FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

HPVワクチン(子宮頸がん予防のワクチン)の積極的勧奨の再開は迅速に行うべき。もう待ったなしの状況です!

先日、歓迎すべきニュースと、これに関連して驚くべき情報とが、同時に話題になりました。

 

 私は、産婦人科専門医ではありますが、自分の専門分野である胎児の診療に絞った診療を行うことを決めて以来、婦人科診療を行わなくなって既に10年以上の年月になりますので、自分ではがん患者さんの診療を行う機会はないし、HPVワクチンの接種に携わる機会もごくわずかしかありませんでした。しかし、わが国におけるこのワクチンの導入と、その後に積極的勧奨が中止された過程については、身近に見聞きしてきましたので、やはり産婦人科医の一人として、世界的に見て大変歪な状況にこの国が陥っている現状を憂えていました。そして先日、このニュースが入ってきました。

BuzzFeed岩永直子記者による8月26日付の記事です。さわりの部分を転記しますと、

 子宮頸がんや肛門がんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)への感染を防ぐHPVワクチン。

 厚労省が8年2ヶ月以上差し控えてきた積極的勧奨について、10月にも再開に向けた議論を始めることが関係者の話でわかった。

 昨年10月から自治体で始まった個別のお知らせによって国民の理解が進み、接種率が上がってきたことが理由とみられる。

ということで、やっと厚労省が前向きになってきたという話で、そのこと自体は大変嬉しいことなのですが、これまであまりにも動きが遅かったのではなかろうかと感じます。続く記事で、

 一方、接種率の低迷で大量のワクチンを廃棄せざるを得なかった製薬会社が、政治家に対し、日本への供給停止の可能性を散らつかせながら、10月までの積極的勧奨再開を強く求めていることも明らかになった。

 8月26日に開かれた自民党の「HPVワクチンの積極的勧奨再開を目指す議員連盟」(会長=細田博之・衆議院議員)で示された。

 日本の接種率低迷に大きく影響してきた「HPVワクチンの積極的勧奨の差し控え」が8年以上の時を経て、正常化に向けて大きく動こうとしている。

とあり、供給停止?と何やら不穏な空気も漂ってきている気配も感じる部分があるのですが、このような中、10月にも再開に向けた議論を始めるというスピード感で本当に良いんでしょうか?

 

さて、この問題に関して、いま一度簡単にまとめておきたいと思います。

・子宮頸がんの原因の95%以上は、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染がその原因となっていることが判明している。

・性交経験のある女性の50〜80%は、HPVに感染している。

・わが国ではHPVワクチンは、2013年4月に予防接種法に基づいて定期接種化された。(対象は、小学校6年生から高校1年生に相当する年齢の女子)

しかし、、、ここからは先ほどのニュース記事です。

 接種後に体調不良を訴える声が相次ぎ、それをマスコミが「副反応」や「薬害」としてセンセーショナルに報じたこともあり、同年6月に国が積極的勧奨を差し控えるよう通知。安全性への不安が広がり、日本の接種率は一時、1%未満に激減した。

 一方、この8年間、国内外で安全性、有効性を証明する研究は積み重ねられてきた。名古屋市の3万人の女性を解析した「名古屋スタディ」では、接種していない人も同様の症状が見られるため、HPVワクチンの成分と症状は関係ないと結論づけている。

 他にも、世界保健機関は「弱いエビデンスに基づく政策決定は、安全かつ有効なワクチンを使用しないことにつながり、実害をもたらしうる」と日本を名指しで批判し、産婦人科医の団体も積極的勧奨再開を繰り返し国に要望してきた。

という経緯で、産婦人科医たちはずっと危機感を持って活動を続けてきているのですが、厚生労働省の反応は鈍いものでした。しかし、最近ようやく自治体レベルで積極的に接種を勧める動きがでてきたことが、国を動かすことにつながったと記事にはあるようです。国がもっと主体的に主導すべきだったと思うんですけどね。

 さて、これらの経緯や、信頼性のおけるいろいろなデータ、情報については、以下のサイトが参考になりますので、ぜひ目を通していただきたいと思います。

・各分野の専門家が、一般の方、特に若い世代に向けた情報提供を行うために立ち上げたチーム、一般社団法人「HPVについての情報を広く発信する会」のサイト

・日本産科婦人科学会による情報提供

 さて、気になるのは冒頭で紹介した記事の後半部分です。ここには、こういう記載があります。自民党「HPVワクチンの積極的勧奨再開を目指す議員連盟」の細田博之会長の発言です。

「日本でうたれているHPVワクチンはほとんど4価と2価。他の国はほとんど9価になっている。そこで日本向けに(4価と2価を)作っているメーカーがこの夏をもって、日本むけにいくら作ってもうたないのだから、在庫になって全部廃棄にしなければならない。このようなことではもはや日本向けの製造を中止せざるを得ない。こういうことを通告してきました」

 これに引き続いて、やはりBuzzFeedから以下の記事が8月28日付で配信されました。

 この問題、実は私もよく知らなかったのですが、HPVワクチンの需要と供給とのバランスは、需要過剰に大きく傾いているそうなのです。

 現在、HPVワクチンは世界全体で年間生産量5000万接種分。これに対して需要は8000万あり、過度に不足している状態のようです。需要は2028年頃まで増加し、1億4000万接種に達する予定ということなので、もう本当に全く足りていないらしいのです。日本で積極的勧奨が再開され、順調に接種が進むとしたら、必要になる数量はかなりの数に上り、これを確保しておくためには、需要が増え使用されることが確実になるように、今積極的勧奨が再開されていないとまずい状況で、必要数を確保したにもかかわらず接種が進まずこれを廃棄するというようなことが万一起こると、国際的に見ても完全に信頼を損ない、もう二度と日本には供給が回ってこなくなってしまう懸念もあります。

 要するに、今から議論を始めるというような悠長なことを言っている場合ではなく、今すぐにでも積極的勧奨を再開すべきでしょう。

 そもそも、積極的勧奨を見合わせた理由につながるいろいろな訴えに、ワクチンとの因果関係がないことがはっきりしていて、いま現在見合わせ続ける正当な理由などないのですから。世界で何億人もの人が接種を受けていて、有効性・安全性ともに明白になっているこのワクチンを、日本の若い女性だけが受けられない状況に陥る(今は、情報不足により普及していないが、これを普及させようとするときに、需要に見合った供給が確保できるのかという問題に直面する)という暗い未来は、絶対に回避しなければなりません。

 子宮頸がんは、今や予防可能な癌なのです。HPVワクチンの供給が万全の体制で行き渡るとともに、検診体制も整えることができれば、撲滅可能というシミュレーションも存在しています。それなのに日本だけが、罹患者・死亡者とも増え続けるという予測まで出てきたりしています。

 先ほどご紹介した、みんパピ!では、厚生労働大臣と官房長官を宛先とした、HPVワクチンの積極的勧奨を求める署名活動を行なっています。週明けにはまとめて提出するとのことですので、もうギリギリですが、ブログを読んでいただいた方、間に合えばぜひ署名をお願いします。私も署名しました。

www.change.org 田村憲久厚生労働大臣は、2013年に厚生労働省が、不確実な情報に振り回された結果としてHPVワクチンの積極的勧奨を見合わせた時の厚生労働大臣でした。彼が、今の内閣で厚生労働大臣に返り咲いたことは、彼にとってもその失点を取り返すチャンスになると思います。ぜひ英断をお願いしたいと思います。