FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

非認定施設でのNIPTには注意が必要:これは一種の詐欺商売でしょう。

当院では、院内の連絡会を少し拡大して、一部院外の人たちにも参加していただき、毎週勉強会や症例検討会を行っています。そんな中、よくあるトリソミー以外の染色体数的異常がNIPTで検出されたケースについての考え方と、この検査の扱いが話題になりました。

 この問題は、以前にも記事にしているのですが、何度も話題に上げた方が良いと思うので、また書きます。過去記事は例えば以下の記事です。

全染色体の異数性を対象とするNIPTの問題点について - FMC東京 院長室

【NIPT】出生前検査に『お手軽プラン』!?(怒) - FMC東京 院長室

これらの記事の中に、それ以前の記事のリンクもあります。

 それは本当に基本的な検査なのか?

 それで、『お手軽プラン』云々の記事を見返してみたのですが、この非認定施設の宣伝チラシ、前回問題にした「お手軽」とか「ミニマム」以外にも、まだまだ問題だと思うところがあり、一般の方にはわかりにくいところだと思いますので、取り上げておきたいと思います。

 なんといっても、本当に必要性がどの程度あるのか、検査としての正確性がどの程度あるのか、そしてもし陽性結果が出た場合にどうフォローしてもらえるのか、などの問題がたくさんある検査について、『スタンダード』とか『ベーシック』とかといった、あたりまえに普通に受けるものだというような名称が付けられていることが、大問題です。妊婦さんたちが心配している気持ちを食い物にしているし、検査の扱いについて一所懸命議論している専門家たちをコケにしています。

 おそらく一般の方の誤解を招いているのが、『基本ベーシックプラン』でしょう。

想像するに、検査を希望してクリニックを訪れた妊婦さんに、どの検査を選択するかを伺う際に、このチラシを使用しているのだと思うのですが、本当に簡素な説明しかありません。例えばこの『基本ベーシックプラン』は、1番から22番染色体、性染色体、を調べると書いてあり、説明文は1行、「全染色体がわかる検査内容です。」とだけ書いてあるんです。他にもなんだかいろいろな種類の検査があって、じっくり説明なんかしてくれない(できない)だろうから、結局よくわからずどのくらいお金を出せるかで決めるんじゃないかと思うんですが、まあほとんどの人は『陰性』の結果をもらうわけで、よくわからんけど全部陰性でよかったねで終わるんでしょうね。何がわかって何がわかってないかもよくわからないままで、本当に安心が得られたと思えるでしょうか。

 「全染色体がわかる」って言うけど、全染色体の何がわかるかわかってますか?

 全染色体がわかれば、全部わかったんだからもう安心、と思わせてる可能性もありますが、それは大きな誤解です。

 ここで対象となっているのは、1番から22番の常染色体と、X,Y染色体のそれぞれの『異数性』つまり、通常なら2本(X,Yは、状況によって本数に違いがある)存在する染色体の数に違いがないかどうかです。細かい構造の異常など、染色体の問題として起こり得る様々な事柄のうちのごく一部でしかありません。その上、生きて産まれることのよくある21番、18番、13番、X、Yの数の異常とは違い、これら以外の番号の染色体の数の異常は、通常生まれてくることはありません。ほとんどのものは妊娠のごく初期に流産となるのです。冷静に考えて、そのようなものを対象とする検査にどのぐらいの意味があるとお考えになりますか。

 そして万が一、通常は出てこないようなトリソミーが見つかった場合、冒頭のリンク記事でも触れているようにいろいろなケースを想定しなければならなくなりますが、この知識のない医師のもとで羊水検査を受けた場合などには、そこまで考慮されないままになっている可能性もありうるのではないかという心配もあるのです。

より詳細で高額な検査なら安心に繋がるのか

 この分野の検査技術の進歩には目覚ましいものがあり、染色体の微細欠失についての検査(これも『スタンダード』などと言った名前で商品化されている)が当たり前のように売られて(あえてこの表現を使います)いたり、近年ではより詳細な単一遺伝子レベルまで検出する手法が取り入れられるようになってきました。しかし、これらの検査を、何のリスクもない人が受ける意義がどのくらいあるのでしょうか。またこの検査で陽性が出た場合に、どう対応できるのでしょうか。

 そもそも、これらの検査で対象となっている疾患は、その頻度自体が稀なものが多いのです。要するに、検査をしてもほとんどの人が『陰性』結果を得ることが、あらかじめわかっているような検査だと言えます。それでも、どんなに可能性が低いものでも、たまたまそれに当たったら将来大変になるのだから、安心のためには全て受けておきたいとお考えになるなら、それは個々人の考えで検査を受けても責められるものではないでしょう。高い料金をとられますが、経済的に余裕のある方なら選択肢としてあり得るかもしれません(経済力によって選択肢が変わることも問題といえばそうなのですが)。でも、万が一、『陽性』が出たら、誰がどう対応してくれるのか。検査を扱っている施設は、そこまでの責任を負っていません。

