので、今後も継続して考えていきたいと思っています。

 今回は、これらの検査を実際に受けた結果が、本当に安心に繋がったのかどうかを考えさせられるケースについて、見ていきたいと思います。

 いろいろな検査オプションがついた、学会に認定されていない施設でのNIPT検査を受けて、全て陰性という結果で喜んでいたのも束の間、通院先の施設で診察を受けたときに、胎児の『むくみ』を指摘されて混乱して来院される方がおられます。

 この超音波検査における指摘が、あまり正しくなく、実際にはそれほど問題のない程度のもの(そういう場合もよくあります)であれば良いのですが、一見してわかるぐらい皮膚がむくんでいるような場合もなくはありません。私は、NT(胎児後頚部の超音波画像では黒く見える領域。日本における正式名称は、胎児後頚部透亮像。ちなみに、このNTのことを一般の人にわかりやすくしようという目的で『むくみ』と表現する医師は多いが、私はこれをそう呼ぶべきではないと考えている)の厚みの計測は正しく行わなければならないということについて、いろいろな場で情報発信をしていますので、『むくみ』を指摘されたという相談がよく来ます。そうすると、NIPTで陰性だったのに『むくみ』を指摘されて、どう考えるべきかという相談は結構あるのです。 お受けになった検査が、認定施設における3種のトリソミーの検査であれば、胎児の浮腫があった際にまっさきに頭に浮かぶのは、検査対象に含まれていないターナー症候群の可能性でしょう。しかし、認定されていない施設で、常染色体全てとX,Y染色体の数的異常も、微細欠失症候群も確認済みの場合には、どうすれば良いのでしょうか。

 実は、考えなければならない可能性は、まだまだたくさんあります。

 まず、NIPTで調べた染色体異常について、偽陰性の可能性があります。

 次に、染色体の問題には、いろいろなものがあることが挙げられます。例えば不均衡型転座などの構造異常は、NIPTでは見つからない可能性があります。

 それから、染色体が正常でも遺伝子の異常に起因する各種疾患がありえます。

 さらに、責任遺伝子が判明していない各種疾患もあります。例えば心奇形などがある場合には、NTが肥厚するケースが結構あることが知られています。

 実は胎児の『むくみ』(病的な浮腫)は奥が深く、これを指摘された妊婦さんとその家族のみならず、私たちのように検査を行なってその結果について説明する側にとっても、悩ましい問題となることがけっこうあるんです。

 それは、ここまで調べれば安心だろうという点について、明確に示してあげることができないからです。上に書いたような問題、特に遺伝子レベルの問題になってくると、何を目標にどういう種類の検査を行うべきか、決めることも難しくなります。また、日本ではこういった検査を取り扱うところがほとんどない上に、検査を請け負ってもらえるところが見つかっても(私たちはネットワークを駆使して、国内外の検査会社のどこならどういう検査を請け負ってくれるというのを、ここのケースに応じて調べて対応しています)、料金が非常に高くなってしまう問題もあります。その上、検査結果が出るのに時間がかかり、結果についてどう考えるべきかという問題に直面することもあります。なんらかの遺伝子の問題が見つかったとしても、そこから推定できる症状には幅がある場合もあり、結果をもとにどうするかの判断がまた難しくなることがあります。また、何も見つからなかった場合に、その結果でもって安心できるのかというと、ただわからなかったで終わってしまって、必ずしも安心とは言えないこともあります。

 こういった難しい問題に対処する必要があるからこそ、NIPTを含む出生前の検査は、私たちのような専門知識を持ったスタッフを揃えた施設が扱うべきなのです。

 NIPTが日本でも行われるようになって以来、出生前検査に関する話題がマスコミで取り上げられることが以前よりも多くなってきたようですが、本当に関心を持って情報を得ようとしている人はそれほど多くないのか、まだまだ赤ちゃんや胎児の病気については、あまりよく知らない人が多いようです。当院を受診される方々の中にも、ほとんど知らない状態で来られる方は多く、ダウン症候群という名前だけ聞いたことがある状態の方がそれなりの数おられるようです。ダウン症候群についても、漠然としたイメージしか持っておらず、詳しくはわからないという方がいらっしゃいます。そのような状況でほとんど説明もないまま、ただ採血だけを行っているような(詳しい説明などできない)クリニックで、微細欠失まで対象にしたNIPT検査を受けて、何がどこまで大丈夫なのかわかるでしょうか。

 この検査を扱っているクリニックの人たちは、どこまで責任感を持って検査を行なっておられるでしょうか。対象となる疾患の頻度が低いことをいいことに、「まあ陽性と出ることはないだろう。」とたかを括っていたり、「万が一陽性となったら、専門家に相談してもらえばいいだろう。」と人任せにしていたりしないでしょうか。

 今、私が知りたいことは、NIPT無法状態とでもいうべき今の状況を是正すべく立ち上がったはずの、厚生労働省の『母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)の調査等に関するワーキンググループ』

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-kodomo_145015_00005.html

が、その後どうなっているのかという点です。ホームページを見ても、昨年10月、11月と今年の1月に会議が行われて以来、情報が途絶えています。何か進展しているのでしょうか?新型コロナ対応でそれどころではなくなっているのでしょうか?