FMC東京 院長室

                                                                  遺伝カウンセリングと胎児検査・診断に特化したクリニック『FMC東京クリニック』の院長が、出生前検査・診断と妊婦/胎児の診療に関する話題に関連して、日々思うことを綴ります。詳しい診療内容については、クリニックのホームページをご覧ください。

いよいよ国が動くことになった出生前検査

今週はじめに、ニュースが飛び込んできました。

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↑残念ながらリンクが切れてしまったようなので、画像だけ貼り付けました
 このニュース、それなりの反響があり、画期的な変化だという声が聞こえてきていたのですが、まあ確かに20年ぶり方針転換というとそれはそうなんです。そうなんですが、私自身の感想としては、いやそれってあたり前のことでしょ、今更なんですか?という気持ちになりました。私たちは毎日、胎児に起こる問題や生まれつきの病気にはこういうものがあって、こういう検査でこういうことがわかりますよという話をしているので、情報提供は当たり前という感覚になっていたのですね。でも、そもそも、このブログでも何度も書いてきましたが、情報提供することはあたりまえなんじゃないでしょうか。妊婦診療の場が、知らしむべからず、知らぬが仏、言わぬが花、というような風潮になっていることには、大きな違和感を感じていました。

 しかし、思い返すと1999年の通達は、インパクト大でした。当時私が勤務していた順天堂大学医学部附属順天堂医院では、超音波を用いて胎児のこういうことを評価することができるというものを見つける仕事を積極的に行なっていました。その流れで、画像診断だけでなく妊婦の血液検査で、当時としては画期的な検査が海外から入ってきたものを取り入れようとしていた最中でした。この血液検査が全国に普及する過程で問題視され、議論された結果が厚生省児童家庭局長通知として発出されたのでしたが、その中には、以下のような文章がありました。

医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。また、医師は本検査を勧めるべきではなく、企業等が本検査を勧める文書などを作成・配布することは望ましくない。

 これによって、それまで新しい検査について学び、どのように運用していくかを考えていた空気が一変し、検査を推進する機運が一気に削がれたのでした。文章そのものは、「本検査の情報を積極的に知らせる必要はない」と書かれてはいるものの、実際の現場での捉え方としては、「知らせてはいけない」と言われているようなものでした。「勧めるべきではない」が、いつの間にか「知らせるべきではない」にすり替わっていたのです。

 多くの妊婦診療の現場で、妊婦さんが出生前検査について質問しようとすると、その場の空気が一変したり、医師が不機嫌になったりして、まるで悪い思想に基づいてとんでもないことを考えているかのような扱いを受けたり、お説教されたりするような事例が後を絶たない現状には、はっきり言ってこの時の通知の発出が大きな影を落としているのです。これは間違いありません。長年妊婦の診療の現場に居続けてきたから、実感しています。

 だから、冒頭のニュース記事にあるように、厚生労働省として「全ての妊婦を対象に、情報提供をする方針」が、約20年ぶりの大転換ということになるのです。私自身は、「知らせてはいけない」とは思っていなかったし、「積極的に知らせる必要はない」と言ってるだけで知らせたっていいんでしょ?と考えて実践してきましたので、きちんと情報提供するのはあたりまえと感じていて、あたりまえのことを言っているだけのように感じるわけです。時代も変わっていくんだし、この時の知らせるべきではない的な空気が、ずっと続いているわけではないでしょうと思っていたのですが、多くの現場ではその呪縛が解けていなかったのでした。結果として20年以上も見直していない形になっていて、出生前検査・診断の分野は、世界から大きく遅れることになってしまいました。そもそも2013年にNIPTが導入されるタイミングで、見直しをすればよかったのです。ここで国が動かず、学会に丸投げしてしまったことが、現在の混乱に繋がってしまったと思います。

 ともかく、この期に及んでようやく重い腰を上げたような形になった国が招集した専門委員会も、17日水曜日に第5回目が開催されました。

NIPT等の出生前検査に関する専門委員会|厚生労働省

 前回まで、この委員会の話はまとまるのか、何らかの方向性は見出せるのか、とやや疑問視しながら追いかけていたのですが、ようやく一定の指針を示すことのできる形になってきたようです。次の記事で詳細に触れたいと思います。