 微細欠失症候群を対象とした検査は、その陽性的中率は高くはありません。万が一『陽性』結果が出ても慌てることはありません。でも、この事実についてさえ、検査を売り物にしている非認定施設では、全く説明していないところがほとんどです。対象となる疾患がどのような疾患なのかについての説明もありません。そもそもどういう問題がある病気を調べようとしているのか、検査を行う側も受ける側もわからないままで行っているのです。

 微細欠失症候群の存在を調べるためには、羊水穿刺などによって染色体マイクロアレイ検査を行うことが必要になります。しかし、マイクロアレイ検査は日本では普及していませんので、その存在すらご存じない産婦人科医も多く存在します。このような疾患を対象とした検査を全国展開して、万が一の事態にきちんと対処できるのでしょうか。

 単一遺伝子レベルの検査は、また別の手法を用いていますので、理論的には陽性的中率は高いだろうと考えられます。しかしここで対象となる疾患も、もともと頻度の低いものなので、陽性的中率を算出しようにも十分なサンプル数が得られないほどでしょう。このような希少疾患を対象とした検査を、誰を対象に行うかは、慎重に考えられるべきです。誰もが受けるべき検査ではないことは明らかです。

 遺伝子の変異には様々なものがあります。同じ症状を呈する場合でも、責任遺伝子は違うものであることもありますし、同じ遺伝子の変異があっても、実際に現れる症状には違いが生じる場合もあります。世の中にたくさんある特別な症状でまとめることのできる疾患(症候群)と、その責任遺伝子との組み合わせがある程度明らかになっているこれまでの情報の蓄積をもとに、診断を明らかにしたり、疾患概念をまとめたりという作業が、日夜行われているわけですが、いまだ明らかにできないものも数多く存在します。

 私たちの施設でも、胎児や出生児に生じた特徴的な変化や症状をもとに、その原因を探るべく遺伝子変異の情報とのすり合わせを行い、特定を試みたケースは数多くありますが、中には、既報の遺伝子変異に当てはまるものがなく、容易に特定可能であろうと想定したものでさえ、結果が得られないままになっているものもあります。このように、遺伝子変異と疾患とを結びつける作業は簡単なものではないので、希少な診断不明のお子さんたちを対象とした、IRUD研究というものが進められています。

IRUD-P 小児 未診断疾患イニシアチブ

 要するに、どこまで細かい検査を行なっても、完璧な結果を得ることはできないのです。希少な問題についてまで心配をなくしたいと考えている方がいるとして、その方が高額な料金を支払ってスーパーな検査を受けたとしても、不安がゼロになることはないということになるのです。やはり現時点では、どう考えても検査を受けるなんらかの積極的な理由が存在する方を除いて、高額な検査を選択する意義は低いと言えるでしょう。

やはり胎児を見るべき

 先日、妊婦健診に通院する施設で、NT肥厚を指摘されたことをきっかけに、上にあげたような高額な検査をお受けになった方が来院されました。当院で詳細な超音波検査を行った結果、このような高額な検査で可能性の低いものまで対象としなくても、もっと頻度の高い(彼らが言う『ミニマム』な検査で見つかる種類の)問題があることがわかりました。そもそも疾患頻度そのものに大きな違いがあるのです。どの可能性が考えられるからどの検査を選択するという、考える過程を飛ばしてはいけないのです。

 本来は、妊婦健診施設で、次の検査選択について的確な説明ができればこのような事態にはならなかったのかもしれません。あるいは、羊水穿刺などの侵襲的検査に対する抵抗感が少なければ、シンプルにそのような検査に進めたのかもしれません。だから、非認定血液検査施設の存在だけが悪いのではなく、妊婦健診施設の対応の不十分さや、羊水穿刺に関して流布している情報の不正確さなどが重なった複合的な問題があると思います。

 それを差し置いても、やはり妊婦・胎児の検査・診断に関して、血液検査だけで済ませてしまおうというのは、明らかに間違った手法でしょう。もちろん、21トリソミーの検出という一点においては、NIPTが最も優れていることは認めざるを得ません。(そして当院でこの検査を扱うことができない状況が、いかに私たちを苦しめているか、ご理解いただけることと思います。)しかし、それ以外の問題についてまで、血液検査だけを行っているような施設で、産婦人科医ですらない医師が扱うというのは、あまりにも乱暴ではないでしょうか。

 どのような状況だから、どの検査をすべきという大切な判断をすっ飛ばして、この検査さえ受ければほとんど全て問題ないと判断できるので安心に繋がるという誘い文句で、高額な検査を売りつけるのは、妊婦の不安につけ込んだ一種の詐欺商法と言っても過言ではないでしょう。このような商売をしている医療機関は、ほとんどの場合、検査結果に責任を持ってくれません。非認定施設での検査結果が偽陽性だった方を何人か経験していますが、なぜ偽陽性になったのか検討しようとしても、これらの施設は情報をくれません。そもそもきちんとした情報を持っていません。改めて当院で問診を取ったり、検査会社に問い合わせたりして、どうすればこの検査がより良いものになるか、独自に検討していますが、本来このような作業は、検査を扱っている医療機関がきちんと行うべきものと思います。非認定施設の多くは、金儲けにつながるおいしいところだけ持っていこうとしていて、この検査に付随する諸問題については無頓着です。

 この状況は、早急に改善されないと、本当にまずいでしょう